ラプラスの魔物 千年怪奇譚 1 後編
「やぁ真理!商売はどうだい?」
金木犀の町、マグノーリエの煉瓦造りの交差点で、働き盛りの女は木の上で寝ている男へと言った。
まるで死体の様な寝顔で、瞼を開ける。長い長い紫色の髪は、葉と一緒に伸びていた。
「……まぁまぁ、かな。」
澄んだ声で彼は言った。巨大なハープを木の下に置いて、長い髪の毛は銀のバレッタでハーフアップにされている。女は続けて言った。
「働きなさいよ!アンタは詩も顔も良いんだからさ!な?」
真理は煩わしげに言った。
「世の中が五分前に出来たと思う?」
女は訝しげに言った。
「なんだい、そんな訳あるはず無いじゃないか。何千年もの昔の話だよ!じゃあね!」
むくりと体を上げて彼の人は言った。
「そうだね。僕もそう思わないよ。けれど、その可能性も否めない。…まぁ、この世界に関しての話、だけど。それに、創ったのは随分昔の話だしね。」
木漏れ日の隙間から漏れる太陽に手を透かす。
「……神の娘が来る。僕の大切な遊び道具よ。」
彼が世を統べる者とは、この世の誰1人と知らない。彼、以外は。
「イブキー!お腹が空いたわ!」
「我が儘言わんで下さいよ…。」
イブキが仕方なさげに笑う。リョクシリアは苗刀を差したまま、森を闊歩している。
「でも本当にお腹が空いてしまったわ。空いてしまったのだもの。歩いたものね。」
リョクシリアは期待の眼差しをイブキに見せると、イブキは言った。
「そんな目で僕を見ないで下さいませんか…。」
「あら、そうかしら?ねぇ、街に出ましょうよ。そうすれば何かあるかもしれないわ。」
イブキがそんなリョクシリアを静止する。
「別に出てもいいですけど、僕の後ろに付いてて下さいね?絶対安全とは言えませんし…それに。」
イブキは苦虫を潰した顔で言った。
「お金はどうするんですか。」
リョクシリアは少し考えた後、言った。
「何とかなるわ。多分ね。」
彼女が森を抜けた時だった。
「あるわ!街がある!行くわよ!」
「いやいや!ちょっと待って下さいよ!」
リョクシリアが駆け出すと同時にイブキも走り出す。しかし、リョクシリアがピタリと止まった。
「空が、青いのね。蒼くないのね。」
その一言に、イブキも空を見上げる。目が焼けてしまいそうな青い空は、塗り残しの絵のような雲が一筋。
「…そうですね。」
リョクシリアが更に続ける。
「水も透明なのね。葉も、緑色。」
遠い望郷を望みながら、リョクシリアは笑った。
「ええ!やっぱりそれでいいのよ!ねぇイブキ。」
彼女はイブキに語りかけるように言う。
「私、あの場所も好きだったわ。でもね、水も、宇宙も、草木さえも、宝石をつけて何一つだって本物では無かった。本物を見る事が出来ない帝国だったわ。」
そしてリョクシリアは続ける。
「ええ。私、知ったわ。お偉い方が地上を嫌いな理由が。」
手を大きく広げて、空を背負って。
「だって、あの方々は本物が見たくないのよ!本物はとっても綺麗で、とても残酷だわ。でも、それが人の想いなのよ!素朴なのが、通じる想いだわ。」
リョクシリアは満面の笑みでイブキに言った。
「そんな重たい防具なんて棄てておしまいなさい。私達には語る言葉と万一の剣があるのだから。守る必要なんて無いわ。書き物と知識があれば、防具よりも硬い防具が手に入る。私、知る事が出来たのだわ!」
くるくると街が見える近くの平原で、彼女は回る。リョクシリアはイブキを手を引っ張る。
「さぁ行くわよ!新たな可能性を見出しましょう!」
イブキはもう何が何やら面白くなってしまって、くすくすと笑った。
「いい街ね。」
リョクシリアは一つ言った。防具を高値で売り捌いたイブキは返す。
「そうですね。活気に溢れてて…。」
えっと、とイブキは続ける。
「ここは、『マグノーリエ』という街だそうです。地上で一番発展している街だとか…近くに国があるそうですよ。」
リョクシリアは何処かで買った団子を頬張る。彼女が言った。
