ラプラスの魔物 千年怪奇譚 163 おきがえ
ハニンシャくんがあら可愛いだったりかっこよかったり緑珠様と伊吹君がえっち、えっちなことしてる……!?みたいな話です。
「お帰りになられないのですか?」
「おつかい頼まれたしノルテに行くわ。本国には連絡して置いて頂戴。」
「仰せのままに。えぇっと、僕は……。」
御稜威王城内に飛行船を停めていた緑珠は、その扉に手をかけて背後のハニンシャを見遣る。
「……貴方も来る?行ったことないでしょ?」
「えっ!良いんですか!やったあ!いっぱい今日は行けるぞ……!」
はしゃいでいるハニンシャを見ながら、緑珠は慈愛に満ちた瞳で微笑む。それに気付いて慌てて態度を元に戻した。
「あぁいえ、あの、はしゃいですみません、その、楽しみで……。」
「怒って無いわよ。はしゃぐのは当然。ほら早く乗って。さっさと行って早く帰っちゃいましょ。」
ぶぅん、という風の強い音をなびかせて、飛行船は宙へと上がる。手を振っている国民達に緑珠は手を振り返した。
「とは言っても……突然ノルテに行く訳だし、お話をする日を伺うくらいになるでしょうね……。」
水を飲みながらそんな事をのんびり呟いている自分の主に、ハニンシャは恐る恐る言った。
「陛下は……その、言い方が悪いかもしれませんが……。」
「あら、なぁに?」
「随分と……隠れる様にして会われるのですね。高貴な方々と……。」
「そうねぇ。今回はプライベートだったから隠れる様にしたけれど……。大仰だったらパレードもするわよ。疲れるからあんまり好きでは無いのだけれど……。」
外を覗きながらそんな事を呟くと、緑珠は軽く目を閉じる。すやりんという事だ。
「……お疲れでしたもんね。半時くらいですけど……おやすみなさい。」
近くにあったブランケットをかけていると、背後から声が掛かる。
「あの、副宰相様。宰相様に連絡したのですが、一つ問題が……。」
気まずそうに一人の官人が言うと、ハニンシャは慌てて訂正した。
「『ハニンシャくん』で良いですよ。呼び捨てでも良いくらいですのに。あぁで、宰相様からはなんと?」
「……陛下の寝顔が欲しいって。」
暫くの沈黙のあと、ハニンシャは呟いて。
「……あの人マジでホントいい加減にしろよ。」
ちゃんと言う事は聞いて、寝顔を撮って送った。ご褒美に課題を減らして貰えるとの事だったが、ハニンシャは心の奥底で変態ってやばいな、と思ったとか思わないとか。
「よくねた……。」
「すやすや寝てらっしゃいましたもんね。」
到着数分前に緑珠は身を起こすと、空から見える雪に覆われた国を見詰める。
「年がら年中雪降ってる気がするんだけど、ここ……。」
「ノルテは標高が高いですから。春でも冬のような温度なんですよ。」
「私より詳しくなったわねぇ、えらいこえらいこ……。」
眠そうに目を擦りながら、緑珠はハニンシャの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「えへへ……くすぐったいですよぅっ……。」
嬉しさに顔を