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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第四章 最終決戦月面戦争 新帝都
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 外伝 酒と堕神と髑髏 前編

これは狂気の物語。光遷院こうせんいん 伊吹いぶきは日栄帝国の四大貴族の跡取り。しかし父の命によって城塞で城兵をしていた。しかし、渦巻く己の破壊衝動を止められる訳も無く──?

伊吹が緑珠に使える前の、ほんの少しだけ前のお話。

「お、お前は……!」


「おや、僕の事をご存知ですか?北狄ほくてき……北の砂漠の部族さん。」


「し、白々しいぞ!」


「……何がです?」


青年……と言うよりかは、まだ少年と言うに相応しい、赤い制服を着た人間は、不思議そうに顔を顰める。


「お、お前がっ!お前が俺たちの部族を壊したんだ!どんな思いをしたと思ってるんだ!?」


「そんな事言われましてもねぇ……僕はタダの城兵ですから、答えるに困ります。上司でも呼んで参りましょうか。それとも国王様を?」


巫山戯ふざけるな!この!❛鬼門の多聞天❜が!」


さぁさぁと流れる冷たい夜の砂漠の中で、男は虚しく叫ぶ。


「へぇ……僕はそんな風に呼ばれているんですか。良いじゃないですか。とってもカッコイイです。羅刹でも良かったんですけど……脳筋っぽくて嫌なんですよね。呉下ごか阿蒙あもうの由来みたいな感じだったら良いんですけどね。」


少年は銅製の槍武器を持つ力を込める。


「さて……話はこれくらいにして。」

「こ、殺せ!今すぐ、俺を殺せぇぇぇぇ!」


少年の一言を遮って男が絶叫する。少年が肩を落とした。


「殺しません。死にません。貴方は当分死にません。どうです?昔はよく殺してたらしいですが……僕の先代上司……というか看守の頃から、生きて苦しみを味わう事になったのです。良いでしょう?最高の罰だと思いませんか?脳の皺が余りにも少ない貴方方あなたがたは、死ぬ事しか脳にありませんものね……?」


男は絶句した。幾らかの冷静さを取り戻して、


「拷問なら屈しないぞっ!」


少年は益々あきれ果てる。


「でーすーかーらー。先程も言った通り、貴方は死にませんから。死なないと言うのは、傷付かないと言うのと同義です。理解して頂けました?」


男は虚しく叫ぶのを止めて、少年に問う。


「一つ、冥土の土産に聞きたいことがある。」


「ですから死にません。……もう良いです。言っても聞かなさそうですし。」


唾をごくりと飲んで男は問う。


「亜麻色の髪をした女を見なかったか?」


少年はいやらしく口角を上げた。


「あぁ……あの人ですか。あの、一つ三つ編みをした女の人、ですね?」


男は目を見開く。少年は続けた。


「あの人は中々の美人でしたので、お偉い方に献上しようと画策する奴等が居ましたが……そのテの拷問のプロを呼んで、徹底的に壊してもらいました。それを見させて献上しようとしていた奴等には諦めてもらいましたけど。」


異民族の男は何も言えない。少年はくすくすと笑った。


「そうするとですよ?縋り付いて来るんですよね。『❛多聞天❜なら助けて!苦しい!死にたい!』って。あんまりに叫ぶものですから、『今は助けられませんが、何時か貴女にも救いが来ますよ』って言うと、泣いて喜ぶんですよねぇ。」


少年は悦楽の表情に浸って言った。


「あぁ……何と可愛らしい事だったか。やっぱり綺麗な人が切羽詰まっている表情を見ると、最高にやる気が出ますよね。」


男の表情を見て、少年は訂正した。


「あ、大丈夫ですよ。手は出してませんから。と言うか、好きな人以外に手なんか出したくないです。まぁ……そんな人居ませんけど。居ませんけど……。」


少年は続けて言った。


「……やはり、泣かせてみたいものですよねぇ。」


少年の独白に、男は激昂する。


「貴様ァァァァ!お前がっ!彼奴を壊したのか!?」


少年はあからさまに嫌悪感を出した。


「阿呆ですか。鼓膜あります?脳味噌は?それとも海馬ありますか?耳と脳味噌を繋げる神経回路は?僕の話ちゃんと聞いてました?生憎と人を壊す趣味は無いんですよね。……一応、多分、恐らく、maybe?」


