ラプラスの魔物 千年怪奇譚 179 滅亡の神
滅亡に苦しい専門家とかスペシャリストとか呼んでお話したりまた大きく物語が動き出す転換点となるお話。
「にしても、世界の終わりってどう回避するのよぉー……知んないわよそんなこと……。」
「達人に聞いてみる?」
執務室に伸びている緑珠は、同じ様に伸びている真理に言葉を返す。
「『滅亡回避の達人』なんて居るの?」
「ミルが一応そうだけど。。」
「あの神様、滅ぼすこと専門だと思ってたわ。」
「ぶっちゃけ僕が滅ぼす専門だけどね。」
「……貴方は創り出す専門じゃないの?」
「何かを創り出すって言うことは何かを壊す事と同義さ。」
「哲学ね。」
真理はそっと緑珠の机に指を横に撫でると、ふわりと何かの文字が浮び上がる。
「……げ。」
「どうしたの?」
「電信送ったら『殺意』って帰って来たんだけど。」
「……めーる?」
「直ぐに読める手紙みたいなものかな。」
「その後もちゃんと読んで下さいよ。続き、書いたじゃないですか。」
真理が手元の指から目を話そうとしない。緑珠も真理の顔をまじまじと見るだけだ。
「……なんか言った?」
「なんか聞こえたわね?」
「吾ですってば。」
真理の太ももにミルゼンクリアは乗る。それもそのはず、彼女は四歳児程の背丈になっていたからだ。
「な、なんで……。」
「話が長くなりそうだったからです。」
「い、いやまぁそうだけど……。」
緑珠の疑心暗鬼に満ちた瞳を、ミルゼンクリアの真ん丸な瞳が返す。
「安心して下さい。変なことはしません。殺そうなんてこともしない。そんな力ありませんからね。」
「緑珠様、失礼しま──」
執務室の扉が開けられて、声の主の瞳孔が開く。瞬きをする間もなく、ミルゼンクリアの首に神器の切っ先が向けられた。
ただ何も言わない彼女を見て、イブキはそっと神器を下ろす。そっとそれから手を離すと、それは小さな火花になって消えた。
「お分かり頂けて良かったです。」
「分かってはいません。……ただ、今の貴女には緑珠様を殺す力が無いと思っただけです。それに──」
一つ、言葉を区切って。
「何よりそれは、此処に居る皆が許さないものですから。……それだけです。」
一瞬だけしぃんと静まり返って、ミルゼンクリアが単調に語り出す。
「そうですか。まぁ、貴方が来てくれたのなら余計に話す手間が省ける。聞きたいことは『世界の終わり』の話ですね。」
「そうだ。是非ともその回避方法を聞きたいところなんだがね。」
「アレは自然の摂理ですよ。回避する方法なんて絶滅一択です。」
真理の膝の上で足をバタバタさせているミルゼンクリアは、無感情に物を言う。
「えー?他に方法無かったっけ?」
「貴方が世界を創り直すとか……?というか、そもそものこの事件の原因が……。」
自分の言葉に、ミルゼンクリアはぴたりと止まった。
「……そもそものこの事件の、原因……。」
容姿に似つかわしくない表情を作ると。
「もしかして、『大整理』の時間なんじゃないでしょうか。」
「……『整理』?それって、要らないものを破棄するって事でいいのかしら?」
えぇ、と短くミルゼンクリアは言い切ると。
「『世界大図書館の大整理』のプログラムが作動した、と思います。」
「ええと……『世界大図書館の大整理』って?」
さっきまで喋っていたミルゼンクリアに対して、真理が代わりに喋る。
「『世界大図書館』っていう『世界』を『本』として収集してる大図書館があるんだよ。定期的に『大整理』っていう整理する日があってね。」
「大掃除みたいなものですね。」
「そうだよ、伊吹君。その『大整理のプログラム』さえ止めりゃあ世界の終わりは回避出来るん、だけど……。」
