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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第三章 砂漠狐国 ザフラ
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 11 後編

「そういう訳で、話して頂けて?」


『そう急かすな。直ぐにでも話してやろう。』


砂漠船は光が届かない洞窟に止めて、大きく光が漏れるその洞窟の最奥部に緑珠達は居た。洞窟だからか涼しく、玉鏡竜は身体中の美しい鏡を光らせながら答えた。


『此処に住む仲間に水が無いと嘆かれてしまってな。砂漠にしか住めぬ者故、水が無いと嘆くなど異常事態。直ぐに参った次第。然れどもこんな荒野に水などありはせん。そうして水を多量に積んだ砂漠船を襲っていた訳である。』


真理はうんうんと頷く。


「うん、全くもって良い気心だ!褒めて遣わす!」


真理が褒めた側から玉鏡竜は罵倒する。


『黙れ痴れ者。天界から逃げ出した放蕩息子が。』


態とらしく真理は倒れ込んだ。


「うっわ……真理ちゃん心おれそ……。というか君、誰に何言ってるか分かる?僕の機嫌悪かったら消されてるよ?」


『貴様を敬うのならば消される方がマシであろう。』


「うっわぁ……もう無理だわ……。」


その様子を見ながらイブキは吐き捨てるように言った。


「僕は貴方が天界でも有数に糞みたいな愚図だと言うのに驚きを感じました。」


「ねぇ。其処まで言ってなくない?ねぇ?酷くない?」


『黙れ愚者が。口を千枚下ろしにする

ぞ。』


「もう無理……心折れた……。」


心がばっしばしに折れまくっている真理を他所に、緑珠は玉鏡竜に問う。


「ね、貴方は水が欲しいのよね?」


『如何にも。』


「なら、適任が居るわ。イブキ、聞こえる?」


「……水脈の音、ですか。」


緑珠はにっこりとイブキに笑った。


「ええ!貴方の脅威的な五感があれば、水脈の音くらい分かるでしょう?」


イブキは頗る申し訳無さそうに言った。


「流石に……地下を通る水脈の音までは……。」


緑珠はイブキにちらりと目をやりながら態とらしくため息をついた。


「えぇ?残念だわ。……折角大好きコールして上げようと思っ」


「出来ます。やらせて下さい。」


イブキは目を瞑って、聴覚だけに神経を集中させた。風の音、砂のぶつかる音、生物の呼吸の音、枯れ草の擦れる音。そして、人が生きている音。


「あれ?」


「どうしたの、イブキ。」


緑珠が不思議そうにイブキの顔を覗き込んだ。耳を塞ぎながらイブキは答えた。


「いや……音が地下三千mぐら……あ。近付いて、来てる。」


次は視覚に神経を寄せる。岩の上で息づく虫の向こう側にあったのは、


「あ、彼処です!かなりの水量だ。全員、伏せて!」


なんて言い終わらない内に巨大な水柱が立って、水鞠を飛び散らせながら乾燥の大地へと広がっていく。


水柱の余りの水量に、溢れだした部分にはぽっかりと穴が空いていた。其処から絶えず水が溢れている。


「あわわ……これどうするのよ。と言うか何故こんなに溢れだしたの?……あ。」


「どうなされました?かなりやばいですよね?」


緑珠は玉鏡竜を見ながら答える。


「玉鏡竜は高地に住む竜だわ。寒い所だから、脂肪分も多い。だから体重も重い。恐らくその重さで水が動いたのかしら。でも、これは一体全体どうすれば……。」


真理が笑顔で緑珠に言った。


「こういう時こそ君の『言ったことが本当になる能力』……長いから言霊使役の能力を使ったらどうだい?」


緑珠は手をぽんと鳴らした。


「そうね!それじゃあ……『水の大きい覆いを作って』!」


玉鏡竜にかかりそうだった多量の水が円形のドームへ変わる。直ぐに皆を覆うと、きらきらと太陽の光が水面を通して零れた。


「わぁ!とっても綺麗ね。私、すっかり自分が能力持ちだと言う事を忘れていたわ。」


イブキがすかさずツッコミを入れる。


「いら、忘れてちゃ駄目ですよ。」


「良いのよ。それって幸せな事だから。」


イブキが不思議そうに緑珠を見ながら、哀愁に耽りながら答える。


「私ね、王宮にいる頃は忘れた事無かったわ。『こんな窮屈な生活をやめて欲しい』だとか、『父が元に戻ってほしい』だとか、『アズマが死んでほしい』だとか。それを実行に移さないために、心を冷徹に保つのは大変だったの。」


