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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第十章 天壌無窮蒼空国 月影帝国
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 172 夢と現と愛と狂気と

また伊吹君暴走してるじゃん。いやでも分かるよ。緑珠様虐められたもんね。許せない気持ちはめっちゃ分かる。そんな話です。

『遅くなってすまぬ、緑珠よ。』


「……この、こえ……。」


「なに!?玉鏡龍だと……!」


おそすぎるわよぉ、と緑珠は軽く悪態を突く。……あぁ、そうだ。何をこんな奴に殺されようとしているのだ。


こんな奴に、ころされようと。


「……ごめん、なさいねぇ、私のしんぞう、先約があるの……!」


ぐにゃり、切っ先が歪む。


「この臓器は誰にも渡しはしない……!約束したの、『貴方におかされたいの』って。それはそれは、とっても扇情的な声で誘ったのよ……!」


「気色悪い……この狂人共めが!」


「闘うことしか脳の無い猿がつべこべ言ってんじゃないわよ糞野郎!」


掴んで居た剣が引っこ抜かれる。そしてそのまま撤退して走り去って行った。


「待て!今此処で、わたしが……!」


『止めておけ。奥に軍勢があった。あれでもかなりの重症を負わせたものよ。それに主の身体の疲労も大きい。』


「……クソッタレ……。」


ぺっ、と血反吐を吐くと、ふらふらしながらも竜に近付く。


「来てくれてありがと。助かったわ。」


『気にするな。にしても物言いが軽くなったな。慣れたのか?』


「……かも、しれないわね。後は身体が死なないように耐えてるかのどっちか……。」


身体がどんどん痛くなって来ているから、きっと後者なんだろう。倒れていたミュゼッタを脇に抱えながら、緑珠はふりつきながらも帰路を急ぐ。


『送る。あの空中の国だな?』


「そうよ、とってもありがたいわ……ええと、イブキと真理には……。」


『あの二人には言っておく。さぁ乗れ。その傷だと早く治療を受けた方が良い。』


緑珠は重い身体を引っ張りながら、竜の背中に乗ると。暖かみの中で目を瞑った。










「……あっ、お目覚め、ですか?」


「良かった、今アヴィセンナ呼んでくるからね。起き上がっちゃダメだよ!」


なんて言葉を聞いた傍から、緑珠は起き上がる。慌ててイブキが止めに入った。


「いや寝てて下さいよ。傷がまた開いてしまいます。」


重い右手を上げると、それはまだ龍人化した『それ』であった。恨めしそうにそれを睨む。


「傷がある程度治ったら戻るみたいですよ。……あっ、もしかしたら王子様のキスでも戻るかもしれませんね?」


なーんてね、茶化した言い方をするも、緑珠はちょんちょん、と自分の手を空いている手で指す。


「……ほんとにしちゃいますよ?」


騎士がお姫様にする様に、手の甲にそっと薔薇の花弁を落とす。


「なーんて、御伽噺じゃあるま……い、し……?」


淡い光となって、水晶の角も、真黒に踊る翡翠の髪も元に戻る。鱗は粒になって消えた。


「んー!見に来たよ……。あれ、元に戻ってんじゃない?」


「王子様のキスって奴です。」


「君のは盗賊の蛇みたいなもんだろ。」


「煩いな明日の洗濯物の洗剤にしますよ。」


「例えが酷い。」


明らかにてれてれしている緑珠に、イブンは近付く。


