ラプラスの魔物 千年怪奇譚 69 目と暗闇
イブキが本来の意味を見失ってヤンデレ感満載だったり変態になってたり緑珠が一杯食わせたり顔を真っ赤にしたりぬいぐるみにモアが埋もれたりふわふわなお話!
「……バレちまった、か。」
「そりゃあね。だって僕、神様だもの。」
天井裏に潜んでいたモアは、五点着地法を使って真理の前に躍り出る。
「五点着地法だね。危ないからあんまり使っちゃ駄目だよ?」
「善処しよう。」
「する気なくない?」
「ははは。」
乾いた笑いをモアは浮かべると、直ぐに臨戦体制へと移った。
「君の願いは?」
「特に無い。お前の願いは?」
聞き返したモアに、真理は苦笑いをしながら肩を竦めた。
「僕も無い。……あぁ、でも……。」
真理はモアへと微笑みかける。
「君と笑顔で『またね』を言いたい。」
「……そうだな、願いは無い。私もそれだ。その想いを叶える。」
二人は枕を構えた。……いや、枕を、構えた。
イブキから逃れた緑珠は、装飾品が数多に置かれている薄暗い衣装室へと入った。奥の横箪笥を開くと、大きな深い長方形の箱だ。
「よし、此処に隠れれば……。暫く息を整えて、と……。」
心の中で言ったか呟いたかも分からない声量で、緑珠は深い長方形の箱に入った。緑珠が座ってもまだ高さ十cm程の余裕がある。
「……。」
たんたんたんたん、と緋毛氈の床を蹴りあげる音が、ぴたりと止まった。恐らく気付いていないのだろう、ふふふ、してやったり。
「……。」
の、筈だったのだが。
「……衣装室、ですか。」
扉の向こうからイブキのくぐもった声が聞こえる。大丈夫だ。イブキは考え込むと口に出す癖がある。別段驚くこ
「入ってみますか。」
バレた。これは絶対にバレている。緑珠の思考は完全に停止し、身体は鉛のように重い。頭を回せ。奸智の化け物を食い殺せ。
ギシィ、と木の扉が開く音がする。
「うーん、流石に此処にはいらっしゃらないか。まぁそうですよね。幾らお転婆なお姫様だと言っても、そんな事はしませんよね。」
明らかな挑発だ。緑珠はそれに乗るまいと、耳を手で塞いでいる。イブキの気配が消え去り、安心した時だった。
コン、コン。
「……?」
コン、コン、コン。
「……!」
最初は首を傾げていた緑珠だが、分かったのだ。この化け物、『音の反響で中に何が入っているか』、当てるつもりなのだ!
コン、コン、コン、コン。
拙い拙い、限りなく拙い。白い骨と木が響く音がする。
コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コンコン、コン、コン、コン、コン、コン、コン。
……コン。
まるで身体全体を嬲られるかの如く、イブキの手が緑珠の隠れている箱を触っている。ゆっくりと、指が入っていく。光が漏れる。
「いやぁっ!」
音と恐怖に耐えきれなくなった緑珠が、とうとう扉を開けて叫んでしまった。怖い、どうしようもなく怖い!
「ああ、此処にいらっしゃったのですね。」
これは、枕投げでは無い。
「ひ、ひぃ……。」
「ふふふ……みぃ つ け た。」
ゆっくり歪められていく口元を緑珠はぼんやり見ていた。もっと詳しくいうと、怖すぎて顔が引き攣っているのだ。
「僕、此処の扉を触ったら出ていくつもりだったんですけどねぇぇぇぇ?」
嘲笑をイブキは浮かべると、緑珠はただひたすらに叫んだ。
「ぜ、ぜ、絶対嘘だ!」
「酷いですねぇ、僕は緑珠様に嘘をつきませんよぉ。勿論、他人にも。」
やだなぁ、と言わんばかりの甘ったるい声。……その紅潮した顔を抑えてくれたら信じるかもしれない。
「……絶対嘘だ……。」
「……ま、嘘でも嘘じゃなくても貴女は枕の餌食になるんですよ。ねぇ?」
「さぁ?案外それは外れるかもしれないわね。」
緑珠は強気に言い放った。策は無い。名前はまだ無いみたいなノリで言ったが本当に策は無い。無理。絶対これはあかんやつだ。
「……へぇ。」
「ほ、本当よ?」
話題を逸らすべく、緑珠は明らかにやばい目付きのイブキへと言い放った。
「今の私のこと、『そういう目』で見てるんでしょ!」
「えぇ、見てますともそして現在進行形でお世話になってます。」
「聞きたくなかった!」
きゃーっ、と耳を塞いで緑珠はちらりとイブキを見やった。
「緑珠様から言い出したのに……。というか緑珠様も『そういう事』をご存知だっ」
「お黙りなさいそんなこと知らないわよ。私は清廉なお姫様なのだからね。というか、」
緑珠は一息で言い放った。そして、もじもじし始める。
「そういうことを知ってるのって『緑珠李雅』の解釈違い起こしそうだし……。」
