ラプラスの魔物 千年怪奇譚 4 後編
皆が寝静まった夜、ふと起き上がった緑珠は、泊まっている場所から少し歩いて、星空に手を透かす。ふと其処に座って、ただ神経を星空に集中させる。
「…空が…綺麗だわ。」
少し手を合わせて、涙を数滴零しながら、緑珠は口を開いた。
「…これからの幸せと、これまでの感謝に想いを込めて、この詩を……本当はね、貴女がした所業も、貴女の息子がした仕打ちも、貴女の夫がした企ても、許せる事では無いのです。…許すつもりも毛頭ないけれど…少し強がってしまったかも。私は優しいから、もし貴女達が将来の私達の国に来たら、きっと入国させるでしょうね。……牢屋でかも知れないけど。」
少しきょとんとした口振りで、緑珠は息を吸って言った。
「去る者は日々に以ってうとく、来る者は日々に以って親し。郭問を出でて直視すれば、ただ丘と墳とを見るのみ。古墓はすかれて田と成り、松柏は 砕かれて薪と成る。白楊に悲風多く、蕭蕭として人を愁殺す。故里閭に還らんと思い、帰らんと欲するも道よる無し。……之だけ強がっても、帰ったとしても、もう私には何も無いのよね。」
「何してるんですか?」
緑珠の頭上から声が聞こえる。緑珠はふと顔を上げた。
「……何時から居たのかしら?」
煙管をふかしながらイブキは言った。
「最初から。緑珠様が目覚めた頃から、ずっと居ましたよ。起きたから何処行くのかと思って居ました。」
緑珠は足元の砂を弄りながら言った。
「盗み聞きは宜しくない趣味だわ。」
一応は申し訳なさそうな顔をイブキはする。
「それはそれは、申し訳御座いません、緑珠様。」
それにしても、と緑珠はイブキをまじまじと見る。
「貴方、煙草吸えたのね?」
イブキはくすくすと笑う。
「一応成人してますからね。」
「何だか無理そうに見えたわ。」
イブキが緑珠の近くに座る。
「それで、何を詠って居たんです?」
ぼうっとしていた緑珠が答える。
「えっ?……あぁ、そうね、望郷の念、と言えば良いかしら。」
それにしても、と緑珠がイブキに向かって言った。
「イブキ、煙草なんて体に悪いわよ。お辞めなさいな。」
イブキはくすくすと笑う。
「何時もはしてませんよ。疲れるとしたくなるんですよ。ストレス発散程度です。酒も良いですね。」
緑珠はにこにこして答えた。
「分かるわよ。私も疲れるとイブキを弄りたくなるから。」
「僕をストレス発散に使わないで下さい…。」
緑珠はくすくす、とさも楽しそうに笑った。
「だって、イブキの反応ったら、とっても面白いんですもの。」
イブキが微笑んでいた顔を、少し目を細めて言った。
「…緑珠様にも、まだ望郷の念って有ったんですね。」
緑珠が銀色、というか金色の満月を指さして言った。
「だって、あんな真ん丸な所に居たのよ?この世の穴みたいな所に。………私は、あんなちっぽけな所に居たのよ…。」
緑珠は、少し顔を隠して目から雫が流れ落ちる。そして、少し儚げに笑った。
「…さぁ、もう寝ましょう。起こしておいてなんだけど、寝ましょう?」
イブキが妖しく笑う。
「緑珠様が寝たら僕も寝ますよ。だから先に寝て下さい。」
緑珠が驚きつつも言った。
「…そう?ならば私が先に寝るわ。おやすみなさいね。」
「おやすみなさい。」
数十分経つと、直ぐに寝息が聞こえる。ふと、洞窟の中から男の声が聞こえる。
「……まだ起きるつもりかい?」
イブキがその声に向かって睨んだ。
「煩い。別に僕が起きてようが何でも良いでしょうが。」
真理がそれに対して言った。
「君…どれ位煙草吸ったの。」
心底煩わしそうに、面倒くさそうにイブキは返した。
「…………一箱分位?」
洞窟の奥から酷く長い真理の溜息が聞こえる。
「本当に煩い事で。別に人間なんて幾らでも居るでしょう?貴方から見れば。」
少し苛立った声が、イブキの耳に届いた。
「あのねぇ…!別に僕は、君が死のうが生きようがどうでも良いんだよ。ただ、もしもの事があって、緑珠が悲しむ様な事があるのが嫌なだけ。」
片眉上げてイブキは言った。
