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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第十章 天壌無窮蒼空国 月影帝国
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 184 イザナミちゃんの新しい仕事

また平和な話がちょっと続いたりするけどやっぱり不穏な影がどこまでも付きまとうお話。

「お早う、イブキ。今日は良い朝ね。」


「……えぇ、お早う御座います。伊邪那美女史。」


自室を出た緑珠に、イブキはそう冷たく言い放った。


「……えぇっと。イブキ。あんまり私が一人で起きないからって、それは酷いのでは無いかし」


「昨日の夜は激しかったんですよ。起き上がれる訳ないでしょうに。腰痛く無いんですか?」


「は?そんなこと聞いてな……。」


緑珠?は慌てて口を塞ぐ。もといイザナミちゃんは、扉の前に立って、今言える全ての事を言った。


「あ、あんたらそんな仲……。」


「冗談です。」


にこっ、とイブキは微笑む。


あぁ、そりゃこんな笑みされたら怖いわなとイザナミちゃんは半ば他人事の様に思いながら、まだ扉を死守している。此処を通す訳にはいかない。


「済みません。其処を退いて頂けませんか。」


イブキはそのままの笑みでイザナミちゃんへと問いかけた。


「何があっても、此処は通さないわよ。今日は私が蓬莱緑珠なの。」


その言葉に、一瞬だけイブキはたじろぐ。そして少し思考して、


「少し言い方が悪かったですね。それじゃあ言い方を変えましょうか。」


「そうそう、神様にはちゃんと敬意を払っ」


ふふん、と笑ったイザナミちゃんの表情は、次の言葉でいとも容易く崩される。


「可及的速やかに其処を退け。」


「酷くなってる!ねぇ緑珠!助けてよ!無理よこの人!騙せない!」


扉を開けて、イザナミちゃんは緑珠の傍まで駆け寄って布団の中に潜り込んだ。


「んー……?」


「お早う御座います、緑珠様。」


大きな寝台で眠る緑珠に、イブキは声をかけた。


「あぁ……お早う、いぶき……。」


「うぅ……緑珠、無理よこの人……。騙せないわ……。」


イザナミちゃんは緑珠と同じ布団に入りながら、ぐすぐすと泣く。


「だから言ったじゃないですか。死臭がするって。」


「酷い……私ってそんなに臭う?」


「ううん……いざなみちゃんはいいにおいよ……。」


緑珠はむくりと起きて、イブキに言った。


「じゃあきょうはずるやすみするから……よろしくね……。」


「……だから伊邪那美女史が出勤するんですか。……えぇ、まぁ、了解しました。」


イブキは胸元から手帳を取り出して、半分寝ている緑珠に告げる。


「有給から一日、抜いておきます。」


「うわぁん……いぶきのきち……く……。」


「はいお休みなさい。」


手帳を仕舞うと、ばっ、とイブキは緑珠に落ちかけている布団を被せた。そしてイザナミちゃんを引き摺る。


「貴女、ちゃんと働けるんですか?」


「任せて!緑珠の中から見てるから、大丈夫よー!」


「そうですか。」


「ず、随分と淡白な反応ねぇ……。」


「お早う御座います、陛下!」


ぱたぱたと寄ってきたハニンシャに、イザナミちゃんは屈んで頭を撫でる。


「あらお早う。今日も元気そうで何よりだわ。」


えへへ、とハニンシャは嬉しそうにはにかむと、礼を言ってそのまま走り去る。


「……あんまり心配しなくていいみたいですね。」


「任せてよ。仕事はちゃんとするわ。」


「宰相様。……と、陛下みたいな人。」


早速仕事が出来なさそうな予感しかしない一言に、イザナミちゃんはおずおずと振り返る。其処にはミュゼッタが立っていた。


「これには色々訳があるんですよ。どうか黙っててくれませんか?」


「別に構いませんけど、あんまり何時もと違う行動をしているとややこしい事になりますよ。」


「分かってるわ。任せてミュゼッタ。」


息巻いたイザナミちゃんの笑顔に、つられて彼女も笑顔になる。


「そうだ、宰相様。ししゅんき……じゃなかった、ハニンシャ、何処に行ったか分かります?」


