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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第五章 永久星霧大帝国 ノルテ
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 45 夢と星

緑珠が心情を吐露したりなんやかんや楽しく調査を開始したりクイズ大会を始めたりモアの疑問に答えたりと変わることのない千年怪奇譚!

「さて、と。探していきましょうか。」


四人は目の前にある、膨大な白い明細書を前にしている。真理が恐る恐る、身体を強ばらせながら問うた。


「え。……ね、ねぇ。もしかして、この中から探すなんて事は」


「それを今からするんです。」


「マジで!?」


「マジです。」


少し肩を竦めて、イブキは手前の明細書を取った。


「早ければ一日、二日で終わりますよ。終わらない時は永遠に終わりませんが。まぁまぁ、良いじゃありませんか。最初はこの明細、」


一拍置いて、


「五千部もあったんですから。それが三千部にまで減ったんですよ?」


緑珠が目を見開いてイブキへと感心の意を漏らした。


「貴方、あの短時間でよくそこまで減らしたわね……。」


「似たような仕事をやっていたものですから。さて、話は変わりますが、もう聞き込みだとかまどろっこしい事をやっている暇はありません。さっさといきますよ。」


イブキは傍に書いてあった白いメモを眺めて言った。


「この商品が書いてある明細を探して下さい。まずは笑気ガスとエーテルですね。」


はいはい、と真理が元気よく手を挙げた。


「質問です先生!」


「はい、何ですか。」


イブキは冷ややかな目で真理を見つめている。恐らく次の質問が分かっているのだろう。


「クロロホルムとかを探さなくちゃ駄目なんじゃないんですか?サスペンスとかで良く出てくるじゃん?」


冷ややかだった目線は益々冷たくなり、イブキは嘲りを含んだ口調で言った。


「もうちょっと頭を回転させてからものを言って下さい。貴方、仮にも全知全能の神様なんでしょう。」


「仮にもって……仮にもって……。」


その場で崩れ落ちた真理に、イブキは追い討ちをかける。


「クロロホルムで気絶させる為にはかなりの量が必要です。しかもクロロホルムには皮膚を爛れさせる形質がある。臓器にも回復不能な障害が発生する事があるので、たった十五人を捕まえるには不利益しかありません。」


それなら、とイブキは更に更にと追い討ちをかける。


「安心し切った所で部屋に連れ込んで、お茶の中に睡眠薬を入れて監禁した方が効率が良いです。」


「それ絶対君のやり方だろ……。」


緑珠がイブキの取ったメモをのぞき込みながら、特に気になった品目を言った。


「タオル?何でまたタオルなの?身体を洗うため?」


「もし僕が奴隷商人なら、商品は絶対に傷付けません。足に枷の跡がつくからです。あと、何だろう……細く、薄いガーゼの様なタオルだと。余り太いと入らないので。それど、」


イブキが止まらなくなるのを察すると、緑珠は少しきついトーンで彼を止めた。


「『伊吹』。……程々になさい。」


「……申し訳ありません。『元』、仕事柄です。というか、これ。」


笑気ガスとエーテルを指さしながら、イブキは眉を顰めた。


「笑気ガスとエーテルは、本来医療用です。麻酔医でも無ければ上手くいかないと思います。失敗しても……臓器を売れば済む話です。思ったよりもコレ、この国に深く根付いてますね。」


