ラプラスの魔物 千年怪奇譚 40 力と貴族とお姫様
緑珠が示した四大貴族の『抑止力』とは?そして彪川が伝える皇女様が産まれたその日のお話とは?在りし日の二十年前。日陰と共に現れる物語。
「これよ。」
緑珠の各々の貴族を止める『抑止力』を繰り出した。拳銃、紙切れ、カプセルの薬が転がった。
緑珠はまず最初に、拳銃を光にかざした。黒光りのフォルムが畳に広がる。
「これは倶利伽羅の抑止力。あの子ほら、義足でしょ?」
イブキがそれを聞いてこくこくと頷いた。
「そうですね。確か生まれつきだった気がします。」
「あら、よく知ってるじゃない。あの子は綺麗なものが好きだから義足を撃てば暴走していても止まるでしょう、って言われたのよ。倶利伽羅の御両親に会った時、物凄く睨まれたわ。すっごく機嫌が悪かったし。」
緑珠は拳銃を置いて紙切れを拾うと、それをぴらぴらと靡かせる。
「これは……あれよ、私直筆の書類。内容は大したことないわよ。口先だけで『地位と名誉を渡す』、って書いてあるだけだから。しかもこれ、『抑止力』の割には一回しか使えないし……困るのよねぇ。花ノ宮公女は子供だし。何回も使い回し可能な『抑止力』じゃないと……。」
緑珠の一言にモアが身を乗り出して興味を示す。
「こ、子供なのか!?子供が、四大貴族のうちの一人……そんな、出来るのか?業務とか、ほら、色々……。」
「そうよ。子供よ。予想通り、子供だからそんなに出来ないわ。元々姉が居たのだけれどね。面倒な騒動で身体を壊してしまって……。」
ふっ、と緑珠は俯くと、畳へと小さく小さく呟いた。
「……その時から、私達の時間は止まったままよ。」
真理だけがその声を聞いたらしく、太い大黒柱にもたれて緑珠を眺めていた。
「さて、最後は貴方の『抑止力』よ、イブキ。」
当の本人は苦く顔を顰めて緑珠の言葉をの続きを待っている。しかし、緑珠は唇に指を当てて首を傾げた。
「……そうね。貴方の場合は……『抑止力』、では無いわね。貴方が暴走した、『後』の事だったわ。」
「『後』……ですか?」
「またこりゃ不思議な話になったぞ?」
イブキは不思議そうに首を傾げ、真理はにやにやと緑珠の話を聞いている。
「貴方のお母様が私の部屋を尋ねたのよ。簡単な社交辞令と両家の同盟について話したあと、この薬を渡されたわ。」
緑珠はカプセルの薬を、怪訝そうに眺める。外はもう暗くなり、秋の虫、蟋蟀が鳴いていた。
「具体的な成分は知らないし、名前も教えてくれなかったの。私自身も調べてみたけど、イブプロフェン……えっと、解熱・鎮痛・抗炎症作用や、熱を下げる作用がたる成分と、ロキソプロフェンナトリウム……効果が現れるのが早く、頭痛、歯痛など幅広い痛みに効く成分しか分からなかったわ。他は全て、有り得ない配列が組まれていたから……。」
だけど、と緑珠はイブキの顔をまじまじと見つめながら言う。
「……貴方が『脳酔い』を起こす人間で、その後にこれ飲ませれば暫く動けるということを聞いたの。要するに早く寝ろと言うことよ。」
「うぐっ……。」
そして、イブキを見つめながら緑珠は言った。
「……あぁ、分かった。貴方誰かに似てると思ったら、貴方のお母様だったのね。」
「そりゃ血縁ですからね……。」
イブキの半ば呆れきった一言に、緑珠はふるふると緩く首をふった。
「こう言っちゃ失礼だけど……笑顔が似てるのよ。『このお薬は何の薬ですか』、って聞いた時も、貴方が何時も誤魔化すような笑顔をしたのだからね。」
「……そうですか……僕は母親似ですか……。」
彼がぽそりと呟いた一言に、モアが聞きなれない単語に耳をすませた。
「『脳酔い』、って何だ?」
真理が緑珠に変わって説明を始める。
「『脳酔い』って言うのはね、全てを数字に置き換える事を言うんだ。風の速さ、砂粒の動き、人の呼吸速度……何から何まで数字に置き換えて、その場で最善の行動を起こす。だけど……大体脳味噌がキャパオーバーを起こすんだよねぇ。……『あの子』も辛いって言ってた。」
イブキはむすっ、として真理へと尋ねる。自分の能力を説明されたのが妙に気に食わないらしい。
「前も言ってましたが、『あの子』って誰ですか?」
