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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第四章 最終決戦月面戦争 新帝都
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 29 禍神と蝶

『良くないもの』を引き寄せてしまった緑珠。そして、それを止めに入るイブキ。彼女を救うために、イブキが命を懸けて緑珠を制する!次回!『緑珠死す!』え?主人公死んでない!?ネタバレしてない?……城○内も死んだし、そんなものだよ!

其処には、異世界が広がっていた。薄く淡く光る草木が生い茂り、様々な美しい生き物がいる。広い。とにかく広い。先程の薄暗い、狭い寝室とは大違いだ。


「これは……何だ……?」


『貴方は、黒いの?』


能面の様な顔と、瞳を持った『何か』の声が聞こえる。そして、子供の様に問うた。


「『黒い』……?」


『黒いのは、要らない。私はそれが怖い。』


「緑珠様……?」


遠くに佇む緑珠は、緑珠の声で、姿で。しかし緑珠では無い。


『私は❛緑珠様❜なんかじゃない!❛鬼門の多聞天❜!』


「な、な、何故その名前を……何故貴女が知る筈のない名を知っている!?」


平静を装うはずだったイブキは、予想外の言葉に身体が行動を裏切る。


『あたしは、アタイは❛緑珠様❜なんかじゃない!違うの!俺は違う!』


確かに声は緑珠だ。何時も通りの何かを見通した、悲しくも鈴のような声。先程から一人称がコロコロと変わり、声はそんな流麗な異空間の置くから谺響こだまする。


『貴方もきっと黒いの!黒いのは怖い!嫌なの!』


そして、死刑宣告が下される。


『 死 ん で ! 』


『死んで』、と言われて容易く死ぬ訳にはいかない。軽く手をかけていた障子の隙間を開けて出ようとする、が。


「あ、開かない……。」


よく見るゾンビパンデミック系の映画の死ぬ役はこんな気持ちなのかと、イブキは世界の果てまで染み渡る程どうでもいい事を思い浮かべながら、蝶の斬撃を避ける。


「しかし、これはまた……。」


緩い攻撃は避けるに限る。


「美しい、ですねぇ。」


胸元から出した短刀を差し込むと、声のする方へと向かう。


「りょく……いえ、緑珠様では無いのなら、貴女は何とお呼びすれば良いのですか?」


『あたしは、おれは、妾は……。』


思考するために、一拍置いて。声色が気の強い女のものへと変わる。そして姿が現れた。


『……いや、我はありとあらゆる不浄を身に宿し者。伊邪那岐を父に持つ、❛八十禍津日神ヤソマガツヒノカミ❜である!遠き日ノ本の國に御座す、最凶の神也!』


「こりゃまた面倒臭い事になりしましたねぇ……。」


伊吹は正に余裕綽々と言った調子で、片眉を上げて臙脂色が麗しい女神の禍神へと笑う。


「さて、貴方は何用で?……とてつもなくどうでも良い理由なら今日の夕飯にしますよ。」


『ふん。たかが閻魔大王の王子が何を。我に敵うとでも思っているのか!』


「思う訳ないでしょうが。……僕はただ、緑珠様に戻って欲しいだけなのです。」


イブキは禍神を一蹴すると、問い直す。


『無理だ。』


「……はぁ?」


禍神はさも当たり前だ言うふうに答えると、臙脂の髪がひと房落ちた。


『あ……。』


「……良いですか。僕は、『緑珠様に戻って欲しい』、と言ったのです。次はその首を頂きます。そして夕飯の鍋にします。」


イブキはきん、と白鞘の短刀を禍神に向けると、先程の大袈裟な態度とは裏腹に、禍神は慌てて訂正する。


『ま、待て!怒るな怒るな!我とてここ迄の不浄の気は初めてなのだ!とにかく我の話を聞け!』


イブキは黙って短刀を下ろすと、話が通じたと感じて禍神は今までの折々の話をし始める。


『良いか。先刻も言った通り、我は遠き日ノ本國……大和ノ國に御座す神だ。数多の穢レ、不浄、兇行を操る神である。我の主な仕事は世界全体に溢れる❛苦しみ❜を、等しく分担する事。人は……いや、生きとし生けるものは皆苦しみが無ければならぬ。でなければ生きる意味が無い。』


