ラプラスの魔物 千年怪奇譚 170 水毬
ハニンシャくんが水の魔法めっちゃ頑張って勉強したり伊吹君と手合わせして新たな自分を知ったりとそういうお話。
「だ、大臣様!探しましたよ!」
「おや、探されていたのかい?誰が探してたの?」
「僕です!僕が探してました!」
「威勢が良いこと……。ご用件は?」
ハニンシャは頭を思いっ切り下げて、真理に頼み込む。
「お願いします!僕に魔法を教えて下さい!」
「……なんでまたいきなり。」
とにかく座らない?と言わんばかりに真理は宮廷の低い塀に座り込む。ハニンシャもそれに乗った。
「宰相様が仰ってました。『一つの武術しか使えないやつは三流以下』だって。……まだ僕は剣が碌に扱えない新参者です。だから新しい物も学べない。……けど、魔術ならまだ見込みがあるんじゃないかって。」
「本音は?」
「魔法使えるようになりたい!なって宰相様見返したい!」
「よっしその意気だ!……と言っても。」
真理は難しい顔を作って腕を組む。
「魔術にも適性があるからなぁ……。」
「あっ、やっぱり人間には出来ないんですか?」
「あーいやいや、そんなんじゃなくて……まぁそんなんも有るけど。……そうだな。」
真理はしょげるハニンシャに一つの基準を提示した。
「魔術なり霊術なり、ある程度の範囲まではどんな物であれ使えるんだよ。」
「なるほど……。じゃあ、僕は……。」
「大魔法一個くらいまでは使えるんじゃないかな。お父上は後天的にも竜だった訳だし。」
「それなんです。」
その言葉は辺りをぴしりと凍てつかせた。
「……僕はいつか。何時かでいい。父を殺したい(たすけたい)んです。その為には、どうしても。短剣を扱う術だけじゃなくて、硬い鱗を通す魔力が要る。」
だから、と付け加える。
「僕は魔法が使えるようになりたいんです!」
「……よし。」
意気込んだハニンシャの頭を、真理はよしよしと撫でる。
「良い心がけだ!そんな君にはこの大魔法使いというかまぁ創造神的な真理さんが魔法を教えてあげよう!」
「ほんとですか!良かったぁ……。」
ほっと胸をなで下ろしたハニンシャに、真理は苦く笑みを作った。
「なに、直ぐに却下されると思ってたのかい?」
「直ぐにでは、ありませんが。嫌がられるかなって。……あと自分に、魔法の適性があるかどうか分かりませんでしたから……。」
「なーるほどねぇ……。」
そうだ、真理は付け加えた。
「言っておくけど、最初は地味だよ?」
「大丈夫です!頑張ります!」
「えー……ほんとかな?」
「やーりーまーすーかーらっ!」
「ほんとに地味だよ?」
「そ、そんなに……?」
いやだって、と真理はにかっと笑った。
「丸描く練習するだけだから。」
「あらハニンシャ。何してるの。」
「まる、を、かく、れんしゅ、です!」
「……えぇと。どうしてかしら。」
せっせと木の棒で丸を描いては消して、描いては消してを繰り返しているハニンシャに緑珠は声をかけた。
「魔法を大臣様が教えて下さるって仰ってくださったものですから。丸を描く練習が大事なんですって。」
「それはそうね。慣れると魔法陣無しで魔法が使えるものだけど。……道理でイブキが『ハーシャの丸が異常に綺麗』って言ってた訳だわ。」
こんもりと土の小山が出来る。ふぅ、とハニンシャは一つ息をついた。
「でもこんなに頑張って魔法使えなきゃ嫌ですね……。」
「あら、真理はそんな意地悪な事しないわよ。前例があるから。」
「……前例?」
えぇ、とにこやかに笑いながら緑珠は続ける。
「イブキが昔真理に『魔法を教えて欲しい』と頼み込んだ時に、『前世の受精卵からやり直せば?』って思いっ切り煽られてたから……。」
喧嘩を止めるのが大変だったわ、と肩を竦める。
「見たら分かるんですね、あの人……。」
「まぁそりゃ魔法使いだからねぇ。」
「あら真理。例の件は進んでる?」
「勿論。滞りなく進んでるよ。」
「えと、例の件って……?」
すぅっ、と緑珠の目が細くなる。
「……ふふ、知りたい?」