異民族の男は少年に斬りかかろうとすると、少年はすらりと避けた。


「よっと……そういう訳で。」


にっこりと笑って、少年は槍の柄で喉を一突きした。呆気なく男は崩れ去る。少年は笑った。


「次に貴方が見る景色が、閻魔大王の御前であらんことを。」


夜の砂漠で、さぁさぁと風は砂を撫でる。少し赤茶けた砂が、永遠と続いていた。何も光る物が無いからか、夜空には満天の星空だ。少年はそれを見上げた。


「おーい!其方そっちは終わったかー?」


少年は呼ばれた方に顔を向けた。


「ええ、終わりましたよ。」


城兵仲間が少年の側にやって来て言った。


「にしても、お前は凄いよな。殺さずに異民族を連れてくるなんて……まだ入って一年しか経ってないだろ?」


「……まぁ、そうですね。」


「それで今日は三人も捕まえた。お陰で看守長も絶好調だよ。」


「あの人は思春期の男子に好かれそうな性格してますもんね……。」


「お?お前も興味があるのか?」


「いや、僕はあの人と同じようなアレなので……特には。虐げられるのは嫌いですが、虐めるのは好きです。」


城兵は少し笑った。そして少年に言った。


「さ、メシだメシだ!腹が空いただろ!夕飯食おうぜ!」


少年はまた空を見上げる。もう一度、城兵は少年に言った。


「行くぞ!イブキ!全部食っちまうぞ!」


少年はーーーイブキは、ゆっくりと笑った。










「あらァお疲れさまねェ、イブキちゃん。」


「はい、看守長。」


「やっぱりイブキちゃんの事だけあるわァ。今日も三人捕まえたのよねェ。」


「えぇ。お誉めに預かり光栄です。」


「これからも頑張ってねェ。夕飯食べて、ぐっすりお休みなさいねェ。」


はい、とイブキは、金髪の看守長に、にっこりと笑った。赤い制服が、余りにも無色な世界を色付けている。


「うーん、今日は何を食べましょうか……。」


イブキは城兵仲間から離れて、食堂に出向いた。皿を持って、数々の御菜おかずを眺める。トングをかちかちと鳴らす。


「よ、イブキ。今から夕飯か?」


赤茶けた髪の青年が、イブキの側に居た。


「そうです。少し長引いてしまったので……。」


「じゃ、俺もご相伴に預かるとするか……なぁ、話は変わるが……明日、お前、家に帰るんだっけ?」


「えぇ。それで明明後日しあさってが非番です。だからゆっくり帰れて……泊まれるし、とても嬉しいです。」


イブキと茶髪の青年、楓は彼の隣に座る。


「そう言えば、アリアさんは?」


「彼奴も遅くなるってさー。中々恐ろしい番犬が届いたらしくて……。」


「あの人、そう言えば番犬担当でしたね……。」


番犬担当。北砂漠の異民族に対抗する為、飢えた番犬を育てていると言う、末恐ろしい担当。血の臭いを嗅ぎつけると、何時も飢えているため、血を流した相手を喰い殺すという特性を持つ。


「さっさと北狄を殺せばいいのに……。」


「まぁ……それは無いんじゃないですかね。あの看守長の性格から考えると……。」


「済まない、遅くなった。」


濃紺のボブヘアーをした女性が、荷物を側に置きながらイブキと楓の前に現れる。


「上手く手懐けられたかー?」


「いや……まだだ。」


口をリスの様に膨らませながら、イブキはもぐもぐとアリアに言った。


「めじゅらひーでしゅね。アリアひゃんがてなじゅけられないなんて。」


うーん、と首を揺らしながらアリアは言った。


「それがなぁ……番犬は元々野犬だ。どうやら野犬の血を色濃く引いてるらしくて……中々言う事を聞かないんだ。男五人で押さえつけても暴れる様な奴だ。私が手懐けられるかどうか……。」