「元気にしてたみたいだね。ちょっとやんちゃし過ぎたかな?」


「……かも、しれないわ。……ねぇせんせい、ミュゼッタは……?」


「あの子は怪我はあんまりしてなかったの。魔力の消費だけが著しかったから体力つけるために点滴してる。副宰相君が律儀にお世話してるわよ。メイド長と一緒にね。」


血圧も心拍も大丈夫そうねぇ、と安心し切った様にイブンは笑みを作る。


「ね、女王サマ。あんま怪我してる時にこういう話はしたくないのだけれど……。」


一通りの用意を鞄に詰めて、イブンは言った。


「……アタイが処方した薬、適当に飲みまくってるでしょ。」


「……ご、めんなさい。」


「あの二人が言うからさ……びっくりしたわ。言っとくけど、あれはあくまでも気休め程度。根本的な解決にはならないの。」


それに、とイブンは立ち上がって緑珠へと続ける。


「麻酔とかも効きにくくなっちゃうからダメよ。……医者わたしたちは助ける手助けをしてるだけ。本気で治そうって思うんなら患者きみたちが頑張らないとね。」


長い点滴の管をベッドの脇に寄せると、


「……それじゃ、また来る。暫くは寝て過ごしておいて。一日で一時間くらいなら起き上がってもいいわよ。」


イブンが帰ろうとする頃にやっと二人は喧嘩を止めた。イブンが恭しく頭を下げる。


「有難う御座います、先生。」


「イブン、お代は何時もの奴でいいかい?」


「そうしておいて。」


それだけ軽く言い放つと、イブンはあっさりと部屋から出る。


「真理、何時もの奴って……?」


「僕が無から作り出したごてごてアクセサリーだよ。ああいうのが好きらしい。」


「……良いんですか、代わりに払っちゃって貰っても。今なら国からでも出せるんですよ。」


「娘の面倒見るのは親の務めだしね。気にしないでね生意気野郎。」


「一言多いんですよ一言……!」


包帯だらけの緑珠がゆっくりと起き上がる。もう痛みは無いが、身体が重い事極まりない。その様子を見たイブキと真理が駆け寄る。


「緑珠様、何か食べたいもの等あれば仰って下さい。して欲しいこととか、何でも……。」


「……今の戦況は。」


ぽそり、それだけ呟く。


「切迫している状態では、有りませんが……あまり悠長にしている時間は無いかと……。」


「……それじゃあ、行かなきゃね。早く怪我を治して、行かなきゃ……。」


立ち上がろうとした緑珠を真理が慌てて止めに入る。


「無茶しちゃ駄目だよ緑珠!何時傷が開くか分からないし、体力の消耗も激しいんだ。心配なのは分かるけど、此処は僕達に任せて……。」


「……そうも言ってられないのよ。分かるでしょ、ねぇ……。」


「僕がやります。……僕なら全て、欺ける。」


だから任せて下さい。冷たい、激昂の声が。その身その心剣で切り裂いた罪、償うが良いと。優しく、しかし心は冷徹に。暖かい手が緑珠の上に乗って。


「命令を下さい。僕は貴女の命令が欲しい。貴女の為だったら何だってやれる。」


拒否する事は出来なかった。真理と目を合わせて、緑珠は目の前の仄暗い蜂蜜の瞳を見詰めて。


「……光遷院伊吹に命ず。汝の思う名をこなせ。……但し、私にきちんと報告していくこと。良いわね?絶対よ?」


「全ては貴女様の仰せのままに。」








「っ……あの馬鹿、もう行ったのか……!」


「へっ、陛下!?こんなとこに居ちゃダメですよ、早くお城に戻らないと……!」


イブキの代わりに陣にいるハニンシャは、重そうな身体を引っ張って降りて来る緑珠を必死に止める。