ダメだ。この瞳に飲み込まれる。踏み出しちゃいけないのに。手を掴んじゃいけないのに。自然とこくん、と頷いていた。
「綺麗な泥団子を作りたいのだけれど、私はあんまり動けないから真理にお願いしてたの。」
「……どろだんご。」
「そうよ。泥団子。作った事あるでしょう?」
「僕は砂漠に近い土壌に住んでいたので、作った事は……。」
じゃあ今度一緒に作りましょ、一緒にイブキに叱られましょ、と緑珠はハニンシャにせがむ。こんなのどっちが子供か分からない。
そんな光景を他所に、真理が足元にある、ハニンシャが描いた綺麗な円を見詰める。
「綺麗な円だね。……よし、これなら……。」
ハニンシャから棒きれを受け取ると、何やら模様を描く。
「ほら、此処の真ん中立って。」
「え、あ、はい。」
ぴょいっ、とそれに乗っかって立つと、描いてある文様が光り出す。
「手をお椀の形にして。」
「はい。」
すると、ふわりとハニンシャの足元から光が起こる。その形は水になって、手のひらに水の玉を作った。
「属性は水。君は水の魔法が使えるらしい。動かす事くらいは出来るんじゃないか?」
「動かす……。」
そっとお椀の手を外して、空に絵を描くように指を動かせば、水の筋が宙に浮く。
「あらあら!貴方、何から何までイブキと真逆なのね。」
「『似て非なる存在』ってやつ?」
「正にそれね!言い得て妙だわ〜!」
何だか、ずっと自由だった。指を動かせば水が動く。何にも囚われない。
「おや、随分と良い動きをする。誰かに教えて貰ったのですか?」
声の主は宰相だ。微笑みながらハニンシャに問いかける。
「魔法は大臣様に……。」
「あぁいえ、そういう事ではなく。貴方の足の動きです。優雅で楽しそうでした。」
「ほ、ほんとですか!」
そっ、とイブキは宙に浮かぶ水の玉を触る。
「……綺麗ですね。」
「貴方とは逆よ、イブキ。」
「そうですねぇ。こんな事があるんでしょうか。」
「育ちや環境、心情でも魔法は変わる。君とは違った強さでこの子は守りたい物を守るんじゃないかな。」
風でちりじりになった水玉を見詰めながら、イブキはハニンシャに視線を落とす。
「……一勝負、しましょうか。今度。貴方が守りたいものを見つけた強さに敬意を評して。」
「それまでに沢山練習しなきゃね、ハニンシャ。」
三人に囲まれて、あぁ。こんな生活が営めて。地面の土を舐めて生きていたのが嘘の様だ。
「はい!」
大きく、その声は響いた。
「それじゃあやりましょうか。」
「ちょっと軽くないですか……?」
「手合わせなんて軽く進めて行くものですよ。」
イブキはハニンシャに木の短剣を渡す。
「本気で来なさい。殺す気で。僕も一切容赦はしません。首が吹っ飛んでも知りませんよ。」
「っ……!」
「怖気付いているのなら今すぐ止めなさい。貴方には荷が重すぎると判断し、何時もの練習に変えます。」
すぅ、と息を吸って。
「……これは、最後の忠告です。僕から送る、貴方への。」
……諦めるか。諦めないか。答えは疾っくに決まっていた。
簡単だ。負けてもいいんだ。勝ってもいい。ただこの勝負を受ける事に意味がある……!
「やります。死んでもいい。……僕にだって守りたい物が出来たんだ……!」
ぐっ、と言われた通りに腰を据えて、
「参ります!」
その声に反応してイブキが飛ぶのが見える。大丈夫。今なら見れる。見切れはしないけれど、見て判断すれば、必ず避けれる。
イブキの木の短剣が真っ直ぐ向かって来る。視線がかち合う。なんて美しい刀捌きなのだろう。
……あぁ、見惚れてちゃいけない。伸びて来た手をぐっ、と掴んで。腹に真っ直ぐ足を伸ばすと、互いの位置が変わるように吹っ飛ばされる。
「……成程。見切れる様にはなったのですね。」
ぐっ、と距離が縮められる。速い、瞬きする間も無かった。大丈夫だ。『見ろ』。腹に向かって来る短剣を返して、片方の空いている手で手首を突け。
「遅い。」
それだけ言い切られると、鳩尾にガツン、と痛みが入る。
「かはっ……!」
口から胃液が飛び散る。ふらりと視界が歪む、倒れちゃダメだ、目を閉じるな、降り掛かってくる攻撃を全て流せ!
