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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第四章 最終決戦月面戦争 新帝都
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 28 風邪と蝶

月面戦争も終幕に向かい、さぁ旅を……と思った緑珠だったが、疲れからか身体を壊してしまう。其処でめくるめく起こる、新たな出会い。そして夢に囚われた緑珠の為に、イブキがとった行動とは……!?

「緑珠様の起きた気配がしない……何時もは呼んだら来るのに……。」


イブキは洗濯物を運びながら、不思議そうに呟いた。


「うーん……何でだろ……。」


「そんなにしんぱいなら見てきたら……?」


真理が寝ぼけ眼を擦りながらイブキへと言った。季節はもう秋、マグノーリエは盆地故、寒さは他の地域と比べると人一倍寒い。


「そうですね、見てきます。」


イブキは洗濯物の山を抜けて縁側よりも一つ手前の廊下、緑珠の部屋がある中庭沿いの、部屋の前に立った。


「緑珠様ー。朝ですよー。起きてくださーい。」


「……ぶき……。」


緑珠の小さな声が聞こえて、不思議そうにイブキは返答する。


「どうしました?緑珠様。……入りますよ?」


薄暗い部屋の中で、身体を持ち上げた緑珠はとろんとした蕩けた瞳でイブキを見る。


「いぶき……身体が熱いの……。」











イブキはスパン、と居間の障子を開けて真理へと叫んだ。


「大変です、真理。何時も可愛い緑珠様がよりえげつなく可愛くなってます。」


「鼻血しまえよ変態。」


「いやもうちょっと理性決壊寸前だったんですけど。押し倒しそうになりました。」


「だから鼻血しまえよ。」


真理は居間でごろごろ、ぬくぬくして、そしてむくりと起き上がった。


「君もう緑珠の部屋行くの禁止ね。十八禁が起こるから。」


「起こんないですよそんなの!起こしてもバレないようにします!」


「それ言ってる相手神様だって分かって言ってる?」


とにかく、と真理は髪の毛を整えながら起き上がる。


「僕が部屋に行くから。鼻血出してる変態は鼻血吹いとけよ。」


「あーもうちょっと無理です。本当に(自主規制)つけて(自主規制)したくなってきました……。」


色々悶絶して倒れて変態化しているイブキを横切りながら、真理は緑珠の元へと向かう。


「おはよう、緑珠。体調が悪いみたいだね。」


「んー……?私、いろんなことを聞くために、行かなくちゃ駄目なところが……。」


「あぁ、可愛らしい緑珠様。体調が悪いのにそんな事をすれば僕が監禁して差し上げますよ。」


鼻血の海を作ってぶっ倒れているイブキが声を上げる。声の方向を一瞥して、緑珠はか細く言った。


「……じゃ、家に居る……。」


「うんうん。風邪だもんね。」


真理は緑珠の額を触ると、苦い顔を作る。


「うわぁ……高熱じゃん。寝とかなくちゃ倒れちゃうよ。何か食べる?」


「……もつ煮込み。」


緑珠の食い意地の張った一言を、真理は一蹴するかの如く、言葉をすり替えた。


「うんうん分かった。果物切ってもらうね。」


「ほんっと食い意地張ってますね……。」


イブキは鼻血を吹くと、緑珠の言葉を聞く。


「とにかくお医者さん呼んでくるね。知り合いなんだけどね。待っててよ。マグノーリエが誇る名医なんだから。」


「はぁい……。」


緑珠はそう言って、もぞもぞと布団に入った。










「ハァイ!皆大好きブ○ック・ジャ○クよ!患者は何処かしら?」


「今日やたらめったら自主規制が多い日だな……。」


ピンクの髪を持ち、丸メガネをかけた女医は、自慢げに笑う。豪勢な宝石は白衣を着た身体中に散りばめられ、ぶっちゃけ格好は医者とは言い難い。


「ちゃんと自分の名前名乗ってよね!伊吹君引いてるじゃん!」


「引いて……ないです……。」


軽く顔面蒼白なイブキは、吃りながら言った。


「ドン引いてるよね!?」


「ごめんごめん!ちゃんと名乗るから!さっきはちょっと巫山戯ちゃった!」


女医は先程の巫山戯た態度とは打って変わって挨拶をする。


「初めまして。アタイの名前はイブン・スィーナー。ま、アヴィセンナって呼んでくれても良いし……アタイには色んな呼び名があるから、ま、何でもいいよ。」


