ラプラスの魔物 千年怪奇譚 180 砂漠と宵闇
ハニンシャとミュゼッタが二人でなんやかんやするお話なのですが、まぁそんな平和に終わったりしないしハニンシャくんが女装するので見てね。
砂漠の瓦礫の山のような家の中……もとい瓦礫の山の上で、ハニンシャは蹲りながら言った
「もやだぁ……帰りたいです、さいしょうさまぁ……。」
耳元の丸石から馴染みのある声が響く。
『そんな事言われても仕事ですから。ちゃんとやり遂げたら帰って来て下さい。』
それに、とイブキは続けた。
『給料アップと有給が待ってるじゃないですか。』
「それは、そうですけどぉ……。」
『一人じゃ無いですし。ね、だから泣き言言わずにお仕事して下さい。』
「いっつも陛下陛下って泣き言言いながらお仕事してる人がなんか言ってるし……。」
『もう一回言えるものなら言ってみてください?』
「今すぐ氷漬けにしたい……。」
瓦礫の山の中からよっこらせ、と身体を起こすと、向こうにミュゼッタの姿が見える。
「それじゃあ連絡切りますね。ミュゼッタと作戦立てなきゃだし……。」
『また何かあったら言って下さいね。』
はぁい、と間延びした返事をすると、ぷちん、と耳元で通信が切れる。この薄暗い穴の中、光射す唯一の方向を彼女は見詰めていた。
「どう?出れそう?」
「行けるんじゃない?……ていうか此処最下層よね?標的の場所まで何処まであんの……?」
「さぁ……。」
「とにかく登るしか無いわね。あんた、これ投げれる?」
「が、頑張ってみる……。」
縄の先に鍵爪がついたロープを、ハニンシャは思いっ切り投げる。上手くそれは引っかかると、ミュゼッタはその強度を確認した。
「ん。行けそうね。先に私が行くわ。」
あーこれ下からじって見てたらダメなやつだ〜スカートの中見えちゃうやつだ〜とハニンシャはぼおっと思うも、そう思っている暇もなく一瞬でミュゼッタは登りきる。
「えぇ……はや……。」
「何残念がってんの。」
「僕の紳士的な考え返して……。まぁいいや、僕も行くよ。」
あんな風にジャンプ出来ないかなぁ、とハニンシャは魔法とジャンプを駆使して上手く飛び上がると。
「……重いんだけど。」
「あぁぁっ!ごめんなさい退くね!」
上手く宙に浮かんだのは良いが、ミュゼッタの上に上手くハニンシャが乗っかってしまった。
「……いや、別にそんなに気にしなくても……。」
「こう言うヘタレみたいなのがお好きな方が居るって聞いたんだけど。」
「……あんた、あの宰相様に似て来たわね。」
「なんかそれ最近よく言われる。」
「宰相様よりタチ悪いかも。」
「……それもなんか最近よく言われる……。」
がっくし項垂れる様な、何処か納得した笑みを作ったハニンシャに、ミュゼッタは淡々と続けた。
「本気であんまり気にしないでね。単眼っ子は単眼っ子しか好きにならないから。目が一つじゃないと魅力が無いのよ。二つはちょっとねぇ……多すぎるわ。」
「へぇ……そういうのあるんだ……。」
「人間と蟻は結婚しないでしょ。」
「例えがアレだけど、まぁ確かに……。」
「まぁそんな話はさておいて──」
ゴミ箱の穴から出た二人は、何とか見渡しの良い場所まで登る。
周りのバラック小屋が立ち並ぶ小国規模の、巷で『国』と呼ばれるモノを見渡した。
砂漠のど真ん中で、辺りには何も見えない、一面の砂の国。建築もメチャクチャだ。
「……多分宰相様が言ってた『王』ってのはあの櫓みたいな所に居るのかしらね。」
「ほんとに殺さなきゃダメなの……?『国』の『王』が確か人身売買してるって、ザフラの王様のお使いなんでしょ?ザフラで解決すれば良いじゃん!」
泣き言を言い出したハニンシャに、ミュゼッタは淡々と告げた。陛下に『いざとなれば言え』と言われていた言葉だ。
「陛下と宰相様と大臣様を傷付けたのよ。」
へこたれて泣いていた目が、ぐっと開く。異常な程に瞳孔が開いている。
「……あぁ、それじゃあ行かなきゃ。そんなの絶対許せない。」
駄々を捏ねていた雰囲気はすっかり消え去って、ハニンシャは軽く屈伸をすると。
「早く行こうよ。終わらせて早く帰ろう?また皆様忙しくなっちゃうから。一秒でも長く一緒に居たいんだ。」