そして、ととんでもなく不服そうに禍神は続けた。淡い珊瑚色の蝶と黒い蝶が光彩奪目こうさいだつもくと言った調子で揺蕩う。


『この世界から我も見た事も無い程の不浄を感じた。だから来てみると……そのまま飲み込まれてしまってな。』


「ポンコツ創造神に負けず劣らずポンコツですね。」


ふふふ、とイブキはこの場に居ない一柱の神と、目の前の禍神を嘲笑った。


『黙れ。我もこんな失態は初めてなのだ!』


「初めてばっかりですね。」


『それ程有り得ぬ事なのだ!こんな❛不幸❜で❛苦行❜で❛穢レ❜を持った奴は見たことも無い!今まで❛兇行❜に走らぬ方が凄いと言うものだ!』


禍神の一言に、イブキは短刀を落とした。言葉が、喉元に突き立てられる。


「……緑珠様は、そんなに苦しかったのですか。僕は、それに気付け無くて」


『黙れ小童こわっぱ。鬼如きが龍の心を図るでないぞ痴れ者め。』


「酷い言われようですね……でも僕は」


空中でふよふよと浮いている禍神は扇子で口を隠してニヤニヤ笑う。


『ふん。この龍の❛不幸❜の部分は本人すら認知出来て居らぬ部分だ。お前如きに測れるか。天秤にかけても出ぬものだぞ。だからこの娘は夢の世界を具現化した。』


イブキはさも楽しそうにくすくすと笑った。


「それは僕を励ましているのですか?禍神殿?」


『そんな訳あるか。……我の愛すべき日ノ本國にも、そんな気の良くて優しい莫迦共が大勢居るからな。既視感だ。さて、この様な戯け話ももう良い。お前はお前の主を助けろ。』


禍神は奥の草木のベッドで寝ている緑珠を指さした。周りからは少しずつ蝶が水の様に溢れている。


『あの蝶を蹴散らせ。あの蝶は娘の❛不幸❜の部分。あれを消せば少しは楽に生きれるだろう。』


「しかし……数が……。」


イブキは落とした短刀を拾い上げると、それを苦々しい思いで見つめる。


『其れくらいお前の仙才鬼才せんさいきさいの力で何とかしろ。内外聖王ないがいせいおうの主の為だ。』


「……分かり、ました。」


イブキは苦しく了解すると、短刀を持って走り出す。蝶は刺すと美しく散り、地へと還って逝く。


【あ、あぁぁ……助けて、黒いのは嫌なの、黒いのは、嫌。❛不幸❜は、穢レタ物はもう嫌なの!】


「……緑珠様……。」


緑珠の言葉は、きっと慟哭と取るべきなのだろう。しかしイブキには懺悔にしか聞こえない。何を謝っているのだろうか。


己が母親を殺した事だろうか。己が誘拐されたことで、他人に迷惑をかけたと思い込んでいるのだろうか。それよりも、嗚呼、僕は。


(貴女の事を、何も知らない。貴女の内側にあるものを、何も。)


『之は随分と重症だな。これでは蝶を殺しても何にもならぬ……何か、戻す為の力を……。』


「戻す為、ですか……。」


短刀の一振が、蝶を粉砕する。きらきらと破片は散らばって、イブキの足元に積もる。飴細工の様な、甘ったるい色合い。それだけで蕩けそうだ。


之で幻想を見ているのなら、之で夢想を愛すると言うのなら、それはまだまだ甘い。だって、現実の方がもっと甘美で、


「耽溺するものですよ、緑珠様。現実の方がもっと厳しいですが、それ相応に溺れる。甘くて甘くて美味しいですよ。ですから、」


横になっていた緑珠は目を覚まして目の前の己の手を引くイブキを見る。


「戻りましょう。」


【……い、嫌よ!私は戻らない!ずっと此処で、楽しく生きるの!私は、もう、苦しいのは、思い出すのは嫌。此処ならお母様とお父様に会えるのだもの。寂しくないわ。】


少し焦りつつも、自信満々に答える緑珠にイブキは平然と笑った。


「ねぇ緑珠様。」


伊吹は後から手を伸ばすと、緩やかに短刀を緑珠の首に当てる。


「夢でも、首を切れば痛いんですかね?」


【な、何を……するの、いや、痛い!離して!痛い痛い!痛い!やめて!死にたく、死にたくない!死にたくない!やめて!】


緑珠の不思議そうな顔が、直ぐに苦痛に歪む顔に変わる。 片腕が伊吹に掴まれ、緑珠は暴れることが出来ない。


暴れれば手に込められる力がぎりぎりと強くなる、首に刀が食い込む速さがもっと速くなる。


「あぁ、ほら、血が出てきた。もうちょっとですよ。もうちょっとで、全部終わる。首の骨は、ゆっくりゆっくり切って上げますから。きっととっても痛いですよ。」


【やめて、おねが……う、あ……いた、いた、い……。】


『全く、残酷だぞ。』


イブキは心底楽しそうな顔を直ぐに消して、背後でのんびりしている禍神へと返した。


「……死んだら夢は続きません。ならば殺すのみ。……夢だったんです、緑珠様を殺すことが。こうやって……ゆっくり、ゆっくり……涙を流して助けて欲しいと懇願する、その姿が、ずっと見たかった。……狂うほど愛おしい人程『そういう表情』が見たい。」


