ラプラスの魔物 千年怪奇譚 14 闘技場の決闘
今回は……ルージャンとイブキがガチで戦いあったり、緑珠が闘技場の熱気にどきどきしたりそれを真理が楽しそうに見詰めたり❛鬼門の❜の続きがわかったりと最後が不穏でおわったりなんやりと今回もまた読み応えのある一話!
「いやぁ、良く呑んだわね。二日酔いが凄いわ。ぐわんぐわんする。」
「僕も久々にあんなに呑みました。酔って寝るなんてかなり久々です。」
「そりゃあ清酒の瓶を二十本近く開けたら酔って寝るだろうけどね。人間じゃ急性アルコール中毒で死んでるよ?」
三人が朝市をうろうろすると、冷たい風が吹き抜ける。
「勝負の朝にしては良い天気じゃない。頭ぐわぐわんするけど。」
「そうですね。頭ぐわぐわんする割には結構元気そうですね。」
「遊ぶことは疲れないのよ。」
「理解は出来ます。買い物終わったので、そろそろ会場へ向かいましょうか。」
「どきどきしてきたねぇ。」
「真理がどきどきしてどうするんですか。と言うか真理が出る手もあったのでは?」
「僕はほら……神様だから。生身の人間にさ、悪いでしょ?」
「此奴自分の役職を盾にしやがって……。」
「ある意味最強の免罪符で職権乱用ね。さぁ、会場へ向かいましょう。王女陛下がお待ちだわ。」
「お早う御座います、陛下。」
「うむ!良くぞ来た!妾は今日が楽しみで夜も寝られなかったぞ。体調は万全か?」
挨拶をした緑珠に変わって、イブキが肩を竦める。数日前に説明を受けた、涼風が抜ける廊下だ。
「昨日どんちゃん騒ぎをした割には、元気に来ました。」
「楽しそうで何よりじゃ。伊吹殿は受付に向かった方が良い。緑珠はどうする?妾と一緒に観戦するか?」
恭しく礼をして緑珠は答えた。
「光栄なお申し出だと存じますが……私は普通の観客席で観覧させて頂きたいのです。構わないでしょうか?」
「其方がそう言うのであれば、妾は何も止めはせん。白熱する試合を、目に焼き付けるが良い。」
心の底から笑ったナスリーンを横目に、緑珠は受付へと向かう。
「ね、私ずっと思ってたのだけれど……どうして私って呼び捨てなのかしら。イブキにはちゃんと『殿』ってつけるのに。」
「それは……多分……。」
イブキと真理は顔を見合わせて笑った。
「他人から見れば、緑珠は子供か妹かに見えるんじゃないかな?」
「……不本意だわ。私を役職名で呼ぶのは鵺の君だけ、って言うのが。」
「……ぬえってあれ?キメラ生物のこと?妖怪だよね。」
「日栄での鵺って言うのはね、倶利伽羅の家を指す言葉なのよ。先祖が鵺だから。うう……あんな奴に名前を呼ばれると考えるだけで虫酸が走る……。」
緑珠がすっかり肩を落としているなか、真理はまた質問をした。
「ね、そう言えばさ。緑珠と伊吹君って面識あったの?」
「僕は式典等で良く見ていましたが……緑珠様は……。」
やれやれと言った口調で緑珠は答えた。
「面倒臭い『しきたり』よ。何だっけ……その人の容姿で判断してはならないとかで、王になるまでは誰がどんな姿なのかは分からないの。下手すりゃ性別も分からないわ。……まぁでも、王宮は色んな噂が入ってくるから……全くわからない、ということは無いわね。」
他愛の無い話をしながら、活気溢れる受付に着く。
「あ、着きました。そんなこんなで、僕は行ってきますね。」
あと、と付け加えて緑珠を睨みながら笑った。少々言い方が変だが、間違ってはいない。
「……帰ってきたら、 必 ず 僕の煙管、 返し て 下 さ い ね ? 」
「勿論よ。さ、行きなさい?」
「はい、頑張って来ます。……少々小狡い手を使いますが。」
「へ?」
「いえ、何でもありません。それでは。」
真理が緑珠に苦笑いする。
「緑珠、もしかして伊吹君から煙管取ったの?」
「だって昨日もあんなに吸ったのよ。それに身体に悪いわ。今日一日位は休養が必要よ。という訳で、取り上げたのだけれど……。」
緑珠はぶるりと体を震わせた。
「……正直今の目線で寿命が縮むかと思ったわ。城兵時代、あれの餌食になった人はどれくらい居たのでしょうね……。」
「緑珠も良くあんなにすらすら台詞が言えたね。頑張ったと思うよ?」
「うん……頑張った……さ、そんな怖い人の勇姿を見に行きましょ?」
「ふう。」
イブキは一息ついて、目を閉じる。頭の中にはぐるぐると観衆の声。人は誰一人として居ない。勿論それは、出場者だけしか通れない、カビた臭いのする出場者通路だからだ。
「おい、お前か。お前だよな。」
集中の向こう側から声がして、イブキはゆっくりと目を開けた。
「どうも、こんにちは。」
「何が『どうもこんにちは』だ。昨日は散々楽しかった様で何よりだ。」
大斧を持った豪傑が、イブキに話しかけた。
「そうですね。とても楽しかったですよ。」
「賭け事が、か?」
「……否定はしませんが。」
「試合の規定違反を起こしているのに?」
「貴方がそれを知っていると言うのならば、王女陛下もご存知なのでしょう?」
「そうだ。」
「ご存知であって、僕を罰しないのなら……良い暇つぶしとお考えの様だ。ならば、僕は良い暇つぶしとして踊るのみです。どうせ試合の差には大差が無いと思っていらっしゃるのでしょう?」
「……何故分かる。まさか、盗聴していたのか?」
「そんな趣味はありません。ただ、考えただけです。それこそ僕の楽しい暇潰しだ。」
「……いけ好かない野郎だな。」
「おや、心外ですね。今までそんな事を言った人は居なかったのに。」
「その笑顔で誤魔化したからか?」
「さぁ?どうでしょう?ご自分でお考えになっては?」
イブキはルージャンが出場する方の入口を優しく指さした。
「……まぁ、全て戦えば分かる。」
「一応言ってはおきますが、その戦えばどうにかなるという発想、何とかした方が良いですよ。」
「何だと?」
イブキは優美に笑った。
「まぁ、全て戦えば分かりますけどね。」
ぎゃあぎゃあと野次や叫び声であぶれる監修の中に混じって緑珠達は居た。
「そうそう!これこれ!この熱気なのよ!私が見たかったのは!ずっと来たかったのに、お父様がお止めになるから。お忍びで行くと言ったら、本当に怒られたのだもの。」
「僕も親だったらそれは怒るよ?」
「どうして?」
「心配じゃない?一応野郎共が集まる場所だしねぇ。君は皇女だった訳だし。と言うか顔バレして無いよね。何故なんだい?」
「地上ではある程度名前だけ有名だったみたいで……顔までは余り特定されてないみたいね。日栄でも城の外に出るという行為自体まず無かったからかしら。」
「お、始まるぞ!」
男の野次が聞こえて、一気に会場は最高潮へと向かう。
「皆テンション高いねぇ。」
全面グラウンドの様なフィールドに、イブキとルージャンが立つ。其の様子を見ながら真理は呟いた。
「この闘技場は……隠れる場所も何も無い。故に誤魔化しが何も聞かない。おまけに社会的死と来てる。最高じゃない?人が死なない娯楽と言うのは、中々珍しいと思うよ。」
イブキはふんわりとした優しい空気を纏いながら、ルージャンに尋ねた。
「どうもこんにちは。便宜上、初めまして、ですね。」
「便宜などいらん。名を言え。」
「それでは……僕の名前は伊吹と申します。宜しくお願いしますね。」
「苗字は?」
目を細めてルージャンを睨む。
「……言わねばなりませんか。」
「当たり前だろう。」
目を薄く開けてイブキは答えた。
「そうですか。そうですよね。別に地上では構わないか。……僕の名前は光遷院 伊吹。光遷院家当主に御座います。ま、昔の話ですがね。」
「お前が……。」
「おや、地上の方でもご存知ですか。」
ルージャンは酷くシニカルに答えた。
「あぁ、知っている。あれだろう。確か好青年と噂されている人間だな。ずっと笑顔で、時折小動物の変死体が発見される屋敷が、光遷院邸だとか。」
正体を見破られたイブキは、軽く冷嘲した。
「……なぁんだ、良く知ってるじゃあありませんか。それでは、貴方の苗字は?」
「苗字など無い。俺はスラムでナスリーンに拾われた。暴れていたらな、『城に来ないか』と。あの姫は退屈が嫌いだからな。」
「成程、その手の人間ですか。なら納得です。」
「何がだ?」
「説明する義理も無いでしょう?」
イブキは足を踏み出して、ルージャンを横切りにする。わぁっと歓声が上がった。
「っ!」
その速さにルージャンはたじろぐと、一つ下がってイブキを見据える。その刹那にイブキは背後に回って、首を撫で斬りにしようとした。
「やっぱり、腐っても早いですねぇ。」
「一応王女の用心棒だからな!」
今度はルージャンの巻き返しだ。ルージャンは撫で斬りにしようとした神器を掴もうとして、イブキはその手を蹴り倒した。
「軽業師みたいだね、伊吹君の動き。」
しかし、蹴り倒した腕がイブキの足を掴んで、びゅん、と投げた。直ぐに壁にぶつかって、その衝撃で一階席が隆起して、土煙が起こる。一階席が、ぼろぼろと崩れた。会場が沈黙に包まれる。
「あ……。」
緑珠がぽかんと口を開いた。イブキの片足がだらんと出て、からんと下駄が落ちる音が聞こえて……?
「……あいたたた。これは応えますね。流石に痛い。」
とんでもなく呑気な声に、埋もれた土砂を退かす音。
「あ、あ、あ、アイツ!生きてやがるぞ!あの豪傑のルージャンの攻撃を受けて!」
沈黙を破った野郎の声に、緑珠は小さく反応した。
「そりゃまあそう思うでしょうね。流石に私も死んだ?って思ったわ。」
ルージャンもぽかんと口を開けて、ぱんぱんと服の埃を払っているイブキを睨む。
「昔……聞いたことがある。」
「……良いでしょう、発言を認めます。」
貴族特有の言い方をするイブキに、ルージャンは呟いた。
「日栄の王宮を守る城兵の中に……とてつもなく強い奴がいると。腕も立つうえ、頭が良く回る。奸智に富む、と。そして、相手を倒す時は童歌を歌うそうだ。」
イブキは完全に立ち上がり、ゆっくりと口角が上がっていく。
「其奴の周りでは、何人か不審な死を遂げた人間も居たらしい。其奴の名前は……いや、名前は知らないが、❛鬼門の多聞天❜、と呼ばれていたらしい。」
『鬼』は美しい姿勢に己の神器をぴたりと合わせていく。優しい優しい声で、そう呟いた。
「『悪鬼羅刹はすぐ側に 御前自身の中にある 呑まれぬ様に 己が考えを持て 呑まれぬ様に 己が考えを持て 己の激情は目の奥に仕舞え 故に我は羅刹也 知識に溺れた❛鬼門の多聞天❜也』。」
「お前が、❛鬼門の多聞天❜……。」
狂笑を持ち合わせ、上ずった声で、イブキは目を見開く。
「あぁ……まだ自己紹介してませんでしたねぇ。僕の名前は光遷院 伊吹。光遷院家当主であり、❛鬼門の多聞天❜と呼ばれた、蓬泉院家中央第一宮殿北門を警護していた城兵です。勿論、小動物を殺したのも僕。でも、あんなの殺したうちに入らない。大切な者はちゃんと壊さなくては!僕は大切な人の絶望しか無い、可愛い可愛い僕の事しか考えていない瞳が見たいんですよ。」
とんでもなく性悪な事を言い放っているイブキを、何も言えずにルージャンは見ている。
「そうですね。それでは、今度の標的は貴方の主を。きちんと落胆させて膝を折らせて見せますよ。」
「この下衆野郎が!」
ルージャンが大斧を振り上げると、背後から声が聞こえる。
「おや、それは心外だ。」
大斧を振りあげた反動で、背後に居るイブキを切り刻もうとして、イブキは背を丸めて横切りをすれすれで避ける。柔らかい茶髪が舞って、本来の性分である『冷艶鋸』の柄の部分で相も変わらず喉を突こうとする。
「これは……嫌な予感しかしないわ。」
「限りなく同感だよ。」
「あれがあの子の真骨頂。真骨頂、なのだけれどね……。」
緑珠と真理はため息をつきながらイブキの試合を見ている。少しだけイブキがよろけて、その瞬間に緑珠は立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「これは、これは、まずいわよ!あの子何かしでかす気だわ!」
緑珠が走って一階席まで走るのと、ルージャンがイブキの神器を取るのと、態とらしく嘘の表情で驚くイブキを見ながらーーー
「届いた!」
緑珠は一階席の手すりを掴んだ。
次回予告!次回こそ、次回こそ一息つける話!宴をしたりナスリーン陛下のお心持ちを聞いたりイブキが緑珠がヤクザと叫んだりとドッキドッキの楽しいお話!