イブキはご飯をかきこんで二人に言った。


「ふう……お腹いっぱいです。すいません、明日の準備もあるので僕はこれで……。」


「おーよ!また家族の話でも聞かせてくれよな!」


「元気に帰ってくるんだぞ。」


はい、と答えると食堂から出て、自分の寮部屋へと向かう。


「本当に、一人一つの個室が空いていて、本当に良かったです……。」


そんな事を呟きながら、ドアノブに手をかけて部屋に入る。


「こんな大きいもの、隠しておけませんものね……。」


大きな矛が顔を出す。それなりに高いイブキの身長を、頭一個分突き出す程の大きさだ。


柄は朱色で大きな刃に、長いタッセルが付いている。刃には朱雀の装飾が施されている。


「このふさふさ、的確に邪魔なんですよね。というか……この武器、あまり実用的ではないし……。」


軽い私服に着替えて紅茶を入れる。どうやら桃が入っているらしく、辺りに良い匂いが充満する。


一つだけ砂糖を入れて、溶けていく過程をぼんやりと眺めると、匙でかき混ぜた。


「美味しい……あ、華幻のお土産どうしようか……あの子、無いと怒りますし……。」


木製のこじんまりとした椅子に思いっ切り身体を反らせてイブキは息を吐く。


「……ま、いっか。お風呂入ろ……。」


イブキは思考を完全に断ち切り、風呂用具を持って大風呂へと向かう。


(北の砂漠がこれ程までに恐ろしい場所とは夢にも思わなかったですね……。)


北の砂漠。別名、血の砂漠。この日栄帝国の果ての果て、北の異民族の襲来を守る役割を果たす。そして、最も此処でしかなり得ないルール、それこそが。


(北の異民族ならば殺しても良い、か。)


