ラプラスの魔物 千年怪奇譚 15 宵の宴
怒涛の展開がばたばたと続く中、今回はナスリーン陛下と一緒に宴を楽しむ話!イブキが煙草吸いまくったり緑珠が楽しく陛下とお喋りしたり真理が毎度変わらず楽しそうにしてたりと、最強にコメディー色が強い奇譚、此処に。
緑珠は一階席の手すりを掴んだ。だが、その時はもう全てが遅かった。緑珠の耳には、びりりと破れる何かの音がして……
「ねぇ、ルージャンさん。」
「なっ……ぐはっ……。」
イブキの前には、蟹のように泡を吹いて倒れているルージャンが居る。
「見事に僕の罠にかかって下さって、有難う御座います。」
よく良く見ると、イブキの腕の一部には包帯が巻かれていた。辺りには何かの液体が散布されている。
「ルージャンっ!」
緑珠には貴賓席に座るナスリーンの声が聞こえた。硝子で多少声はくぐもってはいるが、それでも劈く様に。慌ててナスリーンは硝子に頭をぶつける。
「僕にはこれっぽっちも効かないんですけど、強力な麻痺薬なんです。大丈夫ですよ、死にません。貴方が神器を持てると聞いて、柄の部分にたっぷりと塗っておいたんです。あと、散布した分も。」
ナスリーンは顔面蒼白でルージャンの元へと駆け寄る。会場は、もう誰も喋らなかった。否、喋る事が出来なかった。
「ルージャン!ルージャン!応えてくれ!死なないでくれ!お願いだ!」
あちゃー、と言った表情で、緑珠は立ち竦む。
「お前が、お前が死んだら!妾は、妾は、もう生きていけない!お願いだから、目を覚ましてくれ!」
「大丈夫ですよ、ナスリーン王女陛下。」
イブキは優しくナスリーンに語りかける。
「ほ、本当……な、な、なのか……?」
イブキの瞳の奥にある仄暗い何かを感じて、ナスリーンはがちがちと歯を鳴らしている。
「大丈夫ですよ。陛下。」
「あ……あ、あ、あ……。」
「捕って喰ったりしませんから。そんなに怖がらなくても宜しいじゃありませんか。」
イブキはそのまま微笑んで去って行こうとして、ナスリーンに告げた。それを緑珠は追いかけていく。
「あ、そうだ。王女陛下、僕はね、人に舐められることが大嫌いなんですよねぇ。」
「あ、う、うう、あぁ……。」
それでは、とつかつかと歩きながらイブキは言った。
「ルージャンさん。約束はちゃんと守りましたよ。」
そうやって沈黙の会場から足を出そうとした瞬間だった。
「この!あほんだらぁぁぁぁ!」
一階席から身を投げて勝者に飛び蹴りをかます叫んだ黒髪の麗人を、誰もが驚天動地の思いで眺めていた。真理は軽く失神した。
「いったい!」
「この馬鹿!くそ!あったまおかしいんじゃないの!?勝てとは言ったけれど、こんな勝ち方無いでしょうが!やりすぎよ!」
「……。」
イブキは苦虫を噛み潰したような表情をして、緑珠を見ている。
「ちょっと頭冷やして来なさい!」
勝者は頭をぽりぽりと搔いて答えた。
「そうさせて貰いますよ。っ、熱い!こら朱雀!」
イブキはそう叫んで神器を落とす。
「いや、貴女もそう言うんですか!?あー……言うことを聞け、朱雀。」
ドスの聞いた低い声でイブキは朱雀へと語りかけると、どうやら冷えたらしく神器を背負ってつかつかと去っていく。緑珠はそれを見届けると、ナスリーンの傍へと寄った。
「陛下。誠に、」
「……が、居た。」
「え?」
「『鬼』が居た。『鬼』が。」
「陛下……?」
震える手を見つめながら、ナスリーンは呟く。
「あれは……人間が挑んでいい代物では無い。目が、奥にある、『何か』が……。」
ゴクリと唾を飲む。
「ずっと『我慢』して来たものを、自分のモノにした、とても見てはいけない、気が狂ってしまう目。」
「陛下、お気を確かに。大丈夫ですよ。」
ナスリーンは涙で赤く腫れた、絶望に濡れた目を、緑珠に向けて見せた。
「其方……あの『人間』、どうやって話す事が出来たんだ?」
「もう!もう!何処に行ったのよー!」
緑珠は、闘技場の戦闘の影響だろうか。人が溢れ返って仕方ない市街を歩き回っていた。通りかかった路地の一番奥、砂漠が見える高いバルコニーに、若草の衣が見える。
「イブキ!」
『何か』が巣食っている瞳をイブキは緑珠に向けた。
「態々探しに来たのですか?」
緑珠はそれに応えることなく、イブキに告げた。
「路地に背を向けて頂戴。それで目を瞑って。」
「はぁ……。」
イブキを綺麗に緑珠はぴったりと立たせると、すう、と深呼吸をする。そして足を構えて思いっ切りイブキを蹴り飛ばした。
「いったい!何するんですか!」
路地の向こう側に飛んで行って転がっているイブキに、緑珠はつかつかと近寄る。顔に手を寄せて、ぐいっ、と勝者の目を覗いた。
「……『消えた』わね。」
「……へ?」
緑珠の顔が近い事に今更気づいて、イブキは逆匍匐前進で下がる。
「顔が近い!本当に何するんですか!つーか痛い!くそ!」
首まで真っ赤にした、ごつんと路地裏の壁に頭をぶつけたイブキを見ながら、緑珠は腰に手を当てて仕方なさそうに言う。
「別に。何もしないわよ。」
「あ、緑珠ー!何処行ってたの!」
「イブキを探しに行くって言ったでしょう?」
「それなら僕だって一緒に行ったのに。」
「真理が来てくれるのは嬉しいけど、多分二人で探してる時に反射的に逃げるわよ、イブキは。それか暗殺されるかも。」
「ま、そうだね。」
真理は肩を竦めて言った。緑珠は少し微笑んで真理へ告げる。
「ね、見て。『消えた』でしょう?」
真理はイブキの目をまじまじと見つめて応えた。
「……ほんとだ、『消えて』る。」
「さっきから消えてるだとか何なんですか……。」
イブキは立ち上がって呟く。
「え?気付いて無かったの?……まぁ、そうよね。イブキの目、鬼神の様な目をしていたのよ?何も見てないような。」
「……へぇ。」
「感想それだけ?」
「いえ、自覚が無いものですから……。」
イブキはちらちらと動物が死んだ残像が見えました、と言う言葉を飲み込んで答えた。
「元に戻ったのだから良いわ。で、反省はした?」
「……はい。しました。」
「貴方ならあんな手を使わなくても勝てたでしょうに、ねぇ真理。」
「僕もそう思うよ。」
緑珠は空を見上げてイブキに言った。
「もうこんな時間なのね。私、先に城へ帰ってるわ。それじゃあね。ナスリーン陛下に話をつけなくちゃ。」
イブキが一緒に行きますという前に緑珠は亜音速で駆けて行く。
「速いねぇ。」
「速いですね。」
「で、」
真理は腕を組んでイブキを睨みながら問うた。
「君の目には、一体何が見えてたの?」
「わかってる癖に更々鬱陶しいですよ。」
一拍の間の後に、真理は呟いた。
「君は……人外が嫌いだよね?それは、君が人外だから?」
「……僕の心を読めば分かることでしょう?」
「それが嫌なんだよね?次いでに過去も覗かれるから。」
イブキは相手の寿命を縮める様な瞳を真理へと向けた。
「それ、誰から聞きました?」
「君の一番そばに居る人……から、かな?」
ちらりと神器へと目をやると、深くため息をつく。
「はぁ……全く、黙れと言ったのに。そうです。僕が一応人外なのは有りますが、僕は、僕の過去が覗かれるのが嫌だからです。」
「じゃあ、もう一つ質問しても良い?」
「駄目と言ってもするでしょう。どうぞ、発言を認めます。」
「相変わらずの貴族気質が抜けないね。良いよ、聞くさ。……君が、家族が嫌いなのって……それは、」
「ご想像通りです。きっと僕の家族も……華幻以外、こんな僕を知らなくて済む。僕が、愛おしい人間を壊してしまう癖を、知らなくて済む。知らずに、不慮の事故で葬られて死んでしまった。それで良いんです。」
「……君は、家族思いなんだね。」
夕日が沈みかけて、長い長い夜が顔を出した。
「いいえ、僕は、」
イブキはゆっくりと、涙をぼろぼろと零して答えた。優しく、優しく、宥めるように、あやす様に。
「本当の自分と向き合えない、ただの臆病者ですよ。」
「緑珠様。」
「お帰りなさい、イブキ。」
緑珠は宮殿から少し出た、夕闇が溶けた砂漠を見つめていた。
「何してるんですか?」
「今から黄昏ようと思って砂漠を眺めていたら想像以上に寒くて戻ろうと思ったらイブキが帰ってくるという気まずい状況に陥ってるが次第よ。」
「それは申し訳ありませんでした。僕、戻りましょうか。」
「別にいいわよ。余計気まずくなるだけだわ。」
「それもそうですね。」
「で、ナスリーン陛下には謝った?」
「はい。謝りました。笑顔で了承して貰って……。」
イブキは何かに気付いた様に緑珠に話す。
「まずは部屋の中に入りましょう。お身体に毒ですよ。」
「そうね。有難う。」
宮殿の中へと入ると、もう其処では夜の支度が出来ていた。ただ、妙に人の数が少ない。
「了承してもらって?」
緑珠は続きを催促すると、イブキは優しく答えた。
「煙草を請求しました。」
「……あんたねぇ。」
「うっわ緑珠様があんたとか言ったちょっと録音したいのでもう一回言ってもらっても良いですか。」
「嫌よ。言わないわよ。と言うか話の流れ折りすぎじゃない?」
「僕もそれはちょっと思いました。バッキバキに折りましたね。あ、それで用事があったんですけど。」
「用事があったの?」
「ええ、宴会をしないかと……陛下が仰って居られます。」
殆ど誰も居ない廊下に、緑珠の独り言が谺響する。
「道理で誰もいなかったのね。……宴会。どんちゃん騒ぎをする奴ね!」
「相違ありません。それでは参りましょうか。」
「ええ。ご相伴に預かるとするわ!」
「陛下、お招き頂き有難う御座います。」
緑珠は満面の笑みでナスリーンへと告げた。
「うむうむ。苦しゅうないぞ。さ、早く食べろ。酒も呉藍料理もあるぞ。」
「呉藍料理って、確か辛い料理ですよね?」
「辛いのは苦手か?」
「いえ!ずっと食べたいと思っていたのです!船着き場のおじいちゃんが、有名な料理だと言っていたので……。」
「そうかそうか。よく食べるが良い。美味いぞ。さぁ座れ。」
ナスリーンは緑珠とイブキを座敷へと座らせると、自身も緑珠の横に座る。
「妾はな、好きなのじゃ。この風景が。」
意識が回復したルージャンもどんちゃん騒ぎをしている。未成年ゆえ酒は呑めないが、ナスリーンは食事を続けながら呟く。
「こんな騒げるほど、我が国は潤っておる。それは勿論、民達のお陰じゃ。感謝せねばならん。」
その呟きに緑珠は酒を呑みながら答えた。
「陛下のお力もありますよ。……寂しくありませんか。父君も母君も居ない、と言うのは。」
「その言葉、しかと受け取った。確かに寂しくなど無い、と言えば嘘になるじゃろう。だが、妾はとても楽しい。妾は今、十五と言えども普通の十五の娘が味わう筈もない人生を歩んでおる。それはきっと、辛い事もあるだろう。然れども……妾はとても楽しいのじゃ。」
心情を吐露したあと、ナスリーンは思い出したように緑珠へと告げた。
「そうだ!其方は沢山の冒険をしてきたのだろう?ならば変わった物を持っておらんか?妾はほら、城に居なければならぬ身。故に、ほら、な?」
きらきらと世界中の宝石を煮詰めて溶かした様な瞳をして、ナスリーンはぱたぱたと尻尾を揺らす。きっとこの少女王は、沢山の宝物を見ては世を馳せているのだろう。
「持って来ますね。待ってて下さい。変わった物と言っても、二つしかありませんが……。」
「構わん構わん。妾は何時までも待っておるぞ!」
緑珠は席を外して、去り際に宴会を見て、
「あれ……イブキが居ないわ。それに、煙管も返してないし。宝物を取ってくる次いでにイブキの部屋も覗いて見ましょうか。」
一人言を呟いて、静けさに包まれた宮殿の廊下を、緑珠はてくてくと歩いていた。
「よし、宝物も渡す物も取ったし部屋に行ってみましょうか。」
イブキが居るはずの部屋へと、緑珠はこんこんとノックする。
「イブキ?居る?」
二回目のノックも無言で、緑珠はドアノブに手をかける。
「入るわよー?」
がちゃん、と扉を開けると。
「……あ?」
緑珠はイブキに凄みのある目で睨まれる。
「……入る所間違えたので命だけは。」
緑珠は冷静に扉を閉めると、走りながら叫ぶ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!ちゃんりりりぃぃぃ!」
「どどどどーしたの?」
真理はどたどたと緑珠の元へと駆け寄る。緑珠は半べそで答えた。
「や、ヤ〇ザが!ヤク〇が居る!ヤ〇クザがぁぁぁぁ!!」
「最後消せてないね。」
「ヤクザじゃ有りませんって。」
「じゃあ借金取り……うわぁぁぁぁ!」
「滅茶苦茶びっくりされて緑珠が僕に抱き着いていると言うのを見て、さぁ伊吹君、今の心境は?」
「クビリコロシタイ位には怒ってますよ。お 前 を な 。」
「そんなガチトーンで言わないでよ。」
緑珠はちらとイブキを見て、心底安心する。
「はぁ……もう、吃驚したわよ。何で宮殿にヤクザが居るのかと思ったわ。」
「いや、咄嗟にヤクザが出て来る緑珠様も緑珠様だと思います。もうちょっと他のは無かったんですか。」
緑珠は訝しげにイブキをしげしげと見つめて言った。
「……貴方、煙草吸ってた?」
「げっ、」
「ちょっと部屋入るわよ。」
「まままま待って下さい!ちょっと待って下さい。」
「はい、『ちょっと』。……待ったわよ。で?なに?」
「くっそ!忘れてた!この人時たまポテンシャルが小学生男子に成り下がるんだ!」
イブキがばたばたと暴れているのを横目に、緑珠は冷徹に言い放った。
「で?貴方が『ちょっと』で出来ることは?証拠隠滅では無く?」
「貴女への言い訳です!」
「はい、宜しい。」
「あの、本当に、ほら、ね?あるでしょう、そういう時。」
「そんなキラキラした笑顔を見せても駄目よ!部屋の中に入るからね!」
イブキが止めるのを他所に、緑珠が勢いよく入った部屋は、煙で充満していた。
次回予告!緑珠がイブキに迫られたり緑珠が顔を真っ赤にしたり紅茶を飲んだりと、相変わらずのほんわかぶり!しかし魔の手は緑珠の首を掴んで……?次回、最終決戦月面戦争の幕開け!