真理は『あの子』の存在を思っ切り隠し通すがの如く、ふにゃりと微笑む。
「うん?……ふふふ、『あの子』は『あの子』だよ。」
「どうせ教えないのでしょう?」
「……まぁそうだね。君達は『あの子』に会っているから。」
真理とイブキの言い合いなど露知らず、緑珠はぽん、と手を叩いた。
「そうだわ。凄いことが分かったのよ。」
真理は言い合いを抜け出して緑珠に合わせる。
「そうだね。僕も言いたいことがあったんだよ。」
「あら、それは奇遇ね。」
「それで何が分かったんだ?早く教えてくれよ!」
モアは興味津々と言った風に真理と緑珠へ叫んだ。二人は顔を見合わせると、
「「この国は、時間が止まってる。」」
二人はニヤニヤと笑うと、緑珠が軽く説明した。
「私は別時空にいる時に分かっただけなんだけどね……時間が止まってるのよ。ええっとね、時間の流れが存在していなかったの。」
緑珠の軽い説明が終わったあと、真理が少しだけ眉をひそめて言う。
「皆が避難活動を手伝ってくれている間、僕は緑珠の空間を繋げようとしてたんだけど……近くに居た人が教えてくれたんだ。『この国は1ヶ月近く時間が止まってるんだ』、って。空間を繋げるには、時間の流れが必要だからね。」
「い、1ヶ月……。」
イブキの驚きを具現化した一言に、真理は無言で頷いた。
「正しく言うと、『ある一定の時間になれば、その1ヶ月前に時間が戻る』。と言えば良いのかな。『時間が止まっている』、のではないかもしれないけど……。この国に居る人の身体はちゃんと成長してるし、記憶もある。気付いたのは野菜が収穫時期になったのに見当たらなくなったからだとさ。国自体の時間が止まっている、という事だね。」
真理が珍しく険しい顔をして爪を噛んだ。
「……だから心配した他国の使いが来る。そして帰って来ない使いを心配してまた使いが来る。悪循環だ。食糧事情も危ういらしい。」
しーん、と静まり返った部屋で、真理が険しい顔を解いて朗らかな雰囲気を纏う。
「ま、そういう訳なので!今日は寝ようか!夜遅いし。念の為に結界も張ったから魔術人形の事もきっと大丈夫。明日の事は明日考えよう、ね?」
緑珠が真理の雰囲気に釣られてにっこりと笑った。
「そうね……そうよね!夕飯食べたし!寝ましょうか。眠くない?寝ましょう?」
彼女の無邪気な提案に、イブキは腰に手を当てて、少しだけ笑った。
「……ま、そうですね。寝ましょうか。疲れていると頭も回らないですし。」
(……暑い……。)
緑珠は毛布を剥ぎ取って、蒸し暑い自分の身体を起こした。
(お水お水……。)
隣にモアが眠っているのを見ながらこっそりと横を抜けて、涼しい……秋であるし、標高も高い場所だから、寒い、という方が正しいのだが、緑珠は縁側に出た。
「お水……喉乾い……あれ。」
光飛び交う縁側に座っていたのは、彪川だった。何本か清酒と枡を空にして、静かに座っている。
「彪川じゃない。見ないと思っていたら……。」
緑珠の声にはっ、として彪川は顔を上げた。そしてゆっくりと口角を上げる。
「今晩は、ですね。緑珠様。少しの間、地獄に戻っていましたから。」
「……別に私に無理に敬語を使わなくても良いのよ。貴方の主はイブキでしょう?」
彪川は胸をつかれたように緑珠を見つめる。
「それは……なんと嬉しきお言葉……えぇ、えぇ、従者冥利に尽きます。それでは心置き無く敬語は使わないッス!」
「そんな事を言われてしまうと、私だって主冥利に尽きるわね。……隣、座っても?」
「ええ、どうぞッス。丁度話し相手が居なくて寂しかったんスよ。」
緑珠が彪川の隣に座ると、夜空をただただ眺める。ふと、緑珠が徐ろに口を開いた。
「こんなにお酒を開けて……一人で呑んでいたの?一人酒は楽しい?寂しくない?」
緑珠の素朴な疑問に、彪川はくすくすと笑う。
「流石に一人でこの量は……皇子と呑んでいたッス。あの人は蟒蛇ッスよ。」
「鬼に言われるなんて、大概ね?」
「蟒蛇オブ蟒蛇ッス。」
『蟒蛇オブ蟒蛇』、という単語に緑珠はお腹を抱えて笑った。珍妙なフレーズである。
「それでも、流石に閻魔大王と呑んだ時は二日酔いをしていたらしいッス。何回か吐いていたらしいッスよ。」
「あら、あの子吐くのねぇ。」
「珍しいッスよねぇ。」