寮内に張り出されている城兵募集のポスターが視界に入る。『貴方も国を守ってみませんか?』と言う、最もらしい言葉が描かれていた。


イブキは夜更けの誰も居ない浴槽に入る。目を閉じて、あの日の事を思い出した。









その日は、別段特別な日では無かった。家でごろごろして、駄目人間生活を久し振りに謳歌していた日だった。


「暇だ……いや、勉強しなくちゃいけないのは分かってるんですけど、暇だ……。」


こんこん、と扉が叩かれる音がして、イブキは飛び起きた。


「はい、どうぞ。」


「旦那様がお呼びで御座います。」


「直ぐに向かいます。」


イブキは寝ていた痕跡を消す為に、服の皺を伸ばして部屋を出る。とんでもない広さの廊下を歩く度に、誰もがイブキに礼をする。


それは勿論、イブキが跡取りで、神器を持つ事を許された人間だから。その視線がむず痒くって、足早に父親の書斎へと向かう。


「……っ……。」


びりびりとした緊張感が辺りへと漂っていた。イブキは何時も、この部屋に入る時は深呼吸をして入っている。


「し、し、し、失礼致します、父上。」


「……入れ。」


イブキは言われるがままに重厚な扉を潜ると、奥に父親が座っている。


「お呼びとの事でしたが、何でしょうか?」


昔からの好青年の笑顔は、此処でも発揮された。しかし父はその笑顔に動じる事無く、イブキに話す。


「お前に修行を命じる。」


「しゅ、修行ですか?私はかなり腕が立つ方ですが……。」


「そうでは無い。」


父は立ち上がって、後ろで腕を組む。


「……其処で人間とはどういう物なのかを見て来るが良い。」


一通りの回想を終えて、浴槽で温まっているイブキは目を開けた。


「……はっくしゅん!」


くしゃみもした。








部屋に入ると、若干の熱気を感じる。机の上には、明日の準備が成されていた。


「……あのですねぇ、こういう事はやめてもらっても良いですかね?」


ちらりと神器を眺めると、タッセルがゆらりと揺れる。まるで相手を挑発する様に。


「と言うか、元よりするなって言ってませんでしたっけ?言ってましたよね?」


神器からの反応が見れなくなると、イブキは軽くため息を付いてベッドに寝転がった。と言うか飛び込んだ。そして、


「……すー、すー……。」


神速で寝た。









早朝。


「眠い……体痛い……。」


重々しく体を持ち上げると、寝巻きから着替える。まだ夜が明けかけの部屋に、冷風が通り抜ける。


「さむ……やっぱり砂漠の夜は寒いですね。」


イブキはちらりと神器に目をやる。


「それで、こういう時は全く暖めてくれない貴女は一体何なんでしょうね。」


直ぐに部屋中が熱気に包まれる。サウナ状態だ。イブキはその暑さを鼻で笑った。


「ふふ、こんな簡単な挑発に乗るとは、神器にしては随分と子どもっぽいんですね。」


荷物をひったくって神器も引っ張り出すと、サウナ状態の部屋から脱出した。鍵を閉めている途中、イブキに声がかかる。


「よーす!相変わらずはえーよな!」


「間に合って良かったぞ。」


楓とアリアが手を振りながらイブキに声をかけた。


「早朝の電車に乗るんだろう?私達が見送ろう。」


「さ!行こうぜ!」


イブキは言われるがままに駅に送られる。北の城塞らしく物寂しい雰囲気が漂っていた。早朝の御陰なのだろうか、物寂しさに拍車がかかっている。


「来たぞー電車!」


楓がホームに入って来た電車を指さす。イブキは軽く礼をすると、車内へと向かった。


「実家かぁ……早く自分の家に帰りたいです……。」


ぼんやりと景色を眺めている内に、睡魔に誘われて爆睡する。次にイブキが目を覚ましたのは、手にしていた神器が火傷する程熱くなった時だった。


「っ、あっつっ!」


イブキはその反動で自分が降りるべき駅へ、閉まりかけた扉から無理矢理出る。


「あー……。」


一応神器に『有難う』と言う目線だけを送ると、硝子が張り巡らされた駅の天井を覗く。


赤煉瓦と硝子のコントラストが流麗で美しい。中央駅なだけはあって、早朝にしては人が大勢居た。


「ひっさびっさに、王都に帰って来たんですね……。」


降りた先でイブキはぼんやりと呟く。荷物をしっかりと持って中央駅から出ると、王宮を目指して歩き始める。


(本当に、変わらない……矢張り、王都は早々の事では変わらないか……。)


