ラプラスの魔物 千年怪奇譚 36 天上の約束
もう一人の緑珠が語った秘密と、ノルテ帝国に乗り込む一行。伊吹がまたまた激昂したり、真理の歪さが分かったりのこれからも絶対に目が離せない千年怪奇譚!
【『其は理を以て尊しと成し、法を以て人を為す物。是を以て人の上に立つ者とし、是を以て人を治める者と為せ。其は、天上の約束』。】
「あの……話が全く見えないんですが……。」
鼻をつく程冷たい霧が、どんどん深くなっていく。真理は緑珠?を睨んでいるが、その理由がイブキにはてんで思いつかない。
【これはね、神様の約束。だから言い過ぎちゃいけない。言いすぎると……消されちゃうのよ。】
ぴゅん、と緑珠?の頬に血の筋が走る。
【ほらね?緑珠は罪を背負っている。勿論、世を恨んだ罪。毎秒毎分毎時間毎日毎月毎年忘れることなく、恨み続けたその代償。だけどね、彼女は神様との約束も忘れてしまった。それが彼女の大罪よ。】
イブキが苦く笑いながら、震える声を上げた。
「閻魔大王では裁けませんか。僕なら、僕なら出来ます。僕は、僕は……何でも裁けます。僕なら、罪だけ裁ける。なら……。」
今度はジュースを屠りながら緑珠?は言い放った。
【その提案とすると思ってたわ。無理よ。彼女がこれ以上世を恨むことがあれば、あたし達の人格は一致する。……身体は緑珠の方が本体だけど、魂はあたし。あたしが本体なの。あたしは認識されていない人格。もし生まれ変わることがあるのなら、あたしの人格が表になる。】
そして、とジュースの缶を五個も開けながら、まだまだ飲んでいく。
【もし、あたし達の人格が一致する事なんかがあれば、『終焉の扉』を開けるに事足りる様になる。】
「『終焉の扉』……?」
イブキは先程から分からないことだらけだ。疑問を口にするが、それに対する返答が来るとは努努思っていない。
【それはまぁ、イブキが探して?言っちゃうとあたし、消えちゃうし。結論を言うと、其処のヘナチョコ駄目駄目創造神のせいよ。】
「君……。消されないからって、横暴な……。」
真理は憤慨し、睨みながら、緑珠?へと言い放つ。
【其処に居る駄目駄目創造神は、こうなる事を分かっていてあたし達を創った。苦しむ事を知っていた。 ……だけど、まぁ、確かに……自分の最高傑作が壊すことはしないでしょうね。】
と、言いかけた緑珠?に向かって魔法を繰り出そうとした真理に、イブキが神器を繰り出そうとする。当の本人は寝ているし、魂は肉を貪り食っている。
「真理……!貴様っ!」
「っ!魔法弾っ、」
【お黙りなさいよ、二人共。刺し殺すわよ?】
緑珠?の背後から、また黒い刃が溢れて、二人の肩を掠めている。
【神様も鬼様も、心臓を貫けば死ぬでしょうね。……落ち着きなさい、伊吹。あたしだって此奴を殺したいのは山々だわ。でも、それは緑珠が許さない。あたしの意思は緑珠のものだからね。あたしは緑珠の事が大好きだもの。】
緑珠?はパンをむしゃむしゃ食べながら……と言うかそろそろ食べるのをやめて欲しい。と、誰もが思っている。どれだけ食べたと思ってるんだ。
【緑珠は鍵よ。真理の秘密を開く、鍵。イブキ。貴方は其の礎を作りなさい。】
緑珠?は大食いの中で割とまともな事を言うと、緑珠の方を見つめる。
【あぁ!緑珠の意識が覚醒し始めてる……!それじゃ、あたしは此処で!何時かまた何処かで会いましょう!うん!じゃあね!】
緑珠?は煙の様に消えると、緑珠は、
「んん……。」
と声を上げて、身体を上げる。イブキが先程の乱闘を忘れて緑珠を気遣う。
「大丈夫ですか……!また身体を起こしては……!」
「だいじょうぶ……身体も痛くない。……変な夢は見たけど。」
「……夢?」
真理が訝しげに緑珠の顔を見つめた。
「そう、夢よ。ずっと寂しがっている人なの。手を差し伸べたら、掴もうとするのだけど……名前は言ってくれないの。酷くないかしら?」
