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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第一章 完全脱国 旧帝都
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 5 前編の中編

「此所なのね。」

「本当なんですか……?」

「怪しいの極みなんだけど。」


でも、と緑珠は茂みの中、持ち前の勘の鋭さで言った。


「ほら、あの女の人、別に嘘を言ってそうじゃ無かったわ。きっと本当よ。」


そっと茂みが開けると、赤い上着を着た金髪の女が居る。恐らく緑珠と同じくらいの、齢20程だ。


「貴女がボスなの?随分と若いのね。」


緑珠は遠慮なく女に声をかける。ひょっこりと緑珠は茂みから出る。


「は、なんだお前!何で此所がバレた!」

「別にそれを教えても良いのだけ」

「お、おい!お前ら!此奴等をひっ捕らえろ!」


辺りを見回して女は叫んでいる。緑珠は肩を落として言った。


「それを言ったら悲しむって言いたかったのに……。」

「にしても……。」


真理が叫んでいる女を見ながら悲しそうに言った。


「あんなに叫んでいるのに……無情と言うのか、健気と言うのか……。」


真理の一言を悪く取ったようで。


「お、お前!バカにしてるだろ!仲間をどうした!オレの仲間を!殺したら絶対に許さないからな!」


緑珠が若干慌てながら言った。


「ええっと、その、ね?いやね、殺してないと思うわよ。多分。恐らく。私が推測するに。測りきれないけど。うん、だって私は未熟だから。そうよね。」


恐る恐る緑珠はちらりとイブキを見た。

「……え、殺してないわよね。」


イブキはニヤリと笑う。

「……さぁ?どうでしょうねぇ?僕にはさっぱり分かりません。」


緑珠はぽかぽかとイブキを叩く。


「イブキのバカバカ!こういう時は普通に殺してないって言えばいいのよ!じゃないと……!」

「う、うぅ……オレの仲間を……う、うわぁぁぁぁん!」

「ああいう事になるの!分かった!?」


膝をついて泣いている女を指さしながら緑珠は言った。しかし、当のイブキは全く動じておらず、それどころか悦楽の表情を何とか抑えているだけだ。


「……ほんっとうに……可愛らしい……。」


「ちゃんと!話を!聞きなさい!」


「だって可愛い物は可愛いでしょう?」


「貴方にまだそんな感覚があったのに驚きだわ。」


「緑珠……多分、伊吹君に怒っても、無意味だと思うけど……。」


「まぁ、そうですね。」


「こ、このぉ……やられた感が凄いわよ……。」


イブキと緑珠が言い合っているのを他所に、真理は嗚咽を上げている女に声を上げる。


「ごめんね……いっつも二人共、あんな感じだから。特にあの武器持ってる奴は誰にでも煙に巻く言い方しかしないんだよ。大丈夫、君の仲間はちゃんと無事だ。」


ぱっ、と女の顔が明るくなる。真理は言った。


「君の名前は?」


涙を拭きながら女は言った。


「ひぐっ、も、モア。モア・アルシャリア、ぐすっ、お前は……?」


「僕の名前は真理。チャンリって、変な名前だろ?」


「オレの……私の周りにもそんな奴が居たから、別に……。」


そう、と真理はにっこりと笑った。


「あの武器を持っている男の人が伊吹。長い黒髪の女の子が緑珠だよ。」


モアはゆっくりと立ち上がった。宜しく、と言おうとした、ほんの瞬間だった。


「だーかーらー!もう!もう!イブキのばかぁー!」


「緑珠様って本当に可愛いから、ちゃんと気を付けた方が良いですよ。」


「私の、話を、聞けー!」


真理は肩を竦めた。

「……ほんっと、何時もあんな感じ。」


くすくすっとモアは笑った。緑珠が真理の傍に寄る。


「ねぇ真理ったら聞いて頂戴よ!イブキがまるっきり話を聞いてくれないのよ!」


「多分、今の伊吹君に何言ったって無駄だと思うよ。」


「そうですね。」


「その顔が腹立つわよ!」


緑珠が真理の背後からひょこっと出る。


「あ……ごめんなさいね。私の名前は」

「緑珠だろ?宜しくな。」


緑珠は真理を見る。


「紹介してくれたの?」

「そうだよ。」


モアは腕を腰に当てて自慢げに笑う。


「ま、仲間が無事なら話は別だ。宜しくな。私の名前はモア・アルシャリア。客人なら勿論もてなすさ。どうぞゆっくりして行っておくれ!」











わいわいと華やいだ夜の宴の中で、モアが緑珠に言った。


「済まないな。一人、軽い脳震盪で倒れているんだ。」

「……軽い、脳震盪……?」


緑珠は酒を呑んでいるイブキを見る。


「何か……ぶつかった跡があったらしいが。何にも分かんないみたいだ。ま、あんまり気にすんな。」


緑珠は眉間に皺を寄せる。

「全く、イブキったら……。」


宴の真ん中に戻ったモアと真理は、今までのことを話す。


「君は、どうしてこんな山賊の真似を?」


恥ずかしそうにモアは言った。


「いや、な。昔は家族と一緒に小国で『アルシャリア商会』ってのを運営して、暮らしていたんだ。疫病が流行ったからその国を出て……両親は北の武帝が治める帝国に住み着いたんだが……私はまだこうやって遊んでいるんだ。」


