ラプラスの魔物 千年怪奇譚 64 罪と罰
緑珠かを効果音をつけてゴロゴロ寝転がったり彪川がぶっ倒れたりとんでもない人からとんでもない書面が届いたりと真理が口を滑らしかけたりと平穏なお話!
「ごーろごろごろごろ……。」
朝。数分前に起こされた緑珠は、居間で効果音をつけながらごろごろしていた。
「イブキ、貴方の主がもうちょっと寝たいって言っ」
「駄目です。」
イブキがぴしゃりと言い放つと、膨れながら緑珠はまた転がる。
「ごーろごろ……あ、ねぇイブキ。」
「朝ご飯まだですし寝るなんて言い出さないで下さいよ。」
「くっ……今言おうとしていた事を……あ、じゃなくて!」
むくりと緑珠は身体を起こした。
「彪川はどうしたの?昨日頼み事をしていたのだけれど……。」
イブキは振り返ること無く、淡々と朝食を作っている。
「潰れましたよ。酒で。」
「……は?鬼って、酒で潰れるの……?い、いや、酒で潰れることはあったとしても……。」
「さぁ?知りません。」
すると、朝の馨しい空気に沿わない地を這う声が聞こえる。
「……おーうーじー……。」
「お早う御座います、彪川。」
廊下から歩いて来た彪川の足元に、イブキはさっと足を出した。避けることなく、びったんと彪川は倒れる。
「彪川!大丈夫なの!」
緑珠はまだ少しぼさっとした髪の毛を振り乱して彪川へと駆け寄った。
「うっ……く……皇子のことは、任せました……っ……うぐ……吐きそ……。」
「ああぁぁぁぁ!彪川!ねぇイブキ!お水を持って来て頂戴!あとお薬と……!」
イブキは空いているコップに水道水をぶっかけると緑珠に渡し、倒れている彪川に飲ませる。
「うぶっ……有難う御座います、緑珠様、皇子。」
「それで昨日、何があったの……?」
彪川は態勢を整えると、正座している緑珠へと言った。
「ええっとですね……オレは緑珠様のお頼み事の通りに皇子を呑み過ぎないようにさせようと思っていたんですが、とある遊戯をして、負けてしまって……。」
「あらまぁ……。」
緑珠は彪川をいたわっていると、イブキがとんでもないことを言い出す。
「そりゃあ僕、酒を呑んでいないんですもの。」
気分の悪さが嘘のようだ。彪川はぽっかりと口を開けた。
「……は?」
「彪川側にあったのは全部酒で、僕側にあったのは水だったので。水割りしようと思っていたんです。」
きゅっ、と蛇口を閉める音と彼の言葉が重なった。
「でまぁ見事に呑んでくれたのでこれ幸い、と。」
「イブキ、恐ろしい子っ……!」
「勝手に呑んでた彪川が悪いです。確認もなしに一気に酒を呑むからです。」
彪川は地面に伏すしながら、緑珠は辺りをきょろきょろと見回す。
「ねぇイブキ、聞こうと思っていたのだけれど、真理は何処に行ったの?」
「知りません。朝、朝食も食べずに出て行きましたけど。『用事がある』、と言っていましたが。」
「イブキより早起きなのは珍しいわね。」
またぐでーん、とスライムの様に伸びる緑珠。朝食が暖かい湯気と共に出来上がるのを見ていた。その時だった。
「緑珠、イブキ、お早う。」
「お早う、モア。」
「お早う御座います、モアさん。」
モアは扉を開けると、眠い目を擦りながら緑珠へと何かの手紙を渡す。
「お前宛だ。開けてみろ。」
「私、この国に知り合いなんて王族しか居ないのだけれど……。」
「王族だよ。」
モアが差出人名を見せると、例の王様の名前を見せた。眉をひそめながら封筒を開ける。其処にはこう、書かれていた。
『緑珠李雅ちゃんへ☆
話したい事があるから、一人で王城に来てね(ゝω・)vキャピ