くすくすと緑珠は笑うと、イブキもつられて微笑む。
「それは変な夢でしたね。」
真理は、その夢の内容に心当たりがあった。手を差し伸べられた、ずっと寂しかった相手は誰だか知っている。でも、それは……。
「お、目ぇ覚めたか?」
「モア!有難う。手当てをしてくれて!」
モアは緑珠の元気そうな顔を見つめると、本来の貢献人達を示唆する。
「いやいや、私は当然のこと……何て言う間もなく、其処の二人に礼をしとけ。片方は血塗れでお前を庇って、片方は次元が不安定なのに連れ帰った奴等だ。」
緑珠は目を見開くと、真理とイブキに深々とお辞儀をした。
「何があったのか、あんまりよく覚えていないのだけれど……有難うね。」
そして、その喜色満面の笑みのまま、首だけ動かしてイブキを見つめる。
「……ふふふ、其処の。」
「な、名前も呼んでもらえないなんて……。」
くくくっ、と首を日本人形の様に傾けて、緑珠のお説教が始まる。
「多少の無茶なら私も許します。私を守る為ですからね。けれど、『血塗れ』?ねぇ、『血塗れ』?」
「け、敬語になってるぞ……。」
緑珠の威圧から逃れるが如く、イブキは緑珠から目を逸らす。
「ははは、何の事やら……血塗れって、チャップでも浴びたんじゃないですか?」
「ケチャップの出処が分かれば許しましょう。」
で、と緑珠は威圧を益々増しながら、イブキへと問いかけた。
「ケチャップは何処から出てきたんですか?」
とうとう追い詰められたイブキが音を上げる。
「すいませんケチャップじゃなくて普通に血に塗れました!」
「宜しい。……じゃあ、お約束通り……私も傷を付けようかしらね。」
「た、頼むからっ、それだけは待ってくださいぃぃぃぃぃぃ!」
珍しく絶叫しているイブキと、それを軽々しく避ける緑珠。モアは楽しそうな様子にくすりと笑った。
「ははは、仲が良いな。二人共。」
「ありゃ仲が良いのか何なのか……。」
肩を竦めた真理は、狭い所で暴れふためく二人を苦く見る。モアは二人に声をかけた。
「ほら、もう動くからあんまり暴れんな。……此処からは無法地帯だ。何があるか分からないからな!」
「りょ、りょくしりあさまの、白いだいりせきのようなお腕に、き、傷が……。」
「ふふ、甘いわよイブキ。」
イブキは半泣きになりながら緑珠の腕を掴む。何時の間にかイブキは元の名前を呼んでいた。
同刻。
「……。」
其れは、蒼く輝くやたら機械的な羽を用いて、ノルテ・カーリン帝国の目玉、時計台の先端へと座り込む。
『良いですか。まもなく、世に仇なす者がやって来ます。必ず殺しなさい。貴女の敵になる者です。そうすれば貴女の望みも叶えられる事でしょう。』
「……御意。」
ミルゼンクリアの声が、酷く静かな昼間に響く。機械的な……仮に機械人形としておこう。正にその言葉はその容貌に相応しい言葉だ。その機械人形は、立ち上がって静まり返った霧の深い街を望む。
「……間もなく。間もなく、『ラプラスの魔物』を成敗する事が出来る。私を縛り付けた、あの魔物を。私がどれだけ待ち焦がれた事か……。」
機械人形の髪が冷たい風にはためく。機械人形の髪は白いが、軽くミントの香りが香るように、薄く薄く緑だ。身体は至る所が機械で出来ており、髪飾りは懐中時計、片手には機械で塗れた剣がある。
「あ……。」
機械人形は小さく声を上げると、帝国の向う側の城壁を眺めた。所々、己の作った結界に亀裂が入っている。
「くっ……あの創造神に、まだ私は恐れをなしているというのか……憎い、憎いぞ!」
そうやって憎しみを叫ぶと、亀裂が入った結界は元に戻った。バサ、と翼の音が鳴る。
「必ず、必ず、倒してみせる。ミルゼンクリア様の御命令でもある。必ず、彼奴を倒して……。」
