ラプラスの魔物 千年怪奇譚 2 ボロ屋のお掃除
ちょっと平和な物語。今回はお掃除編です!ボロ屋のお掃除を、みんなでします!イブキが緑珠を笑ったり、緑珠がすぶ濡れになったり、真理が魔道に耽ったりと色々押し付けたお話!ほのぼのして下さい。
「あっずぅぅぅーい!イブキ!暑すぎるわ!こんな暑いことって無くってよ!日栄でもこんな暑いことは無かったわ!」
「地上の暑さは別格ですねぇ…。」
綺麗にされた広い縁側に緑珠はごろりと転がっている。イブキが言った。
「あ、甘露水を頂きました。飲みますか?炭酸仕立てで美味しいですよ。」
宝石の様な液体を緑珠に見せる。すると気だるげに彼女は言った。
「いただくー!」
イブキはそんな緑珠を笑いながらみると、コップに注ぐ。それをだるくしている緑珠に差し出した。
「んぐっ…んぐっ…美味しいわ!何だかスッキリする味ね!」
イブキはそんな緑珠を見て微笑む。その様子を見て彼女はきょとんと不思議そうに尋ねた。
「…どうしたの?そんな幸せそうな顔をして。」
イブキが飲み終わったコップを洗い場に置いて言った。
「本当に…真理の言った通りです。緑珠様が帝国にいらした時は、まるで雛人形の様なすまし顔でしたし、何処か作られた笑いでしたから、元気になられて宜しいことです。」
くすくすと緑珠は笑った。
「どうしてそんな田舎の婆やみたいな事を言うの、イブキ。」
緑珠の傍にイブキは正座する。
「いや…僕も思ったんです。日栄から逃げ出して、はや幾日。生活も少しだけですが落ち着いてきて、こんなにも柵の無い生活が楽しいなんて、夢にも思っていませんでしたから。」
見透かすように緑珠は言った。
「…貴方、貴族みたいな事を言うのね。」
それを誤魔化すように、にっこりとイブキは微笑む。
「色々と城兵には規約があるんですよ。」
緑珠は起き上がって言った。
「ね、掃除しませんこと?」
「随分といきなりですね。」
そう言えば、と緑珠が言った。
「真理は何処に行ったのかしら?」
「街での生活費稼ぎに行きました。」
イブキが即答する。まぁ、と緑珠が言った。
「七仙女にも手伝ってもらいましょう。一階だけでも綺麗にしたいわ。」
訝しげにイブキは言った。
「そう言えば……七仙女達は一体何処に?剣にも変えていませんよね?」
緑珠が平然と答えた。
「あぁ…そうね、七仙女は人間では無いわ。寧ろ精霊みたいな存在。何にでも変身できるけど、私の命には背けなくなっているのよ。ほら、おいでなさいな!」
薄い煙の様なものに色が着き、7人の少女が現れる。
「何でしょうか、緑珠様。」
紺碧が緑珠の顔を覗く。
「ええ、今から掃除をしたいの。手伝ってくれるわよね?」
「勿論ですよー緑珠さまー。」
間延びした口調で柚ノ葉が言う。
「にしても、ねぇ。この家はアホみたいにだだっ広いわね。やっぱり豪族って凄いわ。」
イブキが緑珠の発言に対して言った。
「何か…居間!部屋!風呂!って感じの家ですよね。2階もあるみたいですけど。最早平屋ではない気がしますし……部屋を増やすには障子を使えば良いと思うのですが…緑珠様はどうします?もう掃除をするならこの機会にやっておいた方が手っ取り早いかと……。」
緑珠が軽く微笑んで言った。
「私はこのだだっ広さが好きね。アホみたいにだだっ広いけれど、ご飯食べる時とか、何だか幸せだわ。」
イブキが言う。
「緑珠様が良いのならそれで良いですよ。掃除ですよね。雑巾と水は必須…井戸もこの家にはあるし…枯れてなかったらの話ですけど。ま、殆どの事は出来ると思いますよ。新聞とか持って掃除すれば、それなりに綺麗になると思います。」
にしても、とイブキが訝しげに緑珠に問うた。
「本当に帝国を作るお心算ですか?」
挑戦的に彼女は笑う。
「勿論よ。私にどれ位の物が測れるか、少し気になったのよ。」
イブキが笑って言った。
「…緑珠様らしくて宜しいことです。」
緑珠はくすくすと笑う。
「だからこそ、周りの物を綺麗にしていくのよ。ね、掃除道具はどこかしら?」
様々な物を運びながらイブキは言う。
「庭の井戸の近くです。其処に色々置いてありますよ。」
緑珠が庭に出て、井戸を探していた時だった。ある事にふと気付く。
「あら…?こんな広大な庭の奥に、蔵があったのね。」
緑珠が七仙女を置いて、庭の小池の橋を渡り離れに向かう。