それで、とメスをヒラヒラさせながら、イブンは言った。


「患者は何処?上がらせてもらっても?症状を軽くでも教えてもらえる?」


一気にまくし立てたイブンは、不思議そうにイブキへと問うた。


「あぁ、すいません。どうぞ。症状は……恐らく風邪かと。高熱が出ています。」


「そう。……患者の所に案内して頂戴。」


イブンは少し思考に耽ると、イブキに緑珠の部屋を案内させる。


「此処です。緑珠様、お医者様ですよ。」


「入るわね。」


イブンはふすまを開けて中へ入る。緑珠が軽く呻いた。


「ん、んん……?」


「あぁ、起きなくても構わないわ。こんにちは。アタイは医者よ。貴女を助けに来たの。」


緑珠は高熱のお陰でイマイチ状況が読めていないらしく、ただぼぉっとイブンを見ている。イブキと真理は居間へと戻った。


「診察は直ぐに終わるわ。ごめんね。しんどいわよね。」


イブンは一通りの診察を終えると、診察バッグを引っ掴んで居間へと向かう。イブキはお茶を出した。


「お茶を有難う。でも直ぐに行くわ。」


「し、診察の結果は……?どうだったんだい?」


「そんな心配しなくても良いわよ。ただの熱よ。ま、後で詳細は話すけど。」


正座をしたイブンは出されたお茶をこくりと飲む。


「だけどね、あんなに高熱だったら幻覚見ちゃうかも。……そうだ。あの患者の女の子……何かの混血だったりする?例えば龍とか。妖怪だとか。」


彼女の守り人は茶のお盆を仕舞うと、即答した。


「そうです。それが……どうかしましたか……?」


どうやらメスを振り回すのは癖らしく、振り回しながらイブンは言った。


「やっぱりね。通りで内臓の作りが違うと思ったわ。」


「か、変わるものなのですか……?」


イブキは不思議そうに女医を見つめる。


「そうよ。結構変わるわ。彼処まで見た目が人間だとあんまり変わんないんだけど……内臓の壁とか、鼓動の速さとか。薬も多めに出しとかなきゃ足りないのよ。で、混血なら此処からが本題なんだけど。」


何時になく真剣に、イブンは白衣をひけらかして言った。


「今さっき言ったわよね?幻覚を見ちゃうかもって。」


「そうだねぇ、言ったねぇ。」


真理は目を細めると、イブンの言葉をしみじみと受け取る。


「あのね、高熱とかじゃ良く幻覚を見るんだけど、混血の子じゃ『幻覚』じゃないものも引き寄せちゃうこともあるの。」


「『幻覚』じゃないもの……それって幽霊だったりとか、ですか?」


「そうそう。其処の坊ちゃんは物分りが早くて助かるわ。」


「ぼ、坊ちゃん……。」


イブキの驚きの一言を無視してイブンは話を続けていく。


「ちゃんと見てないとふらふら〜って何処か行ったりしちゃう。だから気を付けてね。」


立ち上がって帰ろうとした女医はさらに付け加える。


「そうだ。言い忘れてたんだけど、あの患者は風邪じゃ無いよ。『心因性発熱』ってやつ。」


「『心因性発熱』……?」


真理が首を傾けるが、疑問を無視してイブンは話を続ける。


「しかも『相貌失認』っぽかったしね……ってあれ、知らない?不自然な点、無かった?」


「知りません。両者共々。不自然な点は……無かった訳ではありませんでしたが。……あ、そう言えば!人の顔……絵などは余り認知出来ない様子でした。人の顔は認知出来ているようで……。」


イブキは少し悲ししそうに俯く。


「そ、それ。でもま、人の顔が認知出来てるならもう良いと思うよ。……まぁ、あの子から言う時に聞いてあげてね。そうだ。『心因性発熱』のことなんだけど……ストレスがかかったりすると起きるの。最近何かあった?遠い所に何日も居たりだとか、死の危険にあったりだとか、断続的にストレスを感じてたりとか!」


真理は苦く答える。心当たりが全てである。


「まぁ……当てはまってるけど。」


「それよ。無理したのが祟ったんだわ。熱は直ぐに引くけど暫くは安静に。貴方達と一緒なら、きっと直ぐにストレスなんて飛んでっちゃうわ。」


イブンは薬を半ば無理矢理にイブキへと渡した。そしてニコッと笑う。


「お代は要らないわ。そのお薬はキツめのものだから、本当にダメ時に飲ませてね。今服用すれば半日は飲ませられないし、暫くは熱が引くと思うから。……と言うかアタイ、医者は趣味でやってるから。」


