ラプラスの魔物 千年怪奇譚 52 謁見
宰相の秘めたる思いと、それを嘲笑う者が一人。緑珠達の暖かい生活を前に、新たなる刺客が現れる!
「宰相様、本当に、謁見をっ、許可なさると思、う?」
「さぁ、どう、よっと、でしょうね……。」
「まぁ行かなきゃ始まらない、っと。」
まだ道端に溢れかえっている残党を、三人は蹴飛ばして行きながら、城門の前に立った。
まだ向こう側から「アイツだ!」「倒せ!」等と言う声が聞こえるがまぁ気にしない。城門の中に入るからだ。
「何だか私達、人気者ね。」
「否定はしませんが、余り人気になりたくない層から人気ですね。」
緑珠一行はそのまま階段を登らされる。暫く歩いて行った先に、黒い扉があった。傍に居た侍女が扉を開く。
「宰相様。旅人の御方で御座います。」
そのまま三人は進むと、書斎らしき所に宰相は座っていた。
「此度の活躍、御苦労だった。お前達には礼しか言えん。アルシャリア商会の小娘には……厳重な処罰を下しておいた。」
モアの姿が先日から見えないのはそれが理由だったのか、と緑珠は一人でに納得すると、宰相の言葉を待つ。
「お前達の謁見については、議会にかける。暫く待つと良い。」
緑珠は知っていたのだ。大体お偉いさんの『議会にかけるから待て』、という言葉は信用ならない。彼女自身、信用してどうにかなった事は無いのだ。
この現状を打破しなければ、永遠に親書は貰えない。緑珠が必死で頭を回している、その瞬間だった。
「……縄、百合、練炭、洋酒。」
イブキがヒタヒタと笑いながら、片手に白い紙を数枚持って宰相へと呟く。それに対して宰相は椅子から飛び降りた。
「お、お前……それを、何処で……。」
そんな様子など露知らず、緑珠と真理の不思議そうな顔なんて見向きもしない。
「廃屋を見つけたんです。美しい館でした。『今でも誰かが使っているか』の様でしたよ。大きな大きな、人の様な人形がありました。」
「……お前……は……。」
イブキはそのまま微笑みながら、数枚の白い紙を懐に戻した。
「さて、これをばらされたく無かったら……分かりますよね?」
緑珠と真理は直感的に拙い、と思った。この揺さぶり方は相手を食い物にする、イブキの典型的な揺さぶり方だ。
「……何だ。言ってみろ。」
イブキは微笑みながら、薄く蜂蜜色の瞳を開ける。
「一つ。今すぐ……いや、それは酷ですね。明日、謁見を準備すること。二つ、アルシャリア商会の娘を解放し、何らかの特典をつけること。」
「流石に二つなど、」
「宰相閣下は余程この国を良くしたくない、そう伺います。」
イブキの一言は宰相の逆鱗に触れたと思ったが、直ぐに怒りは静まった。
「……分かった……用意しよう。下がれ。」
疲れ切った表情で宰相はイブキを睨むと、目を細めてイブキはニッコリと笑う。もう一度言おう。通用するならぶちのめしたい笑顔だ。
「帰りましょうか、緑珠様。」
「え、あ、うん……失礼致します。」
緑珠はぺこりと恭しく礼をすると、イブキの手に連れられて部屋を出る。
(うっわぁ……。)
真理の心の声なんかお構い無しに、イブキは口だけで『僕のモノ』、と口パクしたあと、その場を去った。残された宰相の執務室には、宰相と真理が居た。
「君は相手が悪かったね。ご愁傷様だ。」
「……神よ。私はあの娘が気に入った。」
「別に気に入るのは勝手だけど、傍に居る独占欲と奸智を混ぜ合わせた奴倒してからにしなよ。今頃あの子、君の反応見てお腹抱えて晒ってるよ。」
宰相の最もな言葉に、真理は耐え切れなくなったらしく、笑った。
「あの二人は……恋人同士なのか?」
「……ふふっ、違うよ。伊吹君の狂気的な独占欲という毒で、彼女を守ってるだけだ。それじゃあね。僕は久々に人間の恋愛嫉妬模様が見れてとても楽しかったよ。また、謁見で。」
真理は颯爽とその場を離れた。失恋した宰相を置いて。
城を出た緑珠は、不思議そうにイブキへと問うた。
「貴方、宰相に何言ってたの?どうしてあんなにあの人は狼狽えたのかしら。」
「……縄。……成程、『自殺サークル』、か。」
真理の一言に、イブキは笑いながら軽く頷いた。
「そうです。」
緑珠はそのままきょとんとしながら首を傾げる。
「どういうこと?縄とか練炭は理解出来るけど……百合とか洋酒は?」
三人はモアの家へとてくてくと足を進める。
「遊びをするんですよ。大体、ああ言うのは。洋酒に毒を入れて回し飲み、とかね。苦しむのが嫌な人は百合と一緒に寝れば安楽死出来ます。」
真理はイブキの淡々とした口調に、感心の意を表する。
「全く……何時の間にそんな調査をしていたんだか……。」
「してませんよ。僕はね。」
余りにきっぱりと言うので、緑珠と真理は足を止めた。
「……どういうことなの?」
「だから言ってるじゃないですか。『僕』はしていません。『子供』にやらせました。駄賃を握らせて、です。」
「……。」
緑珠は何か口を開こうとするが、ぱくぱくとしているだけだ。
「国の郊外は小さい土地がひしめき合っていて、国内は割と大きな土地が多かったんです。これは貧富の差が激しい国の特色とも言えます。ので。路地裏にのさばっている明日の食い扶持も知れぬ少年少女に駄賃を握らせて手伝って頂きました。」
イブキの手腕に何も言えなくなった緑珠の変わりに、真理が怪訝に問うた。
「その前に、だよ。何で自殺サークルがあるなんて事が分かったんだい?」
イブキは歩きながら、あの明細書を漁りまくっていた日を思い出す。
「沢山の明細書の中でああいう品目が多く、何枚か見つかったんですよ。国内で溢れている有名な自殺サークルの数と一致していましたから、有名な廃屋に派遣して見てもらった訳です。」
やっと物が言えるようになった緑珠は、モアの裏家の扉に手をかけた。
「……本当に、貴方の手腕には恐れ入るばかりだわ……。」
「お褒め頂き光栄です。」
「で、あそこまで狼狽えた訳だね……。」
真理の納得の一言に、イブキはふふふ、と軽く笑った。
「あんな事で狼狽えるなど、まだまだ了見が狭い狭い。」
「……あの人、多分君より何倍も年上だよ?吸血鬼だし。」
「だからこそ、です。こんな小童に負けるなど甘い甘い。」
三人は部屋へと入る。もう昼食の時間だ。緑珠がお昼ご飯を食べたい、と言おうとした瞬間だった。
「お前ら!聞いてくれ!」
けたたましく扉が開かれたと思うと、息を切らしたモアが三人を睨んでいた。
「そんなに息を切らして……どうしたんだい、モア?」
緑珠と一緒に蜜柑を剥いていた真理が不思議そうにモアへと尋ねる。唾を飲み込んで息を整えたモアが、居間に腰掛ける。
「いや、オレは謹慎処分を受けていたんだ……商会の商品を勝手に使った挙句、色んなものを潰したからな。」
沈んでいた声色が鞠の様に弾むと、三人へと明るい視線を向けた。
「だけどな!人身売買の原因究明に協力した事が再評価されて、オレは開放された!……しかも……?」
モアは少し焦らすように言うと、その言葉を放った。
「アルシャリア商会が帝国の専属商会になったんだ!もうそれだけの地位を占めているだろうからって宰相が言ってくれたんだよ!」
ぴょんぴょんと小躍りしているモアを見て、三人は顔を見合わせて笑った。
「……ふふふ、それは良かったわね、モア。これからも御商売、頑張って頂戴。」
「有難う、緑珠。それで、一つ提案なんだが……。」
モアは尚も嬉しそうな顔をしながら、また縁側に座って足をばたつかせる。
「皆でお昼を食べに行かないか?このあと用事があるなら、無理にとは言わないが……。」
モアは声や仕草に感情が出やすい。直ぐに悲しそうな声を出した。
「良いわよ。行きましょう。何を食べるの?」
緑珠は微笑みながらそれを聞くと、彼女の腕を慌て気味に引っ張る。
引っ張って行かれた彼女を見て、真理と伊吹も引っ張って行かれた様に追いかける。
そして、誰も居なくなった縁側に一人。
「うーッス、と。……あれ。皇子も皆も居ない。」
一人の彪川の後ろには、影が一つ。
「ヒューセンがぼんやりしてるからっしょー?」
彪川の背後には、バスガイドの格好をしたギャルっぽい女が居る。
「あのっスね、オレ、一応キミの上司なんっスけど……。」
「そんなの知らないしー。ニャーは猫だもん。」
猫、と言った女性は、それきり姿を消してしまった。彪川は頭をぽりぽりと掻くと、
「……緑珠様と皇子の『縁』をこの鋏で斬ったと言うのに、何でまたあの二人は一緒に居るのかね……。」
あぁでも、と彪川は目を細めた。瞼の裏にあるのは狂気に満ちた第一皇子だ。
「……確かに、『縁』は斬った。……もしかして、皇子のあの言うも悍ましい『気持ち』で無理矢理『縁』を繋ぎ直したのか……?」
ふるふる、と怯えたように彪川は首を振ると、その場から姿を消した。
「伊太利風お好み焼き(ピザ)も食べて美味しかったし、次は何を食べようか!」
緑珠はモアに連れられて、帝国内の至る所を歩いていた。彼女は少しだけ考えると、直ぐに手を叩いた。
「そうね……氷菓が食べたいわ!」
「こんな寒いのに氷菓か?」
そう、もう辺りは霜が降りている冬。しかし緑珠は顔色を変えることなくモアへと言う。
「そうよ。冬はアイスの、クリームが良いの。あれが美味しいのよね。ミルク味だと尚いいわ。」
モアは緑珠の手を引き、先導を歩きながら思案に耽ると、直ぐにぱっ、と明るい笑顔を見せた。
「……分かるかもしれないな!うん!食べよう食べよう!」
ぎゅ、とモアは緑珠の手を離さまいと握る。それを見た真理がモアへと尋ねた。
「ねぇモア。今日は凄く楽しいね。モアはどう?」
その言葉を大の字で受け取ったモアは、きらきらとした瞳を真理へと向ける。
「ほ、本当か……!?それなら、良かった……。」
モアは掴んでいた緑珠の手を離すと、少しはにかんだ。四人はもう橋の前に来ている。運河の匂いと蒸気の匂い。
向こう側には時計塔がある。冬だというのに寒さを感じさせない暖かみがあった。
「オレさ、お前らと一緒にこの国を観光したかったんだ。だって忙しくて全く観光してないんだろ?その国の特色をきちんと理解しなくちゃ、真の意味で観光したとは言えないぜ?」
モアは少しだけ俯いた。ちょっと頬を赤らめて。
「ま、まぁ私は……お前らと観光したり、話したかっただけなんだけどな……。」
緑珠は話されたモアの手を繋ぐと、にこにこと笑って、
「……『有難う』、モア。」
彼女のその言葉を受けて、モアはまた緑珠の手を引っ張る。
「ふふふ。そう言って貰えるなら良かった。さぁ行こう。氷菓を食べよう!」
橋へと足を進めると、小さな露店が一つある。モアが陽気に声をかけた。
「よっ!おばちゃん!今日は人がすくねぇんだな。何時もは大行列だって言うのに。」
「さっき捌いたばっかだからね。……おや、その皆さんは?」
露店の中からひょっこりと顔を出した女性が、緑珠達をまじまじと眺める。
「ん?こいつらは私の親友だよ!諸国を回って旅をしている。」
緑珠はモアの傍から身を乗り出すと、
「ふふふ、こんにちは。私の名前は緑珠。後ろに居るのが伊吹で、真理よ。」
軽く紹介すると、女性は露店から一気に身を乗り出した。
「あ、あんたが慧眼の姫君……それと、若草の君も……あとは泥んこ真理だね。」
「いやいや、ちょっと待って下さい。緑珠様や僕はまだしも、『泥んこ真理』って何ですか……。」
イブキはゆっくりと首をかくかく動かして真理を見つめると、彼は苦々しく答えた。
「あっはっは……それはもう、昔の話なんだけどね。この国の洗濯物に泥を塗って回る、という……蛮行をね……。」
真理は、はははと乾いた笑いを出すと露店の女性は首を傾げた。
「にしても変だね……泥んこ真理は百五十年前の話だよ。何でまた容姿や名前が似たような奴が居るんだい?」
次回予告!
氷菓をばくばく食べたりミルゼンクリアとのお話をしたり緑珠と伊吹が全力で戦ったりとなんやかんやで楽しい千年怪奇譚!




