ラプラスの魔物 千年怪奇譚 166 無線通信
とうとう暗殺者を迎え入れたりする話なんですが、伊吹君が相変わらず暴走しかしないのでそういうのが大好きな人はぜひ読んでください。
「ただいま帰りました!緑珠様!」
「どうやら玄関という言葉を辞書で引いた方が良い様ね。」
「入れれば何処でも玄関ですよ。」
あの旅装束姿で緑珠の執務室の窓からイブキの姿が現れる。因みに此処は五階だ。大事な事なので二回言おう。此処は五階である。
「どうだった?」
緑珠は手元の書類から目を離さず、一仕事終えたイブキへと問うた。
「接触した暗殺者に間違い無いかと。名前は パトリシア・イエベール。……ま、偽名の可能性大ですけどね。今は楓さんとアリアさんに情報収集をお願いしています。匈奴のセキュリティは甘くて助かると言っていました。」
「有難う。滞在期間はなんと?」
「審査官には三ヶ月と言ったそうです。貴女を暗殺するにはぴったりな期間だと思いますから、これは嘘の可能性は低そうです。」
「余命三ヶ月か……色々考えちゃうわね……。」
「緑珠。入るよ。」
こんこん、と戸を叩く音がして緑珠が答える前に真理が部屋に入る。
「言ってた通り地下の水道は以前より警備を強めておいた。毒性の反応が出たら即止まることになってる。」
あとはそうだな、と何枚かの書類を見ながら真理は続ける。
「顔写真は回したから、この人間を見たら必ず物を売ってはいけないって言っといた。協力してくれる所には金を回したよ。食品店は特に厳重に注意させておいた。」
「有難う。言っていた通りにしてくれたのね。」
「緑珠様。対象につける者はどうしましょう。」
その言葉でやっと緑珠は書類から目を離すと、肘をつく。
「……ハニンシャが良いかなと思ったのだけれど、あの子は一度会ってるし……体調も万全じゃ無いし……。貴方は総合的な陣頭指揮を執って欲しいし……。」
「……リリーは?リリーはどうでしょう?」
イブキの提案に、緑珠はゆっくりと顔を上げた。
「そりゃリリーは腕は立つしちょっとやそっとじゃ動揺しないけど……。そんな腹据わってるかしら……。」
「伊吹君を殺そうとしたし行けるんじゃない?」
「ならいけるわね。」
「基準が色々突っ込みたくなるんですけど。」
緑珠はそのまま淡々と続ける。
「リリーには一度声をかけてみて。無理だったらイブキと真理になるけれど、それで構わないかしら。」
「最初っからぼくでいいのに……。大丈夫です……。」
「構わないよ。」
むくれているイブキと、何処か得意げな真理を見て、更に緑珠は付け加えた。
「城の警備は若干緩くして。ハニンシャの部屋は厳重にね。」
今まで作っていた無表情を消して、緑珠はゆるりと席から立ち上がると、
「一週間でカタをつけるわよ。」
その言葉に二人は頭を下げると、
「貴女様の仰せのままに。」
「やり通してみせるよ。」
翠玉の瞳が、揺らめいた。
「はぁ。尾行。」
「やって下さいません?」
「……尾行するだけですよね?」
「……えぇと、そうですけれど。」
「暗殺とかじゃなかったら出来ますよ。」
「それ以外の事は出来るんですね……。」
いきなり聞かれたその言葉に、リリシアンは何となしに答えた。
「メイド服は目立ちますし、服はお願いしたいところです。……まぁ、これでやれと言うのならしますが。」
「それは安心して貰って大丈夫ですよ。だってほら……。」
衣装室へ誘うと、緑珠が嬉しそうに服に埋もれている。
「あの人がコーディネートして下さるので。」
「……あの人って時間かかるタイプですか?」
「いいえ、あんまり。服決めたら早いですよ。」
「なら助かります。」
「おいで、リリー!」
服飾の山から取り出したのは、シンプルな濃紺のワンピースだった。
「あんまり何時も着てるのと変わらないけれど、貴女にはこういうのが似合うわ。髪の毛はハーフアップにして、靴は踵が高くないものを。これだけスカートが膨らんでたら拳銃も上手く隠せるでしょ。」
ぽいぽいっと服を渡すと、緑珠は満足そうに彼女を見詰める。
「うん。絶対似合う。さてと。此処からが本題なんだけどね。」
「暗殺者の尾行でしたっけ。」
「そうよ。容姿は聞いてる?」