ただ、と益々モアは不甲斐なさそうにする。


「最近は……仲間も増えて、お金も無くなってきて……それで山賊の真似を……はは、こんなのはダメだよな。路銀を貯めながらでも、やっぱり行かなくちゃな。」

「まぁ、その心構えが大事だと思うよ。」


モアは軽く笑った。

「あ、有難うな。今まで、こんな事は無かったから……。」


途端、イブキの悲壮な声が聞こえる。


「だーかーらー!言ってるでしょう!毒味させろって!」

「私は死なないもの。するだけ無駄よ。」

「その阿呆みたいな自信は一体何処から出てくるんですか!とにかく僕にさせるべきです!」


緑珠は少し考えると、渡された食事を割って言った。


「半分こして食べるんでしょう?毒味って。」


「……はぁー……もう……緑珠様……。」


「そ、その呆れ果てた言い方は酷いわよ!」


「毒味ってほんのちょっとで良いんですよ!」


「そんなに毒味係進んでくる人初めて見たわよ!」


「だって、緑珠様が心配なんですよ!分かります!?」


言い合っている二人を見て、真理がイブキの一言に同意する。


「それは分かるよ。緑珠ったら危なかったしいったらありゃしない。」


流石に二人に言われて、緑珠は勢いを無くす。


「そりゃあ……そうかもしれないけど……で、でも、ね?ほら、大丈夫だから、ね?分かるで……い、イブキ?そ、そんなに怒らないで。」


「……別に、怒ってませんけど。」


「分かったわ。毒味係をやらせるから。本当にそんな怒らないで。頼むから。本当に。命の危機を感じるレベルだから。」


正に悪鬼のオーラを纏っていたイブキが、途端に優しくなる。


「ご理解頂けて嬉しく存じます。」


気分が下がっていたのも束の間、緑珠はイブキの手を引っ張って言った。


「一緒に近くまで行きましょう!こんな綺麗な星月夜、そうそう無いわよ!」


「ちょちょちょ、緑珠様!待って下さいよ!」


くすくすと笑って去って行く緑珠を見て、真理はまた肩を竦めてモアに言った。


「……ほんっとに、いっつもあんな感じ。」


モアも先ほどと同じように、くすくすっと笑った。









「あははっ!本当に綺麗ね!」

「危ないんですから気を付けて下さいね……。」


緑珠は星の絨毯が敷かれている夜空を背後に、腕を組んでイブキに言った。


「イブキも真理も大体心配し過ぎなのよ。私、何でもできるのよ?」


イブキは頬を緩ませて言った。


「へぇ……それは本当ですか?」

「ほ、本当よ!何でも出来るのよ!そう、いざとなったらね!」

「まぁ、緑珠様らしくて宜しい事です。」


星月夜に手を伸ばして緑珠は言った。


「汚い物を隠す、それを望む星月夜は全く美しく無かったけど……綺麗な物を休ませる、それを望む星月夜は酷く綺麗なのね。」


イブキは腕を組んで、微笑んだまま黙っている。目が潰れそうに美しい月が、辺りを煌々と照らしていた。少しだけ寂しそうに、緑珠は言う。


「私ね、月が綺麗な夜って、大っ嫌いなのよ。イブキはこの事知ってた?」


イブキは緑珠の背中を見ながら答える。


「それは存じ上げませんでした。また、それは如何してでしょうか。お伺いしても?」