「さっきそのまま走っていって……。」


「有難う御座います。それでは。」


待て思春期!と言いながら走って行くミュゼッタを、イブキは不思議そうに見送る。


「この間派遣した時からずっとハーシャの事を思春期って呼ぶんですよね……何ででしょう……。」


「多分クッソくだらない理由だから気にしなくて良いと思うわよ。」


「大丈夫なんでしょうか……。」


「断言出来る。マジでくだらない事だから。」


イザナミちゃんは何時も通りに、緑珠が向かう執務室へと足を踏み入れた。


「ちゃんとお仕事出来ます?」


「出来るわよ。地獄でちゃんとやってたんだから。」


「あっ。」


執務室でのんびり伸びていた真理は、緑珠の名を呼ぼうとして固まる。


「りりりりりりりりょくしゅじゃないか〜!」


「……おはよう、真理。」


「可哀想なくらいに狼狽えてますね。ウケる。」


何度もイザナミちゃんをちらっ、ちらっ、と見ると、深呼吸して。


「……な、なんで代理をしてるのかな……?」


「緑珠が今日は休みたいって言ったからよ。連日の冒険で疲れたみたいでね。」


周りに立っている男共二人を見遣ると。


「あんたらは疲れてないの?」


「疲れていないと言えば嘘になりますが、そんな休む程でも……。」


「疲れが取れるキノコがあるからね。」


「……それ幻覚が見えるタイプのキノコじゃないんですか?」


「ちょっと足元がふらつくけど大丈夫だよ。」


本当に大丈夫なのだろうか、という不安を置いておいて。イザナミちゃんは机の上にある書類に手を伸ばす。


「えっと……これをすればいいのよね。確認の判子はまた緑珠に任せるとして、雑務は全部やっちゃうわ。」


「フリするだけじゃないんですか?」


「まっさかぁ。代わるって言ってるんだからちゃんとやるわよ。……筆跡は頑張って似せるわね。」


息巻いて仕事を始めると、イザナミちゃんの仕事ぶりを二人はじーっと見詰める。


「……そんなに見てたら集中出来ないんだけど。」


「いや、何か分からないとことかあったら聞くので……。」


「大丈夫よ。心配しすぎじゃない?これでも地獄に落ちてから三百年はちゃんと仕事してたわ。」


「……それなら、まぁ。」


それでも二人は手元を見るのを止めない。


「あんたらってさぁ、何時もこんな感じで仕事してるわけ?」


「ちがうよー。のんびり別々のことをやってるけど……。」


「そんなに見られたら本当に集中できな……あっ、この先からあの子の印が要るわ……。」


「失礼します、陛下。」


こんこん、と扉が叩かれて、ハニンシャが執務室へと入る。


「陛下、これに印が必要で……押して頂けませんか?」


「それはまた明日でも大丈夫なやつですね。今日は印を押すものが多いですから、明日でも構いませんか?」


「急ぎじゃないので大丈夫です。それでは。」


イザナミちゃんが声を出すまでもなく、イブキは淡々と捌く。


ばたんと扉が閉められたのを見て、イザナミちゃんはぐぐっと伸びた。


「あんたって嘘つくのが苦手とか言っておきながらさらっと嘘つくよね。どう思う、創造神?」


「みぎにおなじー。どーうーかーん。それも嘘だったりして?」


「あはは、有り得るー!」


「神様ってホント好き勝手な事言いますよねホント……。」


くすくす、とイザナミちゃんは小さく笑うと。


「貴方、あの子に似てるわね。イラッとした時の顔がそっくりよ?」


「違いますよ。あの人が僕に似てるんです。」


その返しを聞いてイザナミちゃんと真理は目を合わせてニヤつく。


「あらやだ、のろけ?」


「ちょっと奥さん聞いてくれます?この二人指輪交換してるんですよー?」


「ちょっとちょっとー!それは聞き逃せないわね?」


「何だこの実家に帰って来た様な会話は……。別にそれくらい良いでしょ、べつに……。」


俯いて言ったイブキに、イザナミちゃんは微笑みながら答える。


「あらあら、拗ねないで?私達ほら素敵な恋が出来なかったものだから。私は好きな人に怖がられて殺されちゃったし。」


「僕なんて恋する対象も居ないし仲良い同僚には殺されかけるし!」