「ひょうなひょね。」
イブキが軽く頭を叩く。
「食べてから喋んなさい。」
ごくりと飲み込んでリョクシリアは言った。
「そうなのね。美味しいわ、このお団子。もっと頂こうかしら。」
イブキが肩を竦めて言う。
「夕飯がそれでいいのならですけど。」
それに、とイブキは続けた。
「リョクシリア様は一体何をするおつもりで?地上に降りてきたのは良いですけど、住むにもなかなか大変ですよね…。」
あ、そうだ、とイブキはまたもや続ける。
「今までみたいな贅沢は出来ませんからね。それだけは」
「それは嫌ね。」
リョクシリアがイブキの話を遮る。そして言った。
「…国を作りましょう。あの帝国に負けないくらいの、光の都を。贅沢がしたいわ。」
くるくると団子の串を回す。イブキが驚愕に塗れている間に、リョクシリアは歩き出した。
「広場に行きましょう。地上には賢者が沢山いると聞いたわ。何か教えてくれるかもしれない。」
イブキはリョクシリアの真後ろに立つ。直に巨大な大木が見え、その周りには人人人。リョクシリアは何一つブレずに大木の前に立つ。見上げると、人が居る。
「…来たんだね。」
男が一つ、声を上げた。周りの人々がリョクシリアに語りかけた。
「姉ちゃんもこの男の噂を聞いて来たのかい?」
中年の男はリョクシリアに言った。
「いいえ。何も知りません…有名な方なのですか?」
次は女が声を上げる。
「有名も何も、あの朧月夜 真理だよ!知らないの?」
イブキが優しく笑う。
「山の方から久々に来たもので…世間の事を余り知らないのです。」
リョクシリアが木の上に居る男に声をかけた。
「ねぇ!そんなに有名なら、少し教えて頂戴な。良いでしょう?」
抑えようとするイブキをリョクシリアが制す。
「私が今、考えている事を。その答えを、示して下さらないかしら。朧月夜さん。」
相手は木の上から答える。
「…君の答えは直ぐには出せない。流石の僕もそれは分からないよ。君の身の上くらいしか。」
リョクシリアは挑戦的な笑みを浮かべる。
「へぇ…!教えて欲しいわね。」
イブキがはらはらするのを他所に、真理は続ける。
「君はね、太陽の娘だ。太陽の姫君。だけれど地位は其処まで無かった。だって後妻が男の子を産んでしまったからね。だから、」
「そう。それで構わないわ。」
しん、と当たりが静寂に襲われる。イブキは何処かその雰囲気にゾッとする。明らかにリョクシリアの目はきらきらと輝いている。何か、視える目。
「なら、今度は私が当ててみせるわ。貴方の正体を。」
翡翠の目は真理を貫いていた。裏側の真実を抉り出す双眸。真理は明らかに狼狽している。
「…おいおい…冗談はよしてくれよ……。僕はしがない吟遊詩人だよ?」
「あら、そうなの。吟遊詩人なのね。」
真理は冷や汗をかいている。リョクシリアが言った。辺りは時間が止まっている。
「そうね……詩人…ええ…わかったわ!」
軽く真理に指をさして、リョクシリアが言った。
「とっても突拍子もない事だけれど…貴方は…神様ね。」
何故か、何故か、笑えない。ゆっくりと、ゆっくりと、ただ時のぬるま湯に彼女は載せた。
「ねぇ。」
にっこりと笑う。
「そうなんでしょう?」
しかし直ぐに訂正した。
「いえ、やめましょう。そんなの面白くないものね。何時か直ぐに当ててみせるわ。」
堰き止めていた水は流れだし、人の流れも戻る。ねぇ、とリョクシリアは続けた。
「国を作りたいのよ。贅沢がしたいわ。……いえ、違うわね。それは建前。本音は…分からないけれど、国を作りたいのよ。ねぇ、貴方はどうして有名なの?朧月夜さん。」
1人の人間が声を上げる。
「悩みを聞いたら何でも答えてくれる、凄い人だからね。」
へぇ、とリョクシリアは言った。イブキは頭を抑える。
「なら、国を作る為にはどうすれば良いのかしら。教えて下さらない?」
楽しそうに笑って真理は木から下りる。
「それは…流石の僕も、国を作った事は無いなぁ…。だから分かんないけど、君を手伝う事は出来る。」