「随分と言い切ってくれましたね。……まぁ、もう寝ますから。貴方の小言を聞くのは嫌ですし。」
やっと納得したのか、真理は寝る様な衣擦れの音がする。イブキは灰殻を捨てて、煙管を仕舞うと、月を見上げて一つ懐かしげに、言った。
「……本当に愚かな事だ。僕も、何もかも、本当に愚かな事ですねぇ。」
「さ、出発よー!」
「…行きましょうか。」
イブキと真理が街へと足を運ぶ。緑珠が指をくるくるさせて言った。
「ね、やっぱり情報収集よね?今から倒す怪物の事を知りたいわ。」
街へと入ると、活気が直ぐに3人を襲う。緑珠が思い付いた様に言う。
「昨日の少年に話を聞きたいわ。広場っ!広場っ!」
緑珠が駆けていくのを、2人は追いかける。すると、昨日の少年が、またもや広場の前に居た。
「あ、昨日のお姉ちゃんだ!」
緑珠はにこにこして答える。
「ええ、そうよ。昨日は有難う。本当に助かったわ。……ねぇ、少し聞きたい事があるのだけど。」
きょとんとしている少年に、緑珠は笑って問う。
「この近くに、怪物が住んでいるのでしょう?『華胥』、と言う白木蓮色の龍が。何か知っているかしら?」
少年は顔を曇らせると、何とか笑みを作ってもう一つの大きな広場を指さして言った。
「あのね、向こうの広場にね、歌姫が居るの。この街の、歌姫。とっても、『華胥』に詳しいんだよ。」
緑珠がその少年の表情に訝しげさを覚えながらも、彼女は問う。
「……そうなのね、歌姫。名前は何というの?」
少年は少し元気を出して、笑って言った。
「アリーシャって言うんだ。極彩色の羽飾りを付けているから、すぐに分かると思うよ。」
緑珠は少年に礼を言うと、指定された場所まで歩いて行く。ふと真理が緑珠に言った。
「何だかあの少年の様子、ちょっとおかしかったよね。」
緑珠が顎に手を当てて考え込む。
「何かの…言葉に反応したような感じだったわ。…もしかしたら、全てが終わったら分かるかもね。」
不思議そうにイブキは尋ねる。
「何が、ですか?」
元気溌剌な笑顔を見せて、緑珠は笑ってこう言った。
「私の、絶対に外れない勘よ。」
ふと、広場が見えて来て、その隅っこに佇む褐色の肌をした茶髪のショートの少女が居る。おぼこい顔つきで、齢は10歳程。緑珠がその少女、アリーシャに声をかける。
「今日は。今日も暑いわね。貴女がアリーシャと言うのかしら?」
アリーシャはしどろもどろしながら答える。
「そ、そうです…!私が、アリーシャです。…あの、皆さんは?」
イブキが微笑んで答えた。
「少し、周辺の伝承何かを調べていまして…貴女が『華胥』に付いて良く知っているとお聞きしました。」
アリーシャは表情を曇らせながら、どぎまぎして言った。
「そんな…知ってると言っても、ちょっとした生態を知っているだけで…お力になれるかどうか。」
くすくすと真理が笑って言った。
「知ってる事だけで良いんだよ。教えてくれないかな?」
アリーシャはなるべく笑顔を作って言う。
「…それじゃあ、お話しますね。あの、『華胥』は、白木蓮色の体に、蓮華色の鬣を持っているんです。『華胥の涙』っていう宝玉を持ってて、とても長生きなんですよ。」
緑珠が笑顔で返した。
「有難う。これで伝承も全部集め終えたわ。それじゃあ、じゃあね。」
目に見える様にアリーシャの顔つきが良くなる。イブキは何処か緑珠の目を見て、何かを悟った。かなり離れた場所で、緑珠は呟く。
「ねぇ、何かおかしいと思わない?」
イブキが至極当然そうに言った。
「そうですね。反応といい、言動といい。」
緑珠は通りかかった女性に声をかけた。
「私達、旅の者なの。伝承を集め回っている者なんだけど…『華胥』の事について良く知っている人は誰かしら?」
中年女性はニコニコとして答えた。
「そりゃあ勿論、歌姫のアリーシャだよ。あの子はまだ小さいのに、何でも知ってるさ。」
真理が軽く礼を言う。
「お教え頂き、有難う御座います。」
女性はそのまま軽やかに去っていった。緑珠が考え込む。
「…何かおかしいわ。あの少年に聞くと、随分な反応をされたのに…あの女性に聞くと寧ろ喜んでいるような、客人を喜ぶような笑顔だったわ。」