「まぁこの二人は歪みに歪んだ愛だけれどねぇ!素敵よね、そういうの!」


「分かるー!」


「……はぁ。」


あぁ、そっか。閻魔が祖だもんなぁ、伊邪那美女史が親みたいなもんだし、全能の父とか真理は言われる存在だし、そりゃ実家みたいな感じするよなぁ……。


「まぁそれはさておき。ねぇ創造神、あんたあの妖怪野放しにしてて言いワケ?官人に化けてるわよ、アイツ。じゃんじゃん紛れ込んでるじゃない。」


「まぁ危害加えてないし……いいかなって……。」


「ちょっと待って下さいその話詳しく聞かせてもら」


立ち上がって執務室の扉を開けて外を眺めているイザナミちゃんに、イブキが食ってかかる。


「話すより視る方が早い!」


「いだァっ!」


立ち上がったイザナミちゃんに目をビンタされると、霞む視界が紫に揺れる。


「あんたも将来使える様になるけど、今は私の力で視えるようにしてあげたわ。」


紫色の視界では、人々の足に鎖が巻きついている。それにどれも皆頭に鉄のヘルメットを被っているが、その中に一人。


何も被っていない官人が見えた。


「あれは多分妖怪ね。あっ、一応言っておくんだけど、ガチの不老不死の人間は鎖も兜も無いのよ。」


ぼおっとしているイブキを他所に、イザナミちゃんは独り言を始めた。


「絶対閻魔になったあんたはいけ好かないんだろーなー!端的に言われて凄く嫌だわ。」


「僕だって嫌ですよ。……でもね、緑珠様が居るから……。」


「感傷に浸ってる暇があったらさっさと追う追う!」


一々扱いが雑だなぁ、と思いつつ、執務室から追い出される。仕方ない、声をかけてみよう。


「あの……。」


と声をかけるや否や、その官人は猛スピードで走り出す。


「……嘘でしょ?」


後から出てきた状況を把握したイザナミちゃんと真理の三人で、あの妖怪の後を追う。


迷宮の様な廊下を曲がりくねって、その官人は王宮備え付けの図書館に逃げ込んだ。


大きな音を立てて部屋に入ると静寂が広がる。様々な窓から零れる光が図書館を明るく照らしていた。


「逃げたわねぇ。まぁそんな遠くに行っていないと思うけど……。」


「声掛けただけで逃げるって……僕そんなに怖い顔してました……?」


「多分不安で逃げただけだと思うよ。……たぶん。」


陰にも人が入りそうな場所にも、あの官人の姿は見当たらない。


「あーあ、もう別のとこ探しましょ。」


「……仕方ありません、そうすることにしますか。」


「予想以上に厄介だね。」


乱雑に開けて入った扉を綺麗に閉めて、三人は扉の裏に隠れる。暫くするとぽん、と何かが小さく爆発する音がして、鍵を開けようとする音がする。


「待ちなさい!」


窓の近くには子狸が必死になって扉の鍵を開けようとしている最中に、イザナミちゃんはそれに手を伸ばす。


しかし子狸も黙っては居ない。がぶり、それに爪で白の肌に傷が入る。


「っ!この畜生野郎!今日の夕飯にしてやる……!」


「伊邪那美、口が悪いよ。」


「だ、だいじょぶですか……!?」


少なくない血の量を流しているイザナミちゃんに、今にも泣きそうなイブキは駆け寄った。子狸はそのまま窓の奥に逃げ仰せる。


「……大丈夫だけど。なんであんたがそんな悲しそうな顔してんの。」


「仮にも緑珠様と同じ姿形なんです、心配させないでください……たのむから……。」


「……はぁ。指くらい食べれば治るわよ。」


「そういう問題じゃないんですよ、わかってます?」


「そんな事言われても……。私は緑珠じゃないから。あんまり問題ないのよ。」


さっきも言ったけど、とイザナミちゃんは負傷した指の根元から喰べると。


「えっ……?」


「……伊邪那美ってそんな再生能力あるの?」


「ほら、治ったでしょ?」


傷口からあっさり指がまた再生すると、イザナミちゃんは窓から外に足を踏み入れる。


「その心配は緑珠の為にとっときなさい。ほらあの狸畜生を追うわよ。今日の鍋にするわ。」


外に出ると、それは空き地だった。草はぼうぼう生えしきり、所々に花が見えている。


「狸は穴を掘って暮らすのよね?それじゃあここら辺に……。」


「あっ、これじゃない?」


「……僕に任せて下さい。」


