ラプラスの魔物 千年怪奇譚 21 伝説の復活
新キャラが登場したり、倶利伽羅とイブキがはもったり、その二人の逸話が登場したり、人が死んだ話を聞かされたりと、相変わらずの千年怪奇譚!
管制室の中には眠っている兵士が倒れている。イブキが其処を通ろうとした瞬間だった。
「おっと、待ちな。お前達はこの先に通さないことになってるんだ。」
兵士の一人が管制室の奥を陣取っている。真理は魔法を準備して挑戦をぶつける。
「へぇ……それは随分と面白いねぇ。」
「本当にそれ、って、ぐえっ……。」
蛙を踏み潰したような声を出して、イブキは地面に倒れ込む。その上には女がイブキを雁字搦めにしている。
「伊吹君っ!」
「おい、其処の魔法のお前。動くな。動けば此奴の命は無いぞ。」
首に鋭利な刃を当てられたイブキは倒れながら手を上げる。
「やぁ、可愛らしい濃紺の髪のお嬢さん。ちょっと手を除けて貰っても?」
濃紺のボブヘアーをした女は目を見開く。
慌てて首に当てていた刃を退けた。
その声に女は聞き覚えがあった。驚愕の中にも、咄嗟に思い当たって、女は叫んだ。
「その声は……我が友、光遷院伊吹では無いか?」
女の質問に、イブキはテンプレで返した。
「いかにも。私は日栄の光遷院伊吹である……って、僕は虎でも何でも無いんですけどね、アリアさん。」
「ま、虎よりおっかねぇーけどな。」
帽子を深くかぶっていた青年が、イブキに近寄る。
「お久しぶりです、楓さん。」
「知り合いなの?」
不思議そうに魔法をしまって真理は問うた。
「まぁ。仕事仲間だったので。……で、アリアさん。退いてもらっても?」
「すまない。てっきりお前だと分からず……大体楓、お前のせいだぞ。ちゃんと敵は判断しろ。親友だろうが。」
「何で俺のせいなんだよ。判断しろって言うんならお前も一緒だろ。」
「何だと……!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。」
イブキが間を取り成しているその瞬間だった。リリリリン!とけたたましいベルの音が聞こえる。
「あ、外線のベルだ……俺が取ってくる!」
「いや、僕が行きます。」
走り出した楓を置いて、イブキは管制室の中へと入る。てきぱきとした手つきで楓に問う。
「『外線番号の原則』は国が変わっても変わりませんか。」
「変わんねーぞ。倶利伽羅さん風水めっちゃ好きだしなー。」
「アレは幻術が得意なので余計そうなんでしょう。」
真理が管制室の中を見回しながらイブキへと問う。
「『外線番号の原則』って?」
ばたん、と、イブキはレバーを下ろすと、直ぐに返答の準備をする。
「基本的に宮廷からの外線は、『4』と『9』が使われていません。縁起が悪いので。しかし、宮廷以外からの番号は必ず『4』と『9』が使われているんです。ですから、宮廷から外線が来ると直ぐに分かるんですよ……あ、かかります。静かにしてて下さいね。」
外線の前の椅子にイブキは足を組んで座ると、先程の説明の態度とは似ても似つかぬ態度で応答する。
『❛鬼門の多聞天❜を捕らえたとの報告がありましたが……どうしました?』
「すいまぇぇん、僕がその❛鬼門の多聞天❜ですよ、倶利伽羅冷泉帝どのぉ???」
「ちょ、イブキやめろ!面倒臭いぞあとが!」
アリアが静止するのも止めずに、外線の向こうからは声が聞こえる。
『……貴様、何故……砦の兵士は。』
「今は良い眠りにつかれてますよ。僕の時代にはこんな重労働じゃ無かったんですけどねぇ?労基見直した方がいいんじゃないですかねぇ?もし良ければ僕が考えてあげますよ。『司法権』司ってる『光遷院家』の人間なので。」
一瞬呆気に取られた倶利伽羅だったが、直ぐにイブキへと巻き返しを図る。その間もアリアはイブキを椅子から引き剥がそうとする。が、力の差は大きい。