追伸 お菓子もあります☆
王様より』
「oh……。」
緑珠は結局それしか言えなかった。
「……何と言うか、こう……個性の強い手紙ですね。」
「個性付けときゃいいってもんじゃないわよ、これ。十年前から仕様変わって無いじゃない。」
「十年前から変わらないんですか……。」
卓袱台の上にことん、と小鉢が置かれる音がする。
「はい。朝ご飯出来ましたよ。とにかく朝ご飯を頂きましょう?」
緑珠は手紙を置いて、立つことなく足を引きづって卓袱台の前に座った。
「それではイブキ。頂きます。」
「ねぇイブキ。私、一人で行くつもりを」
「駄目ですよ。貴女は 僕 と一緒に居なくては駄目ですから。」
「突然の独占欲発揮するのやめて。」
緑珠は何時もの旅装束を着て、イブキと目覚め始めた街を闊歩していた。
「……二人で朝からゆっくりしたのは、久し振りかもね。」
「そうですねぇ。というか有りましたっけ?」
「……無いわね。でも、貴方と二人きりと言うのは、国を逃げてきたぶりくらい……?」
緑珠は頬に手を当てて、しみじみと感慨深く話し始める。
「あの頃は……まだ私も貴方も若くて……。」
「……まだ一年も経ってないです。」
ぽろっ、とイブキは口を滑らせる。それに対して緑珠は不安げに問うた。
「……ほんと?」
「本当です。」
話の流れをへし折ったイブキに対して、緑珠はまた感慨に耽る。
「……でもまぁ、懐かしいわね。あれから本当に色んな事があったわー……。」
「今だからこそ言いますが、緑珠様が日栄に連れ去られた時には本当にもう色々終わったのかと思いました……。」
「それは同意見ね。」
彼女はぴたりと足を止める。目の前は城門だ。
「それじゃあ、行ってくるわ。直ぐに戻って来るわね。」
「お気を付けて。」
「別に気を付けるほどのものではない気がするのだけれど……。」
イブキの笑顔に翳りが見えたのを緑珠は感じると、満面の笑みで手を振った。
「……お昼は伊太利亜麺が良いわ!」
「御所望とあらば。行ってらっしゃいませ。」
こくん、と頷いて城門へと近づくと、話が通っていたのか容易く城門の脇の扉が開かれる。
「あ……ねぇ真理!」
チラついた紫髪に緑珠は叫ぶ。その声にその人は振り返った。
「お早う、緑珠。ごめんね。朝から居なくて。」
「何が用があったのでしょう?」
緑珠は首を傾げると、はにかみながら答える真理。
「う、うん……。麗羅がまだパトリック王と遊びたそうにしてたから……ええっと、それと……。」
真理は言いかけた言葉を飲み込むと、ぐいぐいと緑珠を城へと押し出す。
「あーもうほら!早く行って!僕、口滑らしそうだし!」
「え、えぇ?分かったわ……。」
緑珠は押し出されるがままに、城の中に入る。超絶乱雑に扉が大きな音付きで閉められると、厳粛な空間に一人取り残される。
「あぁ、来たのか。」
その声に一瞬驚いた緑珠だったが、直ぐに恭しく礼をする。
「ルカ殿。ご機嫌麗しゅう存じます。」
「貴女もお変わりなく。……さて、王がお呼びだ。全く、あの人は何を仕出かすつもりなのか……。」
緑珠はちょこちょことルカの後を付いていく。ふと、ルカの高いブーツの音が止まった。
「……そうだ。先の事件の解決、大義であった。」
「『先の事件』……あ、あぁ!『国の時間が止まっていた』事ですわね!」
ぽんっ、と緑珠は手を叩くのを見ると、ルカは少し笑った。
「もう忘れてしまったのか?あんな大きなことだったのに。」
それにつられて緑珠もからころと笑う。
