ラプラスの魔物 千年怪奇譚 57 帝国の秘密
新たな脅威を知った緑珠一行に訪れる、あまりにも静謐な宵闇。そして名月を鑑賞する一行ら。そして起こる戦闘。え?なんで戦闘が起こるのかって?それは来週までのお楽しみ!
「充分に有り得る、という訳ですね……!」
イブキは理解したように頷くと、フルールは深く椅子に腰掛けた。
「そうなのよ。だから『救世人命軍』なんて宗教紛いな軍が出来ちゃって。『神が我等をお救いになっている』だなんてさー!神もそこまで暇じゃないっての。」
「あながち嘘ではないね。」
真理は呟き微笑む。フルールは肩を竦めた。
「貴方達の事だから大丈夫だと思うけど、本当に気を付けて。この国は今前代未聞の混乱を極めているわ。」
フルールは外が暗くなっているのを見ると立ち上がった。
「遅くまで話してごめんなさい。外が暗いわ。明日は早く来てね。案内するから。モアが図書館の前で待っているそうよ。」
緑珠は立ち上がると、フルールへとお礼を言う。
「有難う、フルール。お陰で宰相殿に話を聞く必要が無くなったわ。」
フルールはセピア色と宵闇色が混じった窓の淵に触れると目を伏せる。
「気を付けて。……さ、モアに会いに行ってあげて。」
緑珠はフルールに手を振ると、司書室を後にした。夕陽の色は地面に溶けて、夜の色がコルクの床に落ちる。底のない落とし穴の様だ。
「さて、イブキ、真理。話は変わるわよ。」
ふんふーん、と上機嫌に手を振りながら図書館の出口に向かって緑珠は歩いている。
「えぇ、どうぞ構いませんが……。」
「どうしたんだい?」
緑珠はすうっ、と目を細めてイブキと真理を睨んだ。
「貴方達、何故『火車』の話をしていたの。」
何故か。それは答えるには簡単だ。彪川が言っていたから。そのままイブキは思ったそのまま言葉を紡ぐ。
「彪川が言っていたからです。ねぇ真理?」
真理は無言で頷くと、緑珠は振り向かずに言った。
「……彪川は、本当に私達の味方なのかしらね。いえ……死を司る者の補佐だもの。何時だって中立でしょうけど。」
黙って何も言えなくなっているイブキを、緑珠はちらりと見た。
「……よしましょうか。貴方の遊び相手になっていた相手だわ。撹乱させることなんて余裕なのかもしれないわね。」
音を立てず、しかし緑珠は地を踏みしめるように歩く。
「私は過去は皇女様で、未来の女帝様なの。……死人を防ぐことは、この私の矜恃に関わる。」
ばん、と図書館の扉を思いっ切り突き飛ばすと、夜の冷風を図書館に入れた。
「帰りましょう。明日は早いわよ。」
ニヤッと悪戯っぽい悪い笑みを零して。
「……月の綺麗な夜は嫌ね。」
緑珠は食事も風呂も全て済ませて、一人縁側で月を見上げていた。
いつか、イブキが緑珠の姿を見て『竹取物語の竹取の翁の気持ちが分かります。直ぐに消えてしまいそうです。』と苦笑していたことを思い出す。
そうかもしれないな、と彼女は思った。彼の物語で翁はかぐや姫が居なくなったことに深い悲しみを覚え、身体を壊した。
若しかしたらそれは、かぐや姫が居なくなったことに対してではなく、彼女の命が儚い事を知っていたのでは無いか?