「自分の中で自分と解釈違い起こしてるんですか。凄いですね。」
真面目な顔をして呟いたイブキに、緑珠は自信満々に答えた。
「えぇ。だってお姫様は皆に愛されなくちゃいけないもの。」
「……緑珠様……。」
姫としての体裁。彼女の考え。……とでも言うと思ったのか。
「いやいや、何を暗なことを言って誤魔化そうとしてるんですか。」
「く、バレたか……。」
うぅ、と詰まった緑珠に、イブキは淡々と述べていく。
「良いですか緑珠様。これは夜なんです。情緒が謎な時間なんですよ。何をしても翌朝後悔するんです。」
「貴方の発言が今最も後悔する発言をしてるわよ。」
箱からゆぅっ、くり出ようとした緑珠の手を、伊吹は容赦なく掴む。
「何逃げようとしてるんですか駄目ですよ。緑珠様は箱の中に居るべきなんです。」
「目的見失ってない?」
「見失ってないです。とにかく枕の餌食になって下さい。」
「嫌よ。」
緑珠はイブキの手首を掴むと、まだ広さがあった衣装室の奥へとぶっ飛ばした。
「……防衛術だけは、筆舌に尽くし難いくらい上手いですよね、貴女。」
倒れ込んだその先でイブキは呟くと、緑珠は薄暗い衣装室をジグザク方向で出口を目指す。扉を掴んだ、瞬間だった。
「……あ……。」
「それぐらいの対策を僕がしていないとお思いで?」
懐から一つの鍵を取り出す。どれだけ緑珠がドアノブを回そうとも、開くことは無い。
「い、いやいやいやいや!捕まりたくない!開いて!開いてったら!いや、いやよ……。」
「閉まっているものは開けられませんよ。」
ぶっ飛ばされた暗闇の向こうから、イブキは緑珠の方向へと足を進める。後ろは怖くて振り向けない。小窓の一つも無いものか。
「出られそうな穴はありませんでした。鍵穴はありましたけど。」
ひたひたと嗤う、愉しそうな表情が暗闇の中でもよく分かる。
「や、やばい……。」
緑珠はぴょん、と扉の上から高く跳躍し、天井の突き出ていた柱部分に乗っかる。
「だからそんな所に逃げても無駄ですよ。僕、匂いで貴女のことが分かるんですから。」
イブキの一言に、緑珠はぴくりと反応した。もしかしたら僅かな可能性を見出したかもしれない。
彼女はその柱を蹴って、衣装の中に紛れた。場所を悟られないように前に進んでは後ろに下がり、右に曲がり、下に滑る。
「……。」
当のイブキはと言うと、その動きに合わせて視線を動かしていた。あぁ、今滑った。右足に負担がかかる走り方をしているな、等と。そして、
「はぁぁぁぁぁぁ!」
その叫び声の方向から来た物体をイブキは容易く捕まえる、が。
「つかま、……あれ?」
ぴこん、と音を立ててイブキの体力表示が一つ消えた。本命は、背後に、
「よっしゃあっ!」
緑珠は股ぐらでイブキの首を掴むと、そのまま倒れる様にして体重をかける。
イブキが緑珠の足を掴むのよりも数秒早く、彼の懐から鍵を引き抜いた。
「っ、やりましたね……!?」
ヤル気と殺る気がマンマンになったイブキに、緑珠は鍵穴を回しきると、もう一つ枕を投げて、
「まさかこんな簡単に騙せるとはね!」
イブキの表示が、また一つ減った。開いた扉には緑珠の姿はもう無い。手元には枕に巻き付けられた帯がある。
「……五感に頼ったのが仇となりましたか。」
一本目の表示が残り一つとなったイブキは、ぶれることなく緑珠を追った。
「あーっ!くそ!てめぇ魔法使うとかずるいぞ!」
「そりゃ魔法使いだもんね!」
真理はモアにぽんぽんと可愛らしいぬいぐるみが当たる魔法をしている。痛くはない、痛くはないのだが……。
「邪魔なんだよこれ!退け!燃やすぞ!」
「君が燃えるよ?」
「分かってるから出来ねぇんだよ!くそ!」
痛くはないのだが、モアの退路をじりじりと塞いでいく。ぬいぐるみの中に混じって枕も飛んでくる。それ故モアの表示は一本無くなってしまった。
「しかもこのぬいぐるみ地味に可愛いし!蹴り飛ばすのが憚られる!」
「でしょ?可愛いでしょ?」
一旦攻撃が止むと、ぬいぐるみの山から首だけ出しているモアに、真理は楽しそうに言った。
「やっぱり可愛いものって良いよね。この象のぬいぐるみとか、うさぎとか……。兎は漢字で書くよりも、ひらがなでうさぎって書いた方が可愛いと思うんだよ。」
モアはぬいぐるみの山から手を出すと、周りのそれを適当に掴んだ。
「なぁ真理。これ枕投げ終わったら貰って良いか?」
「あ!気に入ってくれた!?」
「充分可愛い。というか、最近のぬいぐるみはこういうちびキャラ的可愛さが無さすぎだと思うんだよなぁ……。」
「あ!そう!ほんとそれ!分かってくれる!」
近づいてきた真理に、モアはぺちんと枕で叩いた。
