ラプラスの魔物 千年怪奇譚 65 舞踏会とドレス
イブキの秘めたる思いを告げられたり楽しくパスタを食べたり緑珠が殺意を芽生えたり布団を隠されたりとほんわかな千年怪奇譚!
彼等に伝えるのは、それは勿論。
「王様がね、私の為に舞踏会を開いて下さるの。それをね、ふふふ、伝えようとね……。」
「そうなんだね。良かったじゃないか!」
ニヤニヤが抑えられない緑珠に、真理は楽しそうに言った。そして、一つ。
「それでは、行ってらっしゃいませ。」
「それじゃあ行っておいでよ。」
彼女は一瞬、呆気に取られた。そして目を釣り上げてイブキと真理のほっぺたを抓る。
「ばぁっかじゃないの!貴方達も行くの!なぁに灰被り(アッシェンプッテル)が言いそうな事言ってんのよ!行くの!あんだーすたんど!?」
「そんな良い服持ってないです!」
「あれあったでしょう!私を庇って舞台上で超絶格好良い台詞吐いたアレ!」
フィンガースナップを繰り出すと、イブキは恥ずかしさのあまり悶絶する。
「恥ずかしい話をするのは止めて下さい!」
「いやー!あれは僕も格好良いと思ったよ?」
「真理に言われても嬉しくないです!」
「おっと!衣装製作の気配がするぜ!」
室内に男勝りな声が響くと、天井からモアがばさっと現れる。そして、土足で畳に立つ。
「あれは汚れちまったから、オレがまた新しいのを作るからな!」
「モア、まだあれは取れる汚れだったとおも」
「作るからな!」
「それ以前にモアさん、何で天井に居たんですか……。」
もうモアは準備万端で、手にはメジャーと布で溢れている。
「おっと、その質問には答えないぜ。という訳で!」
と、モアはぐいぐいと大の成人男性を押す。そして本邸へと連れていく。
「採寸のお時間だ!あとは宜しくな!緑珠!」
「……え……?」
ぴしゃん、と閉められた扉を呆然として見つめながら、鍋の傍にある伊太利亜麺を眺める。
「……もしかして、一人でご飯食べる感じなの?」
まぁまぁ、と自分自身を宥めながら、伊太利亜麺と肉又を取って縁側まで歩く。
「ふふふ、イブキと真理が居ないのなら、ちょっとくらいお行儀が悪くても良いわよね……。いただきま」
「あ、伊太利亜麺じゃないッスか!」
声のするほうを見ても誰もいない。とんとん、と緑珠の肩を叩いて、彼女は振り向く、が。
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!おばけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「いや、お化けッスけど……。落ち着くッス。」
固まっている緑珠をちょんちょん、と啄くと、彼女ははっ、と意識を取り戻した。
「……あ、あぁ……彪川ね……。しんぞう、止まるかと……。」
「それは悪かったッス。というか卓袱台で食べないッスか?お行儀悪いッスよ?」
緑珠は伊太利亜麺と彪川の顔を交互に見つめる。そして、ぽそりと問うた。
「……だめ?」
「駄目っス。」
「……彪川も食べる?」
「食べれるなら頂くっス。」
渋々彼女は卓袱台に伊太利亜麺を置いた。そして頑張って彪川の分も分けようとする、が。伊太利亜麺が固まって上手く取り分けられない。
「う、上手くできない……。」
「やるっスよ?」
「……はい。」
緑珠は食事の為の一式を渡すと、彪川はルンルン気分で取り分ける。
「あの後ね。仕事はどうなったの?」
向かいに座った彪川を見ながら、緑珠は問うた。
「滞りなく出来たっス。何せ死ぬ筈だった人間が山ほど居て……それの回収が終わらないったらありゃしない……。」
もぐもぐしていた緑珠が、伊太利亜麺を飲み込んで言った。
「……あのね、彪川。王様が私の為に舞踏会を開いてくださるようになったの。」