「本当に『蓬泉院 赫夜』様は罰当たりな事を為さるわ。」
緑珠は月に囁きかける様に言った。
「赫夜姫は月でちょっとやんちゃな事をしてしまったのよ。……だって十股とか、有り得なくないかしら……。」
肘をつきながら、緑珠はそのまま続ける。
「きっと嬉しかったのでしょうね。心の底から自分の事を好いてくれる人が居たことを。月に帰るから結婚は出来なかったけれど……月でまた十股をやらかして……。」
冷たい夜風が頬を掠めて、緑珠は目を伏せた。
「結局、たった一人で月を抜け出して地上の人間と結婚するって……ふふふ、自由ね。その経緯を記したのが『竹取物語』。……私だけが知っている秘密だわ。」
「楽しそうですね、緑珠様。」
「うふふ、そうね……。」
彼女は背後から聞こえるイブキの声に、笑いを織り交ぜて返した。
「ねぇーぇ、イブキ?かぐや姫は月に連れ戻されちゃったでしょう?貴方なら連れ戻されない為にどうする?」
びたーん、と倒れ込んできた緑珠を普通に座らせると、櫛を使って洗いたての緑珠の髪を梳く。
「そうですねぇ……依存させたい、という気持ちはありますが……連れて行かれないためには、死体が良いんじゃないでしょうか。」
「そうやって直ぐ亡き者にするー!全く、最近のイブキは……。」
「そんな最近の若者はみたいなノリで言われても……。」
すーっ、すーっ、と音が鳴るように、黒髪を通る桐の船。緑珠はイブキの顔を覗き込む。
「じゃあ生かしておくと考えて、貴方はどうする?」
「……誑かして月の使者を姫本人に殺されせる?」
「何故そんなに物騒なの。」
「屋敷の周りに爆弾仕掛けるとか……。」
「被害が甚大過ぎるわよ。」
「月の使者は仙人ですからねぇ。効果あるんですかね?」
「さぁ?」
一通りイブキが緑珠の髪を梳き終わったところで、椿油の準備をしながら問い返す。
「何でまたそんな話を?……月から降りてきたと言ったら、貴女も僕も同じですが。」
撫でるように椿油を使って緑珠の髪を梳くイブキの手が心地よいのか、彼女は猫の様に目を細めている。
「んー……蓬泉院家に、『白夜姫』って居たの覚えてる?」
「えぇ、いらっしゃいましたね。歴史の授業で勉強しました。」
「今から話すことは割と蓬泉院家の秘密なんだけどね、その姉に『赫夜姫』がいらしたのよ。」
「秘密の割に軽いですね……!?」
椿油が緑珠の髪を潤すと、緑珠はイブキにもたれた。
「いや……割と王宮住まいの人は知ってた事だし……知らなかったのは蓬泉院を除いた四大貴族だけかも。バレちゃうと色々面倒だし。」
で、と緑珠はぎゅうっと身体を伸ばした。
「その赫夜姫が、後の世の竹取物語なのだわ。赫夜姫はその後、また地上に戻って来て、月から地上への転送で早死したけれどね。」
「転送って、早死するんですか?」
イブキがぴた、手を止めると、緑珠はそのまま笑った。
「生身で飛び込めばね。私達は船に乗っていたから大丈夫よ。何かに乗らなくちゃいけないだけで……。」
「ちょっと待って下さい。『生身で飛び込んだ』?」
緑珠は姿勢を正して頬杖をつきながら、月を見上げて呑気に言葉を紡ぐ。
「えぇ。そうよ。赫夜姫はとても好奇心旺盛だったから……あの星湖の隙間に身を投げたのよ。それで地上の男の人と結婚した。」
だから、と緑珠は月光を身に浴びながら振り返る。
「月から地上に来た『日栄人』を、皆総称して『なよ竹の赫夜姫』と呼ぶの。若干の敬意と侮蔑を込めて、ね?」
イブキが黙って何も言えなくなっているのを、緑珠は振り返らずに言った。
「ねぇ……イブキ。私はね、別に良いと思っているのよ。」
「何がですか?」
おずおずとした言葉に、単純な疑問がぶつかる。それに彼女は答えた。
「……貴方が貴方で居られる為に、貴方が何かを壊すことを。私はしても構わないと思っているの。」
「……。」
黙りこくったイブキに、緑珠は目の中に月を仕舞いこんで言う。
「私は貴方に此処に居て欲しいから。私が最期を頼むまで、側に居て欲しいもの。」
「なぁんか、」
緑珠はびくりと肩を震わせた。何故なら先程まで後ろにあったイブキの声が、彼女の耳元を掠めたからだ。
「そう、ですね…………。」
詰まってしまって言葉も変になったイブキに、 緑珠は振り返って微笑んだ。
「別に今決めることじゃないわ。でも私に何かして欲しいことがあったら言ってね。私、出来る範囲で何でもするから!」