起き抜けの街は存外騒がしく、新聞売りが半ば強引に手に新聞を押し付ける。


「ほらどうだい!?最近の王政やら、何から何まで載ってるよ!」


イブキは適当に駄賃を新聞売りに渡すと、表情を変えずに新聞の見出しを読む。


「『完璧政治に綻びか?国税の不正利用発覚。』……か。今の蓬泉院家が倒れると困るんですよね。でもまぁ、」


王宮に匹敵する大きさを誇る、光遷院邸の前にイブキは立っている。


「そんな考えは、自分の部屋でしましょうか。」


番兵の目を抜けて、扉を開ける。


「光遷院 伊吹、只今帰りました。」


シーン、とした伽藍堂がらんどうの屋敷にイブキの声が響く。刹那、


「ていやぁっ!」


しゅぱっと伸ばされた足が、イブキの背中目がけて飛んで来て、的確に命中する。


「ぐふっ……!」


イブキはばったりと倒れると、倒れ込んだ頭上から元気な声が聞こえた。


「よ、元気だったか!相変わらず不景気な顔をしてんなぁ!」


「は、はい……琉煌りゅうき兄上もお変わりなく……。」


ばしんばしんと背中を叩きながら、琉煌は言った。


「だーかーらー、家族に気ィ使うのやめろってぇー!もー!照れ屋さんなんだから!ー」


「いったい……無礼を承知で申し上げますが、あの、退いて貰えますか……?」


「こっちも変わりなかったぞ!」


「話を聞けよ……。」


イブキの話が聞こえてないのか、琉煌はそのまま話を続ける。


「まぁ!声が聞こえたと思って来てみたら……琉煌 御兄様おあにいさま、お退きなさいませ。伊吹が潰れそうですわ。」


流麗な声と艶姿に、イブキはこの地獄が終わる事に安堵した。ぱんぱんと服をはたいて挨拶する。


「只今帰りました、夕羅ゆら姉上。」


「はい、お帰りなさい。伊吹。元気そうで何よりだわ。」


「おっにいーちゃーん!」


夕羅の話が終わらないうちに、背後から抱きつかれる。


「伊吹お兄ちゃん、お帰りなさい!」


「只今帰りました、かげ……あ。」


「あ、泣かせやがったぞこのヤロー!」


うるうると涙を孕んでいる瞳を見て、イブキは必死に謝る。


「す、済まない……敬語は使わないって約束だったよな。只今、華幻。」


泣き顔は一瞬で引っ込んで、満面の笑みが華幻には溢れていた。


「はい!お帰りなさい、お兄ちゃん!」


ねぇねぇ、と華幻はイブキの裾を引っ張る。


「折角お兄ちゃんも帰って来たんだし、皆でお昼も兼ねてお茶会しようよ!」


「良いなぁそれ!夕羅、確か美味しいお茶があったよな?」


「相違御座いません、御兄様。」


そんな様子を見ながら、イブキは胸の奥がずくんと痛むのが分かった。例えるなら、それは膿んだ傷口が疼くよう。


「どうしたの?もしかして、何処か体調が悪いのかしら。疲れているのならまた明日でも……。」


夕羅がイブキの体調を気遣う。


「……いえ、大丈夫です。さぁ、皆でお茶会しましょうか。」











「でね、本当にあれは吃驚したんだよ!」


華幻の声が、池上の小さな中華式東屋に響く。


「えぇ。本当にあれは吃驚したわ。だって御兄様がオーブンを爆発させるんですもの。コック長が泣いていらしたわ。」


「あはは……でもまぁ、美味いだろ?」


「ええ。美味しいです、兄上。」


昼食のサンドイッチを四人で食べ終えて、さっくりと美味しそうに焼かれたクッキーが甘い匂いを立たせていた。華幻が興味津々にイブキに問う。


「ね、北の城門ってどんな所なの!」


イブキは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「ごめんね。それは教えらないんだ。ほら、守秘義務、って知ってるだろ?」


「むー……お兄ちゃんに、折角『あの噂』を聞こうと思ってたのに!」


「……あの、噂?」


どぎまぎしながら被告人は答える。琉煌は芳しいお茶を飲みながら言った。


「あれ、知らないのか?」


「御兄様。伊吹は『そう言う話』に余り興味がありませんでしたよ。昔から。」


「そうだっけ?」


「ええ。」


脳の中に警鐘が鳴って、心臓の音が何時もの倍以上に聞こえる。


「その噂って、どんな物ですか?」


平静を装い、顔は不思議そうにして。心当たりがあり過ぎる。


「えっとね……何だったっけ?」


「❛鬼門の多聞天❜、よ。」


ほらやっぱり、と言う合点がいく気持ちと、これはマズいと言う焦る気持ちが相反する。琉煌が自慢げに説明する。


「❛鬼門の多聞天❜はなぁ、凄いんだぞ。最近の王都じゃ専らの噂だ。自分自身で手を下すことなく、其奴の周りではちょくちょく変な殺人事件が起こるんだ。ま、言うなら『奴自身が全く手を汚さない奸智に富む策士家である』か、ってことだな!」


