ラプラスの魔物 千年怪奇譚 164 真実
匈奴の事が色々分かってきたり、世界史勉強してまだ覚えてる人はもうこの先誰が出来るか分かるよね!!!戦争だーーーーー!みたいな話。
「ハニンシャ君の怪我の容態は悪くないそうだよ。捻挫も軽いものだし、傷口もあっさり閉じちゃったみたい。」
「早く治るっていうのは良いわねぇ。若さだわ。」
「君も半分不老不死みたいなものだろ?」
「私達は死ぬまで不老不死なだけよ。」
「そうだ。これ書簡。」
「有難う。返事が意外と早かったのね。」
「ま、往来で暗殺されかけたらそりゃあね。国としても黙って居られないんだろうさ。」
「随分とタイミングの良い時に襲ってくれたから話がスムーズで助かるわ。」
書簡を受けるとると、中には一枚紙が入っていた。書斎の椅子に座って字面を追いかけると、
「……話す時間は無いから資料を送る、ねぇ。切り込めないから話す方が良いんだけど。」
「突かれちゃ嫌なとこみたいだね。ノルテも国内荒れてるらしいし。」
「食糧難?」
「そうだよ。冷害があったらしい。」
「それは大変ね。援助したら見返りが来るかしら。」
完全に他人事だと言わんばかりの口調で、その手紙を緑珠は置いた。おもむろに口を開く。
「……たぶん……あの暗殺者は……。」
「失礼します、緑珠様。」
こんこん、と扉を叩く音が聞こえて、許可も下ろさぬ内にイブキが中に入る。
「承認の書類です。此処に判子を。」
「これなんの書類?」
「公共事業ですよ。他に何が入ってると思うんです?」
「三徹目の私に『寝たかったら婚姻届にハンコ押してください』って平然と言った貴方には言われたくないわね。」
「やりた方が悪質過ぎないかな?」
はぁ、とイブキは残念そうに深くため息をつく。
「今度はもっとバレない様にしますね……。」
「そういう事を言ってるんじゃないわよ?」
そうだ、と緑珠は手元にある紙にばばっとメモ書きを寄越す。
「ノルテにお礼のお手紙と、食糧送ってあげて。冷害なんでしょう?」
「御意に。直ぐに手配致します。」
行こうとしたその矢先、イブキが振り向いて緑珠へと言った。
「そうだ。暗殺者の件ですが、荷物検査と城の警備を厳しくしておきました。……万が一何かあれば、お申し付けを。」
「有難う。」
「あと真理は国の結界を宜しくして下さい。」
「なんか僕だけ雑じゃない?」
「僕はそんなに暇じゃないんです。それでは失礼致します。」
さらっと冷たくして扉を閉める音をぼんやりと聞きながら、真理は緑珠へと言った。
「あの子ってあぁいうの好きなの?」
「政務とかね。仕事とか大好きよ。……仕事が好きというか、やらなきゃダメなことをコツコツこなしていくのが好きなの。真面目な子よ。」
「なるほどねぇ……。あ、そうだ緑珠。今さっき言いかけてたのは何だったの?」
「……言いかけてた、とは?」
言ったことすらも忘れながら、緑珠は目を細める。
「……ま、忘れてんのなら良いや。」
「えっ、逆に気になるわ。神様権限で教えて。」
「神様権限こういうところで使えないから……人間の力で神様権限するとしんどくなるんだよ?」
「……ならダメね。」
すん、と納得したような顔を作ると、緑珠はひとしきり伸びて、
「よし!それじゃあ今日のお仕事頑張りましょうか!」
「その意気だよ。それじゃ、僕は色んな書類でも回してこようか……。」
「頼むわ!でももう仕事したくない!」
「集中力切れるの早くない?」
そんな問答を繰り返して、緑珠はまた猫の様に伸びた。
「陛下。……ご報告に上がりました。」
「言うに及ばぬ。失敗したとの報告は聞いた。」
深く黒いベレー帽を被り、ピンクのウェーブがかかった髪を二つにした全身黒の服で固めた少女は、『陛下』と呼ぶ相手の前で膝をついた。そう、緑珠を襲ったあの暗殺者だ。
「誠に申し訳御座いません。次こそは、必ず。」
「次は無い。」
被せ気味に声が重なる。その声に少女は顔を上げた。
「……と、言いたいところだが。今まで我に仕えて来てくれた恩義として、今回だけは見逃そう。今回『だけ』だぞ。」
「有難き幸せ。次こそは必ず仕留めてご覧に入れましょう。」
「あの女帝は邪魔だ。新たな五大帝国に名を連ねるのは我の国で良い。……あの御稜威の巫女が手引きしたか知らぬが、着々と武力をつけているそうだ。」
「はい。その噂は聞いています。」
「何処の人間か知らぬ娘ごときに、我が国を脅かされては堪らない。……必ず仕留めろ。さもなくば……。」
少女の頭上から、声が振る。低くて、人を嘲笑う声。
「貴様等の一族の命は、無い。……下がれ。」
はい、と短く答えると、少女は王の間を後にした。……匈奴の、王の間を。
「怪我の具合はどう?ハーシャ。」
「全然元気ですよ!捻挫と軽い毒が回っただけで……。」
「解毒の時に熱を出したくらいです。後は至って健康ですよ。」
必死に隠そうとした言葉を、リリシアンは包み隠さず言い放った。
「メイド長、それは言わなくてもいいって……。」
「子供の役目は親に心配をかけることです。」
そうだ、とリリシアンは何時もより何処か思いついた調子で緑珠に話しかける。
「ハニンシャの話を聞いて思った事があるのですが、今お時間は宜しいでしょうか。」
「随分と鬼気迫る感じね。良いわよ。後で来るわね、ハニンシャ。」