すたすた歩き去っていってしまうハニンシャの後ろ姿を見ながら、ミュゼッタは耳元の丸石を撫でた。
「ねぇ宰相様。」
『どうしました?緊急事態では無さそうですね?』
「……あの子に何か教えたりしました?」
『……いいえ。心境の変化って奴じゃないですか?』
「あっそ。それだけです。それじゃあ。」
ぶつりと連絡を切ると、遠ざかっていくハニンシャの背中を追って走り出した。
「うーん……。迷路みたいになってるな……。」
「櫓を目指して歩いているのに全く近寄れないわね……。」
真っ青な空は横から溢れる看板によって隠されていて、昼間でも何処か薄暗い。
「やっぱり下から行くのはダメだったかしら。」
「かといって今から上に上がるのも……派手になるしなぁ……。」
ハニンシャは辺りの如何わしいことこの上ない風俗店を見遣ると。
「しゃーねぇ。いっちょやるか。」
「嫌な予感しかしないんだけど。」
こういう所が宰相と似てるんだよなぁ、とミュゼッタは目を逸らす。
「あっ、道のど真ん中で着替えるけどあんまり気にしないでね。」
「あんた私のスカートの中の配慮はする癖にそんな屈託の無い笑みで自分のプライバシー守んないのマジ意味分かんないんだけど。」
「それじゃあちょっと目瞑ってて。こんな一通りの多い所で着替えると上手く目を引けると思うから……。」
言われたままに目を瞑ると、直ぐに良いよ、という声が響く。恐る恐る目を開くと。
「……あのさ。」
「どうしたの?」
「着替えるとは言ったけど。」
「うん。」
「女装とは聞いてない。」
「言ってないからね。」
「…………タチ悪い。」
「なんかごめん。」
ミュゼッタの目の前には、くりくりのふわふわの深い紫の髪を持ち、ベビードール一歩手前のドレスを着た少年が居る。こんなの普通の女の子と遜色ないくらいだ。
「さて。これで取り入るとしますか。」
「……あー……あのさ。」
「どうしたの?」
「……私暗殺者やってたけど、ハニトラ関係やった事なくてさ……。」
その言葉にハニンシャはがっちりとミュゼッタの肩を掴む。
「えっ、暗殺者って死ぬ前にめちゃくちゃ気持ちいい思いさせてくれて漆服の金髪のお姉さんじゃないの!?」
「多分それあんた変な本の読み過ぎよ。というかその女装。あんたそういう趣味なの?」
「趣味じゃないよ。やだなぁ。こういうのが好きな人も多くて……。こういうカッコしてたら取り入れるのが楽だって宰相様が言ってたから。」
ミュゼッタがほっとしたのもつかの間、直ぐに爆弾発言が飛び出す。
「でも好きな人が出来たらこの格好で襲って『年下に襲われた』、または『女装癖の男 (嘘) に襲われた』という恐ろしい罪悪感と羞恥心で支配したいとは思うけど。」
「……いや、どんな人生歩んで来たらそんなに性癖歪むの?」
「多分今まで支配されてたからかなぁ。」
「あぁ、通りであんたのお姉様あんなに心配してたのか……。」
いやね、とミュゼッタは付け加える。
「久し振りに会ったらお昼休みにミックスジュース飲みながら女の子ずっと見てるって言うから……。」
「うそ!?何で僕の昼下がりの趣味がバレてるんだ!?」
「マジだったんだ……。」
なんでこんな一応は歳下の存在に振り回されてるんだろう、というかはっちゃけ過ぎでは、とかいう思考がぐるぐる回っていると。
「おいお前ら、娼婦か?」
そりゃあんだけ騒いでりゃあ声かけられるわなぁ、とのんびりと考えを回しているのもつかの間、ハニンシャの手が背中に伸びる。
「そうなんです。……あぁ、でも。買って頂けるのなら高く出して貰わないと、ねぇ?」
フリをしろという事か。何でこんな面倒臭い事になったんだろう。
「え、えぇ。そうなの。初モノよ?どうかしら。……あなたのしてほしいこと。全部してあげるわ。この単眼の力でね。」
めちゃくちゃな啖呵を切ってしまった、後にはもう引き下がれない。そっとハニンシャがミュゼッタに耳打ちする。
「身なりのいい人を選んで。こういうスラムの発展版みたいな場所ではそれが身分を示すから。」