唸りながら、緑珠は立ち上がる。
「行くわよ、全てはそれからだわ。」
緑珠は3人を連れて、水とは無縁の砂漠地帯から、鬱蒼たる原始林に入って行った。
「此処…何処なの…?」
原始林に入ると、何かに落とされたかの様に、3人は突然遭難した。それも、緑珠、真理とイブキに。緑珠は少し立ち上がり、辺りを見回す。服に付いた土塊を、ぱんぱんと落とす。緑珠が刀に手をかけて言った。
「まぁ…少しは一人になりたかったんだから、良かったんだけどね。」
じりじりと湿る原始林は、緑珠の体力を確実に蝕んでいく。
「でも…一人になって、独りで死んでしまうのは、些か頂けない展開だわ。」
緑珠は少し不安になって、大声を上げる。
「イブキー!真理ー!何処に居るのー……これは…少しおかしいわ。」
原始林だ。鳥も、虫も、怪物も、動物さえ居る。なのに何一つだって音が聞こえない。まるで、真っ白い空間に、緑珠の足音が一つ有るだけの様だ。おまけに原始林と言う程度。
「…これ…やっぱり…何か、おかしいわよ。森なんでしょう。なのに…。あら?」
緑珠は森の中に有る、人口物らしきものを見る。それに緑珠は目を見張った。
同刻。
「にしても…貴方と遭難するなんて、ツイてないの極みですよ。」
「それはこっちの台詞。」
イブキと真理は小突き合いながら、原始林を進んで行く。イブキが真理に言った。
「これ…燃やしたりなんか出来ないんですか?暑くて堪らないんですけど。」
真理の間延びした返事が来る。
「むーりー。何か、この空間変なんだよ。言葉には出来ないけど、何処と無く。ね、君は神器を持ってるんだから、それでこの森焼き払えば良いじゃない。確か守護神は『朱雀』でしょう?」
イブキが心底鬱陶しそうに、地底の底を這いずる様な声で言った。
「……同じ事を2度は言いません。これは、『ただの鉄の塊』ですから。」
真理がそれを聞いて、眉間を抑える。
「成程、そういう事だったか…。」
ふと、イブキが止まって言った。
「…何か、居ます。」
真理が不思議そうに問う。
「何が?」
イブキは心底歯痒そうに言った。
「分かりません。だけど、至る所から気配を感じるんです。だけど、この密林は…。」
俯きながらイブキは言った。
「何にも、何にも居ないじゃ無いですか。」
真理が唾をごくりと飲み込んで、イブキに問うた。
「幽霊とか、そんな類?」
イブキはそんな話を鼻で笑う。
「そんな莫迦な事、あります?幽霊は死んでいるから気配なんてありませんよ。この気配は…意味が分からない。生きているのに、消えている訳でも無く、ただ、其処にあると感じられる…そうですね、簡潔に言うと、微風の様な感じです。」
真理がのんびりと言う。
「だけど…この空間は、風さえも吹いていないじゃないか。水を進んで行くような感覚なんだよ?」
その瞬間、イブキがにたりと笑う。
「……成程、この気配はお前の物だったのか。獣畜生の気配すら分からぬとは、僕も落ちた物です。」
瞬間、『神鳳冷艶鋸』を抜くと、辺りには、朱の血液が飛び散る。浮き出たのは、白木蓮の体に蓮華色の鬣をした、『華胥』、だった。真理がイブキに驚きつつも問う。
「消えてたのか!?でも、君のさっきの説明じゃあ…!」
イブキが語調を荒くして龍を見上げる。
「さぁ、僕にもわかりません!確かにさっきまでは、そんな気配だったんです!」
でも、とイブキは言った。
「今すべき事は、この獣畜生を倒す事。そんな考えは、後でも宜しい事です。」
真理もイブキに笑いかける。
「今回だけは、君に同感だね!」
イブキは軽く笑った。ただ、ほんの少しだけ。
「うーん…本当に鬱蒼としてるわね…憂鬱になるわ…。」
ふと、あの少年少女の言動、行動が頭を掠めた。
「…気になるわねぇ…。」
遠くの方から、剣と龍との音が聞こえる。緑珠はそれを聞いて走り出した。
「この音…!絶対イブキの神器だわ!行かなくちゃ!其処に真理も居るはず…!」
開けた所に、龍と2人は居た。緑珠が2人に向かって叫ぶ。
「イブキ!真理!無事なの!?」
イブキがそれを聞いて、龍の攻撃を避けながら言った。
