ラプラスの魔物 千年怪奇譚 182 姿をくらませた貴族
必死に探してもなかなか見つからなくて大変なものに追われたりとか山登りをしたりするお話!
「玉鏡竜が居るって言ってたけどさ……。」
「……居ないじゃないですか。」
「さむいわ、もう帰りましょ……。」
「暖かいものが欲しいです……。」
緑珠、イブキ、真理、ジャジィーは、真理の魔法探知結果を恨めしそうに見詰める。腕を擦りながらイブキは問うた。
「間違えたとか無いんですか?」
「それは無い。マジで居ない。周りの山も居ない。」
「何処に隠れたんだろ、あのこ……。」
くしゅん、と緑珠のくしゃみが洞穴に響く。外は猛吹雪だ。年中豪雪で有名なグランツヒメルの傍にあるのだから当たり前なのだが。
「マグマの中も地中も調べた。……けど……。これで見つからないって事は自分の術式の迷彩魔法使ってるのかな……。」
「そういうのって分からないんですか?」
「神様特権で分かったりするけど、そうしたらまた世界が歪だらけになるからあんまりオススメしないという所が本音。」
「……歪、とは。」
「国が八個ぐらい増えたりする。」
「止めましょうか。」
イブキと真理の会話を聞いていたジャジィーが、恐る恐る二人へと問う。
「となると、徒歩で……?」
「そうなるでしょうねぇ。でもまぁ溶岩の近くとかは生活できないでしょうから、探せる範囲は狭まると思いますよ。」
ぬくぬくと持ち込んでいた毛布にくるまりながら、緑珠はジャジィーへと声をかける。
「確かリェフは電脳をよく使うのよね?」
「そうです。そりゃもうしょっちゅう。」
「なら尚更寒いところに居るんじゃないかしら……。使ってる電脳の規模にもよるけれど、暑いところで使っていると動きが悪くなるからね。」
もぞもぞと芋虫の様に動きながら、緑珠は真理の魔法を見つめる。
「ある程度の温度がある場所は……。」
「あぁでも緑珠様。もしかしたら仕事場を山にして麓に住んでいるって可能性も……。」
「それはおそらく無いかと……。あの子、運動全く出来ないんです。校庭一周歩いたら寝込んじゃう子だから……。」
「ず、随分と病弱なんですね……?」
「尚更なんでこんな所に居るんだって話だよねほんと。」
自分の魔法が通じなくて地味にキレそうになっている真理は足元の土を弄り始めた。これは良くない証だ。
「ダメよ真理!ヤケになっちゃ!」
「もぅマヂ無理……キレ散らかしそぅ……。」
芋虫の様にもぞもぞと動きながら、緑珠は真理の周りを這い回る。
「……緑珠様の両手両足って切り落としたらあんな感じなんですね。……かわいいなぁ。」
「なんか言いました?」
「いいえ、何も。じゃあちょっとずつ探して行かなくちゃダメですね。」
ほら出ましょうねー、と巻き寿司になっていた緑珠をべりっと剥がす。ずるずると緑珠は這い上がった。
「それじゃあ行きましょう。早く帰って暖まりましょうね。」
「待って下さい緑珠様、その先は……!」
へ?と歩みだした緑珠と、洞窟内に居た全員を引っ掴んでイブキは下がる。轟音と共に目の前が真白に染まった。
「なだ、れ……?」
一応は安全を確認した真理は、雪壁にしっかりと触れる。
「駄目だね。かなり分厚い層だ。何処か別の道を探そ……。」
「ど、どうしたんですか、真理殿?」
「うしろ。」
「うしろ?ね?」
緑珠は後ろを振り向くと、イブキが灯した仄暗い明かりの奥に道が見える。
「この先を進むしかないわよね……。下山してからまた登るってやり方もアリだし……。」
「何だかごめんなさい。私のせいでこんな風になっちゃって。」
「良いのよ、気にしないで。早く行きましょう、ね?」
先を急ぐ緑珠とジャジィーの二人を見ながら、真理もイブキも後を急いだ。
「真っ暗ねぇ。」
「あぁ、お二人共。そこの足元気を付けてくださいね。真理は右足を斜め八十六度くらいにするといいです。」
「あら、有難う。」
気を付けてね、と緑珠はジャジィーの手を引いて案内する。が、真理はどうやらもう手遅れだったらしく。
「ちょっと待ってそれ言うの遅いんだけど!」
「うわ落ちかけてる。面白いですね。」
「手貸してくれてもいいでしょー!」
「貴方はそんなんじゃ死なないでしょう?」
「それはそうだけどね!」
ふわっ、と真理は浮かび上がると、元の道に乗っかる。段々と洞窟内の雪は少なくなって来ていた。
「この奥を進めばいいの?」
「とにかく今はそうするしかないですね。最悪行き止まりだったら山自体壊せば良いですし。」
「リェフが死んじゃいますよー!」
「電脳って天下無敵の武器じゃないんですか?」
「貴方、根本的に電脳が何か理解して居ないわね。」
「……ねぇ、あれ……。」
緑珠はおずおずと大きな洞窟内の崖の向こうに見える、溶岩の池を指さした。
「溶岩が見えますね、陛下。」
「ちょっと暖かくなるんじゃないんですか?」
「そろそろお腹が空いて来たし、此処でご飯食べない?」
「ええとその……。マグマがかさを増している様に感じるのだけれど……。」
「でも向こう側ですよ?あんまり気にしなくてもいいんじゃあ……。」
ジャジィーが言った言葉を裏切るかごとく、崖の底を緑珠は指さした。
「……ね、下からも何か凄い勢いでマグマが溢れて来てない?凄く熱いけれど……。」