『まぁ、相変わらずそうで何よりですねぇ。貴方ならば突破するだろうと緑珠李雅様も言ったでしょうねぇ。』
「そうでしょうね。『僕の』主の可愛い緑珠様がお元気そうで何よりです。」
「あーあー、イブキ、お前はちょっと自重するべきだ!刺されたらどうする!」
「アリアさん、冗談キツいですよ。」
受話器の向こうからも声が聞こえる。
『そうですね、一介の兵士さん。』
声がハモった。
「『僕/私がこんなヤツに刺されるわけが無いじゃないですか。』」
「……。」
『……。』
こほん、とイブキは咳払いして言った。
「まぁ四悪と至悪の四悪趣の塊の貴方よりはマシですが。」
『おやおや、相変わらずの減らず口ですねぇ。清々しく門の前で腕を斬られては?』
「腕を斬られても必ず取り返しに馳せ参じますよ。其方こそ屋根の上から遠吠えをしている暇があるのなら弓で射抜いてご覧に入れますよ。」
『おっかないですねぇ、『伊吹童子』?』
「お褒めに預かり光栄です、『キメラ』?」
アリアはとっくの昔にイブキを静止するのを諦めている。言い合っている様子を見ながら楓は頭を掻く。
「もー仕方ねぇな。倶利伽羅と光遷院は会ったら五人が処刑されるもんなぁ……。」
「話がえげつないねぇ……。」
真理は何処か諦めきったように頭を抱える。
「知らねぇのか?ま、アンタは地上の人っぽいしな。昔あんなこともあったな、アリア。」
アリアはうんうんと頷きながら言った。
「本当に昔のことだな……倶利伽羅と光遷院が会食したら冷泉帝と伊吹の毒味係が両家共々死んだ、って話だろう?」
「うげぇ……それって二人共が……。」
「表向きは殺し屋がやっただとかって事になってるが、ま、普通に考えれば分かることだなぁ。」
楓は指をさして続け様に話した。
「でなでな!?凄いのは此処からなんだよ。毒味係が両家共々死んだあと、狼狽えている周りの人を他所に、伊吹と冷泉帝はな呑気に会話してたって話だ。『怖いですね、こんなこともあるなんて。』『やっぱり貴族では良くある話なのかもしれませんねぇ。』ってよ。」
「だから貴様は!何度も言ってるでしょう!者は壊れゆく様が一番美しいと!」
『あ?貴様の方が分かって無いでしょうが!者は壊れたあとが一番美しいんですよねぇ。』
「……何か、二人って地味に似てるんだよね。一部、と言うのか。」
多分、と楓は腕を組んで思考を巡らす。
「多分な、殆どが真反対の奴は気が合うんだ。だけどアイツらには幾つか共通点がある。多分それで仲が悪いんだよなぁ。それに両家共々にも色々あったし、『妖怪名家』って呼ばれてるし。」
その途端、イブキはガタンと立ち上がった。そして若干金切り声を織り交ぜて、
「緑珠様!」
「緑珠だって!?」
イブキは全神経を耳に集中させると、緑珠の声を拾う。
『イブキ、もーーなの、いらーーー、疲ーーの、ーーたーの。』
ただ、その声は甘えた声だった。子犬が甘える様な、甘ったるい、そんな声。だがイブキには分かっていた。何時もそんな甘えた声を出さない人間が、極限状態で何をするか。
「緑珠様、緑珠様。駄目です、まだ貴女は大丈夫ですから。」
次に、緑珠ははっきり聞こえる声で言った。
『……イブキ、私を殺して。』
一瞬だけ静寂が訪れると、今度、イブキは冷泉帝へと質問を投げかける。と言うかぶつけた。と言うか殴った。
「貴様!緑珠様に何をした!?」
『別に何もしていませんねぇ。』
「巫山戯るな!緑珠様があんな事言うわけが無いでしょうが!あの人にーーー僕の大切な主に何をした!?」
煩わしそうに眉間に皺を寄せた冷泉帝は受話器から手を離す。
「煩いです。頭がキーンとするのでねぇ。此方もきちんと『おもてなし』して差し上げます。楽しみにして待っていますよ。」
イブキは手から血が出るほど、手を握りしめる。悔しい、悔しい、悔しい、あの人の大事に傍に居られないのが、堪らなく悔しい!口惜しい!忌まわしい!
