ラプラスの魔物 千年怪奇譚 165 再会
割と次の回は心情回……そう、言うなれば地の文が多い回……三点リーダは少なめ……綺麗な描写が沢山出てくる回なのです……。
「え、えと、あの……。」
いや、こんな所で引いてちゃだめだ。立派になった自分を見せに来たんだ。
「あのっ!」
辺り一体に響く大きな声を出して、華幻は城門の二人の門番へと声をかけた。
「会いたい人が居るんです。中に通して頂けませんか?話は通してあるので、直ぐに分かると思うんですが……。」
「……失礼ですが、お名前は?」
「かっ、華幻です!光遷院 華幻って言います!此処に務めてる光遷院 伊吹の妹です!お兄ちゃん話通してるのかな……。」
その言葉に二人の門番はお互いに目を合わせる。
「こうせんいん……かげん……?あの宰相様の、妹様……?」
「そうです。兄が家族の事を言わない人なので、ご存知無いと思いますが……。」
「あの宰相様の、妹様……?」
「……ええっと、はい、そうです、けど……。」
そうして二人が口を合わせて言うには。
「あんな末恐ろしい宰相様に、こんな可愛らしい妹様が居らっしゃるなんて……!」
「ね、君歳いくつ?」
「この間十七になったばかりですよ。」
「学校には行ってるの?」
「故郷で大学までの勉強をしておりましたから、今は行っておりません。……また行かなくちゃ、ダメみたいですけど……。」
仕方なさそうにはにかんだ顔を、門番二人は嬉しそうに見詰める。
「そ、そうなんだね。華幻ちゃんかぁ。あ、宰相様呼ぶね。へぇ……。こんな可愛い妹様がいらっしゃったなら、仰れば良いのに……。」
「兄はあまり……そういった話はしませんので……言わないと思いますよ。多分。」
何処か異質な空気を感じた門番は、それってどういう、と聞き返す。
「別に何があるとか無いとか、そういう話じゃないですよ。兄はそういう人ですから。……ただそれだけです。」
「鬼だもんなぁ。あの人。ほんと酷い人だよ。この間なんてさ、ちょーっと陛下と話してるだけで色々言われてさ……。」
「ではその期待に免じて貴方々の給与を下げておきましょうか。」
あの爽やかで何処か仄暗さ漂う声が、辺りにじっとりと響く。そして門番が叫ぶ声と、華幻が叫ぶ声が重なった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁ!」
「お兄ちゃん!」
「うるさい。」
叫び倒している門番を置いて、イブキは華幻に歩み寄る。
「息災な様ですね。何よりです。」
「お兄ちゃんも変わってなさそうで良かった!……そだそだ、これ返しに来たの。」
そっと借り受けていた匕首を差し出すと、イブキは何処か悲しそうな目をしてそれを受け取る。
「……こんなもの、まだ持ってたんですか。」
「借りてただけだもん!捨てるって訳にはいかないしね。お兄ちゃんの大事なものでしょ?」
「お兄ちゃんが一番大事なのは、こんなものが平気で流通する世界を無くす事です。」
「それがお兄ちゃんのお仕事でしょ?」
「そうです。お兄ちゃんのお仕事ですよ。」
むふふ、と嬉しそうに笑った華幻の頭を、イブキはよしよしと撫でる。
「それで、今日のご要件は?見せたいものがあると言っていたけど……。」
「そうです!じゃっじゃーんっ!見てみて!なんと!教育実習生になったのです!」
「おやおや、これは凄い。偉いですよ。頑張ったんでしょう?」
「もちろん。お兄ちゃんに見せる為に頑張ったんだよ。」
ええっと、と付け加えて、
「……報告は、それだけ。月影で教育実習をしてはどうかって声がかかったから、今日から一ヶ月この国に居るよ。お家は貴重品は全部持って来てもぬけの殻にしておいた。後は地元の人が面倒見てくれるから。家の状態を一週間おきに報告してくれる。」
「ちゃっかりしてますねぇ。」
「そりゃもちろん!大事な私達の家だもん。」
微笑んだ華幻に、門番はそっと声をかける。
「ね、ね、華幻ちゃん。理想の男性のタイプって誰なの?」
「諦め悪いですね、貴方達。余程減棒が楽しみと見える。」
「聞くだけタダじゃないですか!」
悲痛な声が辺りに響く。
「タダですね。貴方達の給料もタダになりますけど。」
「くっ……!しかし此処は引き下がれない……!」
「執念が凄いと思うんですけど。」
「それは宰相様が言えたクチでは無いですね。」
「……否定はしません。」
「あ、で、好きな男性のタイプは?」
にっこりと、華幻は笑みを作ると、
「お兄ちゃんです!」
ほらね、とイブキはドヤ顔を作る。何なんだこの兄妹。
「ま、結婚するとしても僕よりもかっこよくて賢くて強い人間しか認めませんけどね。」
「そんな人居るわけないでしょ。……つか……認められなかった場合は……?」
恐る恐る問うた門番に、イブキはさらっと言い放った。
「持てる限りの権力と物理で潰します。」
「この人って宰相にしちゃダメな人だったのでは……?」
門番の声を無視して、イブキは華幻へと視線を向ける。
「華幻はこれからどうするんですか?」
「やっぱり研修先の挨拶、かな。それだけしたら色々観光するね。」
「今は色々物騒ですから気を付けて。……やっぱり匕首、渡しておきます。使えなくても牽制にはなると思いますよ。」
「折角返しに来たのに……。……分かった、お兄ちゃんが言うんだもんね。それじゃあ行くね!また来るね!」
