ラプラスの魔物 千年怪奇譚 31 緑珠の秘密
緑珠は自身の出生の秘密を探るため、御稜威帝国へと足を進める。そして、そこで明かされる真実とは?イブキが緑珠を監禁したりする、そんな話!
「麗羅様。御政務は終わりましたよ?」
「ええ、そうですね。」
「ならば、部屋でお休みに……。」
「まだ少し、此処に居ます。」
秋の夕風が身体に染みる。紅と紫檀が遠き地平線で混ざりあっていた。間も無く、夜の帳が降りる。
麗羅は大木にぴったりとくっついている宮殿の木製のベランダで、暮れ行く其の国を見た。
「お身体に障りますよ。」
銀髪を靡かせ、麗羅の補佐官 葉月は引き続き声をかける。
「そうですねぇ、『お身体に障ります』よねぇ。」
「……おちょくらないで頂けます?」
「ふふふ、もう直ぐで部屋に帰りますから。貴方も一緒に居て下さい。」
「黄昏ておいでなら」
「来ました。」
糸目だった瞳をすうっと開けて、彼の人の来訪を感じる。
「来ましたって……使節が来るという連絡はありませんが?」
「ええ、そうです。使節ではありません。私への、来訪者です。」
「……?」
「とうとう知る事になってしまったのですね。……願わくば、貴女の真実を知らせずに済むと、そうずっと願っていましたが。」
さて、と麗羅は微笑みながら葉月の方へと振り向いた。
「来訪者に歓迎の準備を。」
「ふう。やっと着いたわ。何とか真理の移動魔法で日が暮れるまでには着けたわね。」
「何であんなに結界強かったんだろう……。」
真理は独り言を呟いて、緑珠は夕方の匂いを嗅ぎながら足を進める。ざく、ざく、と土の音が楽しい。
「今日は宿に泊まりましょう。……そう言えば、宿に泊まるのって初めてね。」
「そうですね。今の今まで色んな王様に良くしてもらっていましたから。」
「さて、と。何処に泊まろ」
「緑珠!お久しぶりです!またこの国に来てくれたのですね!」
緑珠の声を遮るように、麗羅が勢いよく声を出した。
「れ、麗羅様!またお会いし」
「さぁさぁ上がっていきなさい!歓迎の準備をしていたのですよ!」
色々と不自然である。行動も、声も若干裏返っている有様だ。
「えっちょ、ちょっと!」
「さぁさぁ参りましょう!ね!ほら!」
「ちょ、ちょっと……い、イブキ助けて!」
麗羅の挙動不審な行動に、緑珠が二人に救難信号を送った。
「いや、流石に……。」
「ねぇ?伊吹君。」
真理はひょい、と緑珠を引っ張ると、にこにことしている麗羅を見つめる。
「ちょっと、不自然が過ぎるよ?」
「ふふふふふふふふ。何を言ってるのやら。」
「麗羅様。流石に僕もそう思います。」
麗羅は三人に言われて冷や汗を大量にかく。緩んだ手から、緑珠は麗羅の手を離した。
「そうですよ、麗羅様。」
「緑珠は私に敬語を使うな、と言ったでしょう。」
きっ、と麗羅に睨まれて緑珠は戦いた。
「ええっと……はい……じゃなくてそうね。そうで……そうよね。」
緑珠は真剣に麗羅へと問う。
「教えて……頂戴。私の母親のことを。貴女は知っているのでしょう。私の、母親の事を。」
麗羅の巫女装束の五色の紐が、ゆるゆると揺れる。
「……ええ、存じて居ますよ。香の事ですね。」
先程の挙動不審からうってかわって、麗羅は緑珠を見つめたままだ。
「こう……それが私の母親の名前なの!?」
「……そう、ですよ。」
もしかして、と緑珠は懐から写真を取り出す。女と、男と、小さな赤子が写っている写真だ。麗羅はそれを受け取ると、ぽろぽろと涙を流す。