「はい。単眼の一族で黒いドレスに身を包んでいるそうですね。」
「そこまで分かってるなら合格ね。……宜しく頼んだわよ。」
緑珠の力強い言葉に頷きながらも、リリーはさらにつけ加えた。
「というか……陛下、尾行してどうするんです?捕まえないんですよね?」
「捕まえないわよ。私の城に誘導して欲しいだけ。」
「……またとんでもない予感がします。」
「無茶振り専門家だからよ。」
目をふせながら、緑珠は続ける。
「……ああいう手合いと話してみたかったの。色んな思い出があるからね。」
「……そうですか。」
じっ、とリリシアンは手元の服を見やって、表情を変えることなく続けた。
「それじゃ、着替えて来ますね。良いご報告が出来る事を願っています。」
とは、言ったものの。
「陛下。何か物を買えない割には楽しんで観光してますけど。良いんですか?」
『さぁ。良いんじゃない?』
「投げやりな……。」
路地裏から少女を覗く。物は売ってもらえないしそのまま直行すると思っていたら別段そうでもなく観光されてしまっている。無線から続けて声が聞こえた。
『あーあ、早く来てくれないかしら。色々お話したいのだけれど。』
「中々動かなさそ……あ、動きました、王城の方へと向かってます。」
リリシアンも路地裏から出ると、少女の後を追う。そのまま行商の荷物が載せられている荷台のエリアへと走っていくのが見えた。
「行商の荷物に紛れて入り込むようですね。」
『えぇ……それもう警備やんの面倒くさくなる奴じゃないですか……もうちゃちゃっと殺しちゃいましょうよぉ。』
『遺体の隠蔽工作が面倒臭いって言ったの貴方でしょう?上手くいったらしなくていいんだから。』
『最初から殺しておけばよかった……。』
何でこんな物騒な会話を聞かなければならないのだろうか、とリリシアンは心を何処かにやりながら、荷台の番号を控える。
「六の八十九ですね。六の列ですから、確か宮廷への食品?」
『そうですね。着くのが宮廷の裏になってます。割と調べたみたいですね〜。匈奴の王殺してぇ〜。』
「宰相様、落ち着いて下さい。物によっちゃあ本当に殺さなきゃダメかもしれないので。」
『生かす方向の話無い感じなの?』
『僕はあの暗殺者の首をボールにして遊びたいんですってばぁ。それをそのまま匈奴に匿名で送り付けたい。』
『言ってること過激極まりないし匈奴嫌い過ぎない?』
『緑珠様に危害を加える者はみーんな豚の餌ですよ。』
『ワードセンスに恐れ入ったわ。』
無線越しに聞こえる会話を聞きながら、リリシアンはその後を追う。
「たぶん……。裏口に着いたら衛兵の入口を使いますよね。」
『そうですね。今日は緑珠様の仰せで官人は皆帰らせて居ますけれど。』
「……何とまぁ手際の良い事で。」
『リリシアン、尾行ありがとね。もう帰っても大丈夫よ。』
「え、あ、はい。」
意外と早かった御役御免に、リリシアンは驚きを露わにする。
『そのまま帰っちゃって頂戴。無線はまた後で回収します。』
それじゃね、と緑珠はぷつりと無線を切った。そしてひとしきり伸びて呟くと、
「イブキ。装飾品って……。」
「何時もの鏡台の上に置いてありますよ。」
「有難う。また動きがあったら連絡して。」
それだけ言って緑珠は立ち上がると、執務室から出る。そして自分の箪笥代わりの部屋へと向かった。
言われていた鏡台へ向かうと、きらきらとした装飾品が山の様に詰まれている。
「開発したは良いものの、イマイチ使う時無かったのよね……。」
まずは足首にアンクレット。衝撃で刃が出る仕組みだ。
お次のネックレスは引きちぎると有毒なガスが噴出するもの。これは人間や弱い人外にしか効かない。
ベルトには小型爆弾を。……流石にこれは人外でも死ぬ。
鼻歌を歌いながら真白の中華風ドレスに着替えて、茶色のベルトを大きく付ける。あとはじゃらっとするだけだ。
「ふんふーん……ふふっ、これで完璧……。」
綺麗に着飾った緑珠は、そのままその部屋を出て、ある場所を一点に目指した。
次回よーーーーーーこく。
ハニンシャくんにお友達が出来たりアニメかな?みたいな描写の美しさがあるしとにかく只管に美しい話なので皆読むべきよ。