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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 72 死の恐怖

壊れてしまった心に、それに伸びる手。だが、その手で救われるはずもなく……?真理は女医の元へ。そして『あれ』が動き出している事を知る……!

「駄目だ、駄目だ緑珠其奴から離れろ!」


「へ……真理?」


ぎゅうっ、と伊吹は緑珠を離さない。緑珠は瞳孔を散瞳させる。


「貴女ってぇ、本っ当に甘いですよねぇ?」


するりと首に回された手は、予想するには充分で。


「イブキ、だめ、おねが、止めて!」


緑珠の白い細い首に、手が迫る。痛い、苦しい、辛い。


「あがっ……!?」


掴まれた。肉が捩れる。骨が軋む。意識が遠のく。痛い!苦しい!


「緑珠!」


「い、ぶきっ……やめ、て……かはっ……。」


意識が遠のいていく。最後の肺の酸素が逃げた。このままでは死んでしまう。


このままでは死んでしまう?


それは一瞬の思考だった。一瞬の陰りだ。


伊吹が死ねば、『私』は助かるのだ。伊吹が死ななければ、『私』は死ぬ。同じ磁極が噛み合わないように、彼女と彼の境遇は変わらない。


噛み合わないのなら、噛み合わないのなら、


「緑珠!しっかりしろ!」


「っ!」


首元にあった、何時も頭を撫でてくれる手が、ゆっくりと降下していく。背景に血を纏って、ゆっくりと。


「……ぁ、れ……?」


てらてらと紅く光る苗刀を眺めながら、緑珠はぼんやりとしていた。


ぬらりと揺れる刀身と、若草の衣を血に染める伊吹。嫌だ、こんなのは嫌だ。


「ぁ、あぁぁぁ……っ、ぅ、ぁ、ちゃんり、ちゃ、んり、『私』が、私が『こん』なこと『をしてし』まっ『たか』ら……っ!」


真理は倒れているイブキを一瞥すると、感情の昂りにより能力が無理矢理発動しようとしている緑珠の傍へ駆け寄った。


「緑珠。何も話しちゃダメだよ。まずは落ち着こう。」


「で、でも、伊吹が!」


「伊吹君なら大丈夫。僕の魔法でも癒せる。さぁ、息を吸って吐いて。落ち着くんだよ。」


「はーっ……はーっ……。」


緑珠は今の状況を理解しきれて居ないらしい。真理はイブキの額にデコピンした。


「おい、起きろ。意識は有るんだろ。」


煩わしそうにイブキは目を開くと、緑珠の異変に更に目を見開く。


「りょ……く……さ、ま……ちゃ、ん……り……。」


「それだけ応えられたら上々だ。緑珠。一旦この場から離れて、家の中に居るんだ。」


「ぅ、ん……。」


頭だけをぶんぶんと振ると、緑珠はよろよろとした足取りで家の中に入る。真理はイブキへと視線を戻した。


「じっとしておくんだよ。……大地の土、豊穣なる雨、我等が愛し栄光なる富。汝の傷を癒せ。」


血は止まり傷が癒えると、イブキは勢いよく起き上がる。


「緑珠様はっ!」


「寝ておいた方が良い。普通はこの魔法、薬草を使うんだけどね。君の体力から拝借しておいた。」


「うっ……?」


勢いよく起き上がった反動で、イブキは立ちくらみを起こす。


「……今は緑珠に近付かない方が良い。それだけは勧めておくよ。」


「ちゃん、り……?」


途切れ途切れに呟いた魔術師の名前を、その呼ばれた魔術師は跳ね返した。


「という訳で寝ろ。全力で寝ろ。そして緑珠に笑顔を見せろ。それを僕はお勧めするよ。」


はい、とイブキが言ったのを聞くと、真理はその場から立ち上がった。


「さて。僕は行くべきところに行くかな。色々しなくちゃ駄目だしね。」








「よぉーっす、丁度来る頃だと思ってたよ。」


華幻の傷を縫合し終えたイブンが、丁度診療所の扉を開けた真理に脱力感満載で言った。


「傷、どうだったの?」


口の中に角砂糖を流し込みながら、イブンは傷口を撮った生々しい写真を差し出した。


「其処、座って。」


促されるがまま真理は座ると、受け取った写真をまじまじと見る。


「見たら分かると思うけど、何かに獣に喰い破られた痕があった。彼女、鬼の血引いてるんだね。」


「そうだけど?何か不都合なことでもあった?」


写真を手に持ったまま、真理は不思議そうに首を傾げた。角砂糖を食べ切ったイブンは、次にキャンディーを舐めている。


「いや……人を消化する器官……『食人器官』って言うんだよ。胃と連結してあるんだけどね、其処を摘出させて貰った。人の味なんか覚えてないだろうし。」


「そんな事まで分かるの?」


ぼおっ、とイブンはからころと飴を舐めながら空を眺めている。


「分かるよ。食人器官は一度使うと赤色に染まるから。まだどす黒かったし、これは摘出しても良いなと。本人の体調は今の所安定してる。多分直ぐに回復すると思うよ。明日には家に帰れる。」


