ラプラスの魔物 千年怪奇譚 16 宵の宴 2
楽しい楽しい宴の続き!今回はイブキが緑珠を口説こうとしたり緑珠がイブキを叱ったりと、楽しいお話!……しかし、ゆっくりと魔の手は忍び寄って来ていて……?
イブキが止めるのを他所に、緑珠が勢いよく入った部屋は、煙で充満していた。イブキの顔面は蒼白と化す。
「臭い!もう!折角の調度品に煙をつけて!」
「申し訳御座いません……。」
「仕方ないわね……風の力、空の力、有り余る力、我が手に。」
緑珠が呪文を唱えると、人差し指にしゅるしゅる風の刃が塊となって集まって行く。
「緑珠は風の魔法が得意だねぇ。」
「うふふ、そうでしょ!炎とか水も使えるけれど……これがやっぱり一番出来るわ。」
緑珠はイブキを睨みつけて言った。先程のイブキの睨みに対して、全く引けを取らないくらいには。
「さぁイブキ。窓を開けなさい。」
「はい……。」
がちゃんと窓が開くと、寒い砂漠が見えた。
「よし、いくわよ……風の道、通り道、有る物の力。そぉーっとよ、そぉーっとね。」
微風が三人の頬を撫でて、煙草臭さは消え失せた。あとに残るのは砂漠の甘い砂の匂いだけ。
「よし!上手くいったわ!」
緑珠は手の中にある煙草の煙の塊を握り潰すと、イブキに向き直った。
「貴方、幾ら吸ったの?」
「さぁ……五十本位じゃないですかね……。」
「頭大丈夫?」
「ぐふっ……。」
「まぁまぁ、緑珠。もっと煙草を吸ってた文豪だって居た訳だし……。」
真理が宥めると、緑珠は真理に聞き返した。
「じゃあその文豪はどれくらい吸ってたのよ。」
「……二百本位?」
「比べる相手を間違えて居るのではなくって?」
緑珠は真理の肩を引っ掴んでぶんぶん揺らす。
「だって他に比べる相手が居なかったんだよぉ〜!伊吹君は重度のヘビースモーカーだからさぁ〜!」
あ、と緑珠は真理に耳打ちする。
「私ね、煙草を吸う人ってね、こんな事を心の片隅で思ってるらしいわよ……ごにょごにょ……。」
「え、まじで?マザコンじゃん。」
「マザコンじゃありませんから。それに母親に会った回数はかなり少ないんですよ。」
「だからこそ、じゃない?」
「だからこそでは無いです!と言うか何用で僕の部屋に入って来たんですか。」
「え。会場にイブキの姿が見えなかったから単純に来ただけよ。あと、陛下に見せなくちゃ駄目なものもあるし。」
袋に詰め込んだ旅で集めた宝物をイブキに見せる。
「勝手に男の部屋に上がり込んで襲われても文句なんて言えませんよ?」
「伊吹君の場合物理的に人を襲うか性的に人を襲うか測りかねるけどね。」
「あ?」
「スミマセン。」
イブキは緑珠に向き直って諭す。
「とにかく気をつけて下さい!貴女の場合、本当に何があるか分からないんですから!」
「大丈夫よ!何かあれば股間を蹴ればいいってお父様が言ってたわ!」
「全然大丈夫じゃねぇ!と言うか帝王陛下ってそんなこと仰ったんですか!?」
「そうよ。お父様って少女趣味なのよ。そんなお父様が真剣にこう言ったわ。『……何かあれば、股間を蹴るんだ』ってね。」
「地味に声似てるし……駄目だこりゃ。」
「ま、大丈夫じゃないのは襲った方だけどね。」
「貴方の余計なツッコミは要らないです!」
そして緑珠が思い出したように呟いた。
「そろそろ戻らなくちゃ陛下に心配されるわ。こんな所で三人で漫才している場合では無いのよ。」
「そんな自覚があるんだったらさっさと行きましょうよ……。」
「ごめんなさい、陛下。遅くなってしまいました。」
「構わん構わん。どれ、どんな物があるのだ?」
「二つしか有りませんが……『華胥の涙』と、『玉鏡竜の鱗』です。」
「これは……何と……。」
ナスリーンは宝玉と鱗を互いに見ては感嘆の声を上げている。
「あの気難しい玉鏡竜を絆したのか。侮れん奴め。それに、『華胥の涙』は、あの華胥から……凄いな、緑珠は。」
「私だけの力では有りませんよ。」
緑珠はくすくすと笑った。ナスリーンは大事そうに宝物を袋に詰めると、緑珠に返した。
「うむ。とっても面白かったぞ。久し振りに旅をした気分じゃ。まぁ、旅をした事も無いがな。思いを馳せるのは良い事じゃ。」
ナスリーンも緑珠の笑顔に釣られてくすくすと笑った。
「え、余興ですか。僕が。え?」
「こりゃ面白い事になりそうだね。」
イブキに余興が押し付けられているのを、一人離れている所で見ている真理は酒を揺らしながら言った。
「良いじゃないか。元貴族なんでしょう?演奏の一つ位は出来るだろう?」
「確かに出来ますが、そんな人に見せる程では……。」
「良いじゃない良いじゃない。何が出来るんだい?」
「……三味線と小唄なら。」
ほろ酔いになった緑珠から、イブキへのリクエストが飛ぶ。
「ね、歌って頂戴な!私は歌が歌えないもの。音痴だし。琴は出来るけれど。」
「まぁ……緑珠様の仰せなら……。」
ナスリーンから笑顔で三味線が渡されて、イブキは渋々唄い始める。
「逢いい見ての
後の心にくらぶれば
思いぞまさる昨日今日
いっそ他人であったなら
こんな苦労はあるまいに
焦がれ死ねとか出雲の神は
ほんに仇やら情けやら」
少しの沈黙の後、イブキは優しく笑った。
「……どうでしょう?」
先程の沈黙が嘘の様に、拍手喝采が起こる。だが緑珠だけが顔を伏せたままだ。
「緑珠様?お気に召しませんでしたか?」
「……さい……。」
「え?」
酒の影響か、はたまた照れているのか、緑珠は手で顔を抑えて叫んだ。
「うるさい、うるさいわよ、」
「……もしかして、照れてます?」
「そうよ!照れてるわよ!貴方がこんなにカッコイイなんて……あ。」
「……へぇぇ……そうですかぁ……。」
イブキは二ィっと口を歪める。
「こりゃあ緑珠は餌にされたねぇ。これだから人間は好きさ。」
真理はその様子をくすくすと笑いながら見ている。ナスリーンもまた、その様子を見ながらにまにまと笑う。
「良い良い。伊吹殿、緑珠を口説き落としてみてはどうだ?」
「はっ!?ちょちょちょ、陛下!?お戯れも程々になさって下さ」
「ほう……それは良いかも知れませんね。それに、緑珠様におちょくられた『仕返し』もしていない事ですし。」
「……詰んだ……。」
まるで虐めっ子の様にイブキは緑珠に近寄る。
「あの、何でもするので……イブキ、許して下さい……頼みますから……。」
「イヤ、です。そんな可愛い表情してもダメです。何時もなら許して差し上げますがこの際は却下します。」
「そんな、そんな、」
「往生際が悪いですよ、緑珠様。大人しく口説かれて下さい。」
「ちょっと待って。」
「待ちました。」
「……酔ってる?」
「『鬼』がこれ如きで酔うはずも無いでしょう?」
じりじり距離を詰め寄っていくイブキに、緑珠は逆匍匐前進を繰り広げる。結局、逃げられるはずもなく、冷たい壁が当たる。
(詰んだ……。)
くらりとする様な目眩に緑珠は苛まれる。タダでさえ酒を呑んでいるのだ。これでは堕ちてしまう。と言うか相手は口が上手い人間だ。
そっ、とイブキは壁に手を付けて、緑珠の顔へと自分の顔を近付ける。そして、耳元でこう、囁いた。酷く甘ったるい、世界中のお菓子を煮詰めた様な声を。
「……可愛い、可愛い『僕の』緑珠様。」
余りの甘さに耐えきれなくなって、緑珠は、
「せいっ、」
「いたいっ、」
イブキに頭突きをかます。半べそで緑珠は顔を茹で蛸の様にして叫んだ。
「このばか、ばか、ばか、不敬、不敬よ!」
「あらあら、余りの恥ずかしさに泣いちゃってるよ。」
「ちょっと頭を冷やしてくるから、探さないでよね!」
ぴゅーっ!と走り去っていく緑珠を見ながら、ぽかーんとイブキは立ちすくんでいる。
「……。」
「どうしたの?もしかして、頭突きされて悲しいとか?」
立ちすくんでいたイブキは、口元を抑えて言った。
「……僕達の主、可愛すぎませんかね。」
真理はそれに対してにっこりと答えた。
「鼻血拭いてから話そうね。リア充め。」
そして、真理は鼻にティッシュを乱雑に突っ込んだ。
「全くもう、本当に、何と言うか……。」
緑珠は宮殿の門番から借りたマントを深く被って呟いた。
「うう……。」
今の気持ちを的確に言葉として表現出来ない緑珠は、夜になっても活気が衰えない街をぶらぶらとしていた。
そして、思い立った様に緑珠は賭け事の場へと向かう。相変わらずじゃらじゃらと雀の声がした。
「あら!ええっと……。」
一人の女の声が、緑珠の思考を止めた。ゆっくりと顔をあげると、真理を『敗北王』と知らしめた女が居る。
「確か、りょくしゅちゃん、ね?ちゃんりと一緒に居た……あと、へびくんよりえらい人。」
「へびくん……?」
「ええっと……いぶきくん、でしょ。とっても賢いから、へびみたいだって誰かがいってたわ。だからへびくん。」
ほんわかとした優しそうな女の側に居た男は、緑珠に告げた。
「此奴はスラム出身で教育を受けてねぇんだ。文字は少ししか書けねぇし、読むのも一苦労。まだこの国では識字率が低いからなぁ……油田が沢山あり過ぎて、学校を作れないのが理由なんだが……。ま、大目に見てやってくれ。」
「そうなのね。教えてくれて有難う。」
「ね、りょくしゅちゃん。寒いし、なにか飲んでいきなさいね。あったかいこうちゃを出してあげる。」
「え、でも、それは悪いわ!って、あ!」
と、緑珠が声をかける前に、女は走り去って行った。
「済まねぇな。ああ見えて彼奴は意志が固い人間なんだ。……昔は売春行為なんかもやってたが、主人に拾われて此処で生活してる。此処にいる奴は、スラム出身の主人を中心にしてスラム出身の奴が多いのさ。俺達はそんな生き方しか出来ねぇ。でもまぁ、楽しいなぁ。」
緑珠が相槌を打つ前に、女は暖かい紅茶と何かの菓子を持って来た。
「こうちゃとね、おかしよ。美味しいの。」
「お菓子は……。」
「りょくしゅちゃんへのサービスよ。あるじくんにはひみつね。さぁ、さめないうちに。夜のさばくは冷えるから。」
緑珠はふーふーと冷まして、湯気が立っている紅茶を飲むと、直ぐに笑顔になった。
「わぁ!とっても甘くて美味しいのね。」
「うんうん。確かね、さばくとか、あつい所のお茶は……甘いんだって。」
そして女は不思議そうに首を傾げた。
「でも、ふしぎね。ルーくんがりょくしゅちゃん達を城に誘うっていってたのに。」
「ルーくん?」
男が女の話を説明する。
「ルーくんってのはあれだ、ルージャンの事だ。ナスリーン陛下のお付き。分かるだろ?」
「ルーくんって……もしかして、ルージャンもスラム出身なの?」
「そうさ。昔は良く面倒を見てたもんだ。良い年になってもガキ大将でな、悪い事ばっかりして、偶々通りかかった陛下が暇潰しと自身の護衛の為に、城へと迎え入れたんだ。」
そんな暖かな空気を身に浴びた刹那、だった。
ひゅ、と何かが緑珠の背中を駆け回る。何とか平静を装って菓子を口へと運んだ。
「おいしい?」
「ええ、とっても美味しいわ。」
此処に居てはいけない。城に戻らなくては。でも、その前に。言いたい事が、言わなくちゃならない事が。
「ね、おじちゃん。ペンと書く物貸して下さらない?」
「別に構わねぇが。ほらよ。」
緑珠は渡された黄色の紙に、速く、そして美しく文字を書き記す。その紙を女に押し付けた。そして軽く耳打ちして。
「今から私は行かなくちゃ駄目なところがあるの。私が去ったらこの紙を宮殿の門番さんに渡してくれないかしら。それで若草の衣を着た男の人に渡してって、伝えて頂戴。」
女は緑珠の言ったことを反芻する。
「かみを、門番さんにわたす。わかくさの衣を着たおとこのひとに、渡してって伝える。うんうん、わかったよ。りょくしゅちゃんはもう行っちゃうの?」
「ええ。」
緑珠は心底悲しそうに笑った。少しだけ、涙を零して。
「……紅茶、美味しかったわ。有難う。」
そして、人混みに紛れて、濃紺の空を眺めて、言った。それは惜別の言葉だった。
「さようなら、伊吹。さようなら、真理。私、少しだけだったけれど……。」
泣きながら、笑う。
「とっても、とっても楽しかったわ!さようなら、私が大好きだった人達!貴方達を巻き込む訳にはいかないの。本当に、本当に、楽しかった……。」
緑珠の言葉は、人の雑踏と宵闇に消えた.
次回予告!『最終決戦月面戦争 新帝都』開幕!名前はSFっぽいけどSFじゃないよ!世界が誇る面白すぎる王道ファンタジーが此処に!イブキが切れたり緑珠が奮闘したりと新たな物語が幕を開ける……!