「無事は…!無事ですけど、かなり、やばい!ですね!2時間ぐらい戦って、ます!」
緑珠が刀を翻して言った。
「2時間…!?私がいたのは20分くらいなのに……時間の進み方が違うのかしら…まぁ、良いでしょう。私は戦えないけど…少しぐらいは力になれるわ。」
彼女は龍の前に躍り出る。真理が緑珠に向かって叫んだ。
「危ない!下がるんだ!」
緑珠はそれを聞かぬまま、刀を目の前に構える。『華胥』が、緑珠を喰らおうとした時だった。
「我が剣は、戦刀に有らず。飾り刀にあり。故に、血に穢すもの無し。」
『華胥』が、緑珠の目の前に止まる。
「故に、剣は我が叡智にあり。統べるもの、永遠の知恵よ。…固有霊魔法、『万物ノ霊長ハ人間ニアラズ』!」
刀が、蒼色に光る。緑珠は刀を落として龍に触れた。
「その…宝玉を下さらないかしら。…ええ、貴方の大切な物だと言うことは重々承知よ。それでも下さらない?…そう、じゃあ、貸す、と言うのはどうかしら?絶対に、返しに来るわ。この、蓬莱 緑珠に貸すなんて、貴方はツイていると思うのよ。……必ず返しに来ます。それは、それは、ずっと先の事になるかも知れないけれど、貴方の生からして見れば、一呼吸する間のような事だわ。…有難う。」
緑珠は宝玉を受け取ると、イブキと真理に向き直る。
「さぁ、帰りましょう?」
龍はすやすやと眠り、原始林は荒れ野に変わった。直ぐ近くに、街が見える。帰って来た3人を見て、人が叫ぶ。
「か、帰ってきてる奴がいるぞ!」
そのざわめきは辺りに広がり、周りも話し始める。緑珠が肩を竦めて言った。
「随分と派手な事になってしまったわね。」
その内一人が緑珠に近寄って言った。
「この宝玉を手に入れたものは、この地を救ってくれるんだ!そう言う言い伝えなんだ!緑を戻してくれるって!」
緑珠が暫く考えた後、顔をあげて言った。
「…そうね、良いわよ。水と桃と有るだけの宝石を集めなさい。宝石はこの荒れ野に散りばめなさい。水と桃は私の前に。どれも出来るだけ多く、宜しく頼んだわ。」
直ぐに用意される供物を見て、街で用意された巫女装束を、緑珠は着る。イブキが緑珠に問う。
「これ…何なんですか。まるで、何かを知っている様に、緑珠様は進めておられますが…。」
緑珠は軽くイブキに微笑んだ。
「少し、先の事が分かったのよ。」
緑珠は奥の方に居る、歌姫の驚愕の顔を見ながら、祭壇へ座る。目を瞑って、手を合わせて言った。
「全ては、土地神のままに。現し世に住まう、幻想の産物よ。讃え、奉られし、この世を守る術よ。」
直ぐに木々が生えて、周りから歓声が聞こえる。水と桃が溶け合い、一つの龍の様な形になって、辺りへと散らばった。
「今、この世に安寧を土地を与え給え!我が神よ!」
目の前には、もう森があった。しかし、森と街を隔てる線も、あった。緑珠は皆の前に立って言う。
「これからも森を守りたいというのなら、この先の森を、誰一人として入れてはならないわ。良いわね?」
街の人々は声を上げて喜んだ。どうやら街の市長が、緑珠に近付いて言った。
「こんな御恩…どうして返せばいいでしょう。」
緑珠はにこりと笑う。
「そうね…良いわよ、私に金銀財宝をくれたら、もうそれで構わないわ。」
真理がそれを聞いてくすくすと笑う。市長ら顔を綻ばせて言った。
「それは、それはもう直ぐに用意させて頂きます!その為には少しお待ちを…そう、1時間程…。」
緑珠はニッコリと笑った。
「ええ。構わないわ。その間、私は街の中で待っているわね。」
3人は少し歩き始める。歌姫を連れて。緑珠は真理とイブキに耳打ちした。
「…私の守備を固めなさい。下手したら殺される可能性だってあるわ。」
了承した様に2人は頷いた。緑珠は笑顔で歌姫に向き直る。しかし、その目は人の真実を、抉り出す双眸だった。
「さ、アリーシャ。貴女に話があるのよ。」
アリーシャは軽く緑珠を睨みつけて言った。
「何ですか…私、貴女に言われるような事は…!」
「あるわね。私、全部知ってるのよ。貴女、未来の事を夢に見るのね。」