「それは良かったじゃないっスか。」
一気に残りの伊太利亜麺を食べ尽くすと、緑珠は口を拭いて縁側に座り込む。
「何だか、ねぇ。お父様とお母様と一緒に居た、まだ私が宝冠を頂いていたあの時期が、まるで夢みたいで……。」
「辛いのなら、夢でも構わない。」
彪川の言葉に、緑珠は何かに刺されたように振り返った。
「随分と昔、皇子が言っていました。貴女のことを指して。『あんな恐ろしい場所に居る人だから、きっと無感情なのだろう。それが辛いのなら、願わくばその体験が夢であって欲しい。叶うのなら、僕こそがその体験を夢にして差し上げる』と。」
「……随分とまともな事を言うのね。」
「あの皇子は基本、まぁ基本まともっスよ。貴女の前を除いては。」
彪川のその言葉に、彼も彼女も笑った。そして緑珠は立ち上がる。
「私、今までの私を嫌いになったわ。」
「……は?」
「で、また私を好きになった!」
懐疑に溢れている彪川の顔に、緑珠は満面の笑みを差し出した。
「だってそうじゃない?こんなに私のことを思ってくれている人が、家族の他にも居たのよ。それに気付けなかった私は傲慢だし、醜いわ。」
そういう意味かと理解した彪川。そして、緑珠はまた付け加える。
「それで私はまた気付けた。私のことを愛してくれている人が居ると。そんな私をまた好きになったのよ。……ふわぁ、眠い……。」
欠伸をした緑珠は猫のように背をぐっと伸ばした。
「そうだ!寝る前にっと……!」
緑珠はその場を離れると、何時も持ってきている茶色の鞄からお菓子を取り出した。
「お仕事、大変でしょ?もしよかったら持って行って頂戴な。飴とか曲奇餅とか日持ちするものしか無いのだけれど……皆で食べてくれると嬉しいわ。」
彼女の手に溢れるほど乗っているお菓子を、彪川は有難く受け取った。
「それじゃあ、頂きますね。」
「という訳で、私は寝るわ。お昼寝暫く出来てなかったし。イブキは居ないし。」
と言って、緑珠は部屋に帰った。奔放なお姫様である。彪川も立ち上がって仕事に向かおうとした、その瞬間だった。
「ひゅ、ひゅーせん……。」
消え入りそうな涙声が聞こえる。何事かと目を潤ませて立っている緑珠へと近付いた。
「どうしたんスか?」
「あ、あのね……。」
ぽろぽろと流れ出る涙を拭いて、一言。
「屋敷のお布団、ないの……。」
そしてメモを彪川に差し出した。其処には硬い筆跡が残されている。
『お昼ご飯を食べた後にお昼寝はダメですよ。お布団は隠しました。伊吹』
「何でこんな酷いことをするのよぉ……。」
「あ、でもほら、裏に何か書いてありますよ。」
メモの裏が透けて見える。丸文字の真理の筆跡で、
『お布団は菊の間に置いてあるよ。by真理』
「ちゃー!んー!りー!」
緑珠がなんとも言えない歓声を上げると、彪川には目もくれず一目散に菊の間へと飛んで行った。
「やった!おふ、と……。」
勿論布団の姿は無く、ぱしゃっ、というシャッター音の後に一枚の紙切れが置いてあった。
「……『残念wwwハズレでしたwww by真理』……ふぅん……。」
慌てて追いかけた彪川に、緑珠は無情に言い放つ。
「よぉっし!今からあの二人殺しに行くわよ!」
「何を意気揚々と恐ろしいこと言ってるんスか!」
ただ、もうこうなった緑珠を止める術は無く、苗刀を持って殺る気マンマンだ。
「だって有り得なくない?私に布団を渡さなかったのよ!それに盗撮したし!」
ばぁん!と別邸の扉を開けて、すぐ側にある本邸へと足を進める。彪川は今から起こる事の重大さに恐れ慄いていた。
「ハァイ!伊吹!真理!」
「うわ。」
「げ。」
明らかにやっちまったという顔をして、イブキは写真を手にしている。……え、いやなんで?
