ラプラスの魔物 千年怪奇譚 62 双つの神
ぶっ飛ばされかけるイブキだったり三味線になりかける火車だったり心臓がくっついたり件の彼奴と対面したりとわんさか進展がありまくりな千年怪奇譚!
一時は時計塔の端まで行くと、彪川の背後の壁を蹴り、そして。火車の方へと、足を。
「その首、頂きます。」
彪川が次に目を開いた時、宙を舞うイブキが自身の首元に『神鳳冷艶鋸』が当たりかけているのだった。
「ヒューセンッ!うぅっ、はぁぁぁぁ!一緒にぶっ飛ばすから!」
火車の劈く悲鳴から、列車やら自動車やらが顕現される音が聞こえる。
嗚呼、確かに当たる。火車の攻撃が。
このままだと確かに皇子に当たる。
が、
それを皇子は『許容』するか?
有り得ないという表情で彪川はイブキは見上げると、当の本人は口角を釣り上げていた。あぁ、やっぱり……。
「お強くなられましたね……。」
イブキは飛んで来た列車の天井付近を掴んでその列車に乗ると、そのまま火車の方向へと跳躍する。
「ひゅーせん……?」
爆風でギリギリまで姿の見えないイブキを、火車はきょろきょろと探している。
「う、ううち、う、うま、うまくやっ、た……!?」
やったぁ!と声を上げようとした、その瞬間だった。
「三味線にしたら、どんな音色を聞かせてくれますか?」
「へっ……?」
火車の目の前には、イブキの手首と若草の衣。身体は拘束されて動けない。
「待っ、て!」
「良い音色で啼いて下さいね?」
白鞘の短刀を柄から抜くと、自身の体重に任せるがまま、イブキは火車の身体に刃を突き付け地面に落ちて行った。遅れて血塗れの火車も落ちる。
「あ、でも……確か三味線って若い雌猫だった気が……。交尾前の猫でしたよね。確か。首元に噛み付いて逃げれないようにするから。」
イブキは思案に耽りながら、瀕死の火車の隣を歩いていく。
「うーん……噛み付いてスる、か……。歯型は残るのはとても良いと思うんですが、もっとじりじりと恐怖を味合わせたいんですよねぇ……。やっぱり拘束か……。ま、相手が泣いていれば問題ないですがね。」
桐下駄に当たったの小石が、無音の空間に亀裂を齎した。
イブキが決着を付ける、そのちょっと前。
「ラプラス!まだなの!」
彪川と火車のその先で、緑珠は時計塔の最上階を目指していた。
「まだだよ。あと高い階段を百四十四段登らなくちゃ駄目だから。」
「もっと分かりやすい数字!」
「あと五階分登って、踊り場あるから× 2したら良いよ。」
「遠い!」
走りながら緑珠は、ラプラスの腕を掴む。
「もぉぉぉぉ!この力は使いたく無かったのに!『最上階まで飛ばせ』!」
「何で浮遊魔法使わなかったの?」
「あれ燃費悪いの!」
緑珠とラプラスが着いた最上階では、クロノスが満足そうに微笑んでいた。そして、ゆるりと振り返る。
「ああ……来たのか。どうだ?美しいぞ?」
クロノスの眼下には逃げ惑う人の姿、そして壊れ行く建物。
「……貴方達の美しさなんて、理解したくないわ。」
「そう、か……それは残念だ。」
だが、とクロノスは酷薄な微笑を浮かべる。
「今の内に様々なものを見ておいた方が良い。早くしないと、この国は消え失せる。」
「……消え失せるね。」
ラプラスがクロノスの残酷な微笑を呆れ果てながら薄目を開けて見ている。
「消え失せるって、どういう……!」
狼狽え、振り返った緑珠の言葉に、ラプラスは無感情に伝える。