さて、来たのは……とイブンは飴を噛み砕いて言った。


「ミルの獣だね。傷口が呪われてなくて本当に良かった。」


「……ミルゼンクリアの事をミルって呼ぶの、君くらいだよ。」


しーらね、と明らかに機嫌が悪そうな口調でイブンは答える。


「知ってる?玉鏡竜の住む剣山が色々問題起こってるって話。今日の朝刊に書いてあったんだけど。」


「何それ。今日は新聞読まずに出てきちゃったからなー……。」


しくった、と言わんばかりの表情を真理は浮かべると山の書類の中からイブンは新聞を取り出す。


「一面の見出しだよ。『グランツヒメルにおいて異常気象発生!』三十五度もあるのに大雪が頂上付近に降ってるんだってさ。」


「明らかにミルゼンクリアだね。」


「あんまり時間が無いかもねー。」


適当に言葉を発すると、イブンは目の前の小さな写真立てを見る。


「先生だったらさ。何とかなったかもしれないけど。アタイには無理だね。」


「……あの変態の龍の医者は『治す』ことなら何でも出来るからね。『病気』があったこと自体、治すことか出来る。」


奥から黒髪の男、華佗とイブンが呼んだ医者が出て来る。


「お、華佗君。お久しぶりだね。地方回ってるのは楽しかった?」


『お久。楽しさがやばみ。見聞の広がりみがやばい。』


「それは良かったじゃないか。」


きゅっきゅっ、と白板と筆の擦れる音がする。


『女の子。少し怪我が残りそうだけど、一年あったら殆ど消えみが深い。』


「そうなのか。身体に傷が残らないのは良かった……。」


静かになった診療所に、真理の椅子の退かす音だけが響く。


「それじゃあ僕はもう行くね。今皆不安定な状態だし。」


「ん。何かあったら言いなよ。」


からんからん、と鈴の音だけが其処に響いた。







「……っ、ひっ、ぁ……?」


声出せない悲鳴をイブキは上げると、身体を一瞬で上げた。今でも忘れない、初めて『モノを壊した』思い出。


自身の兄、琉煌りゅうきの殺した犬は父親が言いくるめて捨てたことを覚えている。


次は夕羅ゆら鸚鵡おうむ。羽をいで、腸を抉って。あれも父親が隠してくれた。


最後は何だったのだろう。何をコワシテ、何を救って……。


「……何を考えているんだ、僕は……。」


薄暗い部屋の中でイブキは自分の両手を眺めた。


どんどん自身の中の欲望がせり上がってくる感覚が恐ろしい。挙句の果てには主の首すらも、僕は。


「……嫌だ、嫌だ、壊れたくない……まだ『僕』は『僕』で居たいのに……あの時食べた人の味が、嫌だ、嫌だ……。」


あの白い首筋にもう一度手を埋めてみたい。それで、骨を捩って、肉を捩って。その最果てに見る苦痛に満ちた顔が見たい。


「どうすれば良いんだ……僕は……。」


「じーっ……。」


「…………え?」


イブキのどす黒い思考も、何処からともなく聞こえる声で断ち切られてしまった。


別段自分は幽霊が怖いたちでは無い。しかし、現在緑珠とイブキしか居ない本邸において、この声は緑珠の物であるという結論に至るのだが。


「じーっ……。」


「………………えぇー……。」


突拍子も無さすぎる行動に、イブキは最早えぇー、としか言えない。


「此処で問題。緑珠は何処に居るでしょ……あ、人物も質問にするつもりだったのに!」


突然のクイズ番組が始まってしまった。イブキはきょろきょろと辺りを見回すと、硝子張りの障子の隅っこに、黒い塊がある。いや、この状況下でこれは怖い。


「え、えっと……ですね……。其処、ですかね?」


しかし返答は意外なものだった。


「ぶっぶー!それはダミーでした!正解は此処!」


ばこんっ、というあからさまに修理費が嵩みそうな大きい音がすると、イブキが見上げていた天井から緑珠が落ちて来る。


「正解は天井裏でしたー!あれはダミーなのよ?真逆騙されてくれるとはねー!」


緑珠はまるで抱き抱えられるのは当然といった風で、イブキの腕の中でばたばたとしている。


「えっと……はい……。あの、ですね。緑珠様。」


「なぁに?」


何時も通りに。まるで「今日の夕飯はですね、」と切り出した時のように。顔の表情が変わらないことに、イブキは些か戦慄を覚える。


「あの、首を、」


「絞めたことをまだ根に持ってるの?甘いわねぇ、貴方も。」


それに、と緑珠はドスの効いた低い低い声で、唸るように言った。


「……もっと酷いことを、私は王宮時代にされていたのだし。私は貴方を許すわよ。」


緑珠はイブキをよしよし、と撫でる。


「よしよし。気にしなくて良いのよ。だって一秒後に死ぬかもしれないじゃない。なのに大好きな人を許さないっていうのは、少し悲しいことじゃない?」


「そう、ですね。」


何かが腑に落ちない。とにかく何かが腑に落ちないのだ。


緑珠はイブキの膝から退くと、薄暗い空間を後にする前に、一言を告げた。


「そうだ、イブキ。私にね、」


その言葉に、その言葉は。


「『死の恐怖』を取り戻させてくれて、『有難う』。お休みなさい。」


かたん、と扉が閉まるのを、イブキは起き上がりながら見ていた。皮肉では無いのだ。皮肉では無い。なのに、どうしてこんな、どうして僕達は、こんな……。


「……僕達は救われないから、周りを救うんでしょうかねぇ。」


ひたひたと揺れる彼女の足音を聞きながら、イブキは目を閉じた。







次回予告!

落ち着いた本邸に、もう一人の彼女が現れたりイブキが面倒臭そうにしたり緑珠が復活したりと、落ち着いたお話!


そして!九月の第一週は光遷院 伊吹の外伝『酒と堕神だしん髑髏しゃれこうべ』が中編、後篇共々公開!是非どうぞ!


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