ラプラスの魔物 千年怪奇譚 66 飴と気分
緑珠があられもない声を上げたり痛くされたりムヒを塗られたりイブキが煙管関連の事でえげつない事を言ったりと相変わらずのお話!
「ふっ……んんぁっ、死、ぬ、やらぁ、逝っちゃうからぁ、壊れちゃう、からぁ、ちょっと止まってぇっ……。」
「嫌、です。勝手に逝ったら、それっ、っと、こそお仕置きですよ。」
「やぁ、むりぃ、ほんとっ、ちょ、やらぁ、らめぇ……んぅっ、あぁぁ……!」
「傍から聞いてたら何してんの?って感じになるよ?」
緑珠は舞踏会の控え室の壁に手を付いて、イブキにコルセットを締められている。
「……やっと締まった。痛くしないと締まらないって大変ですね。」
イブキが上手くコルセットを閉めると、緑珠はへなへなと地面に座り込んだ。
「死ぬかと、思った……。」
「そんなので死にませんよ。……あ。」
顔色一つ変えることなく、イブキは緑珠の背中の赤い虫刺されを指で押した。
「何で噛まれるんでしょうかねぇ。冬も一歩手前って感じなのに。ダニですよねこれ。」
「ひ、ちょっと待っ」
「真理、ムヒパス。」
「りょうかーい。」
緑珠の足をイブキの足で拘束すると、受け取ったムヒを右手に持ちつつ左手で緑珠の手を拘束する。
「はいはいじっとして下さいね。」
「ぢょっど!いだい!じぬがら!まっでぇぇぇ!」
「落ち着いて下さい。別に掻き毟っている訳では無いので痛くないですよ。」
否定を述べるべく、緑珠は思いっきり涙目でイブキへと振り返った。
「違うもん!貴方の塗り方めっちゃ痛いのよ!物理てきって痛い痛いから!痛いから!痛いよ!」
「そーですか。」
「話全然聞いてないな……。」
全く、とイブキは肩を竦めて半泣きの緑珠へと言った。
「僕、めちゃくちゃ吃驚したんですからね。コルセット抑えて『締められない!』って控え室に入って来たこと。」
ぐすっ、ぐすっ、と涙を拭くと、緑珠はドレスを着るべく立ち上がった。
「だってぇ、お父様とお母様の作ったドレスのコルセット、人外用じゃなかったのだもの……普通の人間より肋骨が左右五本ずつ多いっての……うぶっ、」
「それでも半分下着姿で入って来ては駄目ですよ。」
ぼん、とイブキは緑珠にドレスを被ると、イブキに手伝って貰いながら着ていく。
「……だって。力仕事でどうにかなるの、この二人しか居ないと思って。」
不服そうな顔をしているイブキに、真理はあっけらかんとしながら言った。
「ま、良いんじゃない?締まったんだしさ。」
「そうよね!それじゃあ髪もセットして貰うわー!……それにしても。」
きゅ、と緑珠の背のチャックが上がる音がする。
「貴方、随分とドレスを着せるのが上手いのね。」
「……『脱がせ方』が分かれば必然的に。」
「きゃーっ、イブキのへんたーい!」
きゃっきゃっとはしゃぎ倒す緑珠に、イブキは彼女の頭をぐりぐりと押した。
「貴女は自分が入って来た状況を考えて物を言った方が良い。」
「ふふっ、やめて、くすぐったいったら!」
「痛かったりくすぐったかったり大変だねぇ。」
「ほんとにそうねぇ。」
まだくすくすと緑珠は笑いながら、彼女はひらひらと手を振った。
「それじゃあ髪もセットして貰うわね。待っててね!とっても綺麗にして貰うから!」
黒髪が廊下に消えると、イブキは控え室の椅子に座った。
「煙草はダメだよ。」
「バレましたか。」
「そりゃあね。絶対に吸うだろうと思ったし。」
気まずそうな顔をしながら、イブキは前屈みになって言った。
「こないだイライラして吸ったら煙管の吸口噛み砕いちゃったんですよね……新しいの買わなくちゃ駄目ですね……。」
「うわぁ、ご愁傷様。口の中ヤバそうなんだけど。金属片の味じゃない?」
真理がその状態を想像して、苦い顔を作る。
「いや、本当にやばかったですよ。ヤニの味がしました。金属片はつっかえるし、吸えないし……。」
「……あぁ、そうだもんね。そうなるもんね……。」
「よっ!何辛気くせぇ顔してんだ?」