「あんなのは『事件』というのに入りませんもの。」
そうか、というルカの返答。通された部屋にはパトリックが満面の笑みで座っている。
「お。緑珠李雅ちゃん、来たくれたんだね。」
「ご機嫌麗しゅう存じます、王よ。」
あとそれと、と緑珠は気恥ずかしそうに呟いた。
「今、私は蓬泉院 緑珠李雅ではなく、蓬莱 緑珠と名乗っておりますの。是非そちらの名で……。」
「そっかそっか。悪かったね。」
パトリックによしよしと頭を撫でられる。……まるで父親みたいだ。
「それじゃあこっちに来てくれる?見せたいものがあるんだよ。」
ルカは一礼してその場を去る。そしてパトリックは緑珠の先を歩いた。応接間を超えて、大広間を超えて、なら先にあるものは……。
「じゃーん、衣装室だよ。入って入って。」
またもや強引に衣装室へと入れられると、そのまま奥へ奥へと押される。
「ええっと、王?」
「ほらほら、先歩いて歩いて。」
ドレスの森をかき分けたその先で、彼女が見たものは……。
「……これは……私が、欲しかった型のドレス……もしかして!」
慌てて振り向いた緑珠に、パトリックは全力で否定した。それもそのはず、彼女が欲しいと言っていたドレスがあるのだ。
「違う違う!私は買ってないよ。……これを買ったのは、緑珠ちゃんの両親だ。このドレスはこの国の伝統的な形でね。」
パトリックはドレスを眺めながら話し続けている。
「……緑珠ちゃんの両親はね、二十歳の誕生日にこれを贈る予定だったんだ。誕生日の贈り物を、この国の旅行とドレスにする予定だったんだよ。舞踏会を開くつもりで……。」
唖然として口を開けていた緑珠は、唇を固く噛む。顔を伏せた彼女の頬に、一筋の涙が流れた。
「……うっ……お父様、お母様……。ごめんなさい、駄目な娘で本当にごめんなさい……。」
顔を抑えてしまった緑珠に、パトリックは背中を撫でた。
「『駄目な娘』なんて言っちゃダメだよ、緑珠ちゃん。君が生まれた時、あの二人は大騒ぎしたんだからね。」
涙を頑張って拭いた緑珠は、何とかの思いでパトリックへと顔を見せた。
「ね、其処で提案なんだけど……。」
きょとん、と首を傾げる緑珠。
「舞踏会、しない?」
その問いかけに、彼女は微笑んだ。
「おやおや、居ると思ってたよ。」
「……朝食は作りませんからね。」
「適当に済ませたから大丈夫だよ。」
真理が城門に出たとき、イブキはそれに物憂げにもたれていた。
「さて……教えて貰いましょうか。『神殺し』の代償を。」
「うーん……やっぱり裁判のプロフェッショナルを騙すことは無理かな……?」
二人はモアの家へと足を進める。
「無理です。さぁ話して下さい。僕と緑珠様の」
「先に断っておこう。『君は何したって罪は無い』よ。」
煩いくらいに鳴っていた下駄の音が、ぴたりと止まる。
「それは……僕が、後の……。」
「そうだね。君が『閻魔天』になるからだ。裁判長が前科者だったら、絶対従わないだろ?でも緑珠は仮にも人間だ。」
また下駄がなり始める。だが、真理はぴたりと足を止めた。
「今回は『私』も絡んでた。それに完全にクロノスを殺した訳じゃない。まだ罪は軽いよ。今回は、ね。」
だけど、と真理は付け加えて話していく。
「彼女が犯した罪はそれだけじゃあ無い。色々あるんだよ、あの子は。言い始めちゃキリがないけどね。」
「……僕じゃ、」
と言いかけたイブキの言葉自体を真理はきつく睨んだ。
「あのさ、もう一人の緑珠が無理って言ってたろ?忘れたのかい?」
モアの家の前で、真理はイブキを見詰める。その視線の先にあるのは、彼の持つ独特の仄暗さ。
