ラプラスの魔物 千年怪奇譚 58 大河の濃霧
相も変わらずマクスウェルの悪魔が悪趣味だったりそれに匹敵するくらいイブキがヤンデレだったり敵から逃げながらいちゃつくカップルを爆破したりのなんやかんやある話!
霧が烟る路上。三人は図書館を目指して歩いていた。
「うげぇ、まじかよ……此奴本当に青酸カリ入れやがったぜ……。」
「ごめんなさいね、真理。私が見ていたというのに……。」
真理がお腹をさすっているのを、緑珠は心配そうな面差しで見ている。
「毒……。一体何処に塗っていたのかしら。見ていたから入れられている筈ないのに……。」
「お箸、とか言ったらどうします?」
「……イブキ。」
緑珠はじっとりとイブキを睨む。
「あーあー怒らないで下さいよ。」
はぁ、とため息を付くと、真理へと視線を動かした。
「ごめんね、真理。このヤンデレ変態ストーカーで私じゃなかったら交番に突き出している見た目だけが好青年野郎は突然突拍子も無いことを仕出かすから……。」
「緑珠、言い過ぎだよ。」
「でも事実じゃない?」
「否定はしないけどさ。」
それに、と緑珠はイブキの方を振り返って言った。
「何か鼻血出してるし。大丈夫よ。」
「もう僕『大丈夫』の認識が危うくなって来たんだけど。」
「うふふ、僕が緑珠様に認識されてる……。」
「ほらね?という訳で行きましょう!」
「……うん。」
鼻にティッシュを詰め込んだイブキを他所に、緑珠は霧で見えなくなっていく街を見ていた。
「霧が凄いわね。この国は山々の盆地にあるから発生するのも分かるんだけど……ちょっとやり過ぎじゃないかしら?」
「多分時間が止まったのと関係があるんでしょうね。」
うすぼらけの霧の向こうには、ぼうっ、と大図書館が覗く。まるで隠れんぼをしている様だ。
「誰も居ないって……ま、朝早いし当たり前か。」
真理が誰も居ない図書館の中を見ているのを他所に、緑珠はがちゃがちゃがちゃと扉を引っ張ったりしている。
「……緑珠様、何してるんですか。」
「え。鍵が閉まってるとがちゃがちゃしたくならないの?」
「壊れるしやりたくないです……。」
「そっかぁ……。」
と、イブキの返答を受けつつもがちゃがちゃとしている緑珠。その音に釣られてフルールが姿を現した。
「おはよう。姫には話を付けておいたわ。」
硝子越し、くぐもった声が三人の耳を掠めると、フルールは閂を取って図書館内へと入れた。
「ロジエ姫はもう起きていらっしゃるわ。貴方達が来ると言ったら飛び起きたの。こっちよ。」
フルールは緑珠の手を引くように図書館の奥へ奥へと案内していく。すると、昨日には無かった魔法陣が薄く描かれている。
「おや、これは?」
「あ、これは……。」
はにかみながら司書は答える。
「姫の御食事を運ぶ為の魔法陣だわ。人も転送できるのだけれど、まともに行こうとしたら部屋の床が低くなっているから足を折ってしまうというか、何と言うか……。」
真理とイブキの視線が緑珠に向かう。その理由を何処と無く察したフルールは、笑いを堪えながら三人を魔法陣へと押した。
「御願いね。」
転送魔法の音と共に、短い司書の言葉が聞こえた。その言葉には重みがあった。『御願い、助けて。』という重みが。
緑珠は目を伏せたが、背後からの声に拍子抜けをする。
「あら!来てくれたのだわ!待っていたのだわ、真逆本当に来て下さるなんて……!」
振り返った緑珠に、ロジエの無邪気で愛らしい声がぶつかった。差し出された髪飾りを彼女は優しく受け取ると、
「有難う、ロジエ姫。……それじゃあ良い子にしていた姫には、贈り物を渡すわね。」
「まぁ!本当?」
「うん、そうだよ。」
真理はぽんぽん、とロジエの頭を撫でる。すると彼女はゆるゆると瞼を閉じていった。
「……アンタ達、行くのね。」
すやすやと眠りについているロジエの横で、鳥籠に入っているシャルロットは三人を見詰めている。
「止めたりしないのね。」
緑珠の単調な問いに、シャルロットはロジエに視線を合わした。
「しないわよ。する訳無いじゃない。……私は人間になりたかった。人間独特の薄暗い感情を持ってみたかった。でも……。」
球体関節人形独特の手を、シャルロットは憎々しく眺める。
「私はやっぱりお人形だから。フローレンスは私に優しくしてくれた。この子も優しくしてくれた。……ならやっぱり、元の通りのお人形に戻るしかないわよね。」
シャルロットはぱんぱんとフリルだらけの服を叩き立ち上がると、家具に埋もれている一つの壁を指さす。
「彼処から行けるわ。……どうなるかは知らないけど。結局私は自身が拠り所としていた神様さえも裏切って……えぇ、私の終わりにはコレが良いのかもしれないわね。……どうか無事で。」
シャルロットは少し眉を下げながら、引き攣った笑顔を見せる。
「そうだ、あのね。全てが終わったら……ロジエを使って私をフローレンスに返してあげて。これが私の御願いよ。」
涙を零さぬように。否、涙は人形だから零れない、が。真理はこくん、と頷くと家具に埋れた壁を、それらを退けて剥き出しにする。
「……どうせじきにこの部屋も使えなくなる。姫には夢を見てもらわなくちゃね、さぁ……。」
真理は杖を繰り出すと、緑珠とイブキに言った。