口を抑えて、緑珠にアリーシャは敵意を剥き出しにする。
「何で…何でアンタがそれを知ってるの…!誰にも言ってないのに!何で知ってるの!」
緑珠は自信ありげに言った。
「貴女の行動を全て見て、それで考えただけの話よ。私に果物をくれたあの男の子も、貴女と関係があるのでしょう?」
真理が待っていた様に話し出す。
「君は、未来の事を夢に見る、そういう能力の持ち主だ。勿論、そんな事を言ってしまえば利用されるかもしれない。聡い君はそう思った訳だ。」
イブキもそれを見て言った。
「大体、人の顔を見てあんなに曇らせるなんて、最初は歓迎してないのかと思いましたが…どうやら違った様ですね。緑珠様が聞いたあの女性は、意気揚々と答えて下さいましたから。貴方達だけが例外だったんです。」
ぎりぎりと歯を噛んでいる少女を見て、緑珠は言った。
「森の中に、『この先 禁忌地也 入るべからず』の看板を立てたのは、貴女では無い誰か。けれど、話す時にそれなりに話す時に『気を使っていた』。即ち、話さまいとした事があった。」
暫くの沈黙の内に、緑珠が出した結論。
「そう、大した話じゃないわ。あの少年は、貴女の近縁者であり、歓迎しなかったのは、私達に死が訪れていたから。そして、龍と貴方達は何らかの関係がある。しかし、私達が帰ってきた今、上手く運命の歯車は回ること無く崩れ去る。」
緑珠はアリーシャに軽く笑いかけた。
「全て、話してくれないかしら?」
アリーシャはその返答を、嘲笑で返した。
「そんな訳ないでしょ。知らない!此処でアンタ達は死ぬの!」
ふと、周りには沢山の武器を持った人間が居る。真理が眉間に皺を寄せた。
「…面倒臭いなぁ。人間は。」
真理は武器を構えたイブキに向き直って、笑って言った。
「今回は君の役は無い。僕は真実が明かされそうな時に邪魔をされるのが世界で1番嫌いでね。」
真理は、手を出して言った。あの、創造の力を。
「…さぁ、消えろ。この話が終わったから1日後、また此処に現れるが良いさ。」
その言葉のままに、何人もの武装者は消えた。アリーシャは目を見張って真理に言う。
「うそ…でしょ…?何で、消えちゃっ
たの…?」
真理は優しく少女に笑った。
「ね、アリーシャ。君は神様って知ってるかな?」
アリーシャは歯ぎしりしながら頷いた。
「そんなくらい…知ってるよ…!」
真理は嫌味ったらしくアリーシャに笑いかけた。
「僕はね、その神様なんだよって…これ言って信じたのって、誰も居ないんだよねぇ…。」
緑珠がその話を聞いて、くすくすと笑った。
「そりゃあ、そうでしょうよ。」
イブキが眉間を抑える。
「何でそんな事言ったんですか…。誰も信じないでしょう…。」
唖然としているアリーシャを前に、緑珠がもう一度笑いかける。
「…ね、教えなさい。2度目はないわ。貴女の、隠している事について。」
アリーシャが俯いて話し始める。
「……私には、腕が立つパパが居た。そして、弟が。アンタ達が言った通り、夢見の力が私にはあって…家族はそれを知っていたんだよ。ある時、市長がパパに言ったんだ。『森に居る龍を倒して来てくれ』。だけど、龍なんて居なかった。居たのは、『龍になる呪い』だけだった。」
緑珠が不思議そうに呟いた。
「『龍になる呪い』…。」
こくりと頷いて、アリーシャは続ける。
「……パパは、龍になったの。」
だけど、と真理は首を傾げる。
「それ…おかしくないかい?この街の伝承は、随分と昔からあったはず…。」
泣き出しそうになりながら、アリーシャは言った。
「昔から、この街から代わりの人を出して、龍にしていたの。そもそもは、禁忌地だった場所に、足を踏み入れたから。だから、パパは龍になってた。」
それで、とアリーシャは続ける。
「…貴方達が来たから…パパは殺されると思った…昔会った時にはもう、龍の神経に犯されてて…パパの記憶は無かったの…。それで何処で知ったのか知らないけど、市長に弱みを付け込まれた…もし、夢見の話をバラされたくなかったら、あの旅人を…その、殺すのに協力しろと…。」
要するに、とイブキは言った。