「通せ。行かねばならないのよ。……大丈夫、身体の傷も全部塞がってる。それに真理の守護魔法もある。……通して。」


「ですが……!」


「貴方はミュゼッタを見ていなさい。あのバカ、ほっとくとほんと凄いこと仕出かすんだから……!」


嬉嬉として刀を持ちながら歩き去っていく緑珠を、ハニンシャは慌てながら見詰める。


「あの人はああなったら聞かんぞ、副宰相。」


「分かってますよ、分かってますけど……。止めなきゃダメなんですよ、僕の立場上はさ……。」


「どうせ国一個ぶっ潰しに行くだけだろ?取り敢えず此処らの死体回収しようぜ。」


大変な立場だよなぁ、とぼんやりと思うハニンシャの周りに、アリアと楓が立つ。


「副宰相クンは止めとくか?腕だけとかあるし。グロテスクだし。」


「あーいや、僕もしますよ。……昔、僕の住んでた街、流行病とかあったら路地裏に山程死体あったので。死体焼却のバイトって結構良いんですよね。払いが。」


「お姉ちゃんは今留学中だっけ?苦労してたんだなぁ。」


「もう今は幸せですし、良いですよ。……陛下も宰相様も大臣様も居るし。」


「ほら二人とも。さっさと手を動かす。」


「はぁい。」


のんびりそんな返事を言いながら、三人は膨大な作業をぼんやりみていた。


そのころ。


件のイブキは緑珠に貰った旅衣装に身を包んで、行商の一人に扮していた。


一度匈奴の国に入って貴族の成りをしてみればすんなりと言うことを聞いた。札束も忘れずに。それはまた後の話だが。


「にしても兄ちゃん。単于様に選ばれたって事は随分と名誉な事じゃねぇか。」


「その割には馬とか出してくれないんですよ。酷くないですか?」


「……滅多な事言うんじゃねぇ。誰が聞いてる分かんねぇってのに……。」


左様斯様そうこうしているうちに、匈奴の野営地が見えて来る。積み荷が止まってイブキはさらりと降りた。


「えぇと……これ運べば良いんですよね。」


「そうだ。……言っとくが妙な気を起こして持ち逃げとか止めてくれよな。」


「やだなぁ、しませんよ、そんなこと。」


行商の目を盗んで、給水場に水溶性の毒を溶かす。もう直ぐ夕飯の時間だ。愛しい主は腹を空かせて居ないだろうか。


「ほら、行くぞ。着いてこい。」


「あぁはい、行きます。」


はやくあいたい。

だからぜったいにゆるしはしない。

主を傷付けた、あの憎き下賎で下等な蛮族の長など。

あの御方を傷つけて良かったのは自分だけだったのに。

その心に触れるのも、その身体を感じるのも、全部全部全部自分だけだったのに。


「……大丈夫ですよ、緑珠様。ぜんぶぜんぶ、終わらせちゃいますから。僕仕事が早い良い子ですよね……?」


誰に言う訳でもなく呟きながら、イブキは足を進める。行商の一番後ろに並んで、単于が居るというテントの中に入った。


あぁ、行商人の声なんて全く聞こえない。荷を入れる時にどの物にもゆっくり死ぬ様苦しむ様毒をたくさんたっぷり塗っておいた。

そんな品物にベタベタ触れていたこの行商人達も時間の問題だろう。知らない。

主以外、殊更どうでもいい。皆死んで二人だけの世界になれば良いのに。そしたら何にも怖いことは無い。ずっと笑顔だけ見てられる。


「っ──ゅう──だ!」


「にげっ……があっ……!」


「あしっ、あしがうごかな、うごかなっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「いき、くうき、がひぅっ……!」