【……う……け……い……い……。】


ひゅーひゅー、と寂しく息を上げている緑珠を眺めながら、伊吹は短刀を緑珠の首から荒々しく抜いた。これはきっと、死ぬよりも痛いこと。早く死にたいと、そう願うこと。


『何処ぞの輩が言ったことか……は既に才子佳人さいしかじん相思の繊巧なる小説に飽けり、侠客烈婦きょうかくれっぷの講談めきたる物語にめり……等と……しかし、』


伊吹は緑珠の半死体から手を離した。辺りへ血をまき散らして、伊吹の服を濡らす。


『お前らは侠客烈婦と言うよりも、狂官狂王と言った所か。』


夢想を飲み込んだ寝室は、薄暗い空間に変わりながら血と蝶を消していく。そして、禍神も消え失せた。もう用は無いのだろう。元いた場所へ、イブキは声をかけた。


「……お褒めに預かり光栄に存じます。」


倒れて黒髪を撒き散らした緑珠は、重々しくも身体を持ち上げる。先程のことなどまるで知らぬ様に。ざくっ、ざく、と切られた首は元通りだ。


「……伊吹?何で……え……?」


「どうしました?緑珠様。というかやっと僕の名前をまともに呼んでくれましたね。」


「……そうかしら。何時もまともに呼んでると思うけど?」


「『イブキ』じゃないですよ。発音が若干渾名あだなっぽいんです。」


「……貴方はそう言うけど、貴方もまぁまぁ私の事リョクシリアって呼んでたじゃない……。」


そんな二人の会話をぶち破るかのように、乱雑に障子が開かれる。


「だ、大丈夫だった!?ったく!この莫迦野郎が全く気付かなかったから……!」


「ごごごごめんてアヴィセンナ!」


「何がゴメンだこのポンコツ創造神!クソ喰らえだな!一度死ね!地に還れ!全く……!」


「……ねぇイブキ。この方はどなた?」


ピンクの髪を持ったメスを振り回す女医を緑珠は見ている。イブキは優しく答えた。


「あぁ……この方は、緑珠様を診て下さったお医者様ですよ。」


「案の定 『睡眠時遊行症』になったか。それに気付かないポンコツ創造神め。それに人外の娘は危ないと言ったでしょこのポンコツ創造神め!」


「うう、酷い……。」


女医はメスをぐりぐりと真理へと当てると、微笑みながら緑珠の側へと座った。


「今日は、ええっと……緑珠チャン。体調はどうかしら?高熱が出ていたのだけど……。」


「今は大丈夫です。身体もだるくないですし……有難う御座います!」


緑珠は重い身体を引き摺りながら、


「そうなの。お薬が良く効いているし熱も引いたのね。良かった良かった。」


喉にメスが突き刺され、ぴくぴくと足を震わせている。どうにか生きているらしい。まぁ青酸カリを飲んで生きている奴だ。死ぬ訳が無いが。


「でもま、安静にね。ちゃんと寝ているのよ?」


イブンは緑珠の側から離れると真理の喉に突き刺さったメスを抜いて緑珠の声が聞こえない場所まで引き摺る。


「アンタねぇ、言ってるでしょ!人外の子が高熱出したら、良くないものを引き出すって!本当にびっくりしたわよ。大丈夫かと思って来てみたら蝶が溢れかえってるし!当のアンタは倒れてるし!」


抜かれたメスからは血が溢れていたが、首の傷はもう癒えている。


「いやぁいやぁ、ごめんねぇ。……と言っても記憶が無いんだけど。」


「このポンコツ能無し創造神!ったく……。」


「あはははは……あれ?」


「何よ創造神。教えなさい。」


真理は恐る恐る、女医へと問う。


「……僕、君に僕が創造神だってこと言ったっけ?」


女医の手からは溢れんばかりのメスとその他の医療器具が溢れていた。


「んー?アンタの脳をちょちょっと弄って覗いたら、そんな記憶が出て来たからね。」


イブンの一言に真理は感嘆の声を上げる。


「はぁぁぁ……やっぱり医術の神『アスクレーピオス』の称号を持つ人間だけはあるね。かれこれ百年以上生きてるでしょ、君。なのに人間。しかも金汚い。……僕の思考を凌駕した存在が居たもんだ。」


女医は緑珠とイブキの会話を耳に挟みながら、笑った。


「にゃはははは!それを言ったら緑珠チャンと伊吹クンの方が凄いと思うけど?」


真理は心底呆れきった様に、肩を竦めた。呆れ切った、と言うよりかは、この世界に感謝を述べているように見えたが。

ずっと隠されていた、❛鬼門の多聞天❜の秘密。それに対して緑珠はイブキに激昂する!そして、緑珠とイブキが交わした約束とは……!?次回、『伊吹死す!』え!?ネタバレ!?ごめんなさい聞こえないです!

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