「へぇ…凄いわ…。」
つんとした冷たさは、緑珠の興味を大いに唆る。しかし、足を1歩踏み入れた途端、奥から声が聞こえた。
「あ、ダメ!入らないで!」
びくりと緑珠は肩を震わすと、声の主に問う。
「真理?どうして居るの?出稼ぎに行ったのでは無かったのかしら?」
真理が振り返らずに答える。
「それは行ったさ。なかなかの儲けだったよ。でもね、やっぱり霊力豪族。面白そうな文献が沢山あってねぇ…。それに所々術がかけられてるみたいで、変に入ると怪我しちゃう。だから勝手に入っちゃダメだよ。」
「何があるの?そんなに不思議な物?」
緑珠がきょとんとして問うた。
「うん。とっても不思議な物。太古に失われた物だとか、見たことも無い術式だったりとか……整理したらまた見せるよ。」
彼女が微笑んで言った。
「ええ、楽しみにしてるわ。今からお掃除をするのよ。真理も手伝えるなら来て欲しいわね。ま、真理も来ないぐらいには頑張るわ!」
ニッコリと振り向いて真理は言う。
「頑張ってね。応援してる。」
その様子を見て緑珠は井戸を探す。どうやら庭の蔵の近くにあるようだった。
「みーっつけった!」
うきうきと緑珠は井戸に駆け寄る。井戸の傍にあるいくつかの木の桶に水を入れる。
「んー…重たい…!」
一つひょいと持たれる感覚がある。
「あら、紺碧。有難うね。」
七仙女の1人、紺碧が優しく笑って言った。
「お気になさらないで下さい。なるべく緑珠様の力になりたいので!」
緑珠がにっこりと笑って言った。
「よーし!走って行くわよ!」
紺碧の驚きの声が背後から聞こえる。
「え、走って!?危ないですよ!コケたりなんかしたら…!」
緑珠が嬉嬉として縁側の近くまで木の桶を振り回しながら走る。紺碧の注意をきかずに。
「えーんしーんりょくっ!のっ!ちっかーらーっ!ぐーっる!ぐっーる!まっわっるっー!」
ふと、足元にある小石に足をぶつける。
「あ。」
小さな悲鳴と共に、騒々しい音が響く。周りには一つの桶と、びしょ濡れになった緑珠が居る。縁側に立っていたイブキが笑いを堪えながら言った。
「っ…ふふっ…りょ、緑珠様、っ…大丈夫ですか?」
口を膨らませて緑珠が言った。少し顔を赤くしながら。
「笑いたいなら笑えば良いじゃない…!イブキのばぁかぁーっ!」
それに、と緑珠は付け加える。
「わ、私はコケたんじゃないもの!水を浴びようと思ったの!」
拭きものを持ってイブキは緑珠に渡す。
「真夏でも外の行水はキツイですよ。」
少し小馬鹿にしたイブキの言い方に、水を吹きながら不貞腐れて緑珠が言う。
「良いわ。貴方も私の掃除に付き合うのよ。」
一連の騒動を見ながら、紺碧が現れる。
「気を付けてって言ったじゃないですか…。」
砂を払って緑珠は立ち上がる。緑珠は悪戯っぽく笑って紺碧に水をかける。
「やーい!引っかかってやんのー!」
にたにたと緑珠は笑う。呆気に取られて紺碧はぼーっとしている。そして紺碧も笑った。
「な、緑珠様の意地悪!こんだって黙って無いですからね!」
紺碧も緑珠に水をかける。イブキが半ば呆れながら言う。
「…まぁ、そんなに走り回ってるなら、着替えなくても良いですね。」
緑珠が腰に手を当てて言った。
「着替えなんて持ってないわ。この寝間着とあの宮廷着ぐらいしか。さ、掃除しましょ、紺碧、イブキ。」
はい!と元気よく紺碧は叫んだ。イブキは掃除用の雑巾を出す。早々に緑珠は縁側の側に汲み直した木の桶を置くと、緑珠は言った。
「銀朱達は居間を掃除して。縁側の方も手伝ってくれると嬉しいわ。あと、イブキは窓とかを掃除してほしいの。お風呂も2階も掃除したいけど…まぁするなら1階と風呂ね。さぁ、やりましょう。」
緑珠達は各々の場所に付く。彼女は雑巾を取って、水に浸した。そして絞る。
「こんなもんかしら…?」
イブキがそれを見て返す。
「もっと絞らなくちゃドボドボになっちゃいますよ。」
緑珠の手から雑巾を奪い取ると、思いっきり絞る。大量の水が縁側の外に落ちた。イブキから雑巾を貰うと、緑珠がそれを不思議そうに見て言った。
「こんなにしぼっちゃったら、拭けないんじゃないの?」
イブキが新聞を濡らしながら言った。
「大丈夫ですよ。ちゃんと拭けます。」
緑珠はイブキの行為をじっと見て言った。