「あ、あぁ……こんな写真が、まだ……全て無くなったと、そう思っていたのに……緑珠、私も同じ物を持っています。……それにしても、これは?何処で手に入れたのですか?華楼閣家にまつわるものは皆無くなったと聞いたのに……。」
「か、かろうかくけ……それが、母親の苗字……。」
麗羅は覚悟を決めたように、緑珠へと言った。
「……貴女には何時か、全てを話さねばならないという事は分かっていました。しかし……少し、待って頂けませんか。その間の衣食住に関しては全て私が持ちます。」
「ええっ!?麗羅様、それは悪いわ!だって、私は今、何も無いのに……!」
「それでは私の我儘、という事で。……それでは駄目ですか?」
少し苦く笑いながら、麗羅は緑珠へと、苦々しく問うた。
「……我儘……そうね、分かったわ。城へ行きましょう。」
宵闇が生い茂る夜の中、緑珠はぽつ、ぽつ、と暖かい光が灯る国を眺めていた。遠くからは麗羅を叱責する葉月の怒号が聞こえる。恐らく黙って出てきたのだろう。
「お母様……。」
ずっと、母親は 日栄帝国 第一王妃 南桃だと思っていた。しかし、その存在が今、根底から覆ろうとしている。
「緑珠様。」
「あらイブキ。………えっと、……。」
言葉は喉で突っかかる。何を言おうとしても音に出来ない。何時もなら緑珠自身でも呆れるほど饒舌なのに。
「えっと……。」
「嫌なら無理に話さなくても良いですよ?」
目の前で笑う相手に、嫌悪、という感情は無い。ただ、一つ聞きたいことがあるだけだ。
「ねぇイブキ。」
「どうなさいました?」
何時も通りの笑みを浮かべて、イブキは緑珠に問う。
「ねぇイブキ。あのね、あの、もし私が……誰の娘であっても、それでも着いてきてくれる?」
イブキは一瞬だけ驚いた顔をすると、直ぐにくすくすと笑った。冷風が頬に刺す。
「ふふ、ふふふ。」
「何笑ってんのよ、私は真剣に」
「誰の娘であっても、緑珠様は緑珠様ですよ。……少し考えすぎでは?」
緑珠はイブキの一言に、はっと胸を突かれた。そうだ、そうなのだ。ずっと、血の繋がりに、彼女は囚われ続けていたのだ。
「誰の娘であっても、何処とも知れぬ馬の骨の娘であっても、貴女は貴女です。誰かが産んだことなんて、どうでも良いじゃありませんか。僕は貴女、が好きなのだから。大切な事は今、貴女が此処に居る事。僕の目の前に居て下さる事が、何よりも幸せなことではありませんか?」
緑珠は何かが吹っ切れた音が頭の奥で聞こえた様な気がした。そして、態とらしく腕を組んで笑う。
「……あら、随分と良いこと言うじゃない?」
「吹っ切れて下さって何よりですよ。さぁ、もう寝ましょう。何時起こされるか分からないですからね。」
イブキの一言に、緑珠は思いっ切り笑った。
「……えぇ、そうね!」
彼の言葉を、反芻する様に。
翌日。
「ふふふふふふふふ。本当にいいザマですねぇ、緑珠様?」
「ひぃぃぃぃ……やばいやばい、これすっごくやばいわ!」
薄暗い部屋の中、イブキの愉悦の笑いが広がる。しゃん、と重い鎖の音。
「両手首拘束されてどんな気持ちですか?僕はそれはもう最高の気持ちなんですが。」
「くっ……此処で私の威厳を損なうわけには……。」
「暴れないで下さいね。傷がつきますし……。それ用意するのに割と時間かかったんですから。」
「割と直ぐに持って来た奴に言われたか無いわよ。」
ふふ、と緑珠もイブキに嗤い返す。
「イブキ、私の力を忘れていなくて?『手錠よ、消えろ』!」
緑珠は『言霊使役』の力、即ち『言った事が本当になる力』を駆使して、重い手錠を消した。が、
「勿論、忘れているわけ無いでしょう。ですので……。」
イブキは逃げ出そうとした緑珠を押し倒して馬乗りになる。
「流石に消されたのは心外でした。……ですが、そろそろお縄に付いた方が良いと存じますが?」
「うぅ……!離せ離せ!」
緑珠のバタバタ暴れる手をイブキは地面に縫い付ける。
「駄目です、絶対に離しません。逃がしません。お使いになられないんですか?緑珠様の力は。」
「!」
緑珠の驚愕の顔を見ると、神算鬼謀のイブキは直ぐに憎たらしい笑顔を作る。それはもう、一発顔面に食らわしたいくらいの笑顔だ。
「……あぁ、成程。『使えない』のか。」
「ぐっ……バレてしまった……。」
緑珠の落胆した表情を楽しむが如く、イブキは淡々と説明した。
「蓬泉院様の『存在滅却』の力とは少々違うんですね。あれは言わば『隠す』魔法だ。それの存在を、世界から無かったことに出来る、言わば概念の書き換え。それに対して緑珠様の力は『本当に無に帰してしまう』力なんですね。とても良いことを聞きました。なら……僕を消さないのは……。」
「う、うう……。」
ぐすぐすと半泣きの緑珠を眺めながら、イブキはゆっくりと嗤う。
「心底嬉しいですねぇ。……まぁとにかく、ヤラせて下さいよ。ね?」
「『ね?』じゃない!絶対に痛いもの!嫌よ!」
緑珠は赤子の様にバタバタ暴れながら叫んだ。
「掻き毟った虫刺されの後にムヒを塗るなんて、貴方頭がどうにかしてるわ!」
「どうせ僕が離した瞬間にまた掻き毟るんだったら今ここで終止符を打つべきですよ!」
大の大人の二人が、とんでもなくしょうむない事でこんな体勢になっている。
「嫌!嫌よ!」
「僕は私物の手錠が無くなったのが一番嫌です!」
「あれ私物だったの!?あったまおっかしいんじゃない!?」
とんでもないイブキの一言に、緑珠は訝しげに眉をひそめた。
「あの手錠、本当の罪人手錠だったんですよ。暴れると傷がつきます。」
「そ、そうなの……?」
緑珠はイブキの当然の説明についていけない。
「中には手首を切って逃げる奴も居ましたけど……ほら、手錠の内側に小さな刃が付いてるんです。それが、腕にてん、てん、てん、って……。」
つつつ、と緑珠の手首に緩やかに触れる。
「最高にゾクゾクしません?」
「しません!する訳ないでしょこの変態!」
暴れ倒している緑珠の片手で抑えながら、イブキは淡々と返した。
「褒め言葉です。男は皆変態ですよ。」
「貴方に言われたくない人もきっと居るわよ。」
まぁまぁ、とイブキは緑珠を窘める。そろそろ、時間だ。
「そういう訳でさっさと塗りましょうよ。」
「嫌!痛いのは嫌よ!沁みるじゃない!」
イブキはバタつく緑珠の腕から手を離すと、馬乗りになりながら手を組む。
「にしてもびっくりしました。何で血がついているのかと……今月は生理もまだなのに……終わったばっかりですよね?」
「……あ、あ、あ、あ、貴方……何時か言うとは、思っていたけれど……。」
震えた緑珠は顔面蒼白でイブキへと問う。
「何故、私のその、周期を知ってるの……。」
うーん、とイブキは考えると、余りにも美しい、清々しい笑顔で答えた。
「そうですね、ずっと一緒に居れば分かるというか。」
緑珠は心の中にある思いを目の前のイブキにぶちまける。
「……こ、怖い……で、それで、その後『貴女の事なら貴女以上に知ってますよ』って言うんでしょう?」
「おや、先に言われてしまいました。……さぁ、観念して下さい。と言うか泣き叫べ。縋り付いて助けてと『懇願』して下さい。」
イブキは若干紅潮した頬を覗かせる。それを見た緑珠は叫ぶ、叫ぶ。
「本性表したわよこの変態!助けて!」
その途端、がら、と緑珠の部屋の扉が開く。
「緑珠、朝だよって……そっか、そうなったのか……。」
真理の諦観した声が響く。
「チッ、邪魔が入りました。」
「邪魔じゃない!助けて真理!」
イブキは緑珠の上固定で真理へと振り返る。
「とうとう事に及んだかと思ったよ。」
「まぁ時間の問題でしたけどね。」
「時間の問題にされても困るわ……。」
真理は怪訝そうな顔つきでイブキを見る。
「このやることなすこと十八禁野郎は……。」
「僕は別に十八禁野郎ではありません。」
緑珠はイブキが真理と受け答えを交わしている最中に、魔法を飛ばす。
「隙ありっ!『ムヒよ消えろ!』」
イブキの手に持っていたムヒが綺麗に消えると、緑珠はふふんと笑う。ゆるゆると、起き上がることは叶わないが、それでも勝利は此方のものだ。
「ふふ、油断したわね。全く。私に敵うと思ったら大間違いよ!この不敬、どうとるつもり?」
真理が益々怪訝そうに勝ち誇った緑珠を見つめる。
「いや、僕の過去視が正しければ、正しくないはず無いんだけど……あれ、『沁みないタイプのムヒ』だった気が……。」
自信満々だった緑珠の顔色が、それを聞いてどんどん顔が青くなっていく。
「へっ……う、う、嘘でしょ……?い、イブキ、騙したの……?」
少し俯いていたイブキが顔を上げる。完璧に人を喰い物にする顔だ。
「別に、騙していませんよ?緑珠様が『勝手』に、『判断』して、『勝手』に『消した』だけじゃないですかぁ?」
しかし緑珠はイブキの舐め腐った言葉を受け取りながら、反論を投げた。
「あ、あ、あ、あ……で、でも、私はムヒを消したのよ!だから塗られることは」
「僕がムヒを一本しか持ってないなんて、何時言いました?言ったなら聞かせて貰いたいですねぇ?」
イブキのただひたすらの下衆い発言に、緑珠は悔しそうに叫ぶ。
「……こんの、下衆野郎!」
「そうそう、その顔ずっとしてて下さいよ。……やりがいが無くなる。」
歪んだ口角を隠さずに、イブキはムヒの蓋を外した。
「あわ……。」
「さぁ観念なさい!」
イブキはそう言うと一気に緑珠の腕を掴んで、虫刺されの患部を抉り塗る。
「い、いた、い、し、しみるうううううううう!」
「……そんなに沁みます?」
余りの痛みに悶絶している緑珠の上からイブキは退くと、またもや扉が開いた。
「あら、朝から賑やかだと思ったら……皆さんお揃いだったのですね。」
麗羅が白妙の袖で口を隠して笑うと、直ぐに悲しそうに笑みを浮かべる。
「もう決めました。私は貴女に、貴女の母親の話をします。……しかし……人様の母親の話をすると言うのに、こんな不謹慎な言葉を言うのも何ですが、本当に良くある話なのです。……宮廷では本当に良くある話なのですよ。」
緑珠の顔に、思わしき感情たる表情が浮かんでいたのだろうか。それを読み取ったらしく、麗羅は続ける。
「……自身の事が分かってしまうなんて、そんな悲しいことを思わないで下さい。貴女は皇女である前に、普通の女の子なのですから。……さぁ、お話します。全ての事を。貴女の、出世と母親について。私の知る限りの、少ないことを。」
緑珠は、麗羅の話を聞いて、心の底から一つ、思った。
(何で私の体勢を誰も何も言わないの……?)
と。
次回予告!
明かされる緑珠の出生。そして、麗羅の心情。伊吹の言葉。真理の達観。全てが混ざり合い、清廉な月の不浄たる人間関係を浮き彫りにしていく。




