ラプラスの魔物 千年怪奇譚 53 氷菓
氷菓をばくばく食べたりミルゼンクリアとのお話をしたり緑珠と伊吹が全力で戦ったりとなんやかんやで楽しい千年怪奇譚!
彼の表情には一瞬の陰りがあったが、直ぐににかっ、と笑って返した。
「神様の成せる技、かな?」
「はいはい分かったよ。ほらモア。何 食べていくのさ。」
「ありゃりゃ……。」
真理の笑顔の一言をぶっ飛ばした女性は、モアに注文の内容を問う。
「う、うーん?全然決めてなかった……。緑珠は何にするんだ?」
緑珠は氷菓が入った荷台を見ていたが、直ぐに手を叩いた。
「私は一番最後で良いわ!皆が先に選んで。ふふふ、私、とっても良いこと思いついちゃった……!」
「悪いこと、の間違いじゃないですか、緑珠様?あ、これ下さい。」
イブキは苦笑いしながら肩を竦めて注文する。やはり酒好きな事もあって、選ぶ氷菓は洋酒味だ。
「じゃ、オレはこれにしようかな。」
モアはその赤い印象と同じ、真っ赤な苺味。
「んーとね、じゃあ僕は……珈琲にしよう。」
皆の一通りの注文が終わったとき、緑珠はにこにことしながら自身の注文をする。
「私、皆の味が食べたいの!だから今まで頼んだ味、全部下さい!あと私は牛乳味が良いわ!」
「お腹壊しても知りませんよ……。」
イブキが呟くのも知らずに、皆が頼んだ味を緑珠はコーンにとんとん、と乗っていくその瞬間を、きらきらとした瞳で見詰める。
「はいよ、其処のお兄ちゃんが言った様にお腹は壊さんようにしな。」
「はぁい!有難う!」
緑珠はぱく、と氷菓に齧り付く。そしてほっぺたを抑えた。
「んんっ!美味しいっ!やっぱり氷菓は最高ね!ふふふ、美味しいわぁ!」
彼女は美味しい美味しい、と食べながらその場でくるくる回っている。その様子を従者が鼻血を流しながら眺めていた。
「……僕はね、緑珠様のああいう所が超絶可愛いと思うんですよ。」
「はーい鼻血拭こうねー。」
真理はイブキの様子を見ると、そんな事を棒読みで呟いた。モアは緑珠の手を引っ張って、時計塔が見える河川敷へと足を進める。
「ほら、見えるだろ?綺麗だよな!」
「……とっても綺麗ね……。」
冬場の夕方だ。少しだけ寒い。が、寒さを感じさせないその圧巻とした美しさは、見る者全てを飲み込んでいく。
時計塔だ。極々普通の、時計塔だ。別に何ら珍しくもないそれがどうして此処まで惹き付けるのか。
理由は明解、時計の文字盤が青と金を基調とした、シックでありながらも、そこはかとなく気品溢れるデザインだからだ。
「オレ、お前達と来たかったんだ。此処に。こんな綺麗な場所、行かないなんて損だぜ……。」
「ああっ!モア、氷菓が零れてしまうわ!」
「えっ、うわぁ!ちょ、ティッシュティッシュ!垂れてる垂れてる!」
氷菓を食べていた男性陣は、目の前でわちゃわちゃしている女性陣を見詰める。
「あー……本当に今日も緑珠様は可愛いですね……何してても可愛い……犯罪か?犯罪ですよね……犯罪級の可愛さ……めっちゃ襲いたいです……。」
「へーいぽりすめーん、隣に変質者座ってまーす。」
イブキは頬を紅潮させて変態地味た事を言いつつ、その隣で真理は棒読みで答えたのであった。
結局、夕飯もモアと済ませ、翌日、早朝。
「今日も朝から精が出ますねぇ、皇子?ええっと、ですから……。」
霜が降りる寒さの中、凍った息を吐き出して彪川は自身の首に突きつけられた、雪の白さと見まごう匕首を眺める。
「これ、下ろして貰えません?」
「……。」
何も言わずにイブキは降ろすと、匕首に手をかけたまま彪川を見詰める。
「アハハ、全く信用して貰えて無いなぁ。酷いですね、皇子?」
「……信用するのは死んだ後からでも遅くはありませんから。」