「そう言いつつも免許ちゃんと持ってるでしょ。」


「じゃないと医者として名乗れないでしょ?ほんっと、不便よねぇ〜。精々アタイの世話にならんようにしなよ。じゃあね。伊吹クン。真理クン。緑珠チャンに宜しくね〜!」


ひらひらとメスを振り回しながら、ピンクの髪が遠くへと去っていく。イブキはきょとんと首を傾げた。


「何であの人僕と緑珠様の名前知ってたんでしょう……。」


「ま、緑珠は兎も角……君の名前を知ってたのは驚きだな。」


少し口角を上げて、イブキは挑発的に真理を見た。


「おや、神様でもご存知じゃないことがあったんですねぇ?」


真理は呆れ果てた様にため息をついた。


「その神様だからって何でも知ってる系の言葉、嫌いなんだよねぇ。」















「『緑珠』。『緑珠』。起きなさい。庭よ。風邪を引いてしまうわ。」


緑珠はゆっくりと顔を上げる。此処は宮廷の庭で、春眠暁を覚えずと言ったところだ。ぽかぽかとして、暖かい。


「お母様……?じゃあ、あれは夢?」


「夢……?何か不思議な夢でも見たの?」


南桃ミナモが緑珠の顔を不思議そうに覗き込む。伏せって寝ていたらしく、首と肩が軋むように痛い。


「そうなのです。この国が滅びて、私が国を造ろうって一念発起するんですよ。それで、色んな国を回っ」


「ふふ、そんな訳無いじゃない。」


「お母様……?」


即座に南桃は緑珠の言葉を否定する。ただ、その否定は厳しいものだった。何時もの様な優しい母は居ない。


「『緑珠』はずっと此処に居るんでしょう?此処に居れば安心よ。辛い思いもしないわ。」


「お母様、何を言って……う、ひゃぁ!」


ドロドロと南桃の顔が溶けていく。辺りはいつの間にか黒くなり、その深淵が緑珠を飲み込み始めていた。


「私も貴女に此処にいて欲しいのですよ。」


母親が緑珠の事を『緑珠』と呼んだ時から、気付くべきだった。もしあの楽しい冒険が『夢』だったのならば、起きた緑珠に『緑珠李雅リョクシリア』と呼ぶべきだったのだ。


「名前をついつい間違えて『緑珠』、と呼んでしまいましたが、もう大丈夫。」


まずいわ……此処から出なくちゃ……けど、もう、)


「……眠い……。」


ふんわりとした眠気の中、立ち上がる事も出来ない緑珠。母の形を形作っていた物は、黒いヘドロの様な物質になって緑珠の頬に触れた。その触れ方が心地良い。嗚呼、とっても……