何故そんな情報が漏れたのか、イブキには全く見当がつかなかった。


「その情報は一体何処から来たんですか……。」


態とらしく肩をすくめる。此処までなら百点満点の演技だ。思考に耽りながら夕羅は言った。


「そうね。確か、王都に来た見知らぬ服装をした人から、そんな話を聞いたそうよ。❛鬼門の多聞天❜に殺される、って。鬼に、鬼に殺される。あの思考の化け物に殺される、って。」


見知らぬ服装、それは間違い無く北狄の格好を指すものだろう。公には北の砂漠の存在も、北狄の存在も伏せられている。守秘義務がイブキにあるのも恐らく北狄を全滅するまでの物だ。華幻がイブキに声をかけた。


「ね、お兄ちゃん。」


「どうした?」


「……❛鬼門の多聞天❜って、誰なんだろうね?」


華幻の鋭い問いに呆気に取られているイブキへ、侍女が声をかけた。


「旦那様と奥様がお帰りになられました。」


好機を得たイブキは、そのままその場から逃げ出そうとする。


「それでは、僕は挨拶へ向かいます。お茶、美味しかったですよ、姉上。」


「まぁ、それは良かったですよ。」


「俺への褒め言葉は無いのかよ?」


「兄上のクッキーも美味しかったですよ。……華幻も有難う。」


「ううん!また後でお話しようね!」


「あぁ。」


短く言葉を切って、早急に部屋へと入る。バタンと古い部屋の空気を閉め出すとイブキは扉の前でぺたんと座り込んだ。


「何だ、何だ、何なんだこれは……!」


先ほどから胸の奥が痛い。唾液がどんどん増えていくのがわかる。


(これはきっと、家族に抱いちゃいけない気持ちだ……。何だ?恋慕か?違う、もっとこう……。)


『ドス黒いもの、デショ?』


声に反応して、イブキの脳内に『何かの画像』が起こる。べたべたして、手が気持ち悪い。


(何だこれは……気持ち悪い……。洗って、洗って……。)


『分解しなくちゃねッ!』


イブキはその声に返答すること無く、『何時もの表情』で部屋を出た。荷物を放り出して、その『声』を一瞥して。









イブキは威圧感溢れる扉の前で、ごくりと生唾を飲み込む。


「失礼致します、父上、母上。」


「お入りなさい。」


がちゃんと扉を開けると、父親と母親が立っている。母親がイブキに抱き着いた。


「お帰りなさい。風邪とかひいてなかった?」


「はい、大丈夫でしたよ。」


「お菓子食べる?何でもあるわよ。真珠麿マシュマロ猪口冷糖チョコレート?それともキャンディー?」


「い、いえ。先程お茶を頂いたところなので。」


イブキは父と母を見比べる。母は……姉、夕羅に似ている気がする。だが、父はどうだろうか。おべんちゃらな兄にも、上っ面だけで渡って来た自分とも違う。


(ずっとずっと、『何か』を『我慢』している気がする……気のせいか?)