「無理じゃないんだよ。別に。それを彼女は知っていて言わなかった。意味、分かるよね?」
「……それでも僕は、あの人が、まともな人間になって生きていて欲しい。方法があるのなら、僕はそれを……。」
真理は深くため息をつきながらモアの家へと入った。そして、声を荒らげて言う。
「相手の事を思ってした事が、相手を幸せにするとは限らない。……あの子のことを思う君なら、それくらい分かるだろ!」
何時も温和な真理が声を荒らげるなんて珍しい。イブキはすっかり度肝を抜かれてしまっていた。
「……済まない。少し熱くなってしまったね。とにかく、僕が言いたいのはだね……。」
一拍置いて、
「あの子には君が必要だ。いい加減緑珠の精神状態も安定してきて欲しいところだしね。」
「安定、してないんですか、あの人は……。」
「してない訳じゃない。……ただ僕は、あの子が妙に割り切ってるところが気に入らない。それと、まるで性格のように染み込んだ『狂気』と。」
慌てふためいたイブキに、ふう、と真理は居間に一息つく。
「伊吹君、気付かなかったのかい。……あの子は自身の命を脅かすものなら平気で殺せるような人間だ。『死』は畏れ、怯えなくてはならないもの。『モノを殺すこと』は懸念し、思いとどまらなくてはならないもの。……それが彼女には全くと言っていい程、無い。」
冷たい風が真理の頬を撫でている。
「当たり前に。極自然に。自身の命を脅かした者が残忍に死んだことを純粋に喜び、傷付ける事も何も思わない。なのに自身が傷つくことは極度に恐れる。」
イブキが拳を握りしめているのを真理は見ると、居間に寝っ転がった。
「別に君のせいじゃない。そういうのは良くある。王族だったらざらだろう?古い時代なら従兄弟の結婚だってあった筈だ。なら遺伝的に精神疾患を持っていてもおかしくは無い。」
何も言えなくなってしまった彼に、真理は更に深くため息をつく。
「……僕は達観する事しか出来ないんだ。立場上ね。ありのままを伝えるだけ。」
「たっだいまーっ!我らが主が帰って来たわよーっ!」
あまりにも場違いすぎるテンションに、イブキと真理は目を見張る。
「……あら?テンション、低くないかしら。え、だって私が帰って来たのよ?このテンションの低さはおかしくない……?」
分かった!と言わんばかりに、緑珠は自慢げに手を叩く。
「どうせまた喧嘩してたんでしょ?駄目よ、喧嘩は。喧嘩するほど仲が良いっていうけど、貴方達の場合は世界を滅ぼしかねないんだからね?」
ふふん、と彼女は腕を組みながら自信満々に言った。しかし返答が一切帰ってこない。
「……あら。」
何か言いなさいよ、と言いたげな顔を二人に向けるが、当の二人は状況の急激な変化に付いていけない。
「……あの、何か言ってくれると嬉しいなって思うんだよ。私、悲しくなっちゃうよ?」
昔の口調に戻ってしまった緑珠。イブキがそれを聞いて、耐え切れず笑った。
「……ふふふっ……。」
「わ、笑った!今笑ったわよね!嘲笑ったわよね!」
「嘲笑ったね。」
真理もそれにつられて微笑む。いやいや、とイブキは否定を繰り出す。
「嘲笑ってませんよ。ただ、貴女は貴女だなと。」
「何その言い方ーっ!」
ぽかぽかと叩いてきた緑珠を受け止めながら、やたらめったら機嫌の良い彼女に問う。
「どうなされたんですか?」
次回予告!
イブキの秘めたる思いを告げられたり楽しくパスタを食べたり緑珠が殺意を芽生えたり布団を隠されたりとほんわかな千年怪奇譚!




