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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第ニ章 霊力大国 御稜威
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 9 後編

八年前──


「お母様!」


ぱたぱたと無邪気に走る少女は、母親に抱きつく。赤い蝶のヒールが、紅い中華風ドレスに良く生える。かちかちと足の蝶の装飾が揺れて、金属の音がする。


「あら、リョクシリア。どうしたの?」


笑顔で抱き着いたまま、緑珠と呼ばれた少女は答える。


「抱き着いてみたくなったの!」


母親は緑珠を抱きしめて、優しく頭を撫でた。


「そうなのね。でも、今日は光遷院家、来仙家、倶利伽羅家、藤城家と鳳駕家の親戚の皆様が来ていらっしゃいます。ちゃんと大人しく出来ますね?」


「はい!出来ます!」


元気良く返事を返した少女に、母親は優しく微笑み返す。


「緑珠は良い子だもの。さぁ、お部屋に帰ってお勉強なさい。」


「はい!」


またまた元気良く返事を返した少女は、母親から離れて自分の部屋へと走る。曲がり角で、誰かにぶつかった。


「きゃっ!」


盛大に尻餅をついた緑珠に、ぶつかった相手は手を差し伸べる。


「だ、大丈夫ですか?緑珠李雅様。」


そっ、と出された手を、緑珠はやんわりとその手を払い除ける。


「ふふ、ちゃんと出来る淑女は、自分で立てますから。」


緑珠はドレスの裾を掴んでお辞儀すると、


「善意だけでも頂いておきますわ。」


相手の脇を通り抜けて自分の部屋の扉を開ける。机の上にある桜色の輝いた石に、緑珠は話しかける。


「先生の言ってた事、本当かなぁ……。この石には、花の精霊が篭ってるらしいけど……。」


つんつん、と石をつついて思い出した様に本棚から本を取り出す。ぺらぺらとページを捲りながら、緑珠は呟いた。


「今週の宿題は、この花の精霊を喚び出す事だけど……でも、きっとこれだよね。」


『花の中の精霊を喚び出す方法』と言う金字をなぞりながら、緑珠は書かれている呪文を唱える。


「私、魔法は余り出来ないけど、やって見るしか無いよね。ええっと……美しの君、遠来の君、花の君、我が呼び声に応じて姿を現さん……ううんと、私の前に姿を現してくれたら良いんだけど……駄目?」


そんな少女の寂しい呟きに、花の精は答えた。ふわりと、春風がはためいた刹那、


「い、いやぁぁぁぁ!」


どすん、と言う肉に何かが刺さる鈍い音のあと、女が叫んだ。何が起こったのかを薄々感じながら、緑珠はぎいぎいと鳴る扉を開ける。


「見てはなりませんっ!」


侍女が無理矢理緑珠を部屋に押し込めると、部屋に一人、少女は取り残される。


「あ、あれ、は、確かに……。」


藤城家と鳳駕家の親戚が、真っ赤な緋毛氈をもっと真っ赤にしているのが見えた。傍に立って鮮血を浴びたのは、間違いなく、


「私に……手を、差し伸べた人……!」


見てはならないと言われた側から、緑珠は好奇心に負けて扉の隙間から様子を伺う。


「倶利伽羅様!緊急事態で御座います!」


「何事か!」


「藤城様と鳳駕様のご親戚が暗殺されて……!」


「父上!」


「お前は来るなと言っただろう!」


「しかし父上!俺だって……!」


怒号が飛び交う中、緑珠は怖くなって見るのをやめた。部屋の隅で、ただただ、震えることしか出来なかった。段々と、呼吸の方法が分からなくなっていく。




大国の、皇女なのに。




ゆっくりと、扉に手を伸ばす。


(見なくちゃ、見なくちゃ。どれだけ陰惨な物でも、清浄たるものでも、私は、見なくちゃ……!)


