ラプラスの魔物 千年怪奇譚 54 影武者と猪口
伊吹が全力で緑珠を吐かせようとしたり緑珠がチョコレートを食べたり千年怪奇譚史上最大の難題が緑珠に降りかかる!
「周りの風景を見ていると気になってしまうわ。」
「だからそうやって下を向いているんですか……。」
身を乗り出して俯いている緑珠。イブキはもたれながら言った。
「それやってると酔いますよ。」
「げほっ……それ言うの遅い……。」
「やっちゃったね、緑珠。」
「お前らは何時もこんな漫才みたいなやり取りしてんのか……。」
モアは三人のやり取りを微笑ましく見ている。そして思いついた。
「なぁ緑珠。お前、輿とかに乗ってたんじゃないのか?」
「あー……緑珠様は……。」
イブキがちらりと緑珠を見ると、口元を抑えながら彼女は言った。
「……乗ってたわよ。『私の影武者』はね。」
「やっぱり影武者が居たんだね……。」
真理の関心の一言に、緑珠は頷いた。
「えぇ。居たわよ。白霧と言ってね。仲が良かったわ。」
「確か、 璃白霧という方でしたよね。」
「何で知ってんだお前は……。」
うげぇ、と気分の悪さが最高潮に達しているのにも関わらず、緑珠は続ける。
「この子は何時もこんなのだから……通常運転よ。う、げほっ……。」
「吐いても良いんですよ緑珠様。」
「絶対貴方が喜ぶから絶対に嫌よ。」
イブキの口元が歪んでいるのを見た緑珠はすらすらと言った。
「そこまで分かってるなら吐いて下さいよ。喉に手を突っ込んだ方が良いですか?」
「やめて。死ぬから。貴方の場合内臓を引きずり出す、げほっ……じゃない。」
「ああほら、御無理なんてなさらなくて良いんですよ。」
イブキの変態地味た提案を一蹴し続けている緑珠を見ながら、真理は言った。
「てことは……緑珠は別の輿に乗ってたのか。」
「いえ、緑珠様は乗っておられません。」
イブキはぜーぜー言っている緑珠の背中を擦りながら答えた。
「……もうこの際、お前が何で知ってるかは聞かないでおくぜ。」
「有難う御座います。モアさん。緑珠様は輿がお嫌いだったんです。退屈だからってお乗りになりませんでした。」
「うげっ……うぶ、くるじぃ……じかも、何でそなこ、とまで、しっ、てるのよぉ……。」
真理が今にも吐きそうになっている緑珠を見ながら、淡々と言った。
「緑珠。その質問は伊吹君に対して愚問だと思うよ。」
「そうですね。僕は緑珠様に関してなら何でも知っていますから。」
「ほらね。」
「うぐぅ……。」
ぐうの音も出なくなった緑珠に、モアが馬車から身を乗り出した。
「城門、見えて来たぞ。」
言ったそばから城門へと到着すると、緑珠は足を引きずりながら外に出る。死にかけている彼女に、モアは促した。
「緑珠。口開けろ。」
「あ……んん……?これ猪口じゃない。」
口の中に広がった甘味を、緑珠はふんだんに味わった。
「酔った時には猪口が効くんだとさ。それ食べて水飲め。ちったぁマシになるだろ。」
イブキはモアへと耳打ちした。
「効くんですか?」
「私は全くそう思わねぇけどな。効くらしいぞ。」
「若干のサブリミナル効果、というやつだね……。」
そんな三人の言葉など露知らず、緑珠はその場でくるくる回る。
「治った!治ったわよイブキ!」
「……僕はあの人のああいう所が心の底から不安なんですよね。」
「ふっふーん!いくわよ!」
緑珠がすたすたと歩いていくのを、イブキは肩を竦めて見ていた。
「それでは陛下がいらっしゃいます。失礼の無いように。」
三人は王座の間へと通されると、宰相の響いた声を聞いた。そして、王が現れた。の、だが。
「どうも、ノルテの王様やってまーす!」
ノリの軽い声が聞こえる。そういえばこの国の王とはどんな人だったか。