耳に呟かれる吐息の暑さに驚きながらも、ミュゼッタは単眼の力を駆使して辺りを見渡す。過去も。未来も。全てを使って。
「──ねぇ、貴方がいいわ。」
くいくいっ、と袖を引っ張ったのは極々普通の身なりの男だった。
「ぇ、あ、その。ひと……?」
ハニンシャはぴたりと動きを止めてしまったが、直ぐに妖艶な笑みを取り戻して。
「良いでしょう。……ね、買ってもらえない?」
「……ははっ、いいだろう。二人とも来るといい。」
その男の後ろに着いて二人は歩く。階段を登って登って、櫓が近くに見える。スラムを抜けると、息を飲むほど美しい宮殿が見えた。
「ほら、此処だ。入りたまえ。」
軽く人払いをした後に寝室に言われるがまま入ると、背後で扉が閉められる。
「そうですか。有難う御座います。……本当に色々、有難う御座います。」
「何を──」
器用にミュゼッタだけ退けて部屋全て凍てつかせると、そのまま連れて来た男の心臓に氷の刃が貫通した。そしてハニンシャは一瞬で着替えると。
「行きましょう。此処なら櫓も近い。」
確かに櫓はすぐそこだ。だけれど。
「あんたもうちょっと加減ってやつをね……。」
「知らない。あの御三方様を傷付けた奴になんて、要らない。」
人外が人間の中に人外を見出したのか。ともすればこの少年は本当に恐ろしいモノになる。
「さぁ、行こう。凄く空が綺麗だよ。」
この現状に不似合いな言葉をハニンシャは言うと、部屋にあった大きな窓から飛び出す。
足元は全てバラックで出来ており、難なく櫓まで迎えそうだ。
「バラックの屋根から櫓の頂上までって近いのね……。」
「これなら直ぐに行けそうだね。」
二人でそんな話をしていると、櫓の一番てっぺんまで到着する。
頂上は不似合いな狂言の舞台の様な構造になっており、舞台のど真ん中に階段が見える。
本来なら観客側の方には一面の砂漠の景色が照り生えていて、酷く美しい。
「……綺麗だ。凄く綺麗だね。」
「ほほう、なるほど。……月影が送り込んだ刺客というのは汝らの事か。」
その一言に二人は振り向く。背後には気さくそうな強靭な肉体を持つ、スキンヘッドの傷だらけの男が立っていた。
「存じておるぞ。『二代目』と『単眼の族長』よ。私を始末しに来たのだな?」
「そうよ。なるべく早く終わらせたいのだけれど。貴方が『王』ね。」
「いかにも。しかしてそういう訳にもいかぬ。私も命が惜しい。全力で参るぞ。」
大きな手裏剣を構えた『王』に反して、ハニンシャはどろどろした薄暗い瞳を見せると。
「……あの、そういうの要らないんで。……要らない。あの御三方様を傷付けた奴なんて、要らないから……。」
「アンタがトドメさすんでしょ。大丈夫、任せて。どうせ辺境の『王』とか呼ばれてるんだから、こういうのにも弱いんでしょうね。」
ぐっ、と『王』に距離を近付けると、そっと目に触れる。そしてそのままバックにくるりと反転、下がると。
「な、にぬを……した……!?」
「あっはっはーっ!言葉までめちゃくちゃじゃない!こんな事ってある!?」
「……何したの?」
「この『国』に居る人達の視界をシャッフルしてみたの。さぁさぁハニンシャ、トドメをサすなら今のうちよ?」
「……ありがと。それじゃあ……。」
一際冷酷な、人ならざるモノの目を持って。
「『虎尾春氷の惨殺』。」
それだけ言い切ると、『王』の周りに氷の網が張り巡らされ、槍が一本、『王』の身体を貫いた。
温く動いていた心臓が次第に動きを止めて、『王』はそのまま完全停止した。
「お仕事終わりねーっ!それじゃあ帰りましょうよ、確か飛行船が近くに止まってるんでしょ?」
「そうだよ。……でも待って、その前に。」
ハニンシャはポケットからマッチを取り出すと、全部擦って思いっ切り投げた。四散して至る所から火の手が上がる。
「それじゃあ、行こうか!僕帰ったら美味しいお肉が食べたいなぁ!」
「あんたあんな死体見ててそれ言う……?まぁいいや。私もその気持ち分かるし……。」
生まれゆく地獄の中、二人は軽い足取りでその場を去った。
次回予告!!!!
五大貴族のうちの一人を探しに三人+αで探しに行ったりとか玉鏡竜にたくさんお話を聞いたりとか色々する話。