『『おもてなし』、ですか。それでは早急に向かいますね。僕も良い『おもてなし』を用意しておきますから。』
その返答を聞いた冷泉帝は荒々しく受話器を落とすと、部屋の中の扉に突っ立っている緑珠を見た。
「いつの間に部屋に入って来ていたんですか。」
「……イブキの声が、聞こえた気がしたの。『殺して』って頼んだから、ちゃんと殺してくれるわよね……?」
緑珠は夢現でそんな事を呟いた。地上に居た明朗快活さと絶縁した様だ。
「殺して、殺して、イブキならきっと、上手くやってくれる、そうよ、きっと痛くない……イブキはきっと上手いもの。きっと、きっと、私を……。」
冷泉帝を見上げた緑珠の目は、正に虚ろだった。
何も見たくない、絶望しかない思いの現れ。毎日毎日死ぬ事を考え、親戚を呪う事しか出来ない目。皇女と言うのにまともな暮らしは訪れず、後妻の権力が振るわれる毎日。
「……貴女にはその目がお似合いですよ。」
「何を言ってるの、冷泉帝。私よくわかんないわ。」
緑珠がぼんやりと言うのに、冷泉帝は軽く腹を立てながら言った。
「貴女にはその、絶望に塗れた目がお似合いだと言ったんです。……全く忌々しい。ただの、人間だと言うのに……私の方が良いと言うのに、それだけで王になれるだと!?本来は喜ぶべき事なんですよ!?なのに、なのに……。」
冷泉帝は語調を荒くすると、緑珠はへなへなとその場に倒れ込む。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。怒らないで、怒らないで。やめて、私に何もいわないで、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私がわるいの、私が、私が……ちゃんと部屋に居るから、外にも出ないから怒らないで。いや、いやなの、誰か、誰か……こわい、いやなの、さむいのはいや。もう何もいわないから。怒らないで。貴方の言う通りにするから、怒らないで。」
緑珠はよろけながらもその場から離れると、部屋へと駆け込んで行く。冷泉帝はそれを見届けると自分の書斎へと足を運んだ。緑珠が突き付けてきた家系図を眺める。
「それにしても、蓬泉院家の家系図は凄いですねぇ。『不祥事』を一切合切消すなんて……。」
『緑珠李雅』と書かれた母方の方を眺めながら倶利伽羅は続けた。
「しかし、この大きな情報を知られる訳にはいきません。隠さねば。」
同刻。
イブキは受話器を粉砕していた。軽く唖然としながら三人は突っ立っている。楓がやっと口を開いた。
「お、おい、お前、ちょ……。どうした?」
「どーしたもこーしたも無いでしょうが。」
「あらら……伊吹君、冷泉帝君に何か言われた?」
「何か言われた、と言うか緑珠様に言われました。」
「……緑珠に?」
真理は訝しげに眉をひそめてイブキへと問う。
「何を言われたの?助けて、だとか?」
イブキは目を細めて笑った。
「『殺して』、と。」
一瞬だけ沈黙が訪れて、アリアがため息をついた。
「はぁ……全く、それを聞いてお前は何もしないのか?」
「……勿論、何かしますけど。国を一つ落とすつもりですが。」
「俺達も協力してやるって言ってんの。分かる?」
イブキは顔を綻ばせた。安堵の表情が見えている。
「え、でも君達……協力って言ったって、それって国家反逆罪に当たるんじゃ……。」
アリアは至極当然そうに真理へと返す。
「国が無ければ国家反逆罪にはならんだろう?」
「そういう考え方か……。」
「ま、俺らは一応❛多聞天❜の部下って言われてたしな!俺が羅刹でアリアが夜叉!」
