ラプラスの魔物 千年怪奇譚 60 時空螺旋
緑珠が命令したり閃いたりイブキが踏んだり踏まなかったり神様が手助けしたりしなかったり相変わらずの読む手が止められない面白過ぎる怪奇譚!
クロノスは焦っていた。
これは急がねばなるまい。確かに想定はしていた。『創造神』を己の身に降臨させる、という事は確かに想定していた。のに。
「み、ミルゼンクリア様……!」
濃霧の先、手を見透かせるほど薄くなった霧の場所でクロノスは主へと連絡を取った。
「我が主よ。お伝え申し上げます。」
『……何があったのです。』
「『ラプラスの魔物』が、御復活なさいました……。」
相手の主の声は無感情だ。クロノスはただ次の指示を待っている。
『そうですか。それで?』
「……幾らミルゼンクリア様でも、御復活なさった王を倒す事は……。」
『別に良いじゃありませんか。』
「は……?」
ミルゼンクリアは無機的な声を出しながら、呆気に取られているクロノスへと言った。
『別に良いじゃありませんか。貴女は死にたいのでしょう?なら、相手をしてしくじったとて、死ねるではありませんか。』
「そう、ですね……。」
クロノス自身は死にたいのだ。長い時を見るのは悲しい物であるし、報われない物。だが、幾ら死にたいと思っていても、その様な事を言うのは、
『さぁ、早く遣りなさい。折角己の罠の中に入って来てくれたのですから。』
「……仰せのままに。」
その声は、また濃霧に消え失せた。
「うーん、クロノスは何処かしらね、っと。」
一行は森の中を抜けて、元の芝生へと着いていた。
「本当にこの霧、辛気臭いわね。消しても良い?」
「消した傍からまた濃くなるよ。」
ラプラスは他人事のように緑珠へと言った。むう、と膨れっ面になりながら足元にある草を蹴る。
「多分クロノスは私達の居場所を知っているからね。此処らへんで待ってたら直ぐに来る筈だ。」
「兎に角、サクッと作戦でも考えておきましょうか。」
イブキの一言に、緑珠は淡々と返した。
「まず相手の事をよく分かってないじゃない、私達。」
「其処です、緑珠様。」
イブキは緑珠の言葉を指摘すると、先程の作戦会議を続ける。
「良いですか。『作戦』と言うのは相手の攻略法を見つけるものではありません。まずは、『相手の事を良く知る』事です。その上で『作戦』と言う物は成り立つのです。」
「……うう、やっぱり作戦のプロの❛鬼門の多聞天❜様は違うわぁ……。」
緑珠はげんなりしながら言葉を発すと、彼は苦笑いをした。
「『作戦』を立てていくと、そんな風に気付くものなのですよ。ですから、まず、」
イブキは耳に全神経を集中させた。音は直ぐ其処だ。
「……あの攻撃を避けること。パターンを覚えること。そして出来れば攻撃することです!」
イブキが叫んだ瞬間、燐光が放たれ周りはクレーターで溢れかえる。
「神様はさぁっ?」
緑珠は土が捲れ返った芝生を見ながら、霧に隠れてラプラスへと問う。
「クロノスの弱点、知っているのでしょう?」
「知ってるよ。でも教えないし、キミ達はきっと気付くし。それに、」
神器を以て攻撃をするクロノスから視線を外さずに、ラプラスは答えた。
「あまり巨大な人外は、『世界』に悪いからね!」
一旦は攻撃が止むと、霧の中に浮かぶクロノスの姿がちらつく。
「ふむ……成程……今度は逃げないのか?」
若干の嘲笑地味た言葉に、緑珠は持てる皮肉を全て使って言い返す。
「貴女こそ逃げないの?私達と反対の方向に逃げたりして、怖かったんじゃない?」
「よく吠えるものだ。死ぬ前に何か言い残す事は無いか?」
「貴女こそ何か言い残す事は無いのかしら!」
先程まで三人に向けられていた淡い燐光が、全て緑珠に向けられる。
「くっ……。」
避けられない事は無いが、かなりギリギリだ。燐光が二段重なる。
それを魚のように三枚おろしにしようとする、が。少し離れた所の爆発に留まった。
一瞬の隙を付いて緑珠は叫んだ。
「叡智飛び交う天穹よ、全てを以て光と為せ!智慧は人が望む至上の宝なり!故に、剣は知恵をもって凋落を示せ!『万物ノ霊長ハ人間ニ非ズ 全テハ知二アリ』!」
一陣の風が舞うと、霧の向こうには面食らったクロノスが居た。その刹那、イブキが背後から斬りかかる。
「なっ……!?」
着地したイブキは、濡れた血と芝生で足を滑らさない様に細心の注意を払いながら武器を構え直した。
「……やっぱり、人間が一番美味しい……。」
其れは血でなのか、それとも彼の感情か。赤眼になっている。
「ふ、ふはは……なるほど、なるほどな、我は見くびっていたようだ。其処の創造神は後にしよう。先ずはお前らだ!」
イブキに攻撃する様に見せかけて、全ての攻撃が緑珠へと向かう。冷静に足を踏み出して、最後まで気を緩ませること無く!