イブキは何の躊躇も無く穴に手を突っ込むと、子狸がじたばたと暴れていた。


「化け狸の子供だね。変化していない状態で物は言えないみたいだね。ふむふむ、なに……?」


涙目で必死に訴えかけてくるその声を真理は聞き分けると、待っている二人に詳しく告げた。


「……あー、要するにだね……。」











【んで、その子狸は勉強をしたくて月影までやって来て、官人に紛れ込んでやってたらしいのよ。だから皇子の妹に紹介してやったわ。喜んでたわよ、妹。】


「うふふ。それは良かったじゃない。」


椅子に座って話を聞いていた緑珠は、にこにこと微笑む。


【……あんた、身体の方はどうなの?今日は秘密で先生を呼んだんでしょ?】


「普通に疲労性の熱だったわ。あんまり気にしないで。」


【私もだけどね。……きっと皇子も創造神も薄々は気付いていると思うわよ。】


青白い月に今にも吸い込まれそうな緑珠の身体を、イザナミちゃんは悲しく見詰める。


【……貴女の先が長くないってこと。あの創造神の片割れの光を浴びてもなお、貴女にはもうそんなに時間が残されてないこと……。】


「不老不死になったんじゃなかったのかしらって思ったわ。それじゃあ私、あの戦いが無かったら直ぐに死んじゃうことになってたのねーって。」


くすくすと緑珠は悪戯っぽく微笑む。愛おしそうに髪の毛を撫でて。


「今はこの髪があるから大丈夫よ。それに先生もあと十年は時間を約束してくれたわ。今どうこうって話じゃないし、死んでも皆が居るし……。」


【死んでも同じって発想は止めなさい。貴女は今すごく弱気なのね……。……それは誰も救わない。】


それもそうね、と緑珠は呟くと、椅子から立ち上がって月明かりが差すカーテンに掴んだ。


【……あのね、緑珠。あの皇子が、私が怪我をした時に凄く悲しそうな顔をしたの。】


「あー……まぁ、そんな表情するでしょうね。」


人口の明かりだけになった寝台に緑珠は寝っ転がる。イザナミちゃんもそれに乗じた。


【含みのある言い方ね。】


「因みに私を触る時はもっと切ない顔をするわよ。」


【はー?あんたらそんな仲】


「冗談。」


ニヤッ、とまた悪戯っ子みたいに笑うと、それに比例してイザナミちゃんは不服そうな顔になる。


【……それ、朝の皇子も言ってた。やっぱり、緑珠もイブキに似るのかしらね……。】


「あはは、違うわよ。伊吹が私に似てるの。」


【……それ!皇子も言ってた!もう!気に食わないわ!】


「何がよぉ、イザナミちゃん。」


【ほらもうその言い方もあの宰相そっくりじゃない!】


「気のせいじゃない?」


【にーてーるー!】


「ふふふ……ほらほら、寝ましょ?」


【えー……もうちょっとだけ起きておきましょうよ。貴女とお話したいわ。】


駄々を捏ねてイザナミちゃんは緑珠に抱きつく。


「駄目よ。あんまり夜更かしするとイブキにおやつを減らされちゃうわ。」


【……いや、何で貴女の就寝時間知ってるの?】


「多分盗聴器でも付けてるんじゃないかしらね。私が部屋に篭ってる時イヤホン付けた宰相をよく見かけるって聞くから。」


何食わぬ顔で緑珠は事実を淡々と告げる。


【あ、あんた、何で怒らないの……?】


ぱちん、と緑珠は電気を消す。


「だって、私管理されなきゃズボラだし。寝る時とか食事とか管理されるのは悪くないわ。そうね……ちょっと変わった管理栄養士、みたいな。」


【一気に聞こえが良くなったわね。……まぁ、良いわ。寝ましょう。】


布団を被って、緑珠も小さくおやすみ、と囁く。


【……ねぇ緑珠。手を握っても良い?】


「良いわよ。どうしたの?」


【……何だかね。人の温もりが、恋しくなっちゃって。】


「……ふふふ。良いわよ。お休みなさい、イザナミちゃん。」


【えぇ。お休み、緑珠。】


今度こそ今日にさよならを。ずっと隣に誰も居なかった埋め合わせをするようにイザナミちゃんは緑珠に近付くと、苦しそうに瞳を閉じた。







じかいよこく!

ナスリーンからお呼ばれしたりとかまた再戦の予感がしたりとか五大貴族の一人を追うために緑珠様が頑張るお話!


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