「……え?」
「懐かしいな、伊吹。北狄の村を焼いたあの日々。」
「……え、え?」
「そんなこともありましたね。あのあと暫く仕事が少なかったんでしたっけ。非番の日に呼び出されてびっくりしましたよ。」
「え、え、え?」
真理は今までの言葉を何とか飲み込んで、イブキへと聞き返した。
「君達、いっつもこんなんなの?」
「僕達、いっつもこんなんですよ。」
イブキは何時も通りの『好青年』の笑みで笑った。
「それでは着替えましたか?」
紅い軍服が、余りにも味気ない砦を彩っていく。
「うっひょー!やっぱコレだわ!」
「新制服は恰好良くないからな。」
そうだ、とイブキは真理へと問う。
「どうしてこの制服がこんなにも紅いと思いますか?しかも北の砦だけに。」
真理は首をもたげて軍服の色を見る。
「その色……綺麗だよね、鮮血みたいだ。……あ。」
「そうです。この制服は血みたいな色をしています。即ち……。」
「何時人を殺すか分からない、と言う状況だ、魔法使い。」
アリアがイブキの説明を引き継ぐ。
「旧日栄の北の城門……まぁあれは砦、だったが、北の要塞では何時北狄が来るか分からない。だから、北の要塞では『いざという時に人を殺す』と言う事が可能な奴しか入れないんだ。」
楓が腰の拳銃を手入れしながら真理へと説明を受け継ぐ。
「この国が建国してから、ちょくちょく北狄が攻めて来てたらしいんだが……二十年前から激化したらしくてな。何故来るのかと尋ねると『取り返す』為だとか、何かよくわからん事を言ってたらしい。」
「多分冷泉帝の事でしょう。我等の王だか何だか言ってましたし。さて、そろそろ行きましょうか。」
その前に、と楓が真理を指さす。
「その魔法使いは?お前さ、緑珠李雅様が脱国してからずっと会ってなかったけど、地上で其奴と会ったのか?」
「全く、びっくりしたぞ。突然走り出してさ。『行かなくては』とか言ってな。」
アリアは在りし日の事を思い出しながら呟く。
「ああ、此奴は……。」
「此奴!?」
イブキは振り返らずに二人へと言った。
「僕の『仲間』の真理です。」
「伊吹君!やっと僕を仲間としぐげえっ!」
「鳩尾当てると一発KOです。」
「ちょ、伊吹君、いたい、いたい……。」
痛みでのたうち回っている真理を見ながら、アリアは感嘆の声を上げた。
「おお!凄いな魔法使い!イブキの鳩尾蹴りを味わって意識ある奴とか初めて見たぞ!」
「え、なにそれ……。」
「私は昔食らったことがあるが、死ぬかと思ったな!天国が見えた!」
キラキラとした瞳でそのままのたうち回っている真理を眺める。
「伊吹君、女の子にそんなことしちゃ駄目だよ……?」
「熱が四十度以上あるにも関わらず仕事するとか莫迦な事を言い出したので。言っても聞かなかったので実力行使です。」
「まさか本気だとは思わなかった!『いい加減に寝ないと本当に寝させますよ』って言われて『出来るもんならやってみな』って言ったら次の瞬間ベッドの上だったからな!」
それじゃあ、と楓は話の流れを無視して言った。
「本国まで行ける電車があるぜ。そろそろ行こう。きっと倶利伽羅さんも軍隊総動員してらぁ。」
イブキは紅いマントをはためかせて言った。
「それでは、向かいましょうか、真理。」
少し苦く笑いながら、真理は呟いた。
「……こんな人達を怖がった北の異民族さんの気持ちも、少し分かったような気がするなぁ……。」
次回予告!紅い軍服をイブキが着たり、とうとう国を落とそうと本気になったり、イブキと倶利伽羅の衝突がおこる!そして、楓とアリアのやり合いもお楽しみに!