『イコウ。イコウ。オマエモミチヅレ。』


眠くて眠くて堪らない。手を取ろうと、全てを諦めて手を伸ばした瞬間だった。


「うわ……緑珠様、起きて……しまいましたか……。」


ガタン、と何かの物音がして緑珠は肩をびくりと震わせて起きる。


「い、いぶき……。」


布団をごそごそと回してイブキが来た方向に身体を向ける。そして、回らない頭で呟いた。


「いぶきは、溶けたりしないわよね……何処にも行かないわよね……?」


ゆっくりと伸ばした、か細く震える手を、イブキは優しく掴んだ。


「ええ。何処にも行きませんよ。何時までも貴女の側に居ります。お身体の方は?」


「……しんどくない。お薬なんて飲まない……。」


「余程僕から口移しで飲まされたい様ですね。」


駄々を捏ねた緑珠に、イブキは挑発的に笑った。


「……飲む。」


「ご賢明な判断です。」


緑珠は身体を起こし、イブキから受け取った水を使って薬を服用する。


「これを飲めば暫くは楽ですよ。何か食べますか?柿を剥いてきましたが……。」


「……食べる。」


しゃくしゃくと瑞々しい音を食べながら、五切れ程の柿を全て平らげる。白磁の更に金の匙が戻った。


「……ん……美味しかった……。」


どうやら熱で反応が遅れているらしく、言葉がそうすんなりとは出てこない。


「また何かあったら言って下さい。直ぐに駆けつけますから。」


「……分かった……。」


緑珠は恐る恐る手を伸ばした。しかし、直ぐに手を引っ込める。


「……ふふ。おやすみなさい……。」


直ぐに寝入った緑珠を見て、彼は少し安心した。イブキの不安も去って、足音さえ消えた頃。小悪党が二人現れる。


「ちょ、もう帰ろう……バレたら怒られるわよ……。」


「緑珠お姉ちゃんが病気だから行こうって言ったのアリーシャお姉ちゃんでしょ!」


きゃぴきゃぴとした少年の声。それ咎める少女の声。


「確かに、確かにそうだけどさ……。」


「うっ、痛い……頭打った……。」


ゴンッと鈍く頭を打った音がする。緑珠は二人の声が遠い世界の様に聞こえている。


「ありーしゃ……?」


「ね、お姉ちゃん!上手く出れたよ!」


「ちょっと黙って!あの鬼に見つかったらどうするの!」


「あのさ、お姉ちゃんが一番煩いよ……?」


アリーシャとその弟ハニンシャは、中庭に侵入すると、近くの扉に手をかけて廊下へと侵入する。


「ど、何処なの……緑珠は……。」


「これはまた、こそ泥の臭いがしますね。」


「もうハニンシャ、どうしてそんな言葉遣いを……。」


「お、お姉ちゃん……う、後ろ……。」


「へ……?」


「今日は、小さなこそ泥さん?」


ハニンシャが姉の後ろを指さした。二人が思っていた、ニッコリと笑った『鬼』が現れる。二人はイブキを見て叫ぼうとしたが、イブキが二人の口を抑える。


「☆♪"""^‼♡”☆?♡&·&>:·☆↑$!!!」


「何を言っているのか図りかねますが、少し静かにして頂けますか?今日の夕飯にしますよ。」


「鬼!」


イブキの口の合間からハニンシャの声が響く。


「否定はしません。」


で、とイブキは腰に手を当てて二人の可愛いこそ泥へと問う。


「何用ですか?理由が理由であれば本当に今日の夕飯にしますよ。」


アリーシャは否定を、そして慈愛を叫んだ。


「違うの!緑珠に花を届けようとして……!」


「お姉ちゃん!目上の人には「さん付け」で敬語で喋らなくちゃ駄目って華幻先生に教わったでしょ!」


「おや、弟君の方が賢いじゃあありませんが。」


「緑珠なんてお姉ちゃんなんてつける必要ないもん!」


「お姉ちゃん!」


ハニンシャは必死に姉をたしなめて、しゃがんだイブキへと花を手渡した。


「緑珠お姉ちゃんにこの花、渡して下さい!元気になって欲しいって、伝えておいて下さい!」


イブキはにっこりと笑って小さな花々を受け取る。そして優しく二人の頭を撫でた。


「さ、お帰りなさい。家の人が心配しますよ。『今日は空気が悪い』。」


「……?それは、緑珠が風邪だから?」


イブキは耳元でぶつぶつ聞こえる何かを感じ取りながら、それを感じさせない笑顔で二人へと言った。


「……ええ、そうです。さぁ早く帰りなさい?」


「はぁい!」


笑いながら、声を揃えて走って行く二人を見ながらイブキは一度居間へと戻る。


「おや、その花は?」


「……緑珠様の事が大好きな可愛い子供達が渡してくれました。それよりも。」


イブキは小さな花瓶に花を入れると、眉をひそめて真理へと問う。


「この『空気の悪さ』は何ですか。」


真理はその言葉を反芻して、真っ直ぐの瞳でイブキへと問い返す。まるで、赤子の様に。


「伊吹君、『空気の悪さ』って、何?」


「……は?」


先程から何かがこの屋敷を巣食う感覚が、身を切るような邪な感覚が、この魔術師には分からないのか。


「じょ、冗談じゃないですよね……?霊力が無い僕ですら分かる『空気の悪さ』ですよ?」


「……伊吹君こそ、何を言ってるの?」


その瞬間、悲鳴が伊吹の困惑を貫く。何処か許しを乞うような声。


「緑珠様!?」


駆けつけた緑珠の部屋の前、閉めた障子の隙間から黒い蝶が溢れる。怪訝にそれを見つめると、思いを決して障子を開いた。声にならない悲鳴が劈く。



「 」



其処には。

『良くないもの』を引き寄せてしまった緑珠。正直言うと、最早風邪じゃなくね?って感じなんですけどね。え?風邪じゃない?……よく分かってるじゃないですか。そうです。風邪じゃないです。物語はどったんばったんしながらも続きます。

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