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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第十章 天壌無窮蒼空国 月影帝国
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 177 嘘と信用

冷泉帝と花ノ宮が久しぶりに出てきたりとか三人がめちゃくちゃ仕事に時間をかけたり無理矢理冒険に出たりする話。

「お早う御座います、陛下。」


「……陛下はやめて下さいって言ったじゃないですか。」


掠れた声と共に、花ノ宮は起き上がった。何処かまだ身体がだるい。冷泉帝は笑顔を崩さずに彼女に寄った。


「本日のスケジュールは……あぁ、先にお着替えなされますか?」


「そうします。あとは顔を洗って……。」


パーテーションの裏に入ると、召使いの手によって衣擦れの音が静かに響く。


「……地上はどうやら騒がしい様ですね。紅鏡帝国の姫が月影王に謁見されたとか。」


「あの二人なら何とかしますよ。きっとねぇ。」


「いえ。そういう事を言いたい訳ではなく。」


ざっくりとそう言い切ると、着替えた花ノ宮はパーテーションを出る。


「何だかあの二人が頼ってくる気がするのです。」


「それって王の勘?」


「そうですね。王の勘です。」


そっと、自室のドアに触れると、押し殺す様な声を出して。


「……もし。もし、あの二人が何かの手違いでこの国に来た時に。……少しでも楽しいと、思って貰えたら……。」


「嫌ですよ。王が来たら彼奴も来るじゃありませんか。」


「冷泉帝殿は復興手続きが大変でしたものね。」


それでも、と花ノ宮は続ける。


「……会いたいですね。」


小さな声が空間に溶けた。









「くっしゅん!」


「風邪かい?」


「最近流行ってますものね。」


「ちがっ、くしゅんっ、と、くしゅん、思う、くしゅん、のだけれど……。やっと止まった……。」


ふぅ、と緑珠は落ち着くと、目の前の公式の山を恨めしそうに見る。


「あーーーー!もう!計算!面倒臭い!」


「だから電卓でお遣りなさいって言いましたのに……。」


「なんか挑戦したくなるときあるでしょー!」


「あるにはありますが少なくとも計算の時間は短くしたいですね……。」


三人は中庭にある白のテーブルに、書類の山を置いてそれを処理していた。


「つーかこれ伊吹君どうすんの?此処と此処の連携は……。」


「あー……それは多分後で省庁に回して緑珠様のハンコが居るやつですね……。」


「えっ、なに、はんこ?もってるわよ?」


「今じゃないです。大丈夫です。計算のし過ぎで死にそうになってるじゃないですか……。」


「良かったら甘い紅茶と美味しいお菓子は如何です?」


片手で紅茶のポットとスイーツサンドを銀の盆に乗せたリリシアンが、三人の上から声をかける。


「食べる!」


「貰おうかな。」


「それじゃあ僕も。」


テキパキと紅茶と菓子を取り分けながら、メイド長は言った。


「そういえば、最近地上では地震が多いそうですね。」


「えーっと……地震ってあれよね?ぐらぐら揺れるやつ……。」


「そうです。此処は空の上ですから、直接的な被害はありませんが……。」


怖いものですね、とそれだけ残すと、もう緑珠の手元には書類は無く、ティータイムのセットだけが置いてあった。


「それではごゆっくり。」