ばんっ!と扉が開くと、白いドレスに身を包んだモアが現れる。
「いやぁねぇ。煙管が壊れた、という話をね……。」
ふーん、とモアは呟くと、懐から幾つかの棒付飴を取り出した。
「食うか?口の寂しさは無くなるぜ。」
「頂きます。」
「それじゃあ僕も貰おうかな。」
モアが飴の銘柄を眺めて言う。
「えっとな。桃と蜜柑と葡萄と林檎がある。」
「じゃあ僕は蜜柑で。」
「葡萄を貰おうかな。」
「ほいよ。」
銘柄を捲りながら、彼女はイブキへと問うた。
「緑珠は何の果物が好きなんだ?」
「基本的に何でもお食べになりますが、西瓜がお嫌いでしたね。あと甜瓜。」
「瓜系が苦手なんだな。」
三人はころんころん、と口の中で飴を転がす。暫くの間、室内は暖かい空気に包まれる、のだが。
「……ねぇ皆、めっちゃ緊張してない?」
言ってはいけない一言を、真理は口に出す。モアは顔を顰め、イブキは一言も言わないが飴が盛大に割れる音がした。
「止めろよそれ言うの。誰も言わなかったんだぞ。……お腹が破格に痛いんだよ……。」
「もう僕、足攣りそうなんですけど。」
イブキの他愛無い一言に、モアと真理は声を合わせて言った。
「「絶対に余裕だろ!」」
がりがり、と砂利の様になった飴を喉に支えながら食べる。本来の飴の食べ方とはかけ離れている。
「……いや、僕、元貴族ですけど、そんな舞踏会とかには出なかったんですよ。挨拶面倒ですし。修行もしてましたし。」
だから、とイブキは神妙な面持ちで顔を伏せた。
「緑珠様のあの余裕が羨ましいです……。」
「分かる。」
同意を示して、モアもぺろぺろと飴を舐めている。
「イブキ!真理!」
またけたたましい声が扉から聞こえる。緑珠はモアの姿を視認すると、
「あら!もうモアも来ていたのね!」
「……あぁ。来たぞ。」
お腹が痛いのを抑えながらモアは答える。緑珠はその場でくるりと回った。ふわん、と裾が浮かぶ。
「どうどう?似合ってる?ま、お姫様だから似合ってるのも当たり前だけれどね!」
態とらしく緑珠はカッコつけると、三人は各々の格好、表情で緑珠へと言った。
「良くお似合いですよ。」
「うん。本当に良く似合ってる。」
「これなら私があげるドレスも安心して着れるな。」
まさかこれ程褒められるとは思っていなかったらしく、緑珠は一瞬呆気に取られると、
「あ、ありがと……。」
顔を真っ赤にして俯いた。そして、左手で裾を掴んで右手を差し出す。
「ええっと、エスコート、お願い出来るかしら……。」
「で。緑珠、大丈夫なの?」
大広間の扉の前、緑珠はがたがたと緊張で震えている。
「エェ ダイジョウブ ヨ。」
「片言ですし全然大丈夫では無いですね。」
イブキと真理の手を固く握りながら、緑珠はそおろと辺りを見回す。
「何で……何でモアは居ないの……あの子も舞踏会に出るんでしょ……。」
「あの人は宰相殿にちょっかいかけに行きました。」
「うっそでしょ……。」
まぁそれに、と真理は付け加える。
「モアは正式に招待されて無いから。色々あったし、『宰相が勝手に呼んだ』ってことになってる。」
「……うっそでしょ……。」
イブキは半分しゃがみこみながらうんうん唸っている緑珠に、不思議そうに尋ねた。
「そんなに緊張していらっしゃらなかったのに、どうしてまた始まる前に……。」
「始まる前だからこそ緊張するのよ。お分かり?」
「分からなくも無いですが……。」
がたがたと緑珠が震えていると、扉の前の係りの者が囁く様に彼等に告げた。
「そろそろですよ。どうか御準備を。」
それを聞くと、緑珠はすくっ、と立ち上がった。
「さて!……頑張りましょうね……。」
「最後の声が消え入りそうだったのは大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも。」
扉特有の音がして、開かれる扉。十歳の誕生日の時、開かれた舞踏会を今でも鮮明に覚えている。