「だ、騙したのかい……!?」
真理の表示が一つ減ったのをモアは横目に、真顔で言った。
「騙してはいない。事実ぬいぐるみは可愛い。」
「そうだよね!」
また近づいてきた真理に、モアはぼふんと枕で叩く。
「う、地味に痛い……。」
しかしこのままぬいぐるみに埋もれても居られない。モアが思考を巡らした瞬間だった。
「……!」
向こうから何やら悲鳴が聞こえる。その声は段々近づいて……。
「ちょ!緑珠様!落ち着いて!」
「いいいいいいい伊吹のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
モアと真理は白い目で全力疾走している悪夢の二人を見る。緑珠は半泣きに、そして顔を真っ赤にしながら無我夢中で枕を投げている。
「……伊吹君、何したの。」
「何もしてませんって!」
「してなかったらこんなに怒んないよ!」
すっかり昔の口調に戻っている緑珠は、息を荒くして叫んだ。
「仕方が無いでしょう!?不可抗力だったんですよ!」
緑珠の赤面につられて、イブキも少し照れている。ぬいぐるみの山の中でモアは呟いた。
「マジで何があったんだ……。」
「ぃぃぃぃぃぃぃぃいぶきが、」
「……何したの……?」
真理が若干覚めた目付きでイブキを見た。本人は手をぶんぶん振りたくっている。
「む、むむ、胸を、さわ、さわ、って……。」
しゅううう、と頭から湯気が出ているかのように緑珠は其処にへたりこんだ。
「待って下さい誤解なんです。」
「……聞こうか。」
モアは退屈を極めたらしく、周りのぬいぐるみと一緒に人形遊びをしている。真理が腕を組んで問うた。
「枕投げをしている時に、そ、その、たまたま当たってしまって……。その時に服がはだけたから、着せて差し上げようと思ったら、あたっ、あたっ、あた、」
「当たったんだね?」
イブキがこくこく頷くのを前に、真理の三十分の時間印が鳴った。
「……う、うぅ、伊吹の、へんたい……。」
「あ、やばいなんか目覚めそ」
目覚めそう、という前に真理はイブキの鳩尾を一発殴った。そして、何時も通りの朗らかな笑顔で、
「それじゃあ!お風呂に入ろっか!」
ねぇ、どうして。
どうして。どうして。どうして。
どうして。どうして私を殺すの。
私の愛しいお兄様。私の愛しい旦那様。
どうして、どうして私を置いていくの。
どうして私のことを聞いてくれないの。
どうして、どうして、どうして。
どうして。お兄様。旦那様。
どうして、子供を優先なさるの。
私の気持ちを優先してくれないの。
どうして、ねぇ、どう
「起きて下さい。」
「……んぅ。」
緑珠は暑さでへばりついた喉を、掠れた声のする方へと向けた。お風呂も入ったあとの、真夜中の寝室。布団が涙でぐっしょりと濡れている。
「……何をお泣きになっているのですか。」
「……『おにいさま』。『おにいさま』が、わたしをころすの。」
掠れた声ことイブキは、それに応えることなく続けた。
「お水は?」
「飲む。」
暑さでへばりついた不快感極まりない喉に、清涼な潤いがもたらされる。
「……何しに来たの。」
「夜這いに。」
にっこりと笑ったイブキに、緑珠は腫れぼったい涙で濡れた瞳を虚ろに覗かせる。
「じゃあ、一緒に寝て。『おにいさま』が私を殺さないように、一緒に居て。」
緑珠はイブキの手を掴むと、くいっくいっ、と引き寄せる。
「怖いの。『おにいさま』が怖いの。大好きなのに。愛しているのに。『おにいさま』が……。」
ずっとぶつぶつと呟いている緑珠を前に、伊吹は寝台へと乗った。そして、顔を一気に近付けると、
「……『今』、『貴女』の目の前に居るのは誰ですか。」
少しだけ不機嫌そうに、黒洞々(こくとうとう)たる瞳を覗いた。すると波が引くように瞳は翠玉に戻っていく。
「……いぶき。いぶきがいる。わたしを、すくってくれたひと。」
「そうですよね。『おにいさま』は?」
満足な回答が得られて、少しだけ機嫌が良くなったイブキ。緑珠はそのままぼんやりと続ける。
「『おにいさま』は……居ない。いぶきと、ちゃんりと、もあと、わたしだけしかいない。」
「そうですね。貴女の大好きな人しか居ませんよね。」
ぎゅっ、とイブキは緑珠を抱き締めると、そのまま寝台に倒れ込んだ。
「大丈夫です。貴女を殺すのは僕だけ。僕が殺すのは貴女だけ。他の奴の手になんて絶対にかけませんから。安心して、お眠りなさい。」
緑珠は薄い記憶の中、身体が段々と重くなっていくのを感じた。
次回予告!
滅茶苦茶緑珠が艶っぽい声を出したりイブキがえげつない悲鳴をあげたり姫と一緒に人形を返しに行ったりとノルテ編最終話!




