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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第五章 永久星霧大帝国 ノルテ
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 42 人形と紅い御簾

相も変わらずイブキが彪川にキレたり緑珠がドレスに憧れを持ったりそこをべた褒めする二人だったり新たな脅威が迫りつつあったりとてんこ盛りのお話!

支度を整えてモアの裏邸から出発すると、三人は城下に向かった。時刻は十時。中々に活気が溢れている。猪口齢糖チョコレイトの様なタイルが目に優しい。


「ねぇーイブキぃー、人肉ってどんな味がすると思うー?」


酷く呑気な声を出しながら、てくてくと歩きながら緑珠はイブキへと問うた。


「さぁ……?よく聞く話は『酸っぱい』、とかですけど……本当に柘榴の味なんてするもんですかね。」


緑珠はイブキの模範解答を確認すると、


「……そうね。そうよね。」


真理がひょんな質問をした緑珠の顔を覗き込む。


「何でまたそんな事を?人肉なんて絶対不味いと思うけど?」


「いや、ねぇ。人外(私達)が食べたら美味しいのかな、と。」


「「あー……。」」


緑珠の唐突な一言に、二人は成程と頷く。つかの間のあと、イブキが、


「まぁでも、食べたいとは思いませんよね……。」


「一応は姿形も一緒な訳だからね。肉も魚も野菜も姿形が人間だったら絶対食べれないもん。」


そうよねぇ、と緑珠が声をあげようと思った瞬間だった。


「あはは!やっと見つけたのだわ!」


「この声は……。」


うんざりした口調で緑珠は振り向くと、モノクロの人形、シャルロット・リンテージが居た。


また、辺りを異世界へと繋げようとしている。全ての言葉を飲み込んで、緑珠が刀を抜いた刹那だった。


「まぁ!何て可愛らしいんでしょう!欲しいわ、わたくし、このお人形さんが欲しいのだわ!」


「へえっ!?」


シャルロットが悲鳴を上げて、緑珠が悲鳴を上げるよりもずっと早く、赤頭巾を被った少女の声が響いた。


わたくしが欲しいのだわ!いえ、わたくしが欲しいと言っているのだわ。くれるわよね?」


真理が少女を軽く抑えようとして、優しく笑った。


「駄目だよ。このお人形さんは危ないんだ。怪我しちゃうよ。」


「嫌だわ。わたくしが欲しいと言っているのだわ。連れて帰るのだわー!」


少女はぶん、と手を振ると、かちん、と世界の歯車がずれる音がする。時空が歪む。


「な、何ですか、これ……。」


イブキが疑問を呈すると、少女はそのまま無邪気にぶんぶんと人形の腕を掴んだ。


「一緒に遊びましょうなのだわ!お人形さん、名前は何なのかしら?」


「え……しゃ、シャルロット・リンテージ……。じゃなくて!」


シャルロットは少女の腕を離そうとする、が。


「な、何で外れないのよ!」


「そう!シャルロット・リンテージというのね!さぁ行きましょうなのだわ!」


ずるずるとシャルロットは少女に引き摺られて、連れて行かれる。


「え……。」


緑珠はぽかん、としているし、人形は少女に連れて行かれた。ざくん、と空を斬った音のあと、しゃきん、しゃきん、と刃が当たっている音もする。


「まぁまぁ、大丈夫ッスよ。もうあの人形は皇子達に突っかかる事は無いでしょうから!」


唖然としたまま緑珠は振り返ると、大きな糸切り鋏を抱えた彪川が居た。


「彪川ではないですか。……今まで何処に?」


怪訝そうにイブキが顔を顰めると、彪川は頭を掻きながら、少し焦って答える。


「い、いやぁ、別に?ちょっと地獄まで。……にしてもこれは斬りにくいッスね。」


彪川は煩わしそうに糸切り鋏を見ると、イブキが呆れ返って苦言を呈した。


「……貴方、仮にも閻魔大王の私物を借りておいてそんな事を言いますか。」


「あれ、怒ってます?」


「呆れてます。」