「あの龍はお嬢さんの父君であり、市長が黒幕だった…という訳ですね。」
アリーシャは泣き出す。3人は狼狽える。市長が現れる。の、三拍子。緑珠は振り向いて、妖しく笑った。だが、笑っているのは口だけで。
「あら…市長さんではないかしら。確か…私に宝物をくれるとのお話…。」
市長はアリーシャを睨みつけて、慌てながら緑珠に言った。
「ええ、も、勿論、ご用意させて頂きま、す…。」
緑珠は全てを抉り出す、何も見ていない、究極なる虚無の瞳で、市長の中身をくり抜いた。全て、綺麗に。
「…でも、もう待ったのだけれど。随分と、ゆっくりとしているのね。…ねぇ、代わりに市長の臓器を下さらないかしら。」
市長はしどろもどろになりながら言った。
「ぞ、臓器…!?」
緑珠は、心底優しく微笑む。
「…だって、龍を退治したんですもの。それ位同然よね?臓器って高く売れるわ。ましてや市長のだものね、太っていらっしゃるし。」
市長は怒気を出し、緑珠を睨みながら、彼女に大きな巾着を差し出して走り去って行った。緑珠は3人に言った。
「さぁ、帰りましょう…ってこれ、中身は何かしら?」
イブキが中を確認する。
「これは…!ブルーダイヤモンドとか…ダイヤじゃないですか。それもかなり沢山、高級なものばかり…。」
緑珠は2人に微笑んだ。
「これで一攫千金は貰ったわね。」
アリーシャは恐る恐る緑珠に問う。
「貴女…パパ、殺したの?」
緑珠は慌てて訂正する。
「殺してないわ。信じなさい。私はね、人は殺さないわ。」
さて、と緑珠は言う。
「帰りましょう、マグノーリエへ!5人で!」
真理が不思議そうに緑珠に問うた。
「…5人で…?」
緑珠はアリーシャに向き直って言う。
「…この街から出ましょう?腐敗しきっているわよ。ま、市長の言いなりでも良い、って言うのなら、別に構わないけどね。弟さんと一緒に出たらどうかしらね。マグノーリエは職が安定してる上に、物価が安い。貴女みたいな子供でも、家を建てる事は無理でも、洞窟とかで毎日生活ぐらいなら出来るわよ。物売りでも充分生活出来るわけだし。」
アリーシャの顔が綻ぶ。叫んで言った。
「荷物を取ってくる!あんまり無いし、弟も連れてくるから…!」
緑珠は腕を組んで言った。
「…15分、待つわ。」
アリーシャは駆けていく。この、腐敗しきった街から、逃げる為に。
「…緑珠様はお優しいですね。」
何とか、1日でマグノーリエに帰ってこられた3人。あの2人は、真理の力によって、里親が見つかったそうで。イブキは満月を見上げながら、座っている緑珠に言う。
「…それに、『後に作る私の国へも入れてあげるわ』、なんて。」
イブキが持って来たお茶を飲んで、緑珠は言った。
「…別に私は優しくないわ。…と言えば満足かしら?大体、優しいと言われてどう答えれば良いのかしら。」
イブキはその返答にくすくす笑う。
「それもそうですね。」
これで、と緑珠は月を掴むように立ち上がった。
「私達の旅が、始まるのね。随分と長そうだけど。」
イブキが控えめに緑珠に言った。
「…少し、お願いがあるのです。」
何時の間にか、華幻が、緑珠の後ろに立って言った。
「私、勉強を教えたいんです!」
不思議そうに緑珠は呟いた。
「勉強…?」
華幻は意気込みながら答える。
「お3人方が、旅に出ている間だけで良いんです。マグノーリエの子供たちに、勉強を教えたいんです。此処は家も、居間も広いし、皆様が行っている間、とても寂しいし…勉強には自信があります。お願いします、どうか、この家を使わせて貰っても構わないでしょうか…!」
緑珠は華幻の頭を撫でて言った。
「全く構わないわよ。好きになさいな。あのね、最近来た子供に、アリーシャと言う子がいるのよ。その子にまず教えてやって。…大変だったのよ。」
華幻の顔がみるみるうちに喜びに溢れていく。
「あ、有難う御座います! 」
さて、と緑珠は宙を見上げた。真理も緑珠の傍にいる。
「…さぁ、もう少しで私の旅の始まりだわ。一体、どんなものになるのやら…。」
その日、その時、宙は明るく輝いていたと言うことは、言うまでもない。