「クロノスは時間を混ぜて時空を歪めて、この国を時空の狭間に埋め込んで消そうとしてるんだよ。そうすればほら、私はともかく、緑珠と伊吹は死ぬだろう?」
「そうだ!よく分かってるじゃないか!」
クロノスはくるくるとその場で回る。まるでワルツを躍るように。まるでそれは何かの発表会を楽しみにしている少女だ。
「英雄になれるチャンスだぞ、緑珠!」
歓喜を伴いつつも狂乱するクロノスを見ながら、緑珠は冷めた表情で言った。
「別にそんなの要らないわよ、私は。」
「……は?」
感情がせめぎ合っていた部屋が、一瞬で冷えていく。
「私は、私を取り巻く人と私が一緒ならば……死んでいても生きていても天国に居ても地獄に居ても構わないわ。もし、この世の人間を全員殺して幸せになれるのだったら私はそうするし、私が幸せになれるのだったら何でもする。」
その言葉にクロノスは硬直する。緑珠の言葉が冷たかったからでは無い。
それを、『信じて疑わない』眼差しをしていたからだ。余りにも、歪んだ思いを。
「私が幸せであれるのなら世界は救うし……あぁ、いえ。要するに、私が幸せになるのなら何でもするわ。『神殺し』だってやってみせる。貴女を倒せば、全部終わるのね?」
「……遅いかもしれないぞ?」
クロノスは急に無表情になると、緑珠が今度は微笑む番だ。剣を引き抜き、ラプラスへと問うた。
「ラプラス!あとこの国は何分持ちそう?」
「この一連のやり取りが終わって数えると、十分八秒七二。」
「全員、行くわよ!伊吹!」
緑珠が剣を引き抜いたその切っ先に若草の衣が揺れる。
「先陣を切れ!」
「御意のままに!」
彼女の剣の切っ先を足蹴にして、イブキは思いっ切りクロノスへと斬りかかる。
「ラプラス、これってどうすれば良いの!」
「十分以内であれを殺せば良い。後は私に任せて。」
相変わらず単調な言葉に一瞬の不快感が過ぎりつつも、緑珠はじっとクロノスの出方を伺う。
何よりもまず相手を知ること。それを踏まえた上であの神器は壊れたのだ。しかも短時間で熱を放つ。ならば、
「熱を当てれば……!」
緑珠は白いブラウスを捲って、苗刀を腕に差し込んだ。そしてイブキの場所まで一気に飛ぶ。
「今度は貴方が血を飲む番よ!とにかく炎を振るい続けて!」
差し出された朱い右腕を、イブキはクロノスから視線を外さず被りつく。
「ひぐっ、うっ、ひ、肉まで食うなぁ!」
がりり、と骨まで噛みちぎるような音が聞こえると、緑珠は痛みで涙を零した。ただし、彼は。
「美味しく頂きました。それでは参ります。」
赤眼と銀髪を靡かせて、
「無間地獄の最下層まで、この僕自らが御案内してしんぜましょう。『黒炎、猛火の陣』!」
刃に纏った炎が、クロノスを包み込んでいく。そして緑珠が剣を掲げた。
「叡智飛び交う天穹よ、全てを以て光と為せ。智慧は人が望む至上の宝なり。故に、剣は知恵をもって凋落を示せ!『万物ノ霊長ハ人間ニ非ズ 全テハ知二アリ』!」
熱で熱せられたクロノスの神器は、緑珠の風の刃で砂粒になっていく。
緑珠と伊吹は顔を見合わせると、後ろ盾が無くなった呆然としているクロノスの心臓部分に神器を突き立てた。
「う、そ、だ……!」
まじまじとクロノスは心臓に突き刺さった二つの神器を見詰める。
「ラプラス!」
緑珠が振り返った瞬間、ラプラスはさらりと言葉を紡ぐ。
「……その必要は無いよ。」
「は!?」
緑珠の激しい疑心の叫びと、クロノスの劈く悲鳴と共に、現れたのは。
『我は審判の主、茨を抱く者。世の王座の終に座る者。名は有り、しかれど、その名を知る者は居らず。我が名は審判、世の終焉にあり。』