「……瀑布の殺陣……。」
ぼそりと呟いて、ハニンシャの前に薄い水の膜が出来上がる。伊吹があぁ、と何処か納得した、瞬間だった。
「一水四見の舞!」
浮かんだ伊吹が固定される。周りには伸びた水が枝のように貼りめぐされていた。
「僕は……ぼくは……守るんだ……僕は……。愛する人が、愛する人達が居るんです。」
意識が混濁する中、ハニンシャは続ける。
「姉は……っ……もちろん、そうですけど……陛下や、あなたさ、まや、だいじん、さま。僕が居れる、この空間。……全部全部守るって決めたんだ!もう誰も傷付けたりなんてしない!」
伸びた水が伊吹を貫かんばかりにびし、びし、と氷の槍を作っていく。
「御覚悟!虎尾春氷の惨殺!」
……確かに手応えはあった。それなのに。
「ぁ……なん、で……?」
伸びた槍の先に、伊吹が綺麗に立っている。それはそれは、美しい姿勢で。
「いやぁ、久し振りにヒヤッとしましたよ。武器は吹っ飛んで行くし。逃げられないし。」
ぐらついたハニンシャ目掛けて容赦なく蹴り飛ばすと、そのまま彼はぼおっと伊吹を見遣る。……つぅ、と涙が頬を伝っていた。
「……ハニンシャ。『約束』、ですよ。」
小さな小石の擦れる音同士が、ハニンシャの耳に届く。そのまま綺麗に正座を作ると、伊吹に頭を下げた。
「おて、あわせ、有難う、御座いました……。」
同じ様にして、伊吹も正座を作ると、
「いえいえ。此方こそ。お手合わせして下さり、本当に有難う御座いました。」
そのまま頭を下げて動かないハニンシャに、彼はそのまま優しく声をかけた。
「……手合わせは終わりました。泣いていいんですよ、ハニンシャ。」
手合わせ中は泣かない。これは二人ともの約束なのだ。正座して顔をあげないハニンシャの手が、みるみる黄色くなっていく。
「……っ……ぐすっ……うぅっ……ぅ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
慟哭が辺りに響く。けれども絶対に顔は上げない。
「わかっ、てる、わかってるんだ、こんなんじゃ、かてないって!でも!でも、何より悔しいのは……!」
涙で溢れた顔を、ハニンシャはイブキに見せる。
「もっと、もっと出来たんじゃないかって思う、ぼくのよわいこころなんだ!」
ぽんぽん、とイブキは優しい笑顔を作ってハニンシャの頭を撫でる。
「それが分かったのが良いことじゃないですか。……なーんてこと言ったって、悔しい心には絶対に届きませんが。分かりますよ、その気持ち。」
イブキはゆるりと立ち上がる。
「今日はもう帰って休みなさい。素晴らしい闘いでしたよ。……僕が貴方の才能に、妬くくらいには。」
そのまま立ち去って行くイブキの後ろ姿を見ながら、痛いお腹を擦りながら、ハニンシャは立ち上がった。
「で。何で私のトコにきたわけ。」
「……だって、君以外に話す相手いないし。」
風呂に入った床に散らばる常闇の深い紫の髪を、ミュゼッタはベッドに座りながらぼんやりと見ていた。
仮にも年頃の女子の部屋に入るというのに遠慮がないし、ぐったりとふわふわの地面に横になっている。
「良かったね。君、手錠外れたんでしょ。足枷も。」
「まぁ変なことしてないしね。私は自分の一族の安全が保証されたら何にも気にしないから。」
すぅ、すぅ、と足元から寝息が聞こえる。自分の部屋で寝て欲しいものだ。
「ってもう寝てるし……。」
こんこん、と扉が叩かれて、どうぞ、と続ける。
「お邪魔しま……あぁ、ハーシャがお邪魔していたのですね。」
リリシアンが我が物顔で眠るハニンシャを呆れた優しい表情で見ながら、ミュゼッタに向き直る。
「明日、陛下からお話があるそうです。単眼族の今後の処遇と、色々なこと。」
「まー私は気にしないけどね。単眼族が保護されりゃ、何でも言い訳よ。」
そうですか、とリリシアンは興味無さげに言った。そして電気のスイッチを見遣ると、
「……切りましょうか。電気。」
そう言えばもうそんな時間か。部屋は暖かいしハニンシャが風邪ひくこともないだろう。
「お願いするわ。」
ぱちん、と消された電気の中で、ミュゼッタは布団に包まると、優しく目を閉じた。
次回予告 やでぇ
全面戦争じゃーーーーーーーーーーーーー!!!なのはいいんですが、緑珠様が全面的に危機です。大丈夫なんでしょうか。多分大丈夫だと思います。何故なら緑珠様だからです。