「……いや、何で持ってるの?」
「直ぐに写真刷れるタイプなんですよ、これ。」
ひらひら、と翳された写真に、緑珠は懐疑の表情を持つ。
「……えっと、真理。」
「はいごめんなさいちょっと調子に乗りたかっただけなんだよお許しを賜りた」
「えぇ!あんまり気にしてないわ!」
と緑珠は言ったものの、目が全く笑っていない。
「今度の布丁は全部私のものね!」
真理は膝をついて、声も上げずに泣いている。モアはその様子を見て苦々しい表情を作る。
「……ぼ……くの、ぷ……りん……。なん、で……なんで、なんで……。」
「さて!今度は貴方の盗撮の件よ!」
「えー……良いじゃないですか。写真くらい。緑珠様の表情が変化する時が、一番好きなんですよ。僕は。」
ムスッとしているイブキ。これは修羅場だなと彪川とモアは顔を見合わせている。修羅場に修羅たる鬼が居るのは面白いものだ。
「はぁ!?何でよ!私が居るじゃない!私を見なさいよ!私が居るのよ!?撫でれるし受け答えするのよ?紙切れの方がいいっていうの!?」
胸に手を当てて、何の疑いも持たずに緑珠は言い放った。すっかり修羅場は崩れ去り、『そっちか?』の疑問が訪れる。
「いや、其方なのか?」
「其方ッスか?」
「其方なんだね。」
「其方なんですか。」
「……逆に何方があるの?」
きょとん、と首を傾げながら緑珠は言った。だってお姫様だもの。褒められるのは当たり前なのだ。
「……あーもう!緑珠様は可愛いですね!」
「でしょでしょー!お姫様だもの!」
モアがぽそっ、と彪川へと耳打ちした。
「……あの二人って、バカなのか。」
「往々にしてバカと天才は紙一重ッス。」
「あの子達は天才じゃなくて純粋にヤバい部類の人間だけどね。」
頭を撫でられていた緑珠が、ふと奥にあった山葵色のドレスを見た。羽のような丸い丸い模様のアレンジの袖が美しい。
「あのドレス、綺麗ね……。」
「アレか?アレはお前の為に私が作ったドレスだ。」
緑珠は慌ててモアへと振り返る。
「え!?でも、ドレスは用意して貰ってるって……。」
モアは含み笑いを醸し出しながら、緑珠へと言った。
「違うぞ?これは『私が勝手にお前に作りたいと思って』作ったドレスだ。要するに趣味とかそんな部類に入る。」
緑珠はドレスの前からモアの前へと移動すると、彼女の手をぎゅっと握った。
「でもモア、私、これにお金を払いたいわ。『商品』として頂くことは可能かしら。」
真剣な彼女の顔つきに、モアは一瞬呆気に取られると、直ぐに微笑む。
「……分かった、分かったよ。」
ぱぁっ、と緑珠の顔に花が咲く。だけど、とモアは一つ付け加えた。
「お代を払うのは国を造ってからにしてくれ。それまでに入用のこともあるだろ?」
益々緑珠は微笑んだ。そして、モアはニヤッと笑う。
「言っておくがお代は高くつくぜ?」
「ふふ、有難う!モア!」
商人の娘はニカッと笑い、腰に手を当てて言い放った。
「さて、と。ざっとこんなもんかな。明日には出来上がってるからな。楽しみにしておけ。」
緑珠の怒りは消え去っていた。
次回予告!
緑珠があられもない声を上げたり痛くされたりムヒを塗られたりイブキが煙管関連の事でえげつない事を言ったりと相変わらずのお話!




