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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第十章 天壌無窮蒼空国 月影帝国
202/256

ラプラスの魔物 千年怪奇譚 187 名の無い魔剣

ハニンシャが不審者ばりに大声を上げてアリーシャに抱き着いたりすっかり落ち着いてすやすや眠ったり緑珠様からプレゼントを賜ったりする話!

「ねえさーーーーーーーーーーーんっ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ不審者ァァァァァァァァァァ!」


「どうしたんだいアリーシャ!変質者かい!?」


三つの声が同時に重なって、下からどすどすという重い足音が響く。大きなフライパンを掴んだ大柄の女性がそれを振り下ろさんばかりに振り上げていた。


「へ、へんしっ、へんしつ……あっ……。」


「酷いよ姉さん!たった一人の弟を変質者呼ばわりするなんて!」


玄関先に倒れ込んだアリーシャの上にすとんと座り込んでハニンシャはぽろぽろと涙を零す。


「変質者は此奴かい!?今からコイツを……!」


「あぁぁぁぁ違うんです私の勘違いでした大家さん!弟です!おとうと!」


寝っ転がる形になってしまっていたアリーシャは、ぎゅっとハニンシャを引き寄せる。


「おとうとぉ?」


家族とは思えないほどべったりと姉にくっついているハニンシャを、大家はじっとりと見詰める。


「目元が良く似てるね、アリーシャ。あんた、名前は?」


「ハニンシャって言います。いつも姉がお世話になっています……。」


今は姉よりも大きくなった弟は、それでも一緒にいることに安心したらしく、何時もの覇気がない。おずおずと立ち上がった姉の後ろに隠れた。


「あんた幾つよ全く……。すみません、私の弟が……。」


「気にしなさんな。態々来てくれたんだろう?ゆっくりして行きな。」


「あ、有難う御座います……。」


大家の姿が無くなると、ハニンシャはまたべたべた姉にくっつく。


「姉さん姉さん姉さん……!ずっと会いたかった!久しぶりだね!」


「べたべたくっついてくんな鬱陶しい!暑苦しいのよ!」


「やだ!そんな事言わないでよ!折角久しぶりに会えたんだからさ!」


「はいはいもう部屋に入るわよ……。」


一人暮らしにしては少し大きな部屋だ。玄関を抜けると部屋があって、布団やら本やら家具やらがこじんまりとした部屋の中に仕舞われていた。


「わぁ……!姉さんの部屋ってこんなんなんだ……!」


「結構良い大きさよ。我儘出来る広さだわ。」


小さな机の傍にアリーシャは座ると、ハニンシャも釣られて座る。


「あれ、姉さん、それ……?」


「ん?なぁに?どうしたの?」


姉の耳にはキラキラ光る何かがある。耳環イヤリングとか耳留ピアスとか言われる部類のものだろう。そっとそれに手を伸ばす。


「きれい……!これなぁに?僕の義兄さんになる人から貰ったの?」


「……あんたのそのまどろっこしい聞き方宰相とそっくりよね。違うわよ。」


耳環イヤリングを触りながら、何処か懐かしそうに呟く。


「これは……。父さんが母さんに送ったものなの。あの三人にボヤいたら遺産を全部探して来てくれてね。その中にこれがあったみたいなのよ。」


「父さんが、母さんに……。」


「綺麗なのよ。紅玉がはめ込んであってね。太陽の印がしてあるの。」


きらきらの耳環イヤリングをぼおっとハニンシャは眺める。その視線に耐えかねたアリーシャは、


「片耳、あげようか?」


「えっ!良いの!」


「良いの良いの。ほら鏡台の前に座りなさい。」


言われるがままに鏡台の前に座らされると、器用にそれをつけられる。


「痛くない?」


「うん。全然。耳環イヤリングってこんな感じなんだね……。」


耳留ピアスと違って穴を開ける訳じゃないからよ。案外あっさりいけるものなの。」


ふぅん、と呟くと、耳元で光る耳環をうっとりと眺める。綺麗だし、それに……。


「……なんだか姉さんとずっと居るみたい。」


「べたべたくっついて来る弟と一緒にいてもねぇ?」


「い、いや……かな……?」


うるうると瞳に涙をためて、背後に居る姉に振り返る。


「冗談だってば!何でそんな直ぐに泣きそうになるのよ!」


「だってえぇぇぇぇ……!」


「あーもううるさいうるさい!泣くなってば!」


「はぁい、ずびっ、ぐすっ……。」


「何時からこんな泣き虫になっちゃったのかしら……。昔は泣きもしなかったのに……。」


ずびずび泣きやもうとしているハニンシャの頭を撫でながら……遠い昔のことを思い出していた。昔のこの子は利口で……いや、利口というのは少し寡黙過ぎたが、笑いも泣きもしない子だった。


かく言う私も涙もろくなったものだ。涙が出るのは幸せの証だったか。あれを言ったのは誰だったか。


「そうだあんた。髪の毛伸ばしてるのね。」


「うん。変かな?」


「変じゃないわ。……お母さんそっくり。」


少しだけ残っている母親の幻想を追うが如く、アリーシャはハニンシャの顔を優しく包み込んだ。そして彼の三つ編みを解いて、


「……ほんとあんたってば、お母さんそっくりだわ。顔の輪郭とか。笑った時の表情とか。後ろで一つで括ったらほんとにお母さんに……」


一つに括っていた手を解いて、アリーシャは肩を竦めた。


「ま、お母さんはそんな泣き虫じゃなかったけどね〜。ぶっちゃけお父さんの方に似てるかも。」


「……姉さん。」


「あら、なぁに。」


「姉さんはさ、まだ母さんに会いたい?」


「……そうねぇ……。じゃあ逆に聞くけど、あんたはお母さんに会いたいの?」


会いたくないと言えば嘘になる。ただの興味本位だけど、母には会ってみたいのだ。どんな人か。……でも……。


「あんたがお母さんに会ったのって、お父さんのあの件があったのが最後だっけ?」


「……うん。たぶん。」


そっかぁ、とアリーシャは呟くと。


「まぁそれは私もなんだけどさ。……私は……どうなのかしら。会いたいのかな……。ねぇもし、ね。ハニンシャ。もし私の為に副宰相をやっているのだったら……。」


一番ハニンシャが気にしていることをアリーシャは言い切った。


「さっさと辞めてくれても構わないのよ。」


「……えっ……。」


ぎゅうっ、と弟を抱き締めると、優しそうにアリーシャは続ける。


「お母さんが私達を置いてどっか行っちゃった時は……そりゃ会いたいって思ったけどね。……でもあんたが居るから良いわ。」


そもそも、と綺麗な笑みを作って言うには。


「あんたに私の居場所を教えなかったのだって、あんたに会いたくて堪らなくなるからだし。」


ぽかん、としているハニンシャに、姉は決定的な問いを投げかけた。


「で、どうするの?あんたは本当に月影帝国の宰相にでもなるつもりなの?」


その答えはずっと決まっていた。少し前なら揺らいでいたかもしれないけれど、今は強い確信がある。


「……なるよ。僕はなる。僕は……僕の願いは『この生活が続くこと』だから。それを叶え続ける為には、宰相になるのが一番だって思ったから……。」


そう思ってハニンシャは顔を上げると、時刻はすっかり夕飯前になっていた。


「も、もうこんな時間!?ごめん姉さん、僕戻らなくちゃ!」


「ばたばた騒がしいわね。」


玄関で慌てながら革靴を履いているハニンシャの後ろから覗き込むようにして声をかける。


「少しの時間だけでも会えて話せて良かった!それじゃあね!姉さん!絶対また会いに来るから!」


「はいはい来なくていーわよー……。」


アリーシャの言葉を無視して何回もまた来るから!を発し続けるハニンシャを見詰め、その姿が角に消えると腕組みをしながら呟いた。


「……随分とまぁ、私もお姉ちゃんぶっちゃって……。」


扉を締めながらしみじみとそう呟くと。


「……さてと、夕飯の準備でも始めるとするかな……。」









肩を揺らして走るハニンシャは、その足を王城へと必死に伸ばしていた。


あぁ、姉さんに会えるなんて。会えて話せた。姉さんの留学が終わればずっと一緒に生活出来る。


……あぁでもその前に家族が出来るかもしれないな。何でも良いけれど、ずっと平和で、静かな生活が出来るのならば……。


それならずっと、幸せだ。それだけで良い。そんな事を考えていたら城が見えてきた。


「おや、ちゃんと帰って来たんだね?」


ふわり、紫髪の魔法使いがハニンシャの前に踊り出る。


「お迎え、ですか……?」


「伊吹君からお迎えに行けって言ってたんだけどね。ちゃんと約束を覚えててくれたんだね。」


「そりゃあ勿論!陛下からのお呼び出しですもの!」


にこにこと嬉しそうに微笑んだハニンシャの足元に、魔法陣が現れる。


「それじゃあそのまま緑珠の元まで飛ばしてあげよう。少し目を瞑っていてね。」


返事をする前に辺りが眩しくなると、慌ててハニンシャは目を瞑る。少しだけふわりと浮いた感覚の後、足元に柔らかい敷物カーペットに触れる感触があった。


「あらあら……。早く着いたのね。」


真ん丸に見開かれた翠玉の瞳が、ハニンシャを真っ直ぐ射抜く。


「えっ、あっ、それならまた出直して……。」


「良いのよ。早い方が私の覚悟も決まるわ。」


お座りなさい、と窓辺に立っていた緑珠は近くにあったソファに誘う。その対面に座る形で彼女は座った。


「……色々、考えたのよ。これを渡すのはずっと後にしようかしらとか、大人になってから渡そうかしらとか……。」


ほんの少し悲しそうな表情を作ると、机の上に少し大きめなサイズの臙脂の箱を置いた。


「でも……事情が変わってしまってね。早く渡す事になったの。」


どうしてそんな悲しそうな顔をしているんだろう。何時も何時も、綺麗な笑みで、遠い空から人を見ている天女の様な雰囲気が無くて……。


「聞くわ、ハニンシャ。……貴方は月影帝国の宰相になる覚悟はある?」


直ぐに言わなくちゃ駄目なのに。その妙に人間臭い表情が頭から離れなくて。


「今ある王者、賢者、そして強者の座に……着く覚悟が貴方にはある?」


そんな顔は見たくなかった。そんなの陛下らしくない。その表情が晴れるの、なら……。


「勿論、あります。やらせて下さい。僕で構わないのなら……!」


「……ふふ、そう。」


質素な鍵を渡して、その箱を開くのを誘う。


「さぁ、開けなさい。これはね、イブキが見つけた神器なのよ。あぁ、あとこれも持っていくと良いわ。」


思い出したように黒の巾着を取り出すと、先にハニンシャは其方に手を出した。白の磨り硝子に金のメダイのロザリオだ。


不思議そうに見慣れないそれを見詰めると、今度は鍵穴を箱に刺した。


拳銃の様な形をしている青い金剛石ダイヤモンドが何重かぐるりと金の台に嵌め込まれた何かがあった。キラキラと月夜に輝いている。


剣が折りたたまれて居るように見える銃の形のあの神器だ。


「それは折り畳み式の魔剣だそうよ。魔銃としても使えるわ。」


「凄く綺麗です……。」


魔銃を持って月光にかざすと、更にきらきらと光る。何処までも奥深い光だ。


「そのロザリオを媒介にすれば貴方の魔力を増幅して技を放てる。一緒に持って行きなさい。」


「あ、有難う御座います。えぇと、使い方は……。」


「それはその神器が教えてくれるわ。とにかく明日はそれで乗り切りなさい。また正しい使い方は真理が教えるでしょう。」


「分かりました。」


そして付け加えるか如く、


「ハーシャ。貴方はまだそれを使い慣れていない。だからもしそれを使うのならば……最後の切り札として使いなさい。」


「切り札……。そんな事にならないよう、善処しますね。」


あからさまに項垂れたハニンシャに、緑珠はくすくすと笑う。


「大丈夫よ。貴方ならきっと大丈夫だわ。……そうだ、それとその神器……。」


緑珠は立ち上がって月を眺めると。


「まだ名前が無いの。聞いてあげてね。教えてくれるわ。」


「……なま、え。」


「今は不便だから仮に名前を付けるのも良いと思うけれど……。」


「……なまえ。」


ハニンシャが頭を捻って出した名前は。


「『卵かけご飯』とかどうでしょう。」


「やっぱりちゃんと名前を聞いてあげてね。ごめんね。私変なこと言っちゃったわ。」


「だめか……好物なのに……。」


好物なのね……。と緑珠は心の底で何故か納得しながら、城のベルを聞く。


「もうお夕飯ね。それじゃあ行くわよ。たっくさん美味しい物を食べましょうね!」


ゆるく立ち上がったハニンシャの肩を押して、うきうきしながら二人は食事へと急いだ。







次回予告!!!

段々と今の世代から次の世代へと変わっていくのがよく分かる話であったり、いつものあの三人の今の関係性がちょっと見えたりする話。

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