彪川の一言にイブキが神速で返すと、緑珠はまじまじとその鋏を見つめる。


「随分と斬れそうな鋏ね。良くお話に出てくる、閻魔大王の舌をちょんぎるやつね?」


「そうッスよ。」


しゃきしゃき、と、糸切り鋏を掲げる彪川。真理がそれを見ながら自信満々に説明する。


「それはね、何でも斬れるんだ。……まぁ、一応神器だし。普通の神器と比べて、概念体が斬りやすいんだよ。」


「そうなのねぇ……にしても、こんな鋏が……。」


「あの子、十種神宝とくさのかんだからの内の何個か持ってるから……。」


真理の含み深い一言に、緑珠が知識の海を泳ぐ。


「確か……十種神宝とくさのかんだから、って言うのは、神が人に与えた宝物の事よね?」


彪川はうんうん、元気そうに頷く。


「そうっス!オレが地上に来れたのも、生玉いくたまのお陰ッスよ!」


それでね、と先程の朗らかな雰囲気とは打って変わって、目を細めた彪川はとある提案を投げようとする。


「何でも斬れるんですよ。これは。概念体でも斬れるんだから、貴女の、」


罪、と発そうとした瞬間、彪川が吹き飛ぶ。おーうーじー!と叫ぶ声が遠ざかる。


「え……。」


どうやらイブキが蹴り上げたらしく、草履も一緒に吹っ飛んでいるらしい。緑珠の素っ頓狂な声を放っておいて、イブキは編み上げブーツをさらりと履いた。


「その下駄は回収しておいて下さい、彪川。失くしたら承知しません。私怨で無間地獄に堕とします。」


はっ、とした緑珠が怒りながらイブキに掴みかかる。


「ちょっとイブキ!あれは無いでしょう!彪川が何したっていうの?」


イブキが真理に救難信号を送る。が、緑珠に言うにも言えない。面倒臭い状況を作ってしまったものだ。


「えーっと、ですね……。」


イブキは真理に目配せすると、真理は上手く言い訳を組み立てる。


「彼は中々に面倒臭い事を言おうとしていたから、ね?あれだよ。伊吹君を地獄に引き込む話。」


何時も通りの笑顔で、真理は話を転換させた。緑珠は納得いってはないらしく、それでも強く言えない故に、


「そ、それでも……取り敢えず、彪川には謝っておきなさいよ。貴方、妙に彪川には当たりが強いんだから。」


「仰せのままに。」


緑珠がそそくさと歩いて行くのを見ながら、イブキは彪川が吹っ飛んだ跡を眺める。一瞥すると、


「……真理、上手く言い訳を組み立てて下さって、有難う御座いました。」


微笑みで溢れていた真理の顔が、さっ、と寒色に染まる。


「どうしたの。最後まで言葉を聞かずに倒す君ではないでしょう。」


緑珠はショーウィンドウにきらきらと目を輝かせながら、何処で買ったかも分からないお菓子を頬張っている。


「それが……ですね、彪川が緑珠様の罪を乖離する事が出来る、と。そう言うんです。」


空を睨みながら、イブキは言った。


「閻魔天(僕)ですら、出来ないのに。確かに神器は……人外の力をも凌駕する。他愛ない事だと思います。」


真理は元気良くイブキの背中をばん、と叩いた。


「雑念も程々に、だよ。」


心の奥底にある気持ちを見破られて、イブキは仕方なさそうに肩を竦めた。


「……結局は、僕の醜い独占欲が邪魔してるんですけどね。」


「ねぇ!これとても可愛いわ!欲しい!」


緑珠が喚いている所に近寄ったイブキが、値札を見て卒倒する。


「いや……これ、普通の私立教師の給料三年分くらいありますけど……。」


白と赤のリボンのコントラストが可愛らしく、赤の革靴とセットのドレスだ。


「そっかー……ドレスとか、着てみたかったのだけれどね……もっと日栄にいる頃に着ておけば良かったわ。」


少ししょんぼりしている緑珠に、イブキは優しく声をかけた。


「ドレスなんか着なくても、緑珠様は充分お可愛らしいですよ。」


唐突なイブキの一言に、後方へすっ飛んだ緑珠は、


「なあっ!?ななな、……こほん、まぁまぁ、お姫様だった訳だし?可愛いのは当たり前じゃない?」


ふふふん、と自慢げに髪を触る緑珠。そっと赤面を添えて。


「そうですね。お可愛らしいですよ。」


