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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第四章 最終決戦月面戦争 新帝都
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 32 秘密と言葉


明かされる緑珠の出生。そして、麗羅の心情。伊吹の言葉。真理の達観。全てが混ざり合い、清廉な月の不浄たる人間関係を浮き彫りにしていく。

薄暗い神棚の部屋。少しだけ、檜の香りが胸に優しい。イブキが恐る恐る麗羅へと問うた。


「こんな……国事行為をする部屋に、我等の様な者を通しても構わないのですか?」


イブキの質問に、くすくすと麗羅は笑う。


「国事行為をする様な部屋だからこそ、良いのですよ。誰も部屋に入って来ませんし、葉月に言ってこの辺りを通る事を禁止しましたから、この話が外部に漏れる事はありません。」


「……御配慮、感謝致します。」


緑珠が深々と頭を下げると、麗羅は薄く開けていた瞼を閉じてゆっくりと思い出す。


「懐かしいですね。もうあれは、二十年以上前の話です……。」














二十五年前。


あの暑くて、芽生えの春が終わった頃。生命が、息づく全てのものが生を全うする季節。初夏の日に、私は貴女の母親に会いました……。





「ほらほら、今日も新鮮な野菜が手に入ったよ!」


「いやいや、こっちの魚の方が美味しいよ!奥さん、夕飯は魚にしときな!」


「何だとぉ?野菜が身体に良いぞ!」


「魚の方が頭が良くなる!」


「ならどっちも買って行くよ。ありがとね。」


「まいどー!」


そんな優しい掛け合いが飛び交う市場に、私は居ました。……端的に言うと、お仕事をさぼって辺りを闊歩していたのです。


市女笠いちめがさは日を隠してくれますが、滲む様な暑さを身に染みて感じたのを覚えています。


「今日も我が国は安泰っと……!しかし、魚の出入りが悪いのが気になります。少し輸入してみようかしら……。」


葉月に言わせれば、『市場調査など下の者に任せれば良いのです』、らしいのですが、どうしても私は目で見ないと信じられない頑固者ですから、先代の補佐官も困らせていました。


「ふふふ、こんなに幸せな国民を見ると安心します。これからも頑張りましょう。」


私は独り言を言いながら朝市を抜けました。疲れたので、田畑が良く見える場所へと腰を下ろしたのを覚えています。


あぁ、懐かしい。あの日、あの瞬間、薄い灰色の髪をした淑女が楽しそうな声を上げていました。


「やっぱ地上は良いわね!最初は毛嫌いしてたけど、あんな土と石しか無い月面よりはずっと良いわ!」


こう様!もう帰りましょう!こんな所に居ては身体が穢れてしまいます!」


お付きの侍女が、翠の瞳をした、銀灰色ぎんかいしょくの髪の淑女を止めています。しかし、その淑女は止まること無く、無遠慮にずんずんと歩いて行きました。


片手に本を抱えて。私は私とバレないように市女笠深く顔を隠しながら、前の二人の面白い会話を聞きました。


「あっそ、じゃあ一人で帰ったら?それでお父様に怒られたら?クビになったら?」


「ぐっ……。」


(お父様……何か有名なご令嬢なのでしょうか……どうやら月の方の様ですし……。)


私は心の中でそう思いました。淑女はざっくざっくと侍女の心を抉り倒していきます。その言い方が面白いったらありません。


「で、それであたしは泣くの。そうしたら貴女はもうクビにな」


「着いていきます着いていきますよ!ったく、何で私がお嬢様と仲が良いことになってんだか……。」


「そうそう!貴女のそう言う所大好きなのよ!はっきり言ってくれた方があたしだって良いんだから!ほら行くよ!いやぁ、文明が酷く遅れて汚れだらけの地上とか聞いて渋々来たけど、随分といいところじゃない!」


「香様が月面上の本を全て読まれるからではないですか……。」


侍女は呆れ腐って銀灰色の淑女に言っていました。


「まぁ……それはそれ、これはこれ?」


「全くもう……。」


微笑ましい会話の後に残ったのは、金環のかんざしでした。淑女は髪から簪を落としてしまったのです。私は思いがけず声をかけました。


「あ、あの、簪を落としましたよ?」


手に簪を乗せて差し出すと、淑女は不思議そうに私の顔を覗き込みました。それに比例して私はどんどん顔を伏せてしまいました。


「……もしかして……。」


「行きましょう香様!簪を拾って下さって、有難う御座います。旅のお方。」


侍女は私に礼をするとそそくさと行こうとしました、が。


「御顔をお上げ下さい。」


「香様、何を……。」


侍女の言葉を前の淑女は叱責しました。


「無粋よ、黙りなさい。……どうぞ、御顔をお上げ下さい。……御手洗 麗羅 神巫女天皇陛下。貴女様が我等に顔を伏せる必要はありません。ですからどうぞ、御顔をお上げ下さい。」