「有難う!リリー!」


目をきらきらさせてお菓子にかぶりつく緑珠を見ながら、視線をずらして真理は空を見上げた。


「地震、ねぇ。」


「あの黒い穴の影響よねぇ?」


何だか新しい月みたいだわ、と緑珠は最後のお菓子を口に放り込む。


「『幹の世界』って何の事かしら。」


「『幹の世界』はこの世界のことさ。」


「そうなんですか?」


「僕が嘘つくと思う?」


くすくす、と真理は微笑む。


「世界にも色々あるんだよ。でも大きく分けて三つ。『幹の世界』、『枝の世界』、『枝葉の世界』……。」


真理は手元にある紙とペンを使って分かりやすい絵を描いた。


「『幹の世界』は僕達が居る世界だ。『枝の世界』は僕達を支えにある世界。『枝葉の世界』は『枝の世界』を支えにある世界。持ちつ持たれつっていう関係かな。」


「ジャジィーは『枝の世界』の押しつけがー……って言ってたわよね。」


「それがあの黒い穴なんだろう。ま、あれは穴というよりかは……。」


ちょっと肩を竦めて、懐かしそうに微笑むと。


「『目』だがね。」


驚愕を待つことなく真理は続ける。


「『枝の世界』に封印されていたモノが流れ着いたんだろう。この世界に居れば救われると、そう思ったんだろうね。」


【生きるって大変なのねぇ。死んじゃえば良いのに。】


「そういう訳にもいかないんだよ、伊邪那美。死ねない物だって居るさ。」


【……生きるって大変なのねぇ。】


真理が最後に残しておいたお菓子をひょいっ、とイザナミちゃんは食べる。


【美味しいわね、これ。生姜と牛乳の味がするわ。】


「リリーの得意なお菓子だそうよ。私もこれはお気に入りだわ。小腹が空いた時に丁度いいわね……。」


一通りの休憩が終わったところで、また仕事に戻ろうとする三人を止めるかの如く、イザナミちゃんは山になっている書類の上に座る。


【ね、色々聞いてたわよ。紅鏡の皇女が助けを求めて来たじゃない?また冒険に行くの?行くんでしょう?行かないの?】


キラキラした瞳を作って緑珠の顔を覗き込む。しかし、少しだけ緑珠は顔を曇らせて、


「うーん……私はもう王様になったし、前より派手には動けないけど……。」


【冒険!冒険には行くのね!?】


「……まぁ、そうなるわよね……。」


【やったあ!じゃあ早く準備しましょ!こんな仕事なんてしてないでさぁ!こんなの時間の無駄無駄!サクッと消しちゃいましょーう!】


ぱん、と手を叩くと、書類は綺麗さっぱり、全てやり遂げた後になっていた。


「え、あ、これ、これ、どうやって……?」


イブキが目を白黒させて居ると、イザナミちゃんはふわふわと浮いた。


【ちょっとした裏技よ!さぁさ、早く準備をしましょ!しないなんて手は無いわ!】


「え、あ、でも伊邪那美、皇女は今呼べない状況にあっ」


【それくらい呼ぶわよ!任せて!】


くるくると何事にも囚われずイザナミちゃんは浮遊すると、


【さぁ!早く冒険に出ましょう!】










「な、な、ななん、で、私がこんな事に……?」


「……ごめんなさい。私がイザナミちゃんに叱っておくし、代わりに謝っておくわ。」


【この子が皇女様なの?随分と貧相ねぇ。】


「伊邪那美女史、お静かに。」


月影の宮廷の裏庭で、ジャジィーは蹲っていた。ぶるぶると震えている。


「いつもどおり……占いしてたら……さそりの大群が……なんで追っかけてくるの……逃げに逃げたらなんかワープホールあるし……足突っ込んだら此処だし……なんなの……。」