思い通りに動かない足を何とか動かして、扉へと擦り寄る。意識がぼやける、それでも、それでも、


「私は、皇女なんだ!だから、どれだ、けでも!私は、私は!」


怒号が何千倍とも脳に響く。廊下を走る音が最初よりも大きくなっているのを感じる。


「あ、いた!」


やっと扉が開いたその先には、中央貴族で溢れていた。緑珠の教育係が苦そうな顔をして、今までの努力の道のりを振り出しへと戻す。


「やめて!どうして、どうして見せてくれないの!私は、私は!お父様とお母様に会わせて!」


教育係の老婆は緑珠を椅子に座らせる。


「……可哀想な子供です。貴女は、本当に。」


何の事か分からずに、緑珠はただ呼吸を整える。


「良いですか。これより王宮は貴女が住む居城では無くなる。戦場の場となるのです。」


何の事か分からずに、姫は口を開いた。


「戦いが、起こるの?」


「ええ。貴女の周りで。姫様もそれに巻き込まれるかもしれない。」


緑珠は手にぎゅっと力を込めると、更に教育係へと問う。


「何が起こったの?私に教えて。私に、出来ることがあるのなら。」


老婆はまるで睨むようにして緑珠を見た。


「良いですか、姫様の様な子供にこんな話をするのは、本当に憚られるのですが……。」


間もなく倶利伽羅と来仙が手を組むこと。味方に付いたのは光遷院とその一派の有力貴族が居ること。今から、あんな無邪気な生活ではなくなること。


「……。」


緑珠のその話を聞いて、ただただ絶句する。


居城は間もなく、戦場となった。










「とまぁ、話の顛末はこんな感じよ。」


緑珠はくすくすと笑って言った。全く笑える話では無いのだが。


「蓬泉院側だった貴族達に糾弾された来仙家は、この事件の後に病で臥せった姉 天ノ宮公女に変わって花ノ宮公女が立った。……だけど、彼女はとても幼かったし、安直な考えでどんどん権力欲が肥えていった。」


乾いた草の匂いがする畳の上で、緑珠は話を続ける。


「倶利伽羅の家はあの事件以降、何をトチ狂ったのか知らないけど、当時の当主だった冷泉帝の父上が、冷泉帝を殺人現場に連れて行くことが多くなったわ。きっと、凄惨な死体現場もあったでしょうね。その中に美を見出すことしか彼には出来なかったはずだわ。……伊吹は、あの子は……次期当主という事で元々厳しかった教育を、異常な程教育を厳しくされた。屋敷の動物が度々死んでいて、全て猟奇的な殺し方をされていたらしいのよ。それは、伊吹が修行に出た途端、ぴたりと止んだそうだけどね。」


一連の話を真理は聞くと、緑珠に呟いた。


「随分と皆の肩を持つんだね?伊吹君は元より、花ノ宮公女や冷泉帝にまで。好意は抱いてたの?」


悲しいお姫様は苦く笑った。


「……さぁね。もう分からないわ。自分の事で精一杯だったもの。己の感情さえ見向きも出来なかった。毒味係が何人か死んだ時は、明日が知れぬ怖さに震えたわ。」


緑珠は畳の上で転がり回ると、ぴたりと止まって思い出す。


「あの頃から……倶利伽羅と来仙は悪で、私達が正しいと言う……洗脳教育が始まっていたから。何とか自分の考えを持って今までやってきた訳だけど、現に倶利伽羅と来仙の家が嫌いだから、最早私の思考は……。」


いえ、と緑珠は首を振る。


「止しましょう。今の私が昔の私なら、それで構わないわ。」


緑珠は真理に抱き着くと、涙を流し始める。


「ごめ、んなさいね、ごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい。」


「ど、どうしたの?謝るなら、僕だよね?」


おろおろしながら真理は緑珠に言った。


「ごめんなさい、ごめんなさい。……何でも許してくれるって、誓ってくれる?」


涙で潤んでいる瞳を見ながら、真理は笑った。


「うん、何でも誓うよ。何でも許すってね。」


「良かった……あのね、真理……。」


緑珠が耳打ちすると真理はすくっと立ち上がって言った。


「よろしい、ならば戦争だ。」










ガッシャンゴーン!