「この声は、ミルゼンクリア……!」
緑珠が、空間の裂け目から出ている白磁の手と緑の大剣に刺さったクロノスをただただ眺めている。
『時間が死ねるわけ無いでしょう。ねぇ?地獄の裁判長。』
ミルゼンクリアの一言に、イブキは淡々と返した。
「……いえ。『死ねないモノ』というものはこの世にありません。『死ねないモノ』にも、何かしら『死んだ部分』があるのです。それを僕は裁くのですから。」
『死を扱う裁判長として百点満点の答えですね。』
「お褒め頂き光栄です、外道。」
イブキはさらりと爽やかな笑顔を伴いながら言うと、緑珠はそれに便乗する。
「全く、イブキったら。『仮にも』、相手は神様なのよ?」
「『マクスウェルの悪魔』の一派の皆さんは、『仮にも』な神様が多いですねぇ。」
緑珠とイブキは顔を見合わせて笑うと、ずっ、ずっ、と肉と刃が擦れる音が聞こえる。
「ひ、いた、ひ、いたい、いた、い……だれか、に、に、にくが、たすけ……ひぐぅっ!」
クロノスの悲鳴が一瞬消えると、ミルゼンクリアの大剣で、時の女神の身体がどんどん抉れていく。
「いぃぃぃたい!いだいい!」
『死にたかったのでしょう?』
「わだじばっ、ひづようとされたぐでぇ!」
クロノスの悲鳴とミルゼンクリアの無機的な声を交互に聞きながら、緑珠は的外れな感想を述べた。
「うーん……死ぬ時はそりゃ痛いわよ。なのに痛いとかって……それに『死にたい』が願望なんでしょう?ごちゃごちゃ煩くないかしら。」
「全てを真っ直ぐ見たらそんな言い方も出来ますね。」
「あら、私に口答えするつもり?」
緑珠は態とらしく肩をすくめると、イブキは一拍置いて言った。
「いえ……そうでは無く。人間は情とかありますよねって話です。……それを『無様』と取る人間の情も、また面倒臭いものですが。」
その会話の中で、ミルゼンクリアはクロノスを空間の裂け目へと投げ入れた。
どん、と遠ざかった鈍い音の後には、金色の滴がぽたぽたとその場に落ちている。
『全く……誰が国民全員殺せと言いましたか。無能で約立たずな芥にはもう少し働いて頂きましょう。』
首を傾げた緑珠に、ミルゼンクリアは暫くの間の後、言葉を紡いだ。
その暫くの間が『溜息』と気付くのに、それこそ暫くかかったが。
『良いですか。吾は貴方達だけを殺したい。周りの人間に罪は無いのですから。……吾は貴方に言っているんですよ、『ラプラスの魔物』?』
「……あぁごめん、全く話を聞いてなかった。」
銀髪がふわふわと揺れて、頬杖を付きながらラプラスはニヒルに笑った。
『はたから聞く気ないでしょう、『ラプラスの魔物』。』
「否定はしないね。私も僕もこの世界が好きだ。だからこそ緑珠を創った。……確かに言おう。最初は緑珠の事を遊びとして創った。最近は『そういう設定』が流行っているらしいから……でも、キミ達との時間は、とても楽しくて……。」
ラプラスは微笑みを消すと、白磁の手が見える時空の裂け目を見た。
「……だから、私は彼等を守る。『私が楽しかった』から。『幸せだった』から。……何時か私が、『どうして人間になろうとしたのか』。その解答が得られるまで。」
『それは残念です、『ラプラスの魔物』。本体ならば話が付くと思ったのですが。』
次回予告!
火車の明らかに痛そうな言葉だったり私情を挟んできたりイブキが二人をひっつかんで飛んだり緑珠が楽しそうに笑ったりとノルテ帝国も終盤戦!