少しの間の後、緑珠は伸ばしていた手を下ろす。


「嫌って言うほど、あの幸せな日々を思い出してしまうからよ、イブキ。」


もし、と緑珠は続ける。


「もし、もしね。私が、あの国でまだ幸せに生きていたら、と何時も思うのよ。父も母も私に優しくて、私を排除する何者も居ない。豪華絢爛の生活が、まだ続いていたら……そう、思ってしまうのよ。」


緑珠は満面の笑みでイブキに振り返る。


「まあ、それは絵空事だわ。別に構わないんだけど……神様は、あの莫迦みたいに物を測る事が出来る優しい神様は、私に色んな物をくれたわ。物も、者も。何も、奪う事は、地上に来てからはしなかった。代わりに与えた。もしかしたら、あの人は全て私を使って遊んでいるだけかもしれないけど……。」


自信満々として緑珠は答えた。


「それだけでも、私は素晴らしい生涯を生きているのよ。全くもって美しい事だと思わなくて?」


イブキは緑珠の一言に一瞬驚くと、月を見上げて言った。


「緑珠様は、お強くなられましたね。」

「そうかしら?イブキに言われるって言うのは、やっぱりそれだけの実力があるって事ね!」


いや、とイブキは否定する。


「強くなったというのは……緑珠様の内面的な物です。だけど、精神力と言うのは……何事にも必要な事なんですよね。」


だから、とイブキは緑珠を見て言った。

「誇っていいですよ、緑珠様。」


ぱぁぁっ、と緑珠の顔が綻ぶ。


「……ほんと?私、強くなった?」

「ええ、お強くなられましたよ。」

「やった!やった!」


ただ、とものの刹那でイブキの表情が険しくなる。


「褒めるのは、また後にしましょうか。」

「へ……い、イブキ……?」


イブキの唯ならぬ雰囲気に、緑珠が下がる。彼は言った。


「少し、茂みに隠れていて下さい。大丈夫です。きっと、大丈夫ですから。」


半ば強引に緑珠を茂み押し遣ると、イブキは神矛『神鳳冷艶鋸』を鞘から抜く。本当に、瞬きの間だった。矢が、イブキの肩を貫く。


「……!」


叫ぼうとした緑珠の口を、駆けつけた真理が塞ぐ。


「しっ!静かにしてね……大丈夫。モアにも助けを呼んだから……っ、て、本当に、大人しくしてね…っ……と!叫びたくなる気持ちは分からなくも無いけどさっ!」


緑珠は真理の腕の中でばたばたと暴れる。緑珠が、今すべき事は。彼女が、今すべき事は。真理が小さく呟いた。


「……まるで、異形の目だな……。」


緑珠の思考を巡らしている、ぐるぐるとした目を、真理はそう評した。


(今、私がすべき事。身体も動かない。動くのは、目と頭だけ。考えろ。莫迦でも動かせ。夜目が利く、私が範疇に及ぶ人……。)


緑珠は手を当てている真理の手を離して言った。


「離して頂戴、真理。」


真理は手を離さない。流石に戦地に送るわけには行かないからだ。緑珠はきつく、見た者が卒倒するような目で言った。


「手を離せと言ってるの。聞こえないのかしら。私の言葉が聞けないと?」


緑珠の異様な雰囲気に、真理は渋々手を離した。矢が飛び交う戦場に赴いて、高々と声を上げて緑珠は言った。


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