「凄いのね、新聞って、濡れてふやふやにならないのね。紙でしょう?」
その様子を見てイブキは微笑んで言った。
「恐らく緑珠様がお使いになられていた紙は、良質の紙だったのだと思われます。城下に回っていた物や、新聞紙はふやけたりしませんよ。」
関心して緑珠は聞く。そして意気込んで言った。
「凄いわね…知らない事ばっかり…よし!頑張って色んなことを知るわよ!まず先に掃除だけれど!」
緑珠は雑巾を縁側の木の上に置くと、一気にレースを繰り広げる。その頃七仙女達は、イブキから貰った箒と新聞紙を丸めて畳の居間に振り撒いていた。7人で手分けしてやっている。
「ほんっとうに、ひろいよねー。」
柚ノ葉がのんびりと言う。紫檀がそれに返した。
「そうやねぇ。ここやったら楽しめそうやわァ。」
まぁ、と蒲公英が言った。
「その為にも、あたし達が頑張らなくちゃね!」
その様子を見て、緑珠は縁側の奥の廊下を目指す。此処には廊下に三つ部屋が付いている。緑珠はその内の一つの部屋に、何かに惹かれる様に入った。
「これは…私の、服。一体誰が…。」
薄暗い部屋に、薄緑の官服がかかっている。首元には金の糸の装飾が付いていて、草木などの刺繍がされている。
「緑珠様。緑珠様ー?何処にいらっしゃいま……此処に居ましたか。それ、かけておいたんです。シワがいったらダメですし…あ、ちゃんとこの部屋は綺麗に掃除してますから、大丈夫ですよ!…緑珠様?」
緑珠は振り向き俯いて言った。
「……ちょっと、この服の事を思い出していたのよ。」
恐る恐るイブキが言った。
「そのお話、伺っても?」
緑珠は服を見つめて言った。ぽつりぽつりと、呟くように。
「これはね、父母が18歳の誕生日にくれたものよ。何にも欲しがりじゃ無かった私に、宮廷仕立て屋に作らせたものなの。私の瞳の色に合わせて、父が作ったものなの。……お父様がおかしくなったのは、あの半年後だったわ。あれだけ優しかったのに、何かが崩れて行くのを感じたわ。」
緑珠は足元を見て言った。
「…後半は私の戯言よ。気にしないで頂戴な。」
それと、とイブキに向き直って笑う。
「かけておいてくれて有難う。髪飾りもね。さぁ、掃除を続けましょう。」
イブキは優しく笑って緑珠が行った後にその部屋を閉じる。その、優しい記憶に包まれた部屋は、程なくして真黒に包まれた。
「イブキ〜!お腹が空いたわ。ご飯が頂きたいの。」
「そうですねぇ…何にしましょうか?」
居間に戻った緑珠は、ぴかぴかになった部屋を見て言った。イブキも驚いている。
「わぁ…こんなに綺麗になってるなんて…。」
にこやかな声が聞こえる。
「そうだろう!僕、頑張ったんだよ!お風呂も頑張って掃除したんだ!」
真理の声に緑珠の声も弾む。
「真理!お風呂もやってくれたのね。ありがとう。銀朱達もお手伝いお疲れ様。ご飯にしましょう。」
イブキが緑珠に言う。
「お昼ご飯は何が良いですか?」
緑珠が真理に問う。
「貴方、苦手なものはある?」
真理はにこやかに答えた。
「僕は特に無いね。何でもいいよ。」
緑珠は少し考えた後、イブキに元気よく言った。
「イブキ!おにぎりとお味噌汁が食べたいわ。お漬物があればなお良しよ!」
イブキがエプロンを付けながら言った。
「真理が貰った食料品がかなり有るので、其処から探してみます。どれも日持ちするものばかりなので助かりますね…。」
イブキが外に行ったのを見計らって、緑珠は真理に言った。
「…何か良いものは見つかった?」
真理は苦笑する。
「その見透かす様な口調は好きじゃないなぁ。」
どうって事なしに緑珠は言う。
「あら、そうかしら?測っているつもりは無いのだけれど?」
真理は真面目くさった口調で言った。
「…本当に、帝国を作るつもりかい?」
ため息を吐いて緑珠は言う。
「はぁ…皆同じことを聞くのね。それだけ私は不甲斐ないってことかしら…。」
真理は否定した。
「そういう訳じゃないよ。君には物を須らく(すべからく)測ることが出来る。その才能があるし、国を作る事は容易だろう。だけれど、皆心配なんだよ。それだけ君は愛されてるって事、忘れないでね。」
微笑んで緑珠は言った。
「…そうね、忘れないでおくわ。」
だってさ、と真理が付け加える。
「イブキなんて、君が死んだら生きていけなさそうだもん。」
くすくすと緑珠は言った。