ガッツポーズを作った緑珠に、イブキは目を見開いて其の様子を眺める。
「……随分と人間らしくなられましたね。……月の王族が地上を恐れたのも、分かる気がします。」
「あら、どうしてそんなことを言うの?」
緑珠は不思議そうに首を傾げると、イブキは目を細めて笑った。
「だって、王は何もかも傍観しなくてはなりませんからね。余りにのめり込むと戻れなくなります。……だから、人情が混ざるとややこしくなるんですよ。」
「ふぅん……。」
半分くらいは興味が無さそうに生返事をすると、緑珠は月をそのまま眺めている。
「……それでも僕は緑珠様が大好きですよ。冷徹でも、人情味が溢れても。」
緑珠はびたーん、とイブキに倒れ込む。
「……私も、だぁい好き。……ねぇ。」
少しの間の後、緑珠は問い返すようにイブキに視線を送ったが、
「……やっぱり何でもない。この事はまた何時かね。」
「何時までも待ちますよ。貴女が言われたのなら。」
「うぃーす、名月鑑賞中か?」
倒れ込んでいる最中の緑珠に、手に団子を掴んだモアが縁側に立っている。
「も、もあ、それは……!」
目をきらきらさせて涎を垂らしている緑珠に、イブキは冷たい眼差しで言った。
「もうご飯も食べたし歯も磨いたでしょう?駄目ですよ。」
「ちょ、ちょっとだけ……。」
「うぐっ……そんな可愛い顔しても、駄目、です。」
緑珠の眼差しにイブキは何とか折れること無く、モアは縁側の柱に持たれながら問う。
「月じゃあ月見はしなかったのか?……と言うか、月見なんてあるのか?」
「月見は無かったけど、月からは様々な世界が見えるからそれを見ていたわね。」
緑珠はモアを見上げながらくすくすと笑った。
「見た異世界をどんな物か予想するのよ。それで占いを通して結果発表。突拍子も無いことを考えて笑うのよ。」
「お、皆此処に居たんだね。」
真理が屋根の上から縁側をひょっこり覗く。え?何処からだって?……屋根の上からだよ。だらーんと紫髪が落ちている。
「そうよ。真理もお話する?」
「……そうだね。じゃあ降りようかな!」
反対側の真理の笑顔がひょいっ、と消えると、イブキは微笑みながら彼に言った。
「あ、いや……降りるのを手伝いますよ。」
えー!本当!?と歓喜の声が聞こえると、イブキは謀を張り巡らした顔をしながらとん、と柱を蹴った。ドンっ!と鈍い音が聞こえる。
「……そうかそうか、つまり君はそんなやつだっ……つーか君本当にそんな奴だよな!知ってた!」
真理は頭から落ちて顔が紫髪で見えない。逆貞子状態だ。
「な、にしたんだ……?」
モアは半分団子を落としかけた状態で、真理とイブキを交互に見る。
「柱から真理の居る場所まで上手く力を飛ばしたんです。そして見事に転けた、と。」
「全くもう……イブキ、真理に謝りなさい。」
緑珠はイブキを窘めると、逆貞子状態のままの真理にイブキは誤った。
「すみません、真理。お詫びに明日の朝ご飯には」
「オムレツ作ってくれたりする?」
髪の間から笑顔が見えるが、
「青酸カリ突っ込んだりします。」
満面の笑み。さて、外は名月だ。空は濃紺に澄み渡っている。さればこの殺気に溢れ返っている二人がする事は?
「……綺麗な月ね。」
緑珠とモアは縁側に座りつつ、月を眺めている。とても美しい。目の前の男二人が戦闘をしている点以外は。
「え、うん、そうかな……?」
「君!いい加減僕の食事に毒物入れるのやめろ!」
「嫌です!だって!僕の緑珠様と仲良く話してるのが悪いんです!緑珠様は僕のモノですから!話したとなると無に帰します!」
ぼごーん、どごーん、と重い音が響く。
「綺麗な月ね。」
「あの、音は……。」
慣れていないモアに、慣れている緑珠。何時も通りだ。
「花火だと思えば可愛いもんよ。さ、寝ましょう。」
「あれは?どうするんだ?」
モアはばんばんと指を指しているが緑珠は完全に無視だ。
「寝るわよ。私が寝ると言っているの。あの二人は気が付いたら寝てるわよ。」
星が、煌々と輝いている。まるでこれから起こることを暗示させる様に。
次回予告!
相も変わらずマクスウェルの悪魔が悪趣味だったりそれに匹敵するくらいイブキがヤンデレだったり敵から逃げながらいちゃつくカップルを爆破したりのなんやかんやある話!