「息災で何よりだった。」


重々しい口取りで父親が言った。直ぐに重々しい口取りで何か言う、父親の癖は相変わらずだ。


「はい。」


イブキは短く返事をすると、父親は声をかける。


「部屋で話がある。来なさい。」


「承知しました。」


母親がイブキの頭を撫でる。


「お父様のお話ちゃんと聞いていらっしゃいね。また後でお話しましょう。」


イブキは微笑んだ。


「はい、母上。」


父親に付いていくと、直ぐに書斎へと付いた。びりびりと響き渡る緊張感を一身に受けながら、父親の話を聞く。


「先程、変死体が見つかってな。」


「変死体……?動物の、ですよね?確か金糸雀カナリアでした。鳴き声が綺麗な夕羅姉上が飼っていた物です。」


「……そうだ。」


何かを射抜く様に父親はイブキを見た。


「伊吹、何か知らないか。」


心の底から訳の分からないという顔をしてイブキは答える。


「何の事ですか?僕は何も知りません……っ!?」


ぬるりとした生暖かさと、温もりが手の中でのたうち回っている。


「どうした!?」


父親が珍しく取り乱してイブキの方へと駆け寄った。イブキはよろけながらも立ち上がる。


「……大丈夫です。ご心配をおかけしました。僕はもう、大丈夫です。」


慌てて立ち上がって書斎を飛び出すと、部屋へと転がり込む。扉を叩く音が聞こえて、ゆっくりと振り返った。


「ど、どうぞ。」


「おっにいーちゃーん!紅茶持ってきたんだよ。沢山飲んだけど、またお勉強する時にでも飲んでよね!」


「あぁ、有難う。」


華幻からお盆を受け取ると机の上に置く。先程から手の不快感が拭えない。べたべたして、ぬるぬるして気持ち悪い。


「僕は一体どうしてしまったんだ……。」


『元々じゃない?』


立てかけていた神器『神鳳冷艶鋸』の赤いタッセルが揺れて、赤色の妖精?が現れる。


「……どういう事ですか、朱雀。」


朱雀と呼んだ精霊は、赤い透き通った髪の毛を靡かせて小さくイブキの前に降りた。


『どういう事って、イブキチャンおもしろーい!自分が一番しってるくーせーにー!』


イブキは癪に障る甲高い声を無視して椅子に座る。


「あの、何か言いたいなら言って下さい。書類とか累々面倒臭いのをしなくてはなりませんので。」


『イブキチャンはさ、人外が嫌いよね。』


ペーパーナイフが朱雀の首筋に当たる。


「僕は言いましたよね。言いたい事があるのなら、可及的速やかに言って下さい。でなければ……。」


『でなければ?斬れもしないペーパーナイフでアタシを突くの?』


「……相違ありません。」


『アハハ、やっぱりイブキチャンおもしろーい!』


愉しげだった表情が一気に暗くなり、イブキを見下す。


『……自分のショウドウも操れない、ただのケダモノが。』


そっとペーパーナイフを下ろして、イブキは朱雀を見据える。


「良いでしょう。其処まで言うのなら、何か貴女には僕を陥れる力があるのでしょうね。」


『陥れるチカラ?そんなの無くてもアタシは大丈夫だよ!だって、アタシが言うのはホントの話だからね!』


それじゃあね、と朱雀は話を続ける。


『しつもんひとつめ!どうしてイブキチャンは、殺されたのが動物の変死体だって知ってたの?』


「それは……昔からこの屋敷では、ちょくちょくそんな事が起こっていたからでしょうか。それで……。」


イブキが全部言い終わらない内に、朱雀が質問を重ねる。


『それじゃあ、しつもんふたつめ!』


ゆっくりと、朱雀の口がいやらしく歪む。


『どうして、イブキチャンは、殺されたのが、死んだのが、動物で、鳴き声が綺麗な金糸雀で、ユラチャンの飼ってたものって、知ってたの?』


「ぇ……だってそれは、僕が見たからですよ。それに、姉上が……。」


『姉上が? 』


自分が、どんな顔をしているか分からない。


「姉上が……。」


『言い訳は?終わり?』


「ちが、」


『ちがくないよ。さァ、見てご覧?』


ざざざっとブラウン管の砂嵐の向こう側にあったのは。


「ひ、ぃ、あ、あ、ぁぁぁぁぁ!」


叫びながら片目を抑えて、その場にうづくまる。時が止まっていくのを感じた。


「ちがう、ちがう、ぼくは、こんなの……。」


『イブキチャンの手にの中にあるのは、何?』


両手を覗くとぐちゃぐちゃになった『何か』の骸があった。黄色い羽が、血でベタベタになっており、内蔵は抉り出され目は濁る間もなく血だらけで。生臭さが辺りに充満している。部屋が、部屋が血に染まるのを感じる。