緑珠が部屋を出ると、リリシアンが扉を閉める。そしてずっと口に留めていた事を放つ。
「陛下を襲った暗殺者は、もしかすると単眼の一族かもしれません。」
「……ええっと、どんな字を書くのかしら。」
「単一の単に、眼は目の難しい方の眼です。……地上に古くから伝わる一族です。それも地方に伝わる伝承の一部のようなものですから、あまり知られては居ません。」
「そんな一族が……?」
こくん、とリリシアンは頷いた。
「何でも少数民族らしく、見た目の異質さから迫害されて来たそうです。私もたまたま屋敷の本で読んだ程度なので、推測の域を出ませんが……。」
その民族が、と続けると、
「今現在匈奴に保護されているそうです。」
「……ビンゴね。でもどうして保護なんかしているのかしら。特殊な能力でもあるの?」
「千里眼を持っているそうです。流石に御稜威の神巫女様には匹敵しませんが、普通の妖怪や魔術師以上にはあるそうですよ。」
「それを悪用してるって話ね。恐ろしい話だわ。」
という事は、と緑珠は目を細めると、
「……匈奴以上に保護を持ちかければ、単眼の一族は私に寝返ってくれるかしら。」
リリシアンはその一言に耳を疑う。何かを言う前に、もう一つ声が被った。
「緑珠様。……リリーに先を越されてしまいましたね。」
「あら。聞いていたの?」
「えぇ。申し上げようと思っていたら先に言われてしまいました。」
「所見が一緒だったというのは嬉しい話ですね。」
「あぁ、でもこれは良いご報告が出来るかと。ノルテの軍の資料です。此方に奇妙な記載が。……というか、裏付ける証拠と言いますか……。」
幾つかの名簿を取り出すと、出生日の欄を指し示す。
「この少女、五年前に産まれて十四歳ほどの背丈を持っていたらしく、三年前に大怪我をしたとの事で退役をしているそうですが、最終日に確認したところそんな傷は無かったのだそうです。」
その言葉に付け加えると、
「それと、彼女が退役したあと、事故で火薬庫が爆発したのだそうです。」
「細工の可能性は?」
「ありません。写真を隈無く見て、真理の力も借りて現場を確認しましたが、細工の痕跡は何一つ見つかりませんでした。」
「千里眼の成せる技ですね。」
リリシアンは二人の会話に説明を加える。
「単眼の一族は千里眼を持ち、治癒能力が高く、また成長スピードも他の種族の追随を許しません。寿命は十数年程ですから、匈奴の王からしてみれば使いやすい駒なのでしょう。」
「そりゃ使いやすい事ね。引き続き調査をお願いするわ。数日後には城の警備を弛めること。その少女を招き入れるわよ。」
「……あんまりオススメしないんですけど。出来るだけ僕は貴方と共に居ますが、ずっととは言い切れません。」
肩を竦めたイブキに、緑珠は毅然とした態度で返した。
「恐らく匈奴とは戦争になるでしょう。彼女を招き入れ、匈奴の情報を仕入れる事は重要な事よ。偽の情報を流されていたとしても、彼女に染み付いた匈奴の文化は離れる事は無い。」
それに、と緑珠は付け加えた。
「……ああいうのは絶対的に掲げている願いを叶えれば、いとも簡単に寝返ってくれるものよ。」
「……分かりました。私も武器の準備くらいはしておきましょう。」
リリシアンは軽く礼をすると、ハニンシャの眠っている部屋の前から足早に去った。
「全く……貴女という人は、相変わらず無茶ばかりなさる。僕の寿命縮めて楽しいんですか?」
「貴方の寿命を縮めるのは楽しくないけれど、無茶ばかりするのは楽しいわね。」
「結局それ言い方変えただけじゃないですかぁ……。」
項垂れたイブキを横目で見ながら、立て続けに質問した。
「単眼の一族って今は何人くらい居るの?」
「九百から千五百ほど、と言われています。彼等は国を持っていないので正式な人数は分かりません。しかもこの数は最大の数なので、これより少ないという可能性も……。」
「民族は何時だってややこしいものね。弱いから匈奴に保護されてる、ねぇ。匈奴はどんな国なの?」
「民族同士が集まった国なのはご存知ですよね?少し前は内紛が起こっていたそうですが、今はそれを外に向けて勢力拡大との事です。」
そう、と緑珠は短く言葉を切ると、くるりと振り返り。
「貴方は匈奴を無惨凄惨残酷たらしめる覚悟はある?」
「それは僕に軍師になれというご命令を?」
「それ以外に何があるの。」
何時もと変わらない抑揚で淡々と告げる。ちょっとだけ懐かしそうに笑って、愉しそうに口を歪めると。
「もちろん。恐ろしい作戦は僕の得意分野ですから。……まぁ、戦争なんて無いに越したことはありませんが。」
「あら。国一つ一人で滅ぼした人が何言ってるの。」
「……貴女それ何処で知ったんですか?」
「楓から聞いた。」
「アイツ……!」
絶対締めてやる、という物騒な言葉を耳に残しながら、緑珠は呟く様にして言った。
「……絶対に、私の民には手を出させない。……そっちがその気ならこっちだってやってやる。火蓋を切ったのはお前達なのだからな。」
黒い目を閉まって、緑珠はそのまま己の政務室へと足を進めた。
次回予告のハイテンション辛くなってきた。そういう訳で次回予告。
割と次の回は心情回……そう、言うなれば地の文が多い回……三点リーダは少なめ……綺麗な描写が沢山出てくる回なのです……。