イブキがやっと口を開くと、ニヨニヨしながら彪川は匕首を指さす。
「匕首の柄、壊れちゃいましたね。」
「直すのはまだ先になりそうです。今は応急処置として接着剤でくっつけました。」
縁側に座っていた彪川の反対側、モアの邸宅の庭にあった椅子に、イブキは座る。
「全く、皇子は酷い人ですね。この間五人の人間が地獄に来ましたよ。」
「成程。それで暫く顔を見せなかったんですか。」
しゃん、しゃん、と鈴がなる様に砥石で『神鳳冷艶鋸』の刃を研ぐ。イブキはじろりと彪川を睨んだ。
「……なら人を殺せば貴方の顔を見なくて済む。そうとっても?」
「皇子は酷い人ですね……。あぁ、でも。」
彪川はイブキの視線を受け流して、にっこりと微笑む。
「『火車』が来ますから。皇子が『あの言葉』を言わないと。先の五人も、それのせいで地獄逝きでしたよ。」
「……『火車』?何ですか、それ。」
彪川はそれに答えない。
「答える必要もありません。『信用するのは後からでも遅くない』のでしょう?」
言葉を返されたイブキは一瞬だけ呆気に取られると、匕首を左手首に仕舞う。
「……さて、それでは問いましょう。何用でしょうか。」
「特に用と言ったものはありません。オレは相変わらず貴方の動向を探るだけです。ですが、もう一度考えてみて下さい。『火車 』は、何時来るものなのか?」
すう、と彪川が姿を眩ませると、イブキは立ち上がってもう一人へと問うた。
「話も終わりました。こんな早朝にもう朝ご飯ですか、真理?」
「いいや。」
掠れた声を出しながら、真理は木の柱にもたれている。
「……『火車』がどんな時に来るか、教えてあげようと思って。」
「貴方にしちゃ珍しい協力ですね。」
イブキは真理に向き直りながら、睨みつつも笑顔を浮かべる。
「だって困るもの。どうせあの子が僕のせいにするからね。」
「『あの子』。それ、もしかしてミルゼンクリアの事ですか。」
イブキは尋ねた。尋ねた、と言うよりも確信を得た口ぶりだ。
「せぇーかーい。あの子も君と同じく『脳酔い 』するんだよ。あの子はね、人間の身体でありとあらゆる世界を監視している。だから脳が溶けるのも納得だね。」
「『脳酔い』をずっと起こしている、という事ですか?」
「そうだよ。」
単調に真理が答えると、イブキは苦々しく言った。
「毎日毎日脳酔いになるというのは、生きているか死んでいるかも分からないぼぉっとした状態ですよ……。そんなのただの不老不死です。よく発狂しませんね……。」
「ん?だって彼女には感情が無いもの。感情も脳を使うだろ?彼女の名は、緑珠達がいる世界が出来て間もない頃に、近くの時空にあった世界で呼ばれていた『最後の審判者』と言う意味さ。まぁ僕の所感としては、『この世を司る究極の裁判官であり、極悪非道な悪徳裁判官』、って感じ。」
真理はとてつもなく面倒臭そうに、首を傾けた。
「あ、で?『火車』の話かい?『火車』はね、」
「『火車』は妖怪よ。悪行を重ねた人間を攫う、地獄の猫だわ。」
馴染みのある声にイブキと真理は振り向く。
「おや、緑珠。早いね。」
「目が冴えてしまってね。それに……。」
緑珠はイブキと真理に指を指した。
「貴方達、朝から煩いのよ。お陰で目が覚めてしまったわ。イブキ。一つ詫びがあっても良いでしょう。」
「……はい。何でも構いませんよ。」
彼女は自身の苗刀をイブキに付けつけて、ニヤリと笑った。
「一勝負、お願いしても?」
それに負けじとイブキも笑う。
「後で泣くのは貴女ですよ。」
「あら、そんな生意気なこと何時まで言えるのかしらね。で、受けるの?此処で引くと『私が怖い』、ということにするわよ?」