緑珠のいじらしい反応を面白く感じたイブキは、追い討ちをかける。


「うっ、煩い!黙ってよね……あ、じゃなくてお黙りなさい!」


更にイブキは目を伏せて、優しく、


「昔の口調もお可愛らしいですよ。」


「静かにして!やめて!恥ずかしくて死んじゃうよ……違う、いやそうじゃなくて!恥ずかしくて倒れてしまうわ!」


へなへなと座りかけた緑珠を見ながら、真理も緑珠を囃し立てる。


「緑珠、可愛いよー!」


「真理まで!?じゃなくて……ねぇ、やめてよぉ……酷いよ、二人とも……。」


余りの恥ずかしさに軽く緑珠は泣きながら、道の端っこに座り込む。それを見ながらイブキは手をわきわきしてしみじみと呟いた。


「……ちょっと好きな女子を苛める男子の気持ちが分かったような気がします。」


「僕もちょっと分かったかも……。」


イブキがしおしおとしゃがみ込んだ緑珠に、不思議そうに声をかけた。


「でも、緑珠様って良く王宮内で言われてたじゃないですか。それと同じでは?」


緑珠は耳まで真っ赤にした顔をあげながら、ボソリと答えた。


「……言われてたけど、違うもの。本心から言っていた人もきっと居たわ。けれどね、やっぱり近い関係にある人から言われるのは……。」


何とかよろよろ立ち上がると、


「……違うのよ。」


緑珠の赤面に当てられた伊吹が、今度は俯く番だ。


「うぐっ……今度は僕がやられました……。」


「鼻血出すなよ変態。君が緑珠関連で鼻血出すと一日止まんないからな。」


鼻を抑えた伊吹は、その言葉自体を睨む。


「良いこと教えてあげましょうか。手遅れです。」


はぁ、と深くため息を付いた真理は、一思いに伊吹を殴った。見事に気を失う。


「何だこの惨状は……城に行くんじゃ無かったのか?」


偶々やって来た、風船齦ふうせんがむを嗜んでいるモアが、首に手を当てて三人の様子を眺める。


「んー?一人が照れて、それ釣られて自爆した人が一人かな。」


ぐったりとしているイブキを掴みながら、まだ顔の赤みが引かない緑珠を見つめながら、真理は言った。見兼ねたモアが、一つの提案を起こす。


「……城まで送って行こうか?」


緑珠のナイスアイデア!を示すフィンガースナップが、モアの風船齦が割れるのと同タイミングだった。







同刻 某所



「首尾は順調で御座います。」


現 閻魔天が跪いたのは、朱の古城、その最奥部だった。周りの沸き立つ炎が同化して、何処からが城で、何処までが炎なのか分からない。


「……そう。」


紅い御簾、その向こうに女が居た。艶かしい裸体に服を着せ、閻魔天の報告を淡々と聞く。


「彪川が無事に接触したとの報告が上がってまいりまし」


「そう、と言っているのよ。」


「……は?」


紅い御簾の向こうに居る女は、若干苛立ちながら閻魔天を見据える。顔色こそ伺えないが、きっと立腹なのだろう。


「私が『そう』、と言っているのよ。それ以上の報告は要らない。分かってるわよね。」


「仰せのままに。」


これ以上腹を立ててはいけないと思った閻魔天こと、獄炎 閻羅はそのまま下がろうとする。が。何もかも現実は理不尽である。


「そうだ。お待ちなさいな。提案があるのよ。」


「提案、と申されますと?」


わくわくとした上ずった声を出した女に、閻羅はゆるりと振り向いた。


「ねぇ!あの子を殺しなさいよ。神様の最高傑作……ええっと、緑珠、だっけ?あれを殺して私に献上なさい。ええ!とっても妙案ね!さぁ早くそうしな」


「なりません。それだけは、我が命に懸けても、それだけはなりません。もしその命令を遂行なさるというのなら、私を殺して下さい。殺してから、行ってください。」


朗らかだった雰囲気が剣呑なものになり、一気に閻羅へと刺さる。


「はぁ!?お前!この私に指図するって言うの!人っ子一人殺せぬ無能が!あはは!男に捨てられて鬼に生まれ変わるなんてどんな気持ち!?前世の記憶があるんでしょ?言ってみなさいよ!愚鈍で愚図で能無しが!私が拾った恩を忘れたか!」


閻羅にしてみれば、この際侮辱されたことに関しては何も思わなかった。彼女には地位もある。名誉もある。


部下達も……どう思ってるかは知らないが、大切な大切な部下だ。此方このかたに謁見するのを見計らって、補佐官の彪川を地上に逃がしたかいがあったと言うもの。もし地獄に居れば、何をされるか分からない。


「緑珠を殺せば私の力は元に戻るのよ!だから……あぁ、分かった。そういう事ね。ほんとっに、自分の事しか、考えない、自己中野郎ね。最低だわ。」


女は椅子に座って頬杖をつく。そして、閻羅を嘲笑った。


「あの皇子が可愛いんでしょ。緑珠が死ねば、あの皇子も必然的に着いてくる。それが嫌なんでしょ。はんっ!どうせ偽善的な事を考えてんじゃ無いでしょうね?『あの子にはまだ普通の人生を歩ませたい』?ばっかじゃないの!あの子自身もあの子の周りも、何一つ普通じゃないじゃない!本当は閻魔大王なんて辞めたいんでしょ?私が態々取り成してやったのに!」


ガンッ!と投げた何かが、閻羅の頬を殴った。ぐらりと体制を崩す。


「ははは!無様よ!ほんっといい気味だわ!そのまま地獄の拷問にかかって死ねば?自分のやってる事をやって死ねば?……あはは、ごめんねぇ?死んでたもんね、ごめんね?嘲笑ってあげるわよ!好きな男に捨てられて、本当にどんな気持ち!?あはははは!あはは!笑いが止まんないったらありゃしない!」


体制を崩したままの閻羅は、ゆらりゆらりと立ち上がる。そして、さも哀れむが如く、口を抑えて女を嗤う。


「……実の兄に子供を優先されて殺されて、貴女も全く同じではないですか。貴女もその時、泣いていた筈ですが。……お忘れですか?愛されても居なかった方?」


わなわなと怒りで震えている女を放っておいて、閻羅は出口へと足を進める。


罵声と暴言、そして己の足を傷つける魔法を置いて、閻羅はその城を後にした。


「おやおや、また彼女は立腹かい?」


白いマントにギザ歯。白い大剣を用いて顔色が伺えない、蓬泉院の始祖の名、七風は古き城の入口に身体をかけ、閻羅へと問う。


「そうやで。……全く、めんどくさいもんやわ。兎に角うちだけ矛先が向いて良かった。……うちは別に傷付いてもええんやけど、可愛いあの子達は……あの日栄四大貴族の子らは、幸せになって欲しいんや。」


七風を横切って歩いて行く閻羅の後ろを、七風はついていく。


「全く、君は時期閻魔大王サマにそっくりだよ。相手に喧嘩を売る時は変に逸話を交えて、自分が辛い思いをしているのに相手の幸せを願って。」


「そう思うと緑珠とアンタは似とらんなぁ。」


しみじみと七風に言った閻羅。そりゃあ、と七風は続ける。


「そりゃあね。似てたら凄いことになってるよ。似てなくてもあんなに二人は仲が良いんだから、私と似てたらどんな仲になっていたやら……。」


とほほ……と頭を掻いた七風が、思いついた様にぽん、と手を叩く。


「あっ!でも閻魔ちゃんを弄るのは好きかも!おちょくるのは似てるかもしれないね!」


閻羅はがっしり、と七風の手を掴んで言った。


「てめぇ殺すぞ。」


にっこりと笑ったまま青筋を立てた閻羅に、七風は、


「そういうとこ、本当に彼と似なくて良かったと思うよ、私は。」


それを聞いて、引き攣らせた笑顔を見せた。






次回予告!

道で異彩を放ちまくっていたメンツを送るモア!そして楽しい溢れ出る茶番がまた出て来たり、新キャラが登場したりと休むことが無い千年怪奇譚!

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