彼女の言葉に、最初は度肝を抜かれました。


「ははは、ななななな、何をおっひゃっていらっしゃるのやら……。」


「私にも分かりましたよ、香様。明らかにこの方は……この慌てぶりはっ!」


淑女は軽く笑いながら顔を顰めて私に言いました。


「陛下は少し嘘が上手くなる必要がありますね。……嘘なんて、上手くなる必要無いんだけど。でも……陛下が同い年そうで良かったわ。あ、でも……百年前の文献にも同じ名前が……いえ、あれは……あれ、あれ?」


一人で思考に耽っている淑女……もとい香を、私はきっと面白そうな顔で眺めていたに違いありません。


「ええっと……香、でしたか。私はこう見えて軽く千歳近く生きているのですよ。」


香は驚いて、また思考に耽っていました。手元の本をペラペラと捲りながら。


「ええっ!千歳!……それにしても容姿の変化が無い……細胞の劣化が無いのか……?しかし魔法にも限度があるはず……それとも身体の時間が止まっている?それでも食べ物を食べてしまうと食べ物の時間で進んでしまう。よし、今度の研究対象に………………あ……。」


香は本の背表紙をなぞりながら、私へと尋ねました。それは最早、答えを知っている様で、ただの確認の為に問うている様な口振りでした。


「もしかして、神、または高次元の存在に寿命を取られている?」


心が揺さぶられるほどの驚きでした。私の寿命のことを、直ぐに当てられるなんて。


「……え、えぇ……そうです。……凄いのですね、香は。苗字をお伺いしても?」


あぁ、すみません、と香は謝ると、着物の裾を掴んで礼をしました。


「あたしの名前は香。華楼閣かろうかく こうと申します。月面の『日栄帝国』に住む、華楼閣家の長女に御座います。」











前半の回想を終えて、麗羅は懐かしそうに続ける。


「其処から私達は仲良くなりました。香は何時も面白い話をするのです。『かおる』と書いて『こう』と読むので、男の子っぽいって言われるのが嫌だとか、自身の手に持っている本の話だとか。その本は彼女自身が作った自分特製の辞書だとか。……それと、自身が北狄と地上人の混血だとか。」


緑珠が身を乗りだして麗羅へと叫ぶ。


「ほ、北狄と、地上人の、混血……では、私は……!」


彼女の言葉を麗羅は頷きながら続けた。


「ええ。貴女は地上人と北狄と日栄人のあいだに産まれた子供。……ですから、北狄が貴女を狙うのも無理は無いです。なにせ名誉ある血筋なのですから。北狄、日栄、地上、何処の国でも王位に付く事が出来る。」


イブキは麗羅の言葉を反芻して、北狄達の言動を納得した。


「成程……北狄達が『取り戻す』と言っていたのは、香様と緑珠様の事だったのですね……!倶利伽羅が狙った理由がやっと理解できました。」


緑珠が麗羅へと逆接の言葉を放つ。


「しかし、地上人と北狄なら、日栄帝国に住むなど不可能なのでは?」


うんうん、と優しく麗羅は緑珠の質問へと答える。


「そうですね。緑珠の言う通りです。しかし、華楼閣の家は学問の家。『賢者』という言葉が相応しい知恵者の家だったのです。宮廷にも務めて居たので、そのよしみで月面に住んでいたようでした。」


麗羅は少し顔の表情をしぼめると、


「……これから話すことは、そう明るくは無いのですが……。」











それから私達は、度々会いました。その度に日が明け暮れるまで楽しく他愛ない話をしたものです。


香の来訪がすっかり楽しみになっていた私は、ある時手紙を貰いました。


其処には、自身が結婚すること、


その相手が日栄帝国 第一皇子の李烏山だと言うこと、


出会いは、両親が仕事で宮廷に行く際、其処で出会った青年と語り合ったのが始まりだということ、


以前よりも来訪が難しくなってしまうが、手紙を渡すことが楽しく綴られていました。


其処からはもう、毎日が楽しみでした。一ヶ月に数回のペースで手紙が来るので、疲れた日に香の手紙を貰った時等は、天にも昇るような気持ちでわくわくしながら読んだものです。