今日は厄日だぁ、とジャジィーはよろけながら立ち上がる。


「それでぇ……何の御用なんです……?」


【蠍に言付けておいたでしょう?『緑珠が話を聞きたがっている』って。】


まるで茶化す様にそんな事を言うと、ジャジィーは背後に回ったイザナミちゃんを呆れた視線で見遣る。


「あの最中でそんな事聞けないですよ、伊邪那美様……。」


【お、おまえ、私が見えるの……!?】


「見えます聞こえますぅ。」


【……あらそう。……ま、まぁいいわ、それなら話は早いわね。さぁさ、説明して!】


勝手に話が進行しているのを、ジャジィーは一度ため息をつきながら見遣る。そして緑珠に強い視線を向けると。


「お話、聞かれますか。あの『穴』の話。私が見たモノの話。」


「聞くわ。」


「どれだけ長くなっても?」


「もちろん。」


「……その先に、どれだけ冷たく残酷な結末が待っていたとしても?」


あまりの瞳の強さに、緑珠は少し尻込みする。けれど。此処で引く訳には行かない。


「もちろん、聞くわ。……私が貴女の、味方になる。貴女の話のね。」


その言葉を聞いて、ジャジィーは何処か落ち着いた顔を作る。


「良かった、それじゃあ──」


「あぁ!皆々様方、お揃いで!こんな所で何してるんです?何かまた悪巧みでも?」


笑みを作ったハニンシャがぱっ、と現れて、ジャジィーは近くの草むらに言う前に入り込んだ。


「そうなんだ。あの『黒い穴』の話をしていたんだよ。空に浮かぶあの太陽の隣にある奴だ。」


「……はぁ、黒い穴。……皆既日食ですかね?それっぽいのは何処にも見当たらないですけど……。」


……成程。どうやらこの『黒い穴』、もとい『黒い目』は何やらあるらしい。イブキはそれっぽく肩を竦めて真理に言った。


「全く……黒い穴なんてありませんよ?真理がそんな事言い出すからついてきたものの……。何処にも見当たらないじゃありませんか。」


「イブキ。そんな物言いはよしなさい。きっとあるわ。探しましょうよ。」


探すフリを始めた二人を横目に、真理はハニンシャへと言った。


「直ぐに戻るよ。ハニンシャ君は先に戻っててくれるかな?」


えー……とハニンシャは一瞬だけごねたが、


「あんまりお仕事抜けちゃダメですよ!早く帰って来て下さいね!」


芝生に彼の姿が消えると、緑珠は草むらに声をかけた。


「ジャジィー、出て来て良いわよ。」


「ふぅ……ドキドキしました……。」


生ぬるい風が緑珠の頬をねっとりと撫でる。


「あの穴……見えないのね。あの子だけなのかしら?」


「それが……。どうやら私と貴方々三人以外は見えないらしくて……。」


ジャジィーは言いにくそうに俯きながら続ける。


「あの穴を……私が見つけたのは、ほんの数ヶ月前の事でした。占星術の学者様達に声をかけても、誰も信用してくれなくて……。」


「三ヶ月?そんなにも前から、あの穴が見えていたんですか……?」


イブキは信じられないモノを見るかのようにジャジィーを見詰める。


「あの穴を知った時、気が狂いそうでした。誰も彼も私の話を信じてくれない。二言目には『元は庶民のクセに』。」


ぶんぶん、とジャジィーは首を振る。


「……貴女様なら、信じてくれる。そう思ったんです。『本来の世界では居るはずのない貴女様』なら。」


緑珠はゆっくりと、目を見開く。信じられなかった。この少女は一体何を見ているのだ?その目は何を写しているのだ?


「案の定、こうやって話を聞いて下さった。……本当は凄く不安でした。どういう人かは詳しくは知らないし、元は私の義姉様になる人だったしで……。陛下が皇女様だった時の事しか知らなかったから……。」