矢鱈滅多ら外が騒がしい。イブキがテントに触れた時、向こうから血だらけの手がぬぅっ、と現れる。そのまま兵士はばたりと倒れて、濡れた黒髪が見えた。


「……随分探すのに手間取ったわよ、光遷院 伊吹。」


これはお怒りモードだなぁ、とぼんやりと思いながら、自分の首に当てられる切っ先を見詰める。


ゆるりとそれは下ろされて、腰を抜かしている行商人を確認作業の様に刺し殺していく。


因みに抑えに入ろうとした兵士はイブキの匕首が刺さって死んだ。


「……終わりよ、冒頓単于。この野営地にはもう誰一人として生きてないわ。」


「なん、だと……!?」


包帯に巻かれている王を、緑珠は死んだ目で見下ろしている。


「人間っていうのは大変ね。単于。傷が治るのに何日もかかるんですから。」


命乞いを聞かずに緑珠は単于の首を斜めに斬る。ぱっくりと傷口が開いて、天井が赤く染まって。


緑珠はなぁんにも気にせずに、持つ所が無くなった不便な身体を地面に下ろして、剣の台座として無造座に胸に刀を突き刺すと、血だらけの『仮初の玉座』に座る。


「疲れたわ。」


「そりゃまぁ、あんなに動いたら。」


「私が貴方を殺そうってのに随分と舐めた物言いするのね。」


「……申し訳ありません。」


「跪け。」


「は、い。」


血だらけの天蓋の下で、緑珠はイブキに膝を折らせる。


「私は貴方に命令しただけ。その後に再三聞かせた。『行動に移す時は報告して行け』って。お前はそれを聞かなかった。」


げしげしと緑珠は単于の首を足で弄る。ぐりん、と目玉が飛び出した。驚愕のまま。


「……言う事を聞かない無能な従者には、お仕置が必要ね?」


何がいいかしら、と緑珠はぼおっと瞳を虚ろにさせる。


「この頭でサッカーとかでも良いのよ。ボールなら沢山あるし。お前の身体をボールにしましょうか。それでも楽しそうね。」


でも私が絡むと何でも貴方って悦んじゃうものねぇ、と緑珠はイブキを蹴り倒す。腹に一撃。もう一発。


「……貴女って本ッ当に最高ですねぇ。」


ゆっくりと此方を見上げて来た顔には、歓喜しか見受けられない。


「お褒めに預かりどうも。貴方ってほんと、私の事が好きなのね。」


気色悪い、と鼻で笑うと、そのまま緑珠は立ち上がってイブキの横を歩き去る。もしかして、と従者は茶化す様に言った。


「……もしかして、妬いたんですか?」


ぴたり、緑珠の足が止まる。


「他の王に膝を付いてるのが許せなかったとか……?従者の真似事してたのが、嫌だった、とか……?」


殺気を感じる。あっ、これ調子乗りすぎた。そそそそんな訳無いですよねぇ、と柄にも無く慌てて見たら、次の瞬間自分の前髪が一房飛んでいた。


「次言ったら、殺す。」


顔には全く出ていないが、耳が真っ赤なのが丸見えだ。ほら早く行くわよ、匈奴の国自体滅ぼさなくては、とそれらしい事を言って去って行く。


「……やっぱり緑珠様って可愛いですね。」


待って下さいよぉ、と引っ付けば、そんな馴れ馴れしく触るなと嫌がる。気が立ってるの可愛い。


「僕は何処にも行きませんよ。貴女の傍しか居場所が無いんですから。」


そう、と何処か落ち着いた声が溶けて、そのまま匈奴の方へと歩いた。







「……あんた、何したの。」


「ご覧の通り、みんな殺しましたよ。貴女に仇なす者は皆要らないと思って。」


これが本当のレッドカーペットですねぇ、とイブキは嬉しそうに足元を見る。


「だ、だからと言って、まだ産まれたばかりの赤ちゃんまで……!」


「仕方ないじゃないですか。貴女を怪我させたのですもの。……それに。赤子は一番最初に殺さねばなりません。何時反旗を翻すか分からない。」


歩く度に血が水面となって揺れる地面を、緑珠はゆるゆると歩く。


「さぁ、行きましょう。もう生きてるのはこの国のお姫様くらいしか居ませんから。」


「……なぜ、その子だけ生かしておいたの。」


「じゃっじゃーん!ご覧下さい!此方は冒頓の首です!これを見て絶望のまま死んでもらおうかなって!」


「……きっと貴方の事だから、簡単に生かしておくだけじゃないんでしょうね。」


勿論ですよ、とイブキはにこにこと笑みを浮かべながら続ける。


「『333の法則』ってあるじゃないですか。それに準拠して、ねえ?そしたら最初は気丈に振る舞っていらしたんですけど、途中からもう駄目になっちゃって。廃人になっちゃったんですよ。」


「正気を保っているからこそまともに現実を見据えられるのに……廃人にしてどうするの。」


だってぇ、とニコニコ笑っていた顔を一瞬にして真顔にすると、


「緑珠様を不幸にする者なんて皆死ねば良いから。憎しみの対象ってやっぱり殺したくなっちゃうじゃないですか。僕はそれを実行に移しただけです。」


あっ、ほら、こっちですよ、とイブキは城の裏手にある小さな石の扉を押した。







じかーーーーーーーよこく。

すげぇなこの戦争の話って思った貴方は正解です。私もびっくりしてる。とうとう次の話で戦争の話に決着が着きます。そんな話。

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