そして、香が亡くなる丁度一ヶ月前の事でした。胸を踊らせながら手紙を開けて、楽しい内容が書かれていました。最後に書かれた、あの一行を除いては。



『それではこれにて。 敬具


追伸 もし私に何かあれば、


私の娘を宜しく頼みます。』



その時、背筋が凍るような感覚に襲われました。勿論、香の言い方は明らかに自分が死んでしまうというのが分かっているような口振りだったのもありますが、


逃れられない運命を、ありのまま受け止めて諦めきっている様にも思えたのです。


その手紙の中には優しく笑う、香と李烏山殿と緑珠。貴女が写っている写真もはいっていました。


それが本当になって、私が知ったのは、手紙が届かなくなって半年経ったある日の事でした。その日は妙に静かで、風が廊下を歩いている様な音が聞こえたものです。


「麗羅様、来訪者です。使節の者だそうです。」


私はその時、てっきりその使節が香だと勘違いしていました。あの香の事ですから、それくらいのサプライズは仕出かして来そうだと思ったのです。


「香!お久しぶり……。」


しかし、入って来たのは淡い紅真珠の髪を持った、病弱そうな淑女でした。私の声を聞いて、淑女は悲しそうに笑います。


「あぁ……本当に姉の事を御存知だったのですね。お初にお目にかかります、私の名前は華楼閣かろうかく 南桃みなも。我が亡き姉、香の妹にあたります。」


『我が亡き姉』、という言葉に私は絶句してしまいました。本当に、彼女の言葉は本当になってしまったのです。


南桃から香のことを詳しく聞きました。元から香は病弱で、緑珠の出産も危ぶまれていたこと。暫くは持っていたが、結局は死んでしまったこと、それを聞きました。




……それは宮殿が妙に静かな、秋の日の事でした。












「私が知り得るのはここまでです。結局公表する前に香が死んだので、第一王妃の座には南桃がつきました。その家の存在さえ、消えてしまいましたが……南桃も度々手紙を送って来ましたが、幸せそうでした。」


くすくす、と麗羅は笑って昔日を懐かしむ。


「香は何でも利便性を求める人でしたから、自身の名前に至ってもそうでした。宮中では『かおる』でも『こう』でも何でもいいと。最初は『香妃かおるのきさき』と呼んでいたのも『長いわ!』って理由で『香妃こうひ』と呼ばせたり。……あの人が居れば、貴女はまだ幸せに日栄帝国で過ごせていたかもしれませんね。」


緑珠は麗羅の話がぐるぐると頭の中で回っている。南桃は、母親では無いのだ。叔母に当たる存在となる。


「私は聞きたいのです、緑珠。これ程無粋な質問は無いと、重々承知しています。答えたくなかったら答えなくとも、怒りたかったら怒っても良いのです。」


麗羅は糸目だった目を開いて、苦々しく緑珠へと問う。


「……貴女の母親は、何方どちらですか?産みの母親を選ぶのか。育ての母親を選ぶのか。」


「それは……。」


「これは決めるべきです。……でなければ、きっと貴女は貴女を見失ってしまう。」


駄目だ、これは答えが出ない。単純な数学なんかじゃ、無い。物事を簡単に、こんな重大なことを簡単に見ることなど、出来ない。だって何方も母親なのだ。分からない、駄目だ、このままじゃ、


「緑珠様。」


目が異形の物と化している緑珠に、イブキがぎゅっ、と緑珠の手を握って、顔を覗き込み優しく微笑む。


「緑珠様、大丈夫ですよ。ゆっくり息を吸って。……貴女の心の中にある、素朴な答えを見つければ良いんです。」


緑珠は肩の力を抜くと、恐る恐る口を開いた。


「わ、わ、私の母親は……。」


ゆらり、炎が揺らめく。


「……やっぱり……南桃様です。香様が私を産んだとしても……その大切さを説いたのは、南桃様ですから。」


緑珠の答えに、麗羅は何一つとして答えない。答えられるものではないからだ。


「……そうですか。」


と、ただ一言だけ、麗羅は言った。その時巫女がどんな顔をしていたのかは、誰一人として知らない。








次回予告!



続いていく、緑珠達の物語。しかし、麗羅は本当の事を言わなかった。大国の女帝が出した結論と、紅葉に溶けゆく真実。これは、真実のお話。緑珠の出生の秘密の、もっと奥底にある秘密。

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