リョクシリアの顔には笑顔が溢れた。しかし、真理が苦笑いをする。
「…道のりは厳しいと思う。それに。」
一拍置いて真理は言った。
「君達、今日の泊まる場所はどうするの?」
「全く決めていないわ。泊まる場所と言うよりかは、住む場所が必要ね。」
真理がそのままの表情で言った。
「強欲だね……。」
挑発する様にリョクシリアはくすくす笑う。
「あら、皇女様は強欲でなんぼよ。」
真理が言った。
「住む場所…ねぇ…。心当たりはあるけど。」
イブキが声を上げる。
「辞めましょうよ、リョクシリア様。こんな出会ったばかりの人の言う事は聞けませんよ。」
あら、とリョクシリアが声を上げた。
「別に構わないわ。気にしていたら始まらないのだし。」
さらにリョクシリアは続ける。
「もし何かあるのなら貴方のその矛で塵にすれば良いだけよ。」
「うわぁ…。」
真理が有り得ないという声を出す。リョクシリアが真理に向き直った。
「ね、心当たりがあるのでしょう。雨風凌げるのならそれで構わないわ。案内して頂戴。」
真理が苦虫を潰した顔で言った。
「…本当に良いの?」
「構わないわよ。」
「…凄いわね。」
「言ったでしょ?」
3人が向かったのは、少し町外れにある長閑な場所。目の前にあったのは平屋の大きなボロ屋だった。門も開っ放し、庭も草が大量に生えている。リョクシリアは何一つ動じずに家に入る。
「なかなか凄い損壊の仕方ね。誰か住んでいる人は居ないのかしら?」
真理が声を上げる。
「…これはね、南の霊力帝国が豪族だった時代の屋敷なんだそうだけど、もうこっちも維持費が半端ないから売り払ったのは良かったんだ。だけど、所有権を有する人はいないし、住んだ人勝ちになってる。」
リョクシリアは息をすって言った。
「良いじゃない。ここにしましょう。異論は無いわね、イブキ。」
半ば呆れてイブキは笑った。
「リョクシリア様の仰せのままに。」
彼女は真理に向き直る。
「ねぇ、私、リョクシリアという名前は飽きたわ。心機一転、名前を変えることにする。」
イブキが驚愕の声を上げた。
「心機一転なんかで名前を変える人なんて早々いないですよ……。」
リョクシリアはイブキに近寄って言う。
「リョクシリアという名前、長いのよ。漢字も物凄いし。皇族だから仕方が無いのだけれど。」
あぁ、とイブキは言った。
「…まぁ、そうですね。リョクシリアは『緑珠李雅』って書きますし。」
そもそも、と腕を組んでリョクシリアは言った。
「大体苗字が長過ぎるのよ。『蓬泉院来仙倶利伽羅藤城鳳駕』だものね。」
「…何て読むの?」
真理が驚きながら言った。リョクシリアは至極当然そうに話す。
「へ?読み方?『ほうぜんいんらいせんくりからとうじょうほうが』よ。2つ合わせると『蓬泉院来仙倶利伽羅藤城鳳駕 緑珠李雅』よ。」
まぁ、とリョクシリアは続けた。
「名前の件は後にしましょう。取り敢えず今はこのおんぼろ屋をどうにかする前に、今日寝泊まりしてお風呂が入れる場所を作らないと。ガスとか通ってるの?」
彼女は真理に問う。
「これが不思議な事に通ってるんだよなぁ。マグノーリエは凄いと思うよ。本当に。」
家に入りながらリョクシリアは言った。
「お邪魔します…へぇ、この街って凄いのね。」
リョクシリアは所構わず扉を開けるが、埃の付いた手を見て言った。
「面倒だわ。とてつもなく面倒だわ。…この家屋、耐え切れるかしら。ねぇ真理、この建物、耐震度は幾らぐらい?」
きょとんとしながら真理は言った。
「え?別にそれなりにあると思うけど。」
リョクシリアは手を合わせる。
「2人とも何かに掴まって置いた方が良くってよ。」
イブキと真理は不思議そうにその行為を行う。リョクシリアは部屋のど真ん中で呪文を唱えた。
「風を斬る風刃よ、世の不可欠となる水よ。」
ふわふわと水と風のコアがリョクシリアの頭上に現れる。
「今、夜の帳降りるこの時を持って、発動を許可せん。」