だからね、と緑珠はイブキの前に躍り出た。


「今はとっても幸せだわ。怖い願いを叶えようとしても、止めてくれる人が居るから。それに、怖い願いなんて思いつかないくらい幸せだから!」


「……本当に、良かったです。」


満面の笑みの緑珠は、心底安堵しているイブキを見て問う。


「どうしてイブキは何時も私が幸せそうにすると、そんなに幸せそうな顔なの?」


イブキはもうどうしようも無くって、ただむず痒くて笑った。


「幸せは伝播するものですから。」


そんなイブキを見ながら、過去を覗いて、それでも信じている守り人に言った。


「さぁ、帰りましょう。きっと玉鏡竜様のお友達だって、こんなに水があれば大丈夫だわ。」


「と、言いたい所なんだけどね……。」


真理は悲しそうに入ってきた道の部分を指さす。大量の水で落石が起こったのか、巨大な岩が道を塞いでいた。


「無理そうですね……あの調子じゃ借り受けた砂漠船も無事かどうか……。」


おずおずと玉鏡竜が口を開く。


『これは我の至らなさが原因だ。船着き場まで送ろう。』


緑珠は目を何カラットもある金剛石の様に輝かせて言った。


「そ、それってつまり……私達、竜の背中に乗れるってこと!?」


玉鏡竜は喜んでいる緑珠を見て嬉しくなったらしく、声を少し弾ませて言った。


『相違ない。』















「うっひょぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「緑珠様はちょっと黙って下さい。」


「うっひょぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「真理は叩き落としますよ。」


「そーらーは、ひろいーなーおおきーいーなー!」


「……緑珠様が音痴なの、割と初めて知りました。」


玉鏡竜の背に乗っている緑珠達。上手く砂嵐が吹かない時間を見計らって飛び立っていた。


「空は広いわね!」


「そうですね。」


直ぐに船着き場は見えて、緑珠は玉鏡竜に声をかけた。


「船着き場の近くで降ろして欲しいの。船着き場で降ろしてしまったら、きっと襲われてしまうわ。」


『了解した。』


船着き場の近くの岩陰で、玉鏡竜は緑珠達を降ろす。彼女は不思議そうに竜へ尋ねた。


「ね、玉鏡竜様。聞きたいことがあるのだけれどね。」


『何だ。答えれることなら応えよう。』


「玉鏡竜様は古来より生きていらっしゃるのでしょう?初代蓬泉院の事も知ってらっしゃる?白蛇だったのでしょう?」


玉鏡竜は訝しげに (と言うか表情もあまり無いので声色的に)眉をひそめた。


『白蛇?……違うぞ、彼奴は宙竜そらりゅうだった。』


「宙竜?それはまた何でしょうか。」


イブキは緑珠に引き続いて玉鏡竜に尋ねる。


『まぁまぁ、話を聞け。昔。太古の話だ。この世界がまだ産声をあげた頃、我の元へ一人の人間がやって来た。白く長い大剣を持ち、白いフードを被った、男とも女ともわからぬ声でよく語る者だった。最初はよく手合わせに来たり、学問を話したりしたが……ある時に別れを告げに来た。』


三人は興味津々に玉鏡竜の話を聞いている。


『「数人の仲間と一緒にね、月面に国を作った。何時かまた私の娘がまた君を尋ねに来るだろう。君の元へはもう来れない。」と言ってな。最後に、我は名前を問うた。少し考えたあと、彼奴は……。』






「そうだな、名乗るのならば……私の名前は……蓬泉院 七風ナナシ。……初代ななしと呼んでくれても構わない。でももう君は、呼ぶ事は無いだろうけど。それでは……さようなら。君と出会えて、本当に良かった。」






『……そうやって言って去って行った。最後に七風の姿を見たのは、黒髪と、優しそうな面影と、透けた竜の身体だった。そのまま飛び立って行ったきり、姿は見ていない。最後に見た透けた竜の姿が宇宙の様な色だったから、我自身が宙竜と名付けたのだ。』


緑珠は耐えきれなくなって、大声で笑う。


「うふふっ!全く面白いわ!蓬泉院様ったら、全く名前を名乗っていないじゃない!」


『?』


玉鏡竜は首を傾げた。


『何がだ?奴は七風と……。』


「当て字ですね、それは。」


イブキが肩を竦める。


「ななし……名無し、だわ。名前なんて無かったのよ。」


「強いて言うのなら、その人は『蓬泉院 宙竜』と名乗るべきだったのかもしれませんね。実名ではありませんが。」


むすっとして玉鏡竜は真理に尋ねる。


『ならば腐れ神よ。奴は何だったのか?』


真理は渋る様に、寂しそうに玉鏡竜へと笑った。


「んー……?彼は……と言うか、彼女?分かんないけど……宙竜は、君に与えた大切なお友達。きっと今も……この世界と言う大きな括りの中で、君の事を考えているはずさ。」


玉鏡竜の表情が読めない中で、沈黙が続いた。真理が沈黙を破る。


「それじゃあ、そろそろ船着き場へ行こう。日が暮れる。じゃあね、玉鏡竜!」


真理とイブキが歩き始めて、緑珠も足を進めようとした瞬間だった、大きな前足で、優しく緑珠の肩を止める。傷付けない様に、そっと。


『待て。蓬泉院の愛娘よ。』


「何かしら?玉鏡竜様。」


置かれた前足の爪を優しく撫でながら、緑珠は問い返す。


『我はあの神を悪く言ったが……それには理由があるのだ。単純に、この世界を創った大君が地上に降りる。それだけで諸々の神々は心配した。地上には何があるか分からない。だから、皆心配して……。』


