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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第五章 永久星霧大帝国 ノルテ
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 50 仲直りと気持ち

散々会場を暴れ回した挙句、やっとのことで仲直りした二人。そしてモアと真理はと言うと……これもまた暴れ倒していた!続く爆破、爆破、爆破。そして大っぴらな作戦に出る……!

「飯も食べたか。ほら歩け。お前が一番最後だからな。」


緑珠は重いドレスの裾を指先で軽く摘みながら、指定された通りの舞台裏まで歩かされる。座っていると、小さな悲鳴がちょくちょく、聞こえる。


「……ん?ぎゃっ……。」


傍に立っていた兵士も倒れると、其処にはイブキと真理が居た。緑珠の心の中には間に合った、という安堵とイブキに対する気まずさがある。


『お次は今回の目玉商品!東洋の人間です!』


とにかく今は歩いて、というイブキの視線に、緑珠はこくりと頷いた。真理が幻影で先の兵士を作り出すと、緑珠はそれに引きづられながら、そのまま舞台上に登った。


『金額は二千万から!さぁどうぞ!』


三千万!五千万!と値段はどんどん吊り上がっていく。時折下衆い、書きたくもない言葉が緑珠の耳を掠めた。嫌だ。もうこんなのは嫌だ。嫌、嫌、嫌。


「……嫌よ。」


舞台袖で見ていた真理が、段々と声を上げた。


「拙い……!緑珠、もう一人の彼女を出すつもりだぞ……!」


緩やかに緑珠は顔を上げる。其処には紅い炎と、目がどす黒く濁っていた。彼女がもう一度、照明で焼けそうな舞台の上で、『嫌』、と言葉を発っそうとした瞬間だった。


「貴女は本当に莫迦な人です!」


耐え切れなくなったイブキの声が劈くと、会場の雰囲気は一瞬で冷める。唖然としている緑珠を抱きながらイブキは公衆の面前で、神器を構えて言い放った。


「貴様等にこの御方の魂は遣りません。最期を貰うのは、僕の役目だ。要するに……。」


真理もやれやれと言った調子で、魔道弾をあちこちから放つ準備をする。伊吹とは、死を司る王として判決を下した。


「阿鼻地獄で永遠を彷徨え、という事です。」


緑珠は何か言いたげにイブキから離れると、暴れ狂う大衆を前にして、睨みながら今言える最大の言葉を放った。


「……あんたの方が莫迦よ。こんな私に構って。変わり者よ。」


まだ御託を言うなこのお姫様は……!等と腹立たしく思いながら、イブキは青筋を立てながら緑珠へと言い返した。


「ははは……!本当にお褒めに預かり光栄ですよ全く……お説教は後でしますからね。覚悟しておきなさい。」


「ふん。好きにしたら。行くわよ。」


機嫌の悪い緑珠は、精霊収集機を繰り出し壇上から降りながら、イブキに背を向けて言った。それに対して、彼は忠義を示す。


「……御意のままに。」


暴れ出したら止まらない群衆。いや、止まれない群衆、の方が正しいか。水牛の様に群衆は暴れながら、脱出する為に扉を叩いている。真理はそれに向かって叫んだ。


「おーい!それ、鍵かけてあるから出られないよ!解除魔法かけなくちゃ!」


緑珠はイブキと共にとんとん、と低い座席の階段を登りながら、群衆を横目にまた廊下に出るための階段を登っていく。『目玉商品』が逃げ出した事など誰も気付かない。


「……この悪趣味な集会の長の名前、なんて言うんだっけ?」


緑珠は振り返ること無くイブキに問うと、軽く駆け足になりながら、彼は返した。


「クルンブリッチアルバスエレクリアント」


「フルネームで言えとは言ってないわよ。」


少し怪訝そうに緑珠は足を止めて振り返ると、イブキはにこやかに返した。通用するなら顔をぶちのめしたいくらいの良い笑顔だ。


「申し訳ありません。これが苗字です。」


「……そ。ならその苗字長いさんはどんな人なの?」


緑珠は考えるのも面倒になって、適当な渾名あだなを付ける。イブキは懐から写真を取り出し、緑珠へと見せる。


「こういう男です。」


それを嫌悪感丸出しで緑珠はちらと眺めると、イブキを無視して走り続ける。緑珠が無言で指を指したその先に、哀れな程に暴れている獣畜生が居た。


「……愚かですね。」


「ええ。……上手くやるわ。悪い夜は明けなければ。」


緑珠はイブキを置いて、一人の畜生の前に躍り出た。態とらしく足を竦ませて。


「こ、此処なら大丈夫……きゃあっ!」


緑珠の悲鳴に、ゆっくりと男は緑珠へと視線を移した。彼女はか弱い少女を演じる。『弱竹なよたけの輝夜姫』の名に恥じぬ様、か弱く。


「や、やめて……!」


明らかに緑珠に危害を加えようとしている畜生は、彼女のか細い肩に手をかけた。さぁ、演技も此処までだ。か弱い半泣きの表情を、一気に冷徹な物へと変えると、


「伊吹。」


と短く命令した。畜生が振り向く間もなく電撃の一撃が加わわると、畜生は倒れた。


「お疲れ様。」


彼女は淡々と述べると、イブキは緑珠の背後に回る。そして、先程の畜生が触れた場所にイブキは触れた。


「……何してるの。」


無感情に緑珠は問うと、イブキはそのまま緑珠に伸し掛る。別にそれを払い除ける訳でもなく、緑珠はイブキの次の行動を待った。


あれ程言うことを聞く従順な人間だ。緑珠の許可無しでこれ程ベタベタ触れ合うなど有り得ない。要するに、刺激すると死の危険がある。


「お説教は?するんじゃなかったの?」


「その前に。あんな下衆野郎達に触れられた、消毒です。」


ぎゅーっ、と伊吹は壊す様に、取り込むかのように緑珠を抱きしめる。


「苦しいわ。死んじゃう。」


「良いじゃないですか。心中しません?」


「嫌よ。」


これ程までに伊吹が甘える……傍から見れば異様な光景だが、甘えると言うのは有り得ない。ねぇ、と緑珠は呟いた。


「ねぇ。」


「はい?」


「……死んだら、魂ってどうなるの。生き返るの。死んだ人は、生き返るの?どうして人は、生き返らないの。」


緑珠の単調な質問に、イブキは彼女の耳元でくすくすと笑った。


「死んだ人が生き返らない?……当たり前じゃないですか。その命はその人のモノ。その人が生き返ろうと思わないと、生き返れませんよ。……まぁ死ねば、その人の命は僕のモノですがね。」


「死ねば全部、伊吹のモノなの?」


「相違ありません。」


緑珠は伊吹へと向けていた視線を、目の前の獣畜生に戻した。


「貴方、どんどん冷泉帝と似てきたわね。煙に巻く言い方が。」


「……ふふふ、緑珠様は酷いなあ。」


伊吹は緑珠に見える様に腕に巻いてある白鞘の短刀を出した。緑珠はそれを無視して、更に続ける。


「……貴方って変よね。私の魂が欲しい癖に、私に生きて欲しい。そんなに私のモノが綺麗?」


伊吹が、喉をくつくつ鳴らして笑うのが聞こえる。緑珠にしてみれば蛇に狙われている小動物のような気分だ。


「ええ、綺麗ですよ。……と言っても、別に僕は見えませんが。獄卒には良く見えるそうです。魂の美しさ、というモノが。」


「何だか悪魔みたい。」


「似たようなモノです。」


伊吹は緑珠の心臓付近をとんとん、と撫でる。一瞬だけ緑珠は、びくん、と身体を震わせた。


「僕はね……緑珠様。貴女の魂を見たいんですよ。貴女が先に述べられた通りです。ですが、生を真っ当しない魂は見たくないんです。其れがどれ程清く美しいモノでも、ね。」


貴女は、と伊吹は愉しそうに、しかし何処か哀愁を漂わせながら続けていく。


「貴女は変です。心の中では生きたいと思っている。だけど、身体が動いていない。変ですよ。」


緑珠は伊吹を突き放した。そして、少し目を細めて笑うと……。


「……それがお説教?」


「ええ。」


まだ完全に笑顔とは言えない。だが、緑珠の顔には静かな笑みが漂っていた。


「……ごめんなさい、伊吹。でもね、私、まだ『自分を大切にする』、と言うのがよく分からないの。どうすれば良い?」


しかし、段々声が弾んで来ている。その様子を見ながらイブキは微笑んだ。


「それでは今度は……『殺してでも生きたい』と思わせます。緑珠様。」


「……良い回答ね。」


緑珠はイブキの傍を横切って、かつかつと靴を鳴らしながら真理の合流する場所を目指す。ふと立ち止まると、振り返らずに緑珠は言った。


「そうだ。言う事があったんだわ。……何時も本当に有難う。それと……やっぱりお説教は大声が良いわ。」


「やっぱり緑珠様にはそんな趣味が」


「無いわよ。」


ただ、と少しだけ、イブキの方を完全には振り向かない。


「ただ。貴方が笑顔で怒ると、とっても怖いのだもの。あれ程身体を密着させて敵意は無いのに恐怖を感じたのは初めてだわ。」


「そりゃあ怒ってますからね。」


イブキの苦い答えに反して、それと、と緑珠は完全に振り向いて、ニッコリと笑う。


「奥さんが出来たら教えなさい。私に。直ぐに。迅速に。」


「おや。それは妬いて下さるのですか?」


緑珠はちょっぴり肩を竦めると、イブキに近付きながら言った。


「万が一にもそれは無いと思うわ。私に旦那様が出来たら大変だと思うけど。で?理由ね。……一国民の命を守る為よ。」











「よし!」


真理は緑珠とイブキが走り去っていくのをにこにこと見ながら、反対側の舞台袖で手を振っているモアへと近付く。


「行くぞ真理!暴れ倒せ!」


警備員も暴れ倒している人間達もごっちゃになっている。反対側の舞台袖から転がり下りると、裏口が見える。真理がそれを足で蹴り倒すと、其処には馬車があった。


「よくもまぁ、こんな短時間に用意できたね……。」


真理は感心の意を漏らすと、モアは黒髪のかつらを着た。


「ふふん。そりゃあ商会の娘だから。行くぞ。」


「あぁ。」


真理は短く答えて場所へと乗り込むと、モアは軽く緑珠の着ていた、似たようなドレスを着て乗り込んだ。がらがら、と馬車が動き出す。


「くそっ、待て!」


早速追っ手の登場だ。緑珠に扮したモアが拳銃を構える。


「その『商品』を下ろせ!下ろせば手出しはしない!」


「あぁん?」


モアは緋色の瞳を覗かせると、凄みのある顔で言った。


「お前等の目は節穴かァ!?」


バババ!と鉛玉が炸裂する音が聞こえる。二丁拳銃は彼女のお手の物。オートマチックピストルは彼女の領分だ。


「真理!追いつかれちまうぞ!もっとかっ飛ばせないのか!」


がんがんがん、と鳴り響く車輪からは摩擦で火が吹き出る。


「無理!流石に厳しい!しかも……。」


目の前の噴射銃ロケットランチャーを構えた集団を真理はニヤリと笑いながら見る。


「僕は相手をしなくちゃならないからね。行くぜ!水の波紋、風の音、木々の揺らめき。この世を創り上げる森羅万象よ。その全ての物に永劫の祝福を。固有魔法『境界の歪曲』!」」


構えた集団は扉が反転するように時空に飲み込まれる。馬車は何事も無く通っていく。


「くそっ、ジャムったのかよ!」


馬車の根元にモアは座り込むと、銃弾は目の前の鉄板へと吸い込まれていく。反対側の襲撃もある。モアは空いていた左拳銃で撃つと、暫くの間攻撃は止む。


モアは愉しそうに、悪人の様に笑うと、真理へと言った。


「少しだけスピードを落としてくれ!」


「了解!」


ほんの少しだけ、スピードが落ちると、モアは弾詰まりを起こした拳銃にめいいっぱいの火薬と固形化したニトログリセリンを突っ込むと、引き金を押して、投げて、さぁ!


「真理!かっ飛ばせ!」


一気に速度が上がると、モアは伏せた。簡易爆弾が炸裂する。


「なにしたのー!?」


とんでもない爆発音に、真理は若干後ろを振り向きながらモアへと問うと、彼女は自信満々に返した。


「小型爆弾の中には鉄片が入っているものもあるらしい!それの逆版だよ!ジャムった拳銃は暴発の危険がある!その弾倉に爆発するもん突っ込んだんだよ!見事吹っ飛んださ!」


「また物騒な事をしでかすねー!」


「そりゃ勿論さ!だって人間なんだからな!」


それでもまだ追いかけて来ている連中は居る。モアは大きい無骨な銃を組み立てると、傍にあったハンドルを回した。


「どうせ来られないだろうな!聞いて驚け見て笑え!アルシャリア商会が作った、『地面溶岩銃』の威力をな!」


ハンドルは回った。引き金を引いて、高温のレーザーを放つ。何mかの道は全て溶けて、追っ手は追って来れなくなった。


「うっしゃあ!上手くいったぞ真理!このまま幽霊が出る森に突っ込め!」


目の前の薄気味悪い森へと馬車は突っ込んでいく。暫くの間、走ったあと。モアは真理とハイタッチした。


「上手くいったな。」


「僕は冷や汗が止まらないけどね……。」


にしても、と真理は不思議そうに『地面溶岩銃』を触る。


「凄いね、これ。どういう仕組みなの?てかあっつ……溶ける溶ける……。」


真理は魔法で水を創り出すと、火傷した手に当てる。モアが自信満々に言った。


「最近は武力の力が強いからな。作ってみたんだ。詳しい仕組みはオレも知らないが、火薬、ニトログリセリンを液化して、この先端の部分に集める。」


モアは先端の部分を触ると、説明を続ける。


「その液体に火をつけて、テイクオフ、という訳さ。凄いだろ?」


「おい、こっちに逃げたか!?」「何処だ!」「早く探せ!」という声が聞こえると、真理は淡々と『境界結界』を作って馬車を隠した。真理がモアの手を引く。


「下水道に逃げるよ。其処なら暫く潜伏していても分からない。急ごう。」


モアと真理は溢れる追っ手から姿を眩まし、逃げ出した。







次回予告!

人の気持ちと宰相の気持ちに気付いた緑珠。そして緑珠の気持ちを汲み取る真理。そしてまたもやイブキが監禁を繰り広げる!

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