ぶわりと魔法が炸裂しかける。リョクシリアは冷や汗をかいて言った。
「あ。やり過ぎた。」
「…冗談ですよね?」
「こんな場所で冗談言えるなら苦労してないわよ。イブキ、私を守りなさい。」
イブキは冷ややかに笑って言った。
「…勿論ですよ。後で何かして貰いますから。」
真理が焦りながら言った。
「これ!結界張った方がいいよね!?」
くすくすとリョクシリアは笑った。
「うふふ…恐らく無理よ。だって結界を貫通するもの!でも張らないよりはマシかもね!」
最後まで言い終わらないうちに、魔法が炸裂する。イブキはリョクシリアを覆いかぶさって守る。豪風の中リョクシリアは笑う。
「うふふ…暫く掃除は要らないわね!イブキ!」
数分の豪風の後、屋敷は綺麗になっていた。イブキは笑った。
「お怪我は無いですか、リョクシリア様。」
リョクシリアは自慢げに笑う。
「貴方のお陰で助かったわ、イブキ。有難う。」
さぁて、とリョクシリアは広々とした屋敷を見た。
「屋敷は綺麗になったわね。でも服が尽く汚れたわ。布団は私の風魔法で何とかするわ。大丈夫。もう二度とあんな事は起こさないから!2人は台所、お風呂場のお掃除をお願い出来るかしら?イブキは食材。もう7時だから出来合いの物でも構わないわ。真理は死ぬ気でお風呂を沸かして頂戴な。」
イブキと真理はくすくす笑う。
「はいはい、君の言う通りにするよ。」
「大体リョクシリア様の命に背くなんて出来ませんよ。」
それと、と手を広げてリョクシリアは言った。
「名前、決めたわ!」
イブキが問う。
「何になさるお心算で?」
思わせ振りにリョクシリアは笑った。
「…蓬莱 緑珠よ!」
真理が納得した様に言う。
「なるほど…苗字と名前を短縮にしたのか…いいと思うよ!」
緑珠はイブキに向き直る。
「これからは皇女、リョクシリアでは無く未来の女帝、蓬莱 緑珠に仕えなさい、イブキ!」
緑珠に跪いてイブキは言った。
「この体も魂も、全ては貴女の物ですよ。幾らでもお遣い下さい。摩耗する事はありません。」
「…今日は、色んな事がありまし
た。」
2人は緑珠を置いて行く事に心配したが、彼女は七仙女を出す事で双方同意した。人数分の布団を出して埃を叩いていく。
「国を出たり…もしかしたら国を出たのは昨日だったかも知れないけれど。」
七仙女達が大きな屋敷をぱたぱたと駆け回っているのが聞こえる。
「…やっぱり、国が欲しいわ。私。贅沢とかではなくて、私にどれだけの物が測れるのか、聡明さがあるのか、経験を活かせるのか。」
水蒸気の魔法を使って、小虫やらきめ細かな埃やらを取り除く。
「そりゃあ、生きてる経験が物を言う時だって有るわ。そりゃ有るわよ。」
夜の帳の月光を超えた光に、緑珠は手を伸ばす。
「……わたし…地上に来たら泣かないと決めたのにね…本当に、駄目な皇女だわ。」
ふと、優しい声で緑珠の視界が遮られる。
「だーれだ。」
やさしく緑珠は笑った。
「その声は…イブキね。…どうしたの?」
イブキは緑珠を引っくり返すと、自分の胸に当てる。
「ほら、別に僕は見てないんですから。泣いてもいいんですよ。寂しいんでしょう。ミナモ様に会いたいんでしょう。…代わりと言っちゃあ何ですが、僕も彼奴も七仙女達も居ますから。泣いていいんです。」
イブキは緑珠の頭を撫でる。緑珠はか細い声で言った。
「…ね、イブキ。強いって何だと思う?わたし、分からなくなってしまったわ。」
そうですねぇ、とイブキは言った。
「強いにも、色々有ると思いますよ。聡明さとか、争いに長けているとか、ほかにも色々。けれども本当に強い人と言うのは、弱い所を持っていてそれを人に見せる人だと思います。そうやって弱さを克服して、時たま弱さを見せたり、強くなったり。それが本当の強さだったりします……僕にも少し測りかねますね。」
緑珠は涙を拭ってイブキを見上げた。
「ごめんなさい、イブキ。貴方に何にも出来なかったわ。」
ふ、とイブキは笑った。