イブキは研ぎ澄まされた神器の刃を緑珠に向けた。
「良いですよ。受けましょう。」
「それじゃあ僕が審判ね。」
真理が縁側に座ったのを見ると、緑珠は簡単に髪を整えた。乱雑に柄を放ると、庭に下りて、イブキを真っ直ぐ、身体の芯から見詰めて。
「それではお手合わせ、お願いするわ。」
「全ては緑珠様の御心のままに。……手加減は一切無しですよ。」
『相手を殺そう』という気を纏った白銀の刃を、真理は優しく見つめていた。
「あーんっ!もうちょっとで勝てそうだったのにー!」
汗をかいて、風呂を入った緑珠が頭を拭きながら、同じく風呂上がりのイブキを見ている。
「最後の踏み込みが甘いです。油断し過ぎですよ。最後まで気を抜かない、と言っているでしょう。」
「むー……。」
緑珠が不機嫌そうに唸っているのを見ながら、イブキはお説教を始める。
「確かに貴女の剣技の腕はお世辞抜きで僕が見惚れるほどの上手さです。しかし剣技においても何でもそうですが最後まで気を抜いてはいけません。だから一本取られるんですよ。」
「た、体格の差だってあるでしょー!」
彼女の必死の言葉に、それを見ていた真理が宥める。
「体格の差はあるけど、今日の緑珠、ちょっと集中力が切れてたからね。」
「……反省するわ。」
自身の苗刀を見つめながら、緑珠はイブキに髪の毛を乾かされている。
「ですが、緑珠様の集中時の集中力と、短時間で相手の隙を見つける力は凄いと思いますよ。」
「……っ、……。」
緑珠が唾を飲んだのを、イブキは優しく見つめながら、タオルを彼女の頭にかけて言葉を一つ残しその場を去る。
「さて、僕は朝ご飯を作って来ますからね。……もっともっと、悔しがって下さい。それが貴女自身を守る力になる。」
白いタオルの中、緑珠は涙声を殺して涙を零していた。悔しい。負けた事が悔しい。
「……負けたくない。強くなりたい。」
その場に居た真理が緑珠の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「『人を殺す殺気』を持てているというのは良い事だよ。容赦なく殺すというのは、出来そうで中々出来ないからね。」
緑珠は軽く真理の手を払い除けると、タオルの隙間から濡れ腫らした目を覗かせる。
「……今度は、勝てるとおもう?」
真理は微笑んで答えた。
「君が集中力を切らさなかったらね?」
緑珠はささっとタオルで涙を拭くと、ずずっ、と鼻を鳴らして、
「ご飯食べる。」
「顔は洗わなくて良いの?」
泣き腫らした目を真理に向けて、緑珠は言い放った。
「私、泣いてないんだからね。別に悔しくて泣いてた訳じゃないんだからね。」
緑珠の強がりに真理はくすくすと笑うと、居間へと誘う。
「おやおや、これは……鬆餅の甘い匂いがするね。」
彼女の口元には少しだけ笑みがあった。緑珠は真理を見ると、一言。
「……やっぱり顔、洗ってくる。」
「ん。行ってらっしゃい。」
「お早う、緑珠、イブキ、真理!」
「お早う、モア。」
緑珠は花が咲く様な笑顔で答えると、モアは不思議そうに辺りの匂いを嗅ぐ。
「ん?この匂いは……鬆餅か?」
「そうよ。イブキが作る鬆餅はとっても美味しいの!」
「良いなぁ。オレも食べたい。……あ、そうだ。」
旅装束に着替えた緑珠に、モアは閉められた玄関を指さした。
「もう馬車は手配しておいた。何時でも城に行ける。」
「それでは行きましょう。善は急げ、よ。」
緑珠は苗刀を引っ掴んで縁側を下りると、馬車へと近付いた。
「行きましょう。調印、貰わなくちゃね。」
次回予告!
伊吹が全力で緑珠を吐かせようとしたり緑珠がチョコレートを食べたり千年怪奇譚史上最大の難題が緑珠に降りかかる!