「本当ですね、緑珠様。溶岩ってこんなに綺麗なんだ……。」
「わぁっ……!凄く綺麗だね〜!」
「大地の神秘ですね!」
と、皆が思い思いの感想を呟くと。来た道に足を戻して。
「何で溶岩が向かってきてるわけ!?」
「此処って活火山でしたっけ!?」
「違うと思うんだけど!」
「ほんとに何でリェフはこんな所にいるのよーっ!」
あの細い道を四人は必死に走り出すと、ジャジィーは全員に聞こえるように叫んだ。
「次の突き出した大きな岩の裏に入ってそのまま真っ直ぐ進んで下さい!道が続いていて外に出られます!千里眼で見えました!」
「分かりました!」
一番先頭を走っていたイブキが言っていた突き出した岩の裏に入ると、さっきよりも更に細い道がある。
「手を掴んで!」
イブキが出た通路の上の雪に乗っかって、下の通路に真っ直ぐ手を伸ばして全員を外にほっぽり出す。
皆の後にはマグマが続いて、ぶくぶくと雪の上で溶岩は膨れていった。
「助かったわ、みんな……。」
「……おっかしいな。」
「どうしたんです?」
真理は先程の魔法で読み込んだ地図を見詰めた。
「この山、活火山じゃないんだよね。溶岩がある深さじゃないし。それにこの溶岩……。定期的に噴き出して来てるし……。」
「って言うことは、人為的に……?」
「その可能性はあるだろうねぇ。マグマを引っ張って……。リェフ君の話を聞いててもあんまり考えられないし……。」
でもねぇ、と真理は付け加えた。
「このマグマの奥に生命反応が吹き出した後から出て……。あっ、消えた。」
「じゃあそのマグマの奥に、人が居るかもしれないってこと、よね?」
「そうだよ。それが探しているリェフ君かもしれない。」
「マジでなんでこんなところにいるの、アイツ……。」
「でも外からは入れないですよね……?」
うぅん、と一同は頭を捻ると、ジャジィーは言いにくそうに言った。
「……私なら……千里眼の力で、分かるかもしれない……。」
「えっ!?そうなの!?それじゃあ!」
「あのあの、そんなに期待してもらっちゃってもアレなんですけど、私の千里眼は『未来』と『過去』しか見る事が出来ないんです。」
「……千里眼ってそういう物じゃ無いんですか?」
イブキは素っ頓狂な声を上げると、ジャジィーは慌てて否定した。
「千里眼っていうのは、何でも見通す力が基本なんです。麗羅巫女様は『未来』、『過去』ならず、透視能力も持ち合わせていらっしゃるんです。」
でも私は、とジャジィーは続ける。
「私は人の『未来』と『過去』しか見る事が出来ないんです。この二つは人の気持ちによって左右されてしまうから……。」
「私が強く願えばいいってこと?」
「そうです。陛下は『言霊使い』の力も持ち合わせておいでですから、余計私の力が強まると思います!そっと『リェフが見つかればいいのに』って言って頂ければ!」
「なるほどね。任せて。思う、思うねぇ……。」
すぅっ、と緑珠は深く息を吸って、強く強く願う。そして呟くのは。
「『リェフが見つかればいいのに』。」
その言葉にシンクロさせて、ジャジィーは緑珠の未来を覗く。迷い迷われ諦めかけたその時に。
「……見つけました。麓、麓に……!」
紫色だったジャジィーの目が青く輝く。その目の先には白い雪ではなく、愛すべき親友の姿があった。
「このまま真っ直ぐ麓まで下りて、下りれば其処に木の扉があるはずです!」
ごごご、と山頂から酷く重い音が響く。白い粉雪が空を舞っていた。
「丁度いいですね。また雪崩が起こりそうだ。」
「次の雪崩は約十分後です!この先に洞窟がまたありますから急いで逃げましょう!」
滑れるところは滑って、歩けるところは歩いて。大きく岩が迫り出している地帯を抜ける。
「あれが一番大きいわね……。あと何分くらい?」
「三分くらいです……!次の洞窟までもう時間が……!」
「仕方ないね。この一番大きな岩に登るしかないよ。」
「これなら登れそう?」
ジャジィーに問いかけると、大きな頷きが緑珠を迎えた。腕まくりをして冷たく滑りやすい石を掴んだ。
「大丈夫です!登ります!」
イブキが一番最初に登って、続いて真理、次にジャジィー、緑珠が登る。轟音が起こって、水のように雪が流れて行った。
「雪山って……凄いわねぇ……。」
「此処は年がら年中雪が降ってるからね……しかも滅茶苦茶降ってるから……。」
轟音の後に静寂が続いて安心したジャジィーが凍った手袋で足元の岩を掴む。
「私が一番最初に下りますね。」
掴んだ瞬間に、ジャジィーは察した。今からこの掴んである程度の体重を抱えている岩が脆く崩れること。
そして気付いて居ないだけで、今からもう一波雪崩が来ること。
だから自分がそれに巻き込まれて、生命の危険に晒されるということ。よって自分が救われないということ。
だからこそ伸ばされるこの手袋をしていても美しい手を掴んではいけないし、振り払うことが必要とされること。
背後に爆裂する轟音に身を委ねながら、ジャジィーはゆっくりと瞳を閉じた。
「……お転婆が過ぎるぞ、ヤースミーン。ちょっとは家で大人しく出来ないのか?」
懐かしい声を耳に掠めながら。
じかーーーーよこく。
新しい紅鏡の五大貴族の一人が現れたり、神様の世界をちょこっと覗く事が出来たりお家に上がり込んだりする話〜!