「……は?」


イブキは焼き魚を作りながら物音に耳を済ませる。と、同時に華幻がイブキの傍に転がり込んで来た。


「お、お兄ちゃん!二階の硝子が割れて、物音が凄いんだけど!」


イブキは怪訝な顔をして華幻に答えることなく二階へと上がる。


「だーかーらー!何でも、何でも許してくれるって言ったじゃない!?」


「これとそれとは話が別だよ!!」


真理と緑珠の怒号が、イブキの耳を劈く。障子を開けると、狂愛主義者の耳の側を緑珠が読んでいた巻物が通過する。


土壁の階段側に刺さって、容易く穴が開く。緑珠がイブキを見つけた瞬間に叫んだ。


「あ、イブキ!ねぇ、真理たら酷いのよ!」


「酷いのは緑珠だよ!」


イブキは二人の主張を適当に聞いている。


「私がね、冷蔵庫に残ってる、イブキが作ってくれた二つ布丁プリンを食べたら真理が怒るのよ!何でも許してくれるって言ったのに!」


「あれは僕が楽しみに取っておいた布丁なの!なのに食べるなんて、食べるなんて!」


「よくも貴方々、此処までテンプレを突っ切りましたね……。」


「僕は生まれ変わっても、未来永劫残された布丁は食べたい主義なんだよ!と言うか作ってよ!」


「嫌です。」


「酷い!この人でなし!」


「人じゃないです。鬼ですから。」


「冷血漢!」


「否定はしません。」


刺さった巻き物を華幻は頑張って抜こうとしているさなか、大の大人がしょうむない言い合いをしている。


「さっきから言ってるけど作ってよ!作れるでしょ!」


「別に作っても良いですが、トリカブト入れますよ。」


「何で毒物入れたがるの!?最近の子は直ぐそうやって毒物入れたがるんだよ!」


「イヤ別に全員が全員な訳では無いですよ。青酸カリでも良かっ」


「良くない!」


「青酸カリは胃酸に反応するので胃酸が無ければ助かります。多分。」


「後半の信憑性が薄い!」


「煩いですね……世界一周して死んで下さい。」


「最初からそう言ってくれた方が何倍とも良いわ!」


「……あ?」


イブキの蔑視が真理に突き刺さり、耐えかねた真理は緑珠に抱きついた。


「うわぁぁぁん!酷い、伊吹君が酷い!緑珠、助けてぇ!」


緑珠はよしよしと真理の背中をあやす様に撫でる。


「よしよし、真理。……イブキも言いすぎだわ。」


「それは……申し訳ありません。」


イブキが渋々謝ったのを見届けると、緑珠はしっかりと彼を見据えて言った。


「良い?幾ら放浪癖があって一国の女帝に迷惑を掛けまくるような度し難い人間の屑にも、そんなこと言っちゃ駄目だわ。」


「多分貴女が今一番失礼なこと言ってますよ。」


「ええっ!ごめんなさい真理。ご飯食べましょ、ご飯。お腹空いてるのよ。きっとそれで泣いちゃったのだわ。」


すんすんと泣きながら真理は言う。


「凄く子供扱いされてるのが解せないけど、食べる……。」


イブキは深いため息をつくと、先に階段を降りる。


「はぁ……先、準備してますからね。」


華幻は穴の開いた土壁に、応急処置として髪を張り合わせた。


「よし、出来た!あ、緑珠様……この巻き物が飛んできたのですが……。」


「えぇ、有難う。さぁ、真理も行きましょう。」


「うん、行くよ……ぐすっ……。」


緑珠は真理に向かって、満面の笑みで言った。


「今度は、二人で布丁食べましょうね。」


「うん、今度は二人で食べようね。」


「ほら、夜ご飯出来ましたよ。」


「はーい!すぐ行くわー!」

真理はそんな人間達を見て、少し、


「ふふっ……幸せだなぁ。」


微笑んだ。

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