「はぁぁぁぁっ!」
ぎんっ、という音が辺りに響いた。刃が少しだけ零れた音と、結晶が割れた音だ。
「割れ、た……?」
クロノスの背後にあった結晶は高熱を出している。生えていた芝生を焦がす程だ。
「まさか……!この神器、壊せるの……?」
結晶は元に戻ることなく、そのまま水の様に溶ける。それを見たクロノスはその場を離れようとする、が。
「我が勅命を受けよ!光遷院 伊吹!其奴を追え!絶対に見失うな!」
「仰せのままに!」
クロノスの後を高速で追いかけるイブキを見ながら、緑珠は走りながらラプラスへと言った。
「あの神器は直ぐに熱くなるのね!だから我々と一旦は離れて『神器を冷やした』!」
「良く見つけたね、緑珠。さぁ、そうなれば私は協力しよう。」
少し離れた場所で、クロノスは一つ舌打ちをした。
「くそっ……予定が狂った、ならば貴様からだ!悠久の時の中で永遠をさ迷うが良い!」
超高速で回る回転式の剣をイブキに向けて、クロノスは狂笑した。
「……。」
イブキは黙ったまま、振るわれる剣を眺めている。小回りが利き辛いらしく、地面に刺して周りを攻撃するタイプの剣だ。
「……なるほど。」
イブキは口角を緩めると、地面に刺さった剣を足蹴にして、更にクロノスの顔を足蹴にして押し倒した。
「貴様っ!仮にも女の顔を……!」
強大なエネルギー体を持った剣をイブキに向けると、当の本人は少し微笑みながら、エネルギー体からの僅かな角度で地面に着地した。
そして目にも止まらぬ速さでクロノスの身体を貫く。
「うっ……ぐはっ……。」
「あらあらイブキ。『仮にも』、『仮にも』、『仮にも女の顔』をしたクロノスを踏むなんて紳士じゃなくてよ?」
「……ふふ、そうかもしれませんね。」
まるで手足を斬られた動物の様にのたうち回るクロノスを三人は傍観している。
「私達はね、別に殺すことをしたい訳じゃ無いの。出来れば話し合いで解決したいの。分かるかしら。」
ラプラスは見逃すこと無く、手を伸ばした緑珠を引っ込めてクロノスの攻撃を『境界結界』で守る。
「……私はね。クロノスにも緑珠にも伊吹にも死んでもらいたく無いんだよ。というか困るし。いろいろと。」
だから、とラプラスは淡々と言った。
「頼むからこんなどうでも良い事は止めてくれ。私の仕事が増えるだけだ。」
緑珠はラプラスに捕まって宙吊りになりながら、ラプラスの言葉を聞いていた。
「『どうでも良い事』?貴様、今、『どうでも良い事』と言ったな!?」
背中から血が吹き出し、ぼろぼろの神器を引き釣りながらクロノスは叫んだ。
「巫山戯るな!我が、私がどれだけの時を過ごして来たと思ってるんだ!どれだけの、どれだけの孤独を、私は……!お願だ!死なせてくれ!頼むから死なせてくれ!何でもするから!殺してくれ!死にたいんだ!私は!私が死ねないこんな世界なんて、狂ってる!」
叫び倒して沈黙に襲われたその世界で、誰も何も言えなくなっていた。たった一人を除いては。
「この世界は狂ってる?──いいや、『君が狂っている』だけだ。」
「ちょ、っと、ラプラス……?」
宙吊りになっていた緑珠が言葉を発すと、ラプラスは緑珠を下ろした。
痛みでのたうち回っているクロノスを前に、ラプラスは問うた。
「キミ達に問おう。キミ達はこの世界が狂っていると思っているかい?」
「そ、れは……。」
イブキが吃る。二人は、否、月を治めし四人の貴族は、知っているからだ。『この世界は狂っていない。己が狂っているのだ』と。その、あまりにも酷い事実を。
「違うでしょう?キミ達は知っているものね。私の意向から外れた者は皆口を揃えて『この世界は狂っている』と叫ぶ。だからもう、そうなった時点で……。」
ラプラスは思いっ切り、心の底からクロノスを見下して言った。
「……キミはもう、タダの木偶だ。死にたいんだろう?消してあげようか。もう一度創り直して、今度は従順にしようか。」