「緑珠様の泣き顔が見れたのですし、満足ですよ。」
呆れ笑って緑珠が言う。
「イブキはちょっとアレ気味ね。」
「僕もそうだと思うなー!」
真理ががちゃんと扉を開ける。緑珠はくすくすと笑った。
「もうちょっとでお風呂沸かせそうだよ。にしても、僕も緑珠に同感だな。イブキはちょっとアレ気味だと思う。」
イブキがきょとんとして真理に言った。
「アレ気味って何ですか。」
緑珠は益々笑う。
「これじゃあ永遠に気付けないわ…うふふっ!」
真理が彼女に言った。
「やっと笑ったね。今日あった時なんかは目が死んでたから心配したんだよ。」
緑珠は綺麗になった大きな居間でごろりと体を休める。
「疲れていたからね…眠たいわ。」
イブキが叫んだ。
「あぁぁぁ!そんな良い翡翠の服をぐしゃぐしゃにして!脱いで下さい!というか服は持って来てるんですか?」
うーん、と緑珠は言った。
「下着みたいな物しか無いわね。長めの白い宮廷寝間着ぐらいしか。」
「しっ、したっ、したっ、ぎって…!緑珠様!」
茹で蛸の様に真っ赤になってイブキは言う。その様子を見て緑珠は不思議そうに言った。
「ほら変じゃない、真理?あんな恥ずかしくてアレ気味な事を言ってのけるのに、下着如きで動揺するのよ。あれじゃ一生子供は出来なさそうね。」
真理が返す様に言う。
「いやぁ…でもああいう系の人って衝動に任せてな所があるじゃん?だから案外子供の心配は……。」
寛いでいる2人を見てイブキは言った。
「な、何で僕の話をするんです!」
緑珠がからかい半分でイブキに言った。
「…今、脱いで上げようかしら。」
「やめてください!見たいけど、ちょっと気になるけど、貞操が駄目だと言っているから見ないです!」
真理は爆笑する。
「あっはっはっ!あんな素直に見ない人初めて見たよ!」
緑珠がイブキに言う。
「ね、それはそうと今日のご飯は何かしら。」
まだ少し赤面したままイブキは振り返る。
「美味しそうな魚があったので、お刺身にしました。」
それと同時に戸を叩く音が聞こえた。真理が出る。
「あ、…そうなんですか、え!?これこんなに!?え、本当にいいんですか!有難う御座います!頂きますね!」
真理が満面の笑みで入ってくる。
「何かね、仲の良い農家さんが色々くれたんだよ。当分の食事は大丈夫だよ。あと、今日のご飯としてもつ煮込みをくれたんだよ〜!」
緑珠は不思議そうにもつ煮込みを覗く。
「もつ…にこみ…?」
イブキが台所から言った。
「駄目ですよー!着替えてなさいー。」
はーい、と緑珠は言うと水浅葱の軽い召物に秒で着替えた。走る度にふわふわと裾が浮く。緑珠がイブキから取り皿と白米と箸を貰うと、何処からとも無く引っ張り出して来た少し大きな宴会テーブルに料理を置く。緑珠は恐る恐る取り皿にもつ煮込みを入れて、口に入れる。
「…ふわぁ…これ、とっても美味しいわ!食べちゃダメよ!私が全部食べるわ!」
それを聞いた2人が言う。
「駄目です!そんなに美味しいなら僕も食べます!」
真理も必死に緑珠ともつ煮込みの箸の戦いが始まる。屋敷を駆け回っていた七仙女達も、その騒ぎを聞きつけて銀朱が言った。
「何か楽しそうやなぁー!うちらも混ぜてーや!」
花紺青は窘める様に言う。
「お食事中ですよ。遊びじゃないんですから!」
杏が声を上げる。
「でも、ちょっと気になるかも…。」
イブキが刺身を持ってくる。
「2人とも刺身を食べれば良いんですよ。僕はそのもつ煮込みを頂きます。」
緑珠がにかりと笑って言った。
「さ、第一次もつ煮込み大戦の始まりよ!」
「まだ先もあるんですか!」
イブキが叫ぶ。
「だって、人生は長いもの!」
彼女はくすくすと笑った。
これは、とある国の建国の物語。
国を追われた皇女様が紡ぐ、
とっても楽しくて、
あまり悲しくはないお話。
楽しくなくては、と皇女は笑う。
だって、そうはさせないから。
彼女は聡明だから。
夏の夜に始まる物語。
世を見据える皇女の物語。