「あ、姉上の……金糸雀……綺麗な、綺麗な鳴き声のする……。」


『鳴き声かぁ……イブキチャンなら『泣き声』の方が正しいネ!綺麗な、綺麗な泣き声、ッテネ!』


ねぇ、と朱雀は続けていく。


『アタシね、イブキチャンが殺してきた動物の中で一番ひどいの、今でも覚えてるんダ!』


「は……?」


荒い呼吸をしながらイブキは朱雀に顔を緩やかに上げた。


『覚えてないのー??素晴らしかったんだよ、あれは!ほら、鹿の親子のヤツ!』


「し、鹿の親子?……っ、くそ!」


思い出せず、然れども思い出してはいけないと。


『思い出した?じゃあほら、手順を言っていこう!さァ、片目を抑えている手を下ろして?目は二つなきゃァ、何も見えないョ!』


にこにこと朱雀は話を進める。


『まず、イブキチャンはどうしたのかな?』


イブキは過去の記憶を辿りながら呟く。


「僕は……鹿の親子が欲しかったから……かってもらって……それで、暫くは可愛いいから育てて……可愛くて可愛くて可愛くて仕方が無くて……。」


『仕方無くて?』


生唾をごくりと飲み込んで言った。


「僕は、親子を、殺した……。」


『どうやって?』


誘導しながら朱雀はイブキの大罪を暴く。


「まず、小鹿と、親鹿を別々に分けて……親鹿の皮を、生きたまま剥いで、目を抉り出して、脱臼させて……その様子を、ずって小鹿に見せて……そ、それだけ……。」


在りし日の思い出がありありと目の前に展開される。


『ホント?それだけ?』


苦しそうに眉間に皺を寄せながらイブキは思い出した。


「違う、違う、あんな残酷なことをしたのは僕じゃない!僕じゃ、絶対に無い!僕は、そんな事絶対にしない!」


『イイからイイから話してよォ〜♪』


朱雀は愉しそうに混乱しているイブキを眺める。


「僕が、僕が……耳と鼻を削いで生きたまま脳味噌を取り出してそのぐちゃぐちゃした血腥ぐさいモノを、小鹿に食べさせただなんて、認めないっ!僕は、僕は!」


どくん、と膿んだ傷口が疼く様に。分かってしまった。分かっては駄目な気持ちが、分かってしまった。


『イブキチャンは?どうしたいの?』


長い間心の奥底に溜まった黒い物が、口から溢れ出る。


「壊したい、コワシタイ、コワしたくて、壊しタクテ、堪らなくて、泣かせて啼かせてぐちゃぐちゃにして、違う、違う、僕は、う、あぁ……!こんなの、僕じゃない……!」


朱雀はニヤニヤと笑うが、直ぐに発狂しているイブキを見ながら哀れに笑う。


『そうダヨネ、そうダヨネ。やっぱりアタシの主はそうでなくっチャ。でもネ、イブキチャンは可哀想だよネ。』


見えないものを見ようとして、イブキはただ狂乱している。


『……伊吹は、もう無理なんだよ。小さい頃からずっと極度のプレッシャーとストレスを感じてたら、きっとそうなっちゃうんだよ。だからね、伊吹は頑張らなくても、もういいんだよ。なのに、なのに……。だからアタシは自分の闇を覚えさせて、そうすればきっと……そう思っていたけど、今までずっとそうしてきたけど、伊吹は直ぐに忘れちゃうから、記憶を消しちゃうから、ごめんね、ごめんね、辛かったよね、ごめんね……。』


ぼろぼろと泣いているイブキの額に自分の額を押し当てると、静かに朱雀は涙を流した。


『アタシは……アタシが居なくても、伊吹が生きようと思える、何かが居てくれたらいいんだよ。』


どたどたと人が走っていく音が聞こえて、朱雀は悲しく呟く。


『ミンナ、頑張らなくても良い時期から頑張っちゃうから……リョクシリアちゃんも、はなのみやちゃんも、冷泉帝くんも、伊吹くんも……。少女は権力を嫌い、少女は権力を望んで、少年は死ぬ過程を好み、少年は死後に美しさを求める……だから、だからミンナそうなっちゃうんだよ。』

いつになるか分かりませんが、続きもお楽しみください……!

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