緑珠はちびちびと残っていた清酒を呑む。彪川がそんな緑珠を見ながら思い出した様に呟く。
「皇子は酔っても顔に出ないんス。本人も酔っているか分からないところがあって……。」
「そんなので身体大丈夫なのかしら。」
「あ、でも賭け麻雀にめちゃくちゃ負け始めるッス!」
緑珠は吹かない様に酒を呑むと、
「ん、んぐ、ふふふふ!もう!彪川、笑わせないでよ!あの子が麻雀に負け始めるなんて、考えただけで笑っちゃうわ!」
「しかも本人は負けたのに『……あれ、続けないんですか?』とか言い出す始末ッスよ!」
「中身はベロンベロンに酔っちゃってるのね。ふふふ、良いことを……ええっと、面白い事を聞いたわ!」
「今さらっと違うフレーズが……。」
「気のせいじゃない?」
二人は顔を見合わせて笑うと、土塊が匂う縁側へと顔を戻した。そして、緑珠は星々へと囁く様に、彪川へと問うた。
「……ねぇ彪川。教えて頂戴。私が生まれた日の事を。貴方が私に、贈り物を贈ってくれたのでしょう?」
「それは……貴女が辛くないっスか?」
彪川の、言葉を飲む混む音が緑珠には聞こえたような気がした。それでもと、彼女は急かす。
「構わないわ。教えて?私が居ても良かったと。その断片でも分かる事が出来るのなら、これ程嬉しい事は無いわ。」
緑珠の切迫した一言に、彪川は根を上げた。小さく笑って、二十年前を思い出す。
「そうっスねぇ……あれは夏の暑い日の事でした……。」
二十年前。
盆が開けて、地獄の忙しなさも消えた頃。それでも死人は毎日来る。忙しなさが消えた、なんて言っても、それはそれは忙しい日々だ。
「おはよう、彪川。」
だらしない着物を着ることに定評がある閻魔大王が、彪川へと声をかけた。
「ちゃんと服を着て下さいよ。夏だと言っても、気を抜いたら風邪引くんですから。」
「鬼って風邪引くん?」
「普通引かないと思いますけど……大王は休めないんですからね。」
「それはまじ酷いわ。労基に訴えるでー!」
「地獄と天国に労基はありません。我慢して下さい。」
「天の国、なんて言うけどめちゃくちゃ大変よな。伊吹に労基作ってもらったらええのに。」
「仕事しましょうか。」
「おっけ!」
他愛ない会話の後に、銀髪赤眼の幼女の姿をした閻魔大王は椅子に座る。そして幾らかの書類に目を通した、時だった。
「……なぁ彪川。」
「何ですか?」
珍しく真剣な顔つきを閻魔大王は見せると、高い席から身を乗り出して書類を差し向けた。
「それ、ちょっと読んでみ。今日、会議で配られたんやけどな。無理っぽいわ、うち。」
渋々彪川は受け取ると、渋々読み始める。
「えーっと?『今日、八月二十一日は蓬泉院様の御末裔、蓬泉院 緑珠李雅様の御誕生日に御座います。』……これが?」
閻魔大王は面倒くさそうな顔をしながら、早く読めと彪川へ催促する。
「『しかしながら、蓬泉院様におかれましては急遽急用が出来ました為、『贈り物』の贈呈は閻魔天様にお頼み申し上げます。』……もしかして、無理って言うのは……。」
彪川は苦い顔つきをしながら、小さな身体には不釣り合いな、大きな椅子に座っている閻魔大王は、皆まで言うなと手を振った。
「そうやねん。うちさ、今日は予定入ってて……代わりに誰か行ってもらわな困んねんな?」
「それは……つまり……。」
にこっ、と。そう、それはまるで「にこっ」、と言う文字が浮かぶほどの、「にこっ」とした笑いだった。
「そ。だからひゅーせん、行ってくれん?うち無理やし。ほら、うち閻魔天やし。地獄あけられへんやん?」
最もらしい理由だが、まさか彪川も意趣返しをされるとは夢にも思っていない。
「まじお願い。太山府君の彪川!」
「確かにオレは太山府君ですけど……。」
「安倍晴明、助けたやん? 」
「それは勝手にあの陰陽師がやっただけです。名前貸してやっただけですから。」
「まぁそういう訳で!」
話の腰を折ると、ぱんっ、と両手を叩いて閻魔大王は彪川へと真剣に命令した。
「汝に贈り物の任務を与えるっ!」
次回予告!
お姫様が産まれたその日のお話の続きだったり雪合戦で楽しんだりその様子を見てモアが呆れたり『雪合戦』が『戦争』になりつつあったりとそんなこんなの千年怪奇譚!