あの飾電灯は天女が踊っているのだと、本気で思っていた。疑いもしなかった。
美しいものは皆天上世界のものだとあの頃は信じて疑わなかった。
だが、暫くして王宮が戦場となった時、周りは穢れで溢れた。それも全て地下世界のものだと信じて疑わなかった。だが、
「緑珠様、もう少し足を前に。」
イブキの耳打ちが聞こえると、緑珠は思考を停止した。要するに、と自己の中で完結を示す。
貧しい心で見る世界は、貧しいのだ。
一通りの儀式が終わって、緑珠は脱力した。
「にゅ、入場緊張した……。」
「まぁあれだけ緊張したらね……。」
震える足をなんとか立たせる。もう恐怖で足が震えている訳じゃない。他にも溢れるほど貴族が居る。
「……ふふ。」
「何だか先刻から幸せそうですねぇ。」
イブキは詮索するように緑珠の顔をじろじろと眺める。
「ふふふ、まぁね。」
「教えてよ緑珠。」
「ふふ、やぁよ。これは私だけの幸せなんだから。共有なんてしてやるもんですか。」
緑珠は彼等の手から離れると、この舞踏会の主催者の前まで躍り出る。
「パトリック王。今宵は素晴らしい催しをして頂き、心より感謝申し上げます。」
「ん?緑珠ちゃんか。楽しんでる?」
猫のように目を細めて、緑珠は微笑んだ。
「入場するときに緊張は致しましたが……今は雰囲気だけでも酔いしれそうです。」
「そうか。それは何よりだよ。」
「緑珠李雅姫!……あ、じゃなかった。緑珠姫!」
元気溌剌を身に纏い、宝冠を被せた薔薇姫が微笑みながら緑珠の傍に駆け寄った。
「ご機嫌麗しゅう存じますわ。全く、お兄様が舞踏会をあること言って下さらなかったのだわ。酷いわよね?」
むすっ、とした顔をしながらロジエは呟いた。菫の髪に、ぽん、と手が置かれる。
「ロジエ。言っているだろう。何でも『のだわ』を付けると良いってもんじゃない。『のだわ姫』?」
ルカが茶化す様にロジエへと言うと、姫は憤慨して兄をぺちぺちと叩く。
「煩いのだわー!恥ずかしいことを緑珠姫の前で言わないでなのだわー!」
叩かれている兄は、片手で妹の相手をしながら緑珠へと言った。
「楽しんでいらっしゃるか?」
その二人の動きを微笑ましく感じながら、彼女は答えた。
「えぇ。それはとっても。お力添え感謝致します、ルカ殿。」
緑珠はシャルロットから伝言されていた、件のことを告げる。
「ロジエ姫。若しかしたら、あのお人形は……。」
「う、動かなくなっちゃったのだわ……。」
しょんぼりとしているロジエに、緑珠は中腰になって言った。
「私ね、あのお人形さんから頼まれていることがあるの。」
「頼まれていること……?」
涙目になった悲しみの瞳を、今度は懐疑を浮かべるものへと変える。
「そうなの。あのお人形さんはね、貴女の手で持ち主に返して欲しいそうなの。貴女の手、が良いのだそうよ。」
「……私。私が良いのだわ?」
その言葉を反芻すると、ロジエは俯いていた顔を上げた。
「緑珠姫、持ち主は分かるかしら。私、その方に返したいのだわ。お手伝いしてくれる?」
「それはもう、喜んで!」
薔薇の姫君の提案に、緑珠は喜びを纏いながら返した。
「嗚呼、今日は煙草が美味い夜だ……。」
「今日『も』煙草が美味い夜だ、の間違いじゃない?」
舞踏会の喧騒の外、星空台でイブキは葉巻煙草を吸っていた。
「……こう、今日は……格別に美味しいんですよ。分かります?」
「酒なら分かるかもね。」
麦酒と腸詰を頬張りながら、真理は返した。
「にしても、良かったのかい?」
「何がですか?」
ふう、とイブキは煙を吐く。聞くのはもちろん、緑珠の事だ。
「緑珠だよ。離れてても良いのかなって。」
そうですねぇ、とイブキは微笑みながら、何処を見ることも無く答えた。
「もう一人、挨拶するべき人が居ますからね。」
二人が居る星空台よりも、もう少し遠く。宰相が立っている星空台に、緑珠が見える。
次回予告!
緑珠がぱくぱく焼菓子を食べたりモアが褒められたりダンスをしたりと煌びやかな舞踏会綺羅奇譚!