緑珠はちらりと相手を見据えると、『おじいちゃん』が居た。気の良いおじいちゃんといった感じだ。
家に遊びに行ったらお菓子をくれるタイプである。
彼女の視線と王の視線がかち合うと、王はスクリと立って、叫んだ。
「なんだ!緑珠李雅ちゃんじゃん!」
「速攻で身バレしたわね……。」
緑珠はがくん、と折っている膝を折った。
「じゃあ其の傍にいるのは伊吹くん?」
「速攻で身バレしましたね……。」
イブキも苦い言葉を出す。
「で!その紫髪は真理だよね?」
「僕は言わずもがなだよ……。」
真理が頭を抑えると、宰相はあんぐりと口を開けている。緑珠が呟いた。
「今まで私の名前でどうにかなっていたから、自分の力でしたかったんだけどね。」
「大国のお姫様は流石に隠し通せませんからね……。」
「幾らこの国に来ていたとは言え、宰相まで隠し通せていたのに……。」
緑珠の苦々しい一言に、王は喜びながら返す。
「いやいや!だって緑珠李雅ちゃんは何回も会ってるじゃん!分かんないって事は無いよ。うちの国のこと、トップクラスで好きだったんでしょ?」
「そうです。パトリック王。お久し振りです。お変わりなく何よりです。」
口を魚のようにパクパクさせている宰相に、緑珠は優しく微笑んだ。
「お久し振りですわ、宰相 ルカ『殿』。覚えていらっしゃらない?昔……と言っても一度だけ、遊んで貰ったはずなのですけれど。」
「……あの、姫君が……?私の……目の前に……?」
宰相は昔の緑珠と今の彼女とのピントが合わないらしく、イブキはそれを聞いて肩を竦めた。
「分からない気も分かりますが。緑珠様、今と昔の印象物凄い違いますからね。」
「あら、そう?」
首を傾げた緑珠に、真理は頷いた。
「うん。だって口調も違うかった訳だし。」
「……それは、そうだけどねぇ。」
「え、いや、だって……。」
宰相 ルカは吃りながら自身の遠い記憶を探った。
「あの、幾つもの泥団子を作るのに命を懸けていた姫君が、今、こうなのか……。」
全員の視線が緑珠の方向に向けられる。
「……ははは、宰相殿もよく覚えておいでで……。」
「伊吹君、抑えてね?」
真理の一言に、イブキは微笑みながら返した。
「真理はどうしてそんなに心配するんですか。大丈夫ですよ。」
ふう、と真理が安堵のため息をついたのもつかの間。とんでもない一言がぼそりと聞こえる。
「……緑珠様の白い首には、赤の首輪が似合いますねぇ。」
「おいてめぇ何つった?」
「煩いですよ、お義父さん。」
「お義父さん言うな。確かに僕は君から緑珠を守るという義務があるんだけどね?」
「正しく言うと緑珠様の『貞操』ですけどね。」
緑珠の背後で男共が言い合っているのを、彼女はくすくす笑った。
「はいはい。二人ともお行儀よくして。」
二人が言い合いを辞めると、緑珠はまた王へと向き直った。
「陛下。この度、私がまいっ」
「うんうん。調印の話だよね。」
「ご存知ですか……。」
そりゃあ、とノルテの王、パトリックは優しく笑いながら言った。
「麗羅ちゃんに言われてたし。『きっとあの子は貴方の国にも来ます。ですからビシバシ!厳しくしてやって下さい!』と。」
「麗羅は君のお母さんなのか……?」
真理の怪訝そうな一言に、パトリックは彼を宥める。
「まぁまぁ。君なら分かるでしょ?……あの娘はもう、長い間独りなわけだし。本当にあの娘は孤立している。だから緑珠を気にかけるんだろう。『甘くしちゃ駄目ですからね!』って言われたし。」
さて、とパトリックは話を切り替える。そして、調印の前のあの言葉だ。
「じゃあ麗羅ちゃんの言っていた通り、ビシバシ厳しく行こうかな。」
「お、お手柔らかに……。」
緑珠が萎むような声で言うのを、パトリックは優しく返す。