斜陽が輝いて、玉鏡竜の流麗な鏡に夕日が滲む。


『毒づいているのだ。……あの莫迦を、宜しく頼むぞ。』


「勿論。私たちの大切な仲間だもの。家族に等しいわ。」


『……良かった。』


心底嬉しそうに玉鏡竜は呟いた。


「緑珠様ー!行きますよー!」


「分かったわ!」


玉鏡竜は肩から手を降ろすと、己の鱗を緑珠へ渡す。それは緑珠の顔ぐらいはある、大きな鱗だった。何でも見通す竜の鱗。


『持って行け。砂漠の姫君は珍品好きだ。達者でな、蓬泉院の愛娘よ。』


「有難う。それと……。」


緑珠は玉鏡竜がくれた鱗に軽くキスをして言った。


「私の元の名前は緑珠李雅リョクシリア。今は蓬莱 緑珠って言うの。……愛娘だけれど、名前はあるもの。」


顔を綻ばせて緑珠はイブキの元へと駆け出すと、玉鏡竜はまたも言葉は空気に溶けた。


『……そうか。元気でな、緑珠。幸せそうで何よりだ。』


緑珠は高速で走って船着き場に着くと、頭を抱えていた老人に声をかけた。


「おじーちゃん!玉鏡竜を説得して来たわ!これから砂漠船が動かせるわよ!借り受けた砂漠船は壊しちゃったけど……。」


懐疑的な表情を隠せない老人に、緑珠は竜の鱗を見せびらかす。


「ほら、ね!本当に動かせるわ!今すぐにでも、私は行きたいの!」


老人の陰っていた表情はみるみるうちに晴れて、緑珠の顔をまじまじと見る。


「お嬢ちゃん……そりゃまた本当かい?」


「本当よ!」


老人は老人とも思えない足取りで、辺りをぴょんぴょんと跳ねていた。


「やったぁ!やったぁ!今すぐにでも船を出すぞ!ほら、あんちゃん達も乗りな!また商売が出来る!」


空にはもう菫色の空が広がっていて、遠くから青く深い波が少しずつ押し寄せて来ている。満潮が近いのだ。緑珠は手を上げて、イブキと真理に言った。


「さぁ、ハイタッチしましょう。私たちのチームワークに!」


イブキと真理は顔を見合わせて微笑むと、元気よく三人でハイタッチした。










「わぁ!綺麗!海の上みたいだわ!」


「これは……圧巻ですね。」


緑珠達は雲を突き抜け、高い標高を飛んでいる砂漠船の上に居た。雲が浪のように押し寄せて、絶えず砂漠船を濡らす。


「ま、砂漠船の美しさは此処からなんだけどね。」


緑珠の不思議そうな顔を見て、真理は黙ってつけ抜けた紺碧の空を指さした。


「あ、あぁ……ほんものの、おつきさま……。」


砂漠船を飲み込む様にぽっかりと空いた金色の月が、紺碧の空に懸かっている。綿飴みたいな雲が、優しく月を撫でていた。


「美しいですね。……あんな所に、僕達は居たんですか。」


イブキは昔を懐かしむ様に呟く。緑珠の翠緑色の瞳に、まんまるいお月様が乗っかっていた。


「もしかして、これ……鱗を掲げたら、もっと綺麗になるんじゃないかしら?」


緑珠は玉鏡竜から頂いた鱗を、頭上高くに持ち上げた。すると、


「あっ!緑珠、見てみて!」


真理の声に振り返ると、玉鏡竜が近くを飛んでいる。緑珠はぶんぶんと手を振ると、玉鏡竜の目は優しく緩んでいた。


「さようなら!また今度、北の山脈に行く時には……!」


「住処に寄ってあげるからね!」


緑珠の言葉の続きを真理が紡いで、彼女は一つ、


「くしゅんっ!」


くしゃみをする。イブキが緑珠の肩に手を置いて言った。


「さ、中に入りましょう。砂漠の夜はかなり冷えます。お風邪を召されぬように早く寝ましょうね。」


「はぁい。……イブキは砂漠に詳しいのね。日栄には区切られた砂漠しか無かったのに。」


緑珠はきょとんとしながらイブキの顔を覗く。


「沢山勉強しましたから。それに……何時か、分かりますよ。」


イブキの瞳の中にあった、微笑みだけを緑珠は拾って行った。悲しみだけは、見えなくて。


「ほら、真理も寝ますよ。風邪引いたら面倒なので。」


「扱いの差でしょ。」


くすくすと真理は笑って、緑珠達は砂漠船の中へと入って行った。

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