元気そうに駆け出した華幻に軽く手を振ると、後ろを振り替えずにイブキは肩を竦めて言った。
「で、貴女は何で隠れてるんですかね?」
「……コ、ココニハダレモイマセンヨ……。」
「裏声使ってもダメです。」
門の陰から緑珠はそろりと姿を現す。
「……声かけようと思ったら、感動的な兄弟愛を見てしまったものだから……つい……。」
というか、と緑珠は顔を上げる。
「華幻ちゃんが結婚とかいう不穏なワードが聞こえたのだけれど。」
「いや、まだ先の話ですよ。……たぶん。」
「……その前にハーシャが結婚したらどうしよう……。」
「……ま、まだ先の話、ですよ。……おそらく。」
震えている二人を見ながら、門番は不思議そうに問うた。
「どうしてそんなに怖がってらっしゃるんですか?おめでたい事じゃないですか。」
「自分に子供が出来たら分かるわ……すごく不安なの……変な人に捕まらないかどうか……。」
震えていた緑珠は、名案を思いついたと言わんばかりに顔を上げる。
「そうだ!ハーシャと華幻ちゃんを結婚させれば良いのね!」
「仮にもあの人達教え子と教師の関係ですよね?」
「あっ、結婚は許すのね。あんな条件言ってた割には。ハニンシャとの。華幻ちゃんと。」
ニヤニヤと笑う彼女から、追い討ちをかけるように飛んでくる単語にイブキは目を伏せると。
「……行きますよ。」
「答えないのね!ずるいわっ!ハニンシャの事を何かと認めてるって言えばいいのに!」
「華幻の結婚とかいう話はやめましよう。」
「なんやかんや言いながら華幻ちゃんの事が大好きなんだから……。」
つんつん、と緑珠にほっぺたを突っつかれたままイブキは素知らぬ顔で呟いた。
「……今はまだ、理想の結婚相手は僕でいいです。」
「それきっとずっと言い続けるわよ。」
そんなやり取りを横目に、片方の番人がぽそりと呟いた。
「……つか、あの人たちって結婚して無いらしいぜ。副宰相クンが言ってた。」
「えっ。マジで?」
「うん。だからその、俺が言いてぇのは……。」
「人の事言う前に、あの人達に結婚して欲しいよな……。」
「分かるわー……。」
仲良く笑う二人を、見詰めながら。
「此処が、月影の地上領。」
誰に言う訳でも無く、少女は呟いた。
「広いものね。……色んな種族の人がいっぱいいる……。」
人並みをかき分けてかき分けて、少女は真っ直ぐにある場所へと向かう。それは月影帝国 中天領へと行く事が出来る巨大昇降機だ。
腰に着けている瓶を取り出すと、昇降機が見えた時点でその中の液体を飲み込む。
大きな顔あてを取ると、極々普通の少女の顔がそこにあった。
偽パスポートもちゃんと持った。武器の具合も完璧だ。あの濃紫の髪をした侍従にやられたのは不覚だったが、今度こそ遅れは取らない。
あの深い深い、紺にも似た紫のひとみ。他人を刺す事に何の躊躇も無かった。
私はあの目の恐ろしさを知っている。
数年前に死んで行った、後を絶たれた仲間達。何も持っていないからこそ躊躇無く事を進めることが出来るあの目。
一体あの若さで何があったと言うんだ。……いや、我々の尺度で測るのもおかしい。それに理由も知らずに終わる。
「旅券を出して頂けますか。」
無機的な声が自分に迫っていた。自分にあの昇降機の順番が回って来たのだ。
「……どうぞ。」
差し出した旅券と書類を確認して、審査官は問うた。
「滞在期間は?」
「三ヶ月居ます。」
「……うん、必要事項はあるし……地上領の入国ハンコもある……と……。」
ぽん、とハンコが押されるのを目の前で見る。そして笑顔が振ってきた。
「月影にようこそ。中天領だから運が良けりゃ天子様に会えるかもね。偶に地上領に来てらっしゃることもあるけど。」
「そうなの。」
「今は色々物騒だから気を付けてね。」
社交辞令を一礼で返すと、昇降機に飛び乗る。どうやら自分が一番最後だったらしく直ぐに昇降機が動き出した。
これが月影の誇る恐ろしい技術力。たった数ヶ月で国を宙に浮かせ、地上領を発展させ、未知なる生き物を創るという女帝の業。
少女は全てを忘れて、ただただ外の光景をぼんやりと見詰める。硝子張りの昇降機は些か恐怖を感じるが、恐らくどの世界の昇降機もこんな感じなのだろう。
「あの……これ、貴女の物ですよね?」
背後から声をかけられた少女は慌てて振り返る。茶髪の──少女の視点から見なければイブキという宰相──優しそうな笑みを作った緑の旅行服に身を包んだ青年は、そっと旅券を返す。
「あんまり不用心は良くないですよ。旅券を無くしちゃ帰るの大変ですしね。」
少女は訝しげに深く被られたフードを覗く。顔が良く見えない。距離的には恐らく見えるのだ。
けれどもこの青年は『意図的に』見せない様にしている。顔があっても、見えない様に出来る人間。
「それじゃ。良い旅を。変な人には気を付けて。」
ひらりとマントを翻して去っていく青年の先には、もう中天領が広がっていた。
「……これが最後の仕事。」
これが終われば仲間と暮らせる。もしかしたらあの王が嘘を言ってるかもしれないが、もう信じれる事は何も無いのだ。
「行かなきゃね……。」
風が道を凪いだ。
次回予告です。
とうとう暗殺者を迎え入れたりする話なんですが、伊吹君が相変わらず暴走しかしないのでそういうのが大好きな人はぜひ読んでください。