ふわ、と優しく翼は。機械人形を、彼女を包み込んだ。
「……私に、永遠の死を。」
同刻。そして地獄。
「ひゅっ、彪川様ぁ!」
全ての者の終着点、死の国にて今日も変わらず声が響く。彪川と呼ばれたチャラそうな二本角の鬼は、優しく返した。
「んー?どうしたっスか?何かまた問題でも……。」
「え、閻魔大王が働いてくれないんです!」
彪川は不思議そうに首を傾げる。
「大王が仕事をしないなんて何時もの事じゃないっスか。何を今更……。」
それが!と走って来た鬼に彪川は言われる。
「彪川様っ、忘れたんですか!閻魔大王はもう一週間以上仕事をしてないんですよ!」
「……え〜……それオレに関係あるっスか……?」
「第一補佐官がそれじゃ駄目ですよ!そんなんだから皇子に怒られるんです!兎に角此方へ!」
「お、おぉ?」
彪川は部下に手を引っ張られると、閻魔大王の部屋の前へと連れて行かれる。兎に角来た以上にはやらなければならない。こほん、と咳払いをして、こんこん、と扉を叩く。
「閻魔大王〜?お仕事してないとお聞きしましたが……。」
『うちはせぇへんで!』
くぐもった叫び声が大扉の向こうからして、彪川は渋々問うた。
「と、兎に角入っても宜しいですか?」
返答は無いが、まぁ良いのだろう。がちゃんと扉を開けて部屋に入ると、玩具が辺りに散乱している。大きな部屋に、小さな背中が一つ。振り返るもせずに彪川へと言った。カチャ、カチャ、と玩具の擦れ合う音がする。
「う、うわぁ……これは……。」
「うちもー閻魔やりとーないし。普通の獄炎 閻羅に戻るし。」
「大王はどう足掻いたって名前が閻魔ですよ……。と言うか本当に名前が痛いッスね……。」
「もう閻魔嫌や。めんどくさい。誰か代理にたてとい、てっ!」
閻魔はぐいぐいと彪川を扉の向こう側まで押す。呆気に取られて力も込めていない彪川が負けるのは簡単で。
バタンっ!
勢いよく、扉が閉められる。
「まっ、参ったッスねぇ……これどうするんだが……。」
「どうしましょうか……。」
彪川の脳裏には、とある人物がよぎった。絶対に断られるだろうが、案外ノリにノッて助けてくれるかもしれない。
「んー……暫く地獄を後にするっス!後は宜しく頼んだッスよー!」
部下が止めるのも聞かずに、彪川は大きな糸切り鋏を担ぐと、直ぐに姿が見えなくなってしまった。
「ふー……無法地帯、ね……。」
緑珠が感慨深く、馬車から窓を覗くその隣
で、イブキはまだ腕の傷を怖々と見つめている。それを無視して緑珠はモアへと問うた。
「ねぇ、どうして此処は無法地帯なの?何理由があるのでしょう?」
その質問を待ってましたと言わんばかりに、モアは解説を始める。
「元々ここら辺一体はな、様々な民族が住んでいて……その内の一つの民族が強くなり、帝国を作った。その際に他の民族も出来るだけ併合したんだが……。」
殺し合いをしている隣をなるべく目立たない様に馬車は通り抜ける。
「やっぱり、抵抗する民族も居てな。その民族達はある程度仲良くしていたんだが、領地か何かで争い始めたんだ。そうしたら其処らのギャング達も悪ノリして……。一度はノルテが止めたんだが、余計悪化しちまってさ。此処じゃ毎日百人近く死ぬらしい。」
緑珠はそれを聞いて身震いした。
「うう……地上にはそんな怖い所もあるのね……。」
「……そうですね。」
イブキが平然と返すと、緑珠は少し膨れっ面になる。
「あ、今ちょっと『怯えてる顔可愛いな』とか思ったでしょー!」
むにゅむにゅと緑珠はイブキのほっぺたを引っ張る。そんな長閑な雰囲気が、殺伐とした戦場に転がっていった。
次回予告!
新キャラが登場!ヒント!伊吹は何処の国の王子に当たるか!?そして新キャラと仲良くなる緑珠!そして、伊吹の複雑な境地……!新たな展開が、千年怪奇譚を迎える!