「そんなこわばらずに、ね?」
「……はい。」
緑珠が萎んでいるのを、イブキは不思議そうに問うた。
「どうしてそんなに萎んでいらっしゃるんですか?」
「……だって。パトリック王は難題を出すのがお得意だもの。」
彼女はそう呟くと、パトリックは見計らったように言った。
「それじゃあ、この国の抱えている……『国の時間が止まっている』、という問題を対処してもらおうかな。」
「ほらね。」
「……そうですね。」
真理は眉間に皺を寄せながら、訝しげに王へと問う。
「にしても、だよ。ヒント無しじゃ難しくないかい?『北の星読み王』よ。」
パトリックは態とらしく、微笑みながら肩を竦めた。
「『北の星読み 南の姫巫女 西の狐に東の海』。良く言われてるんだけどさ……もうお役目から開放してくれない?私、隠居したいんだけど。」
「駄目に決まってるでしょ。僕が死ねば君達は開放されるけどさ。」
緑珠はきょとん、と不思議そうに首を傾げた。
「その歌は何なのでしょうか……?」
「……そうだよね。『日栄帝国』は地上の国と殆ど国交を絶っていたし。知らないのも当たり前か。」
パトリックはにこやかに説明を始める。
「『北の星読み』。つまり私だ。私がするのは星読みじゃないんだけどね。時空が歪まないよう調節をしたり、対処するのが難しかったら神に相談したり。後は君達が見てきた通りだよ。南の姫巫女は麗羅。西の狐はあの砂漠姫。東の海は不明領域。」
緑珠がこくこくと頷いているのを見て、パトリックは慌てて閑話休題を持ち出す。
「おっと。話が逸れてしまったね。……ヒント、か。歌かな。うん。歌。探してみて?じゃあね!」
王は突然話を切り上げると、その場からそそくさと退散した。ルカが止めるのも関わらず。
「すまない。陛下は少しああいう所があって……。」
「いえ。お気になさらず。」
緑珠は恭しく礼をすると、ルカは目を細めた。
「……『歌』か。」
「はい?」
イブキは素っ頓狂な声を上げると、ルカは顔を上げた。
「『本』に会うと良い。」
「それは……図書館、という意味かい?」
真理は首をかしげながら言った。その質問に、宰相は曖昧に答えた。
「……そう取って貰っても構わない。急ぐと良い。何が起こるか分からないからな。」
緑珠は宰相の言葉に疑問を呈する。
「それは、どういう事ですか?」
「陛下が言っておられた。国内に『巨大な概念体が居る』と。」
「『巨大な概念体』。神のようなもの、という訳ですか。」
イブキが顎を触りながら目を伏せる。
「そうだ。其処の『神』とか自称している奴ではないぞ。また別の概念体だ。」
「あはは。酷い言い草だね。」
真理は口をへの字にして苦く笑った。
「兎に角急げ。何が起こるか本当に分からないからな。」
「承知致しました。」
緑珠はまたもや恭しく礼をすると、そのまま下がろうとする。が、
「緑珠李雅姫。」
緑珠を昔の名前で宰相は呼び止めると、彼女は麗しい黒髪を撒いて振り向いた。
「ルカ殿?」
緑珠は不思議そうに振り返ると、言いにくそうに宰相は言った。
「そ、その、だな……。」
「……?」
彼女はそのまま、首を傾げたまま。
「……私は、意見の持っている女性が好きだ。」
緑珠はその言葉の意味を全く分かっていなかったが、それでも微笑みを一つ。
「ふふふ。有難う御座います、宰相殿。それでは。」
彼女はそのままステップを踏みながら王の間から退散すると、真理は宰相の様子を見てくすくすと笑った。
「……ほんと、君は不器用だなぁ。」
一言、真理は残してその場を去った。
次回予告!
皆で楽しく図書館に行ったり魔導書を読んだり新キャラが登場したりモアと手を組んだり緑珠がありえない声を出したりする物語の進展がやばみを感じるお話!