「後ろ下がってて。今から適当に扉を開くから。手順踏むから。」
「適当に扉を開くなら、別にそんな手順を踏まなくても良いのでは……?」
「適当にやるからこそ手順を踏むの。魔法ってそんな感じだよ?」
真理は苛立ちと悲哀が混じった目で振り返ると、何時も通りの呪文を唱える。
「水の波紋、風の音、木々の揺らめき。この世を創り上げる森羅万象よ。その全ての物に永劫の祝福を。固有魔法『境界の歪曲』。」
ぺきん、と白い壁に金の筋が入る。例えるならば金継ぎをした白い陶器のお皿の様だ。
「流れぬモノよ。我等を通せ。遠き国々の数多の物々の足元に巣食う根底たるモノよ。其は我が許し無しに静止する事非ず。」
ヒビが入っていた壁が、硝子の様に弾け飛ぶと、霧と混じった暴風が部屋を混ぜていく。
「な、何よこれ……!」
風が徐々に病むと共に、緑珠は手で隠していた顔を上げた。
「……本当に、何よこれ……。」
鬱蒼とした熱帯雨林が、壊れた扉の隙間から零れている。だが針葉樹林群も見える。要するにタイガである。しかも芝生も見える。
「……何だか生態系を破壊しているんだか保全しているんだか良く分からないわね。」
緑珠はその世界に足を突っ込んだ。冷たい朝露が足に染みた。何事も無かったかのように、持っていた髪留めをイブキに渡して結わせる。
「恐らく、っと、此処が霧の根源なんでしょうね。出来ましたよ。」
「有難う、イブキ。」
何時も通りに高いポニーテールにした緑珠は、ずんずんと霧の奥深くまで進んでいく。
「あんまり動かないでよ。霧が濃いから何処に居るか分からなくなっちゃうからね。」
「はぁいっ、と。花は咲いているのね。」
足元にある花をつんつん、と触る緑珠。三人が辺りを見回しても何も無い。
「ん?……あれは、墓?」
イブキが目を細めたその先には、墓石がちょんちょんとある。
真理が一目散に近付くと、墓石に書いてある名前を読みあげようとする。
「……これは……。」
「どうしたの、真理?」
不思議そうに顔を覗き込んだ緑珠に、真理は珍しく負の感情を顔に表す。
「……『蓬莱 緑珠』って書いてある。」
「は!?……え、いや、ちょっと待ちなさいよ。じゃあ、もしかして、周りにある墓石は……。」
イブキも苛つきながら屈んで墓石の名前を確認する。
「僕と真理の物もあります。悪趣味ですね。……というか、これは……。」
すんすん、とイブキが辺りの匂いを嗅ぐ。想定していた事態だ。大体何を言うか分かる。
「……大量の水に濡れた石の匂いがします。」
「それって、どれくらいだとか分かったりする?」
緑珠は怪訝そうに問うと、イブキは苦々しい表情で答えた。
「数えられません。この帝国の人数なら、優に埋められる、くらいしか僕には言えません。」
「本気で殺しに来るんだね。全く、その趣味の悪さはミルゼンクリア由来かな?」
俯いていた真理が、烟る霧の向こう側、燐光を放つ『何か』に言った。
「……時の神 クロノス。久し振りだね。」
「良くぞまぁ間抜けな神が私……いや、我に気付いたものだ。」
「ま、腐っても創造神だからねぇ。」
へらへらと笑って見せた真理に、クロノスはあからさまな嫌悪感を剥き出しにする。
右手には良く分からない機械が埋め込まれた剣。身体中は機械に埋もれ、違う意味での機械人形だ。薄ミントの白髪が美しい。背後には羽を模した青緑の結晶が浮いている。
「クロノスって、時の……かみさ、ま……。」
「……もしやお前が蓬莱 緑珠か?なら、お前一人殺処分でもあの御方はお喜びなさるはずだ!」
クロノスは緑珠へと視線を移すと、目にも止まらぬ速さで斬り殺そうとする。
誰もが目を伏せたその瞬間、緑珠は別の場所に居た。
「煩 い です。どいつもこいつも 僕 の 緑珠様に手を出しやがって……。」
伊吹は緑珠を抱き抱えながら悪態を突くと、クロノスを地を這うような目で睨んだ。
「この人の魂は 僕 の モノです。相手が人間だろうが神だろうが、僕が最期を貰うんです。……死んでも他の奴等になんか渡したりしません。」
その言葉にクロノスは呆気に取られると、みるみる口に笑みが溢れる。
「ふっ……ふ、ハハハハハハ!良いだろう!お前達は皆 殺処分だ!我が攻撃を身に受け、死ねる事を誇りに思え!」
緑珠が逃げるわよ、と声をかける前、クロノスの背後にあった結晶が襲いかかる。
「ちょっ……!『境界結界』!」
「なっ!」
真理は慌てて全てを飲み込む結界を貼ると、三人はそのままその場を走って離れる。
「おっかしいでしょあれ!というかイブキが超絶格好良かったのだけれど!」
「それは有難う御座います!というか今更思うと僕めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってません!?」
「前のバカップル ノロケは良いからさっさと走るんだよ!」
攻撃がまた遠くから聞こえてくる。
「タイガがあるわ!飛び込みましょう!」
緑珠の声に合わせてタイガに飛び込む。木の根、苔、蒸した霧。全てを足蹴にして、走る、走る!
「緑珠様!この先は……!」
イブキが声をかけるのも遅く、緑珠は立ち竦んでいた。
次回予告!
○○○の中に大河があったり時の神様が本気を出したりイブキも応戦したり緑珠の頭がよく回ったりとなんやかんやある話!