冷たいミルゼンクリアの視線に、真理は非常に言いにくそうに言い切った。
「『大整理のプログラム』は三百二十四年前に消えてるんですよ。失踪したというのか。ですが、今までは何故か定期的に『大整理』が行われていたんです。」
「まっさか『大整理のプログラム』が反乱を起こすなんてねぇ……。あれには『この幹の世界には反乱を起こすな』って言ってたのに。」
ビックリだよねぇ、とのんびり真理とミルゼンクリアは顔を見合わせているが、その『大整理のプログラム』やらを止めなければならないのにそれの所在が分からなければどうにもならない。
要するに手詰まり状態だ。それに空に浮かぶ『目』が何時まで持つか分からない。
「ね、ねぇ、そのプログラムが今何処に居るか分かったりするかしら?」
「さぁ。あのプログラムは自由奔放だからね。ある程度の目処はつくけどね。あの子は神の干渉を受けないから。」
「吾は知っています。」
若干の齟齬の合間の言葉を告げた神二柱に視線が惑う。
「吾は、知っています。今何処に居て、何をしているか。何を思っているか。」
沈黙が訪れて、緑珠は思いっ切り椅子から物凄い剣幕で立ち上がった。あまりの勢いに椅子が倒れる。
「それを早く教えて欲しいの!今何処に居るの!?どうすればプログラムを止められ」
「条件があります。」
「……分かっていますよね?緑珠様の命を糧にするような条件であったら……。」
「随分と上から目線なのですね。……まぁいい、そんな事はしません。私が提示する条件は一つ。」
イブキのその一言に、ミルゼンクリアは真理の膝から下りると、部屋にいる三人を見遣る。
「日栄、紅鏡の貴族達をみなみな集めて吾を殺しに来なさい。『ラプラスの魔物』、貴方は参加してはいけませんよ。」
「えぇ……なんでさ。」
「理由があるんです。……そして吾を倒した後に……。」
薄く消えつつあるミルゼンクリアは、緑珠を見詰めると。
「『大整理のプログラム』が居る場所を教えましょう。」
綺麗に消えたミルゼンクリアのその後にはもう何も残らず、ただこの先の未来だけが取り残されていた。
「『大整理のプログラム』……。それじゃあもうあんまり時間が残されていないってこと?」
「紅鏡の貴族なんて詳しくないですよ……。確か五人でしたっけ?」
「ヤースミーン皇女に聞いたら分かるんじゃないかな。ナムル皇子と皇女で二人だから、あと三人……。」
「聞いてみるしかないわね。今すぐ聞くわ。ナムルなら出てくれるはずよ。」
言われていた電話番号を押すと、数コール後にナムルの声が響く。『もしもし』を言う前に緑珠が食ってかかった。
「ナムル、ごめんなさい。ちょっとジャジィーを呼んでくれないかしら。」
『もしもしも言わせてくれねぇのかよ。つかどうした?あっ、ジャジィー、またアイツ……!』
「そういうのは良いから早くジャジィーを呼んで。急用なの。」
まだ耳元で詰まるナムルに、緑珠は適当に要件を作る。
「占いの話を聞きたいのよ。それだけ。それでちょっと気になることがあって話を聞きたいの。」
『わ、分かった、そこまで言うのなら……。』
しーん、と暫く静かになって、無限の時間を感じるような短い時間の中で、次の音を待った。
『陛下!?こ、この間は本当に申し訳ございませ』
「その話は後よ。他の『五大貴族』が何処に居るか知りたいの。」
『えっ、あっ、『五大貴族』!?えぇと、その。大変申し上げにくいのですが……。』
ジャジィーの声が、一旦止まって。
『私と兄以外の『五大貴族』は、皆何処かに行ってしまって……。居る国は分かっているのですが、何をどうしているのやら……。』
「……嘘でしょ?」