「そうね。あの人なら死んでしまいそうだわ。……今度は私が問う番だわ。貴方は何者なの?私、貴方の事を神様だと思うのだけど。」
真理が優しく微笑む。
「…そうだね。僕は神様だ。天に御座す神様だよ。まさか一発で見抜かれるとは思わなかった。」
緑珠が言う。
「随分と舐められてしまった物だわ。」
ねぇ、と緑珠が少し自信なさげに言った。
「……わたし、本当に帝国をつくれるとおもう?」
何処と無く涙声で緑珠は言った。真理は緑珠の頭を撫でて言う。
「絶対大丈夫だよ。僕が、神様が保証するから、ね?」
緑珠は真理を見上げて言った。
「…最強の保険じゃない。」
真理は自信満々に答える。
「でしょ?」
うーん、と緑珠が言った。
「2階は…一つの廊下に六つの部屋が付いていて、奥に物置があるのね。」
真理が言った。
「気を付けてね。禍々しいオーラがするんだけど…。」
真理が言った通り、廊下の突き当たりには仰々しい木製の扉が付いており、その扉には護符やら何やらが大量についていた。
「まぁ、掃除は掃除だしねぇ…」
部屋はごく平凡で、直ぐに2人は終わらせた。問題は、あの、扉だ。緑珠が怖がりながらも真理に言った。
「わ、私に何かあれば、ちゃんと助けないさいよ?」
真理はどうってことなしに言う。
「そりゃあ勿論だよ。さ、開けるよ。」
しかし、真理の微笑んでいた顔が張り詰めたのは、奥まで光が入った瞬間だった。
「これは…。」
緑珠が不思議そうに中を覗き込もうとした須臾だった。
「何があった……何よ?」
真理は緑珠の目を塞ぐと、階段の方へ向かわせる。
「ちょっと見ちゃあいけないものを見てしまったなぁ……死体というのは、いつ見ても慣れぬものだ。」
何かの魔法で緑珠は眠りにつき、真理は1階に下りて彼女を居間に寝かせる。ただならぬ気配を察したイブキが、洗濯物を畳みながら言った。
「……何が良からぬ物でも見つけたんですか?真理。」
真理はイブキに近付いて言う。
「…死臭がした。あの2階の物置には、死体があった。というか、かなり昔の物だ。遠目で見ても死後100年以上は経ってるってとこ。」
イブキがそれを聞いて立ち上がろうとした時だった。
「君は行かなくて良い。僕が行く。この子が目覚めた時に君が居なくてどうする?直ぐに警察を呼ぶから、そばに居てやってくれ。」
真理のその口調は、何処か寂しい物だった。
左様斯様する中に、辺りはすっかりと暗くなった。2階の死体は回収され、身元はすぐに判明した。要約すると、数百年前の遺体だそうで、当時の未解決事件の状況と一致。
前に住んでいた豪族に罪を着せようと犯人が工作したようだが、もう豪族が移動した後であり、真理に発見されるまで、見つかるのを待っていたのだ。一応の為、お祓い、建て直しを霊力で行い、一件の事件は幕を閉じた。
「良くもまあ死臭なんて分かりましたね。」
イブキが緑珠の側に座って言った。真理が自慢げに言う。
「長生きしてるからね。色んなものを見るし、何せ吟遊詩人だしねぇ…。戦争地帯とか通っちゃうと、嫌でも死体は見る。」
イブキはぽつりと言った。
「…緑珠様はこの事を覚えておいでですか?」
大黒柱に真理はもたれる。
「…覚えてないんじゃないかな。何か言われたら、疲れて倒れちゃったんだって言えばいいよ。」
イブキは了承する。
「分かりました。そうしますね。」
真理がイブキの答えに疑問を抱く。
「不思議だね。僕が見てきた人間の中で、王様や上に立つ人間は何もかも知っておかなくちゃダメだから、従者から聞きたくないことも聞かなくちゃだめ、なんて事も多かったんだけど……君はそういう人間じゃ無いのかな?」
別に、とイブキは言った。
「…この人には、何も辛い事はさせたくない。それが僕の願いです。だから本当は国造りなんて反対なんです。きっと、身を裂くような辛い出来事だってある。僕達がこの先この人を一生守っていくなんて保証は出来ない。」
だけれど、とイブキが続ける。
「それが、緑珠様の望む道だと言うのなら、僕は何にでもなりましょう。」
真理がその答えに言った。
「そういう所は、どんな従者でも同じなんだねぇ…。」
イブキが少し微笑んで言った。
「…忠誠を誓っている従者は、誰だってそうですよ。」
淡い月明かりが、彼等の道を照らしている。彼等が思っているよりも、恐らく未来は明るいのである。