緑珠は机の下に隠された、数枚の白い紙に恐る恐る手を伸ばそうとした、その瞬間だった。


「だぁめ、ですよ緑珠様。」


とびきり甘い声にびくり、と肩を震わすと、イブキは明細書を見ながら続ける。


「それは抑止力です。」


「抑止力……?」


不思議そうに顔を歪めた緑珠だったが、イブキは微笑みながら緑珠へと明細書を渡す。


「ほらほら、緑珠様も探して下さい。緑珠様はタオルと多量の葡萄酒ワイン、ですね。」


緑珠はこの先の事を想像して目眩がしたが、渡された明細書に目を通した。











「なぁー……お前ら、飯にしねぇ?もう昼の一時だぜ?」


朝から仕事をしながらも、ちょくちょく顔を出していたモアが、耐え切れなくなったように呟いた。その声に三人は顔を上げる。


「見てるこっちが目眩しそうだ。腹、空かねぇのか?三明治サンドイッチあるぞー……食べねーのかー……。」


モアの無情なか細い声を、緑珠は明細書を机の上に置いて受け取る。


「食べるわ。頂きます。モアも一緒に食べる?」


モアはごろーんと寝転びながら、緑珠へと手を伸ばした


「たーべーるー……つーかさ、お前らさ、なんか凄すぎねぇ?遠い存在に感じるわー……。」


「別にそうでも無いわよ?」


むくりとモアは起き上がると、台所へと向かう。緑珠もそれについて行く。イブキと真理は机の上の片付けを始める。


「なーんかさー……お前らのしてる事見るとさ、自分って本当にちっぽけな存在だなー、ってさー……。」


「モアは充分凄いと思うけど……?」


ふるふる、と彼女は力なさげに首を振った。


「んー?そういう事じゃ無くてさー。こう言っちゃ悪いけど、お前達がしようとしてることって──」


モアは緑珠の顔を覗き込みながら、


「夢物語だよな。」


物言いたげな緑珠の言葉を遮るように、モアは慌てて訂正する。


「違うんだ。夢物語だって言うのは、悪い意味じゃ無いんだ。夢を貫ける。夢を目標に変えることは、凄く素晴らしい事なんだよ。それが、オレからしてみれば凄いな、だなんて。オレには出来ないな、だなんて……。」


向こうから、「緑珠様ー!僕は無糖ブラックでお願いします!」なんて声が聞こえる。それに緑珠は「はーい!」と返した。


またまた向こう側から、今度は真理の声が響く。


「僕は紅茶が良い!めちゃくちゃ砂糖と牛乳入れてね!何時も通りの分量だよ!」と言う声が聞こえると、緑珠はまた「はーい!」と返答した。


えっと、と緑珠はモアに向き直った。


「えっと、私を遠くに感じるって話だったかしら?」


ぶんぶんとモアは首を縦に振ると、緑珠は彼女が入れた珈琲と紅茶を白い陶器に注ぎ始める。


「勿論、此処までやって来れたのは、伊吹と真理のお陰だわ。……其処に私の努力も、実を結んでいるのだと良いのだけれど……。」


ぽちゃん、ぽちゃん、と真理の紅茶に角砂糖を溶かしていく。


「別段、私は国を造る事に関しては何も思っていないわ。制約や、溢れんばかりのしがらみがあるでしょう。」


緑珠は微笑みながらかちゃかちゃと匙を回す。


「ええっと、要するに、私が言いたいことは……夢なんて星の様なもの。人々が目指す星に優劣などないわ。ましてや重みなんて、一切存在しない。皆等しく、人々を照らし、その人を照らし。そして、素晴らしいものなのよ。」


にこっ、と緑珠は笑いながら、準備出来た食べ物をお盆に乗せる。


「……そうか。何かちょっと、納得したカモ。」


モアが先頭を行き、緑珠が後方を歩く。彼女はこの説明に一応は納得してくれた、それで良いのだろう。


緑珠は少しずつ、歩く速度を落として行く。所詮、人外と人間は相なれないのだ。緑珠達はまだ価値観も人に近しい。


だが、元々人を捕食していた人外達を、遠くに感じるのは本能的に普通なのだ。


「緑珠?」


何時の間にか立ち止まってしまっていた緑珠は、モアの声に顔を上げた。


「ごめんなさいね。お茶が冷めてしまうわね。」


ゆっくりと足を進めながらも、緑珠の思考は速度を増す。緑珠は、羨ましいのだ。伊吹の人に対する狂気的な愛や、真理の人をモノとでも見る様な感覚。


倶利伽羅の死んだ人間を美しいと思う感覚、花ノ宮の人間に近しい強欲。……どれもこれも、狂人の例えだ。あてにはならないかもしれない。


しかし、緑珠の心の中にある『人間と仲良くしたい』という気持ちは、何時も人間の根底にある『恐怖』に負けてしまう。



でも、良かった。



まだ、モアが思っていてくれた『感情』が、『恐怖』では無くて。『恐怖』ではないなら、これから先、きっと埋められていけるから。











「うぉぉー……食べたわね……。」


「そりゃそうでしょうね僕の分まで食べたんですからね。」


イブキは皿を見る度に減っていく三明治サンドイッチを回想しながら、珈琲を口に含む。


「今の一息ってすっごーい!」


当の主は呑気だ。というかまた何か食べようとしている。


「あははお褒め頂き光栄ですよホント。」


「ちょっ!?脳みそ取れる痛い痛い痛い!」


イブキは棒読みに笑いながら暴れている緑珠の頭を鷲掴みにする。


「良いですねそれ。中身変えて僕を無理矢理好きになってもらいましょうか。」


「きゃぁぁぁぁ!作り替えられちゃう!」


頭を掴まれてもわたわたしている緑珠に、イブキは死刑宣告を下した。


「ホントに性的な意味で作り替えてやろうか。」


「ぎゃぁぁぁぁ!イブキがガチでキレたぁ!」


大の大人が屋敷の中でどったんばったんしているのをよそに、真理もお腹をさすった。


「うん。いっぱい食べたぁ……。美味しかったよ!有難う、モア!」


にっこりと真理は笑うと、モアは食器を片付け始める。


「そんなに喜んでくれると嬉しいな。これはブリック商会の商品なんだ。」


「普段料理は作らないの?」


真理は不思議そうに首を傾げると、モアは笑った。


「夕飯はなるべく家族で作ったり食べたりするんだが、やっぱり忙しいからなぁ。」


真理とモアの会話の中に、緑珠の声が割って入る。


「あれ、何だか触り方が優しいっ……ま、たさかこれはッ……!頭のマッサージッ!」


「べ、別に緑珠様の為じゃ無いですからねッ!」


チラッ、とボケを期待した緑珠の目に反応して、イブキは望みの反応を返す。


「つ、ツンデレだぁーっ!」


「……やりましょうか。」


イブキは腰に手を当てると、お巫山戯を終了する。


「そうね。凄く楽しいノリだったわ。」


また明細書を並べ始めると、モアはふと緑珠へと問うた。


「なぁー緑珠ぅー。お前、イブキの事、どれだけ知ってるんだ?」


「なぁに、いきなり。」


いやさ、としきりにきょとんとした顔をしている緑珠に、モアは淡々と言った。


「イブキはお前のこと、良く知ってるだろ?お前はどれだけ知ってるんだろうな、と思って。」


「私……私ねぇ。」


緑珠の言葉が、全てを爆散させた。


「四大貴族……特にイブキのことなら、本当に何でも知ってるわよ。」


「いッ!?」


イブキが言葉にならない悲鳴とも歓声とも取れる言葉を発す。


「いや、そうは言ってもまぁ四大貴族と同じくらいだと思うわ。」


「えっ、うっ、あ、ま?」


言葉に詰まりまくりながらイブキは必死に疑問を呈す。


「何か凄い声が出てるけど、そうよ?」


モアは目をキラキラしながら、緑珠へと問うた。


「た、例えば?どんなのだ?」


「えぇ?……そうね、例えば……。」


緑珠は指折り数えていく。


「名前は勿論、生年月日、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、経歴、使っているシャンプーとか、その他諸々……。」


緑珠の情報量に辺りが沈黙しつつも、その情報を知っている理由を掲示した。


「いやね?これだけ知っていると、もし相手が苦手になっても話す話題が出来るのよ。覚えさせられたわ。懐かしいものね。」


「ああ、成程……上手くいく為には、そういう事をするのか。……うん。中々良い話題のタネになるねぇ。」


「そうか!よし!じゃあクイズ大会したら良いんじゃないのか!?」


モアは興味津々に緑珠へと視線を移すと、


「クイズ大会?イブキの事についてどれだけ答えられるかって話?」


緑珠は明細書と睨めっこしながら、モアへと聞き返した。


「そうだ!面白そうじゃないか?」


緑珠とイブキは顔を見合わせると、にっこりと笑った。


「良いわね。それ。」


「良いですね、それ。」


ふふ、と緑珠は自慢げに笑う。


「それじゃあ明細書を見ながらやっていきましょうか。」






次回予告!

人身売買もいよいよ佳境に入ったりイブキが緑珠の事を拘束したりまたまたおぞましいことを聞いたりと何時も通りの千年怪奇譚!

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