『……私のせいなんです。私が兄に代わって五大貴族を統率しなきゃなのに、今回の件で完全に愛想を尽かされてしまって……。』
緑珠が固まったのが分かったのか、ジャジィーは慌てて補填する。
『ひ、一人の居場所なら分かります!ノルテの山奥に住んでて……!電脳の扱いが上手い人で……!』
一度喉奥に唾を押し込むと。
『その人なら他の皆が何処に居るか分かるかもしれない!連絡先と居る場所を教えてくれた人だったから……!』
「分かったわ。有難う。早急に手紙を書いて送ってくれる?そうしてくれると助かるわ。」
「ははうえっ!」
少し成長した柊李が緑珠へと抱き着く。その声で電話の向こうの主は。
『えっ……息子様がいらっしゃったのですか?』
「最近ね。柊李と言うの。」
『……へ、へぇ、そうなん、デスか……。』
「……何だか盛大に勘違いされているから断っておくのだけれど、この子はクローンで創った子よ。」
『へぇ!そうなんですか!……えっ、そうなんですか!?』
時間差で驚いたジャジィーをほっぽって、
「ごめんなさい、こちらも五大貴族の行方を追うから切るわね。」
『えっ、あっ、はい!』
「あぁ!柊李様!今はお仕事中ですから行っちゃダメって言いましたのに……!」
柊李の後を追ってやってきたハニンシャが、肩で息をしながら執務室に飛び込む。しかしただならぬ雰囲気で一歩引いた。
「ハーシャ。この先、僕らはこの国を開けることが多くなると思います。」
イブキは膝を折ってハニンシャの肩に、綺麗な笑みを作ってそっと手を置く。
「……言いたいこと、分かりますよね?」
緑珠に頭を撫でられていた柊李が、ハニンシャにくっつく。
「はい。大丈夫ですよ。御不在の時はお任せ下さいませ。……僕が願うのは貴方様方が無事に帰ってくることぐらいですから。」
「一人じゃないじゃないですか。リリーも華幻も居る。寂しく無いと思いますよ。」
「僕を夢中にさせておいて良く言う。確かに寂しくは無いですよ。……でも貴方様方が居て月影帝国ですから。」
「ゆえりゃん!あそぶぞ!」
「ダメですってば柊李様。僕はお仕事ですし貴方はお勉強ですよ。」
やだやだ!とごねる柊李を半ば無理やりにでは、と言ってハニンシャは連れて行く。
「……あんなおねだりの仕方されちゃあ早く終わらせて帰って来るしか無いわよねぇ。」
「僕らは……一生冒険をし続ける運命なんでしょうか。」
「立ち止まることが出来ない時間に沿って言うのならそうかもしれないね。」
希望の光がほんの少し見えて来た。一人の所在でも分かれば御の字だ。
「手分けして情報を集めましょう。色々話を聞く必要があるわね。」
「承知致しました。直ぐに手配を始めます。」
「おっけー。任せてね。真理さんの電子通信網を舐めちゃだめだよ!」
そうして散り散りになって行く従者と、ばたりと閉められた執務室の扉。ふぅ、とどっかりと座った。
「また、冒険、か……。」
空を見上げると、何時もとは違う風景があった。手に触る黒髪に一房、色が違う髪がある。
「……ぎん、ぱつ。」
この歳で、この銀の髪の量。あと生きられて三十年くらいだろうか。折角もっといきたかったのに。そう思ったのに。
ぱちん、ぱちん、と髪を切り捨てて、緑珠は切られた髪を見詰めた。
「……大丈夫。逃げたりしないわ。ミルゼンクリアも倒したこの身、そう簡単に死なないわよ。」
あの一件から確実に自分の身体の成長は遅くなった。爪は数カ月切らなくても伸びないし、髪の伸びも遅い。
「……さて。また新しく始めないとね……。」
きらきらひかる銀髪を見詰めて、緑珠は呟くようにして言った。
次回予告
ハニンシャとミュゼッタが二人でなんやかんやするお話なのですが、まぁそんな平和に終わったりしないしハニンシャくんが女装するので見てね。