クロノスは歯を食いしばって涙を堪えると、一つのものを顕現させる。
「もう、嫌だ……。運命の石よ、最後の願いを……。」
イブキが神器を抜いた時だった。ラプラスがそれを制してその場を離れる。離れた先はロジエの部屋の近くだった。
「何故ですか、ラプラス!」
「最後の願いは『死にたい』じゃない。我儘なんだよ、アレは。」
「は……?」
三人の傍を、ぎゅいん、と何かが通り抜けていく。時空がバリバリと裂けかける音がした。
「アレはね、『必要とされて死にたい』と望んだんだよ。全く、面倒臭いったらありゃしない……。此処まで来ると私の責任も絡んでくるんだよなぁ……やれやれ……。」
傍に居た緑珠が、とてつもなく歪んだラプラスの倫理観を眺めていた。どうしてたって、歪んでる。
誰もが自然に望む感情を『面倒臭い』と思うのは、それを心の奥底から信じて疑わず言えるのは、どうしたって。
「……緑珠。仕方が無いんだよ。」
ロジエの部屋に踏み込んだラプラスが、緑珠の心を見透かして言った。
「あまりモノに情を持って、そして救える力を持っているなら……。『面倒臭い』と、そうして己を切り離してしまわなくちゃ壊れてしまうんだよ。」
銀髪の中にある、憂いを帯びた青い瞳が言った。
「さぁ行こう。私としても、僕としても。この世界が乱されるのは困る。……キミを創った私が言える口ではないが。」
「……えぇ、そうね。」
緑珠は何かを振り切るように足を踏み出すと、ロジエの部屋を出て、星の海を抜けた。
図書館に入る。全て全て振り切る様に心も消して。
「緑珠っ!」
フルールが緑珠へと駆け寄る。不思議そうに緑珠は問うた。
「どうしたの、フルール?」
「外が、外がね……国がおかしくなったの。『場所ごとに時間が変わった』の!」
それを聞いて緑珠は慌てて立ち上がると、図書館の扉を開けた。だが、其処には想像を絶する光景が広がっていた。
「……なに、これ……。」
国の上には巨大な暗雲が立ち込めており、所々重力崩壊が起こっている。劈く悲鳴なんて聞こえない。
人が、避ける音も、聞こえない、聞こえない、聞きたくない、筈なのに!
「う、げぇ……げほっ、うぅ……。」
せり上がる嘔吐感を我慢する事すら出来ない。目の前の吐瀉物を緑珠はただ傍観していた。
「緑珠様。大丈夫ですよ。ほら、落ち着くまで待ちますから。」
「……クロノス。これは派手にやったね。」
息を荒らげて目の焦点が合っていない緑珠に、ラプラスは冷酷に告げた。
「キミが産まれなかったら、こんな事は怒らなかった。死ななくて良い人も居た。」
「お前……。」
イブキの睨みをラプラスは軽くあしらうと、言葉を続ける。
「だが、キミが産まれたお陰で救われた人が居た。何よりキミが救われた。キミのお陰で、死ぬ人が生きた。」
錯乱した涙で濡れた目を持ち上げながら、緑珠はラプラスへと目線を合わせた。
「キミなら分かる筈だ。今、何をすべきか。キミが辛いのは分かる。だけど誓ったんだろう。これから先、王の加護が及ばぬ先、自身の足で歩くと。あの国を出た日に誓ったんだろう!?」
その言葉を聞いて、緑珠はゆっくりと立ち上がろうとする。二人は彼女の支えになる。
「キミなら前に進める。……『これ』が終わったらゆっくりしよう。『僕』にも伝えておくから。キミは……踏みしめる事が出来るから。」
「……ここ、で、止まろう、もんなら……。」
自身の口元を拭って、愚かな迷いを踏みしめて。
「蓬泉院の名が廃りますものね。」
「わた、しの、いいとこ、もってくな……うぇ、うっ……。」
肩を貸しているイブキが、言いたい先を言われて毒づく緑珠。エンジン音と叫び声が遠くから聞こえて段々近付いてくる。
「おい!無事だっ……た……何だ、その真理のパチモンみたいなやつは。」
次回予告!
緑珠がリバースしたりとかラプラスとモアが言い合ったりイブキが我慢しなさいって言ったりこのタイミングで来るのか?と疑うくらいのメンツが一行に立ち塞がる!