えへへ、とジャジィーは、それはそれは嬉しそうにはにかむ。


「だからとっても、嬉しかったんです。……あ、そうだ、こういう話をしに来たんじゃ無くて……。」


すらり、ジャジィーの喉元に匕首が向けられる。


「伊吹、お止めなさい。こんなの無礼じゃ済まされないわ。」


「重々承知しております。ですが、どうしてそこまで知っているんです?ただただ、それだけが不思議でねぇ。」


だがジャジィーは怯むことなく、へらへらと笑いながら言った。


「だ、大丈夫ですよ、陛下。こういうのはよくあるので……。」


「下げなさい、伊吹。……よくあるって、貴女ねぇ……。」


「私は何でも見れちゃいますから。どうしてもこういう風に敵意を持たれることはあるんです。」


ゆるり、匕首がとてつもなく不服そうに下がる。何事も無かった様にジャジィーは続けた。


「えと、話を元に戻しますけど……。あの穴……あれ穴じゃなくて『目』なんですよね。『目』を通して、『目』が辿る景色を見たら……。」


ぎゅっ、とジャジィーは目を瞑る。手もぎゅっと握り締めた。


「……未来が無かったんです。……世界が、グチャグチャになってた。」


「ちょっと待って。君は何処まで知ってるの?」


「……何処までもは知りませんよ。私は見たものだけしか知らない。神サマ。」


「……マジかよ。」


真理に似つかわしくない酷く苛立った表情が顔に現れる。


「あの『目』は。世界をグチャグチャにする。『幹の世界』と『枝の世界』と『枝葉の世界』、全てを混ぜようとしている。……でもこれには誰も関わってないんです。誰のせいでも無い。……自然の摂理なんです。」


それだけ言いきって帰ろうとするジャジィーに、緑珠は声をかけた。


「待ちなさい。」


「……。」


「貴女、私に救いを求めているんでしょう。」


「……ちがう、違います。聞いて欲しかっただけなんです。それだけ……。」


「本当に?本当にそうなの?『本来は存在するはずの無い私』に、声をかけるのに?」


ジャジィーはぽろぽろと泣きながら緑珠を見遣る。


「貴女はこの世界を愛しているんでしょう。」


「当たり前でしょッ!」


ぽろぽろと瞳から涙が零れ落ちる。それはそれは、大粒の。全てを見る事が出来るその瞳から。


「私はこの世界が大好きなの!皆が『死にたい』って言うこの世界が好きなの!愚痴を言う、この世界が大好きなのよ!」


ギリギリと歯が鳴るかの如く、ジャジィーは声を押し殺す。


「本当にアンタは恨めしかった……!当たり前よね、アンタが居なけりゃ未来は普通に進む筈だった!私は皇女にならなくて良い!酷い事を言われずに済んだ!私の、私の……!」


肺に空気をいっぱい貯めて。


「私の人生を返せッ!返して!返しなさいよ!全部アンタのせいなのよ、分かってんの……!?」


そのまま蹲ってしまった少女に、緑珠はそっと手を差し伸べる。


「……全部、返してあげる。貴女の人生。」


「そんなこと……!」


「だから貴女も協力して欲しいの。全部返してあげるから。」


「それにジャジィー皇女。案外世界の終わりって訳でも無いかもしれないぜ?」


「それっ……て、どういう……?」


濡れる瞳が懐疑に染まっていく。こな神サマは何を言っているんだ?


「さぁさぁ、今日は帰った方が良いですよ。お兄様も心配になられますから。」


……この人生。返してくれると言うのなら。この真っ直ぐ伸ばされた白い手を掴むのもアリなんじゃないのか?


「……今日は。帰ります。」


ジャジィーは緑珠の手を掴んで立ち上がると、無作為に開けられたワープホールに足を突っ込む。


「……はぁ。やんなっちゃうわ。」


誰を責める訳でもなくて、たまたま緑珠の口からそんな言葉が零れただけで。


「……ごめん、緑珠。」


「気にしないで。こういう身にはよくある事でしょ?」


傷付いた笑顔を作って緑珠は微笑み返す。そっとイブキが肩を抱き寄せると。


「大丈夫ですよ、緑珠様。……僕はずっと、貴女の傍に居ますし、貴女が居なくなったら嫌ですから。」


手に添えられた手と、肩に添えられた手に体重を預けて、緑珠は目を瞑って一つ。


「……そうね、ありがとう。私の従者達。」










じかいよ〜〜〜こく!

何と割とそこそこ長い間話をしていなかった緑珠様の赤ちゃんのことについて話されたりします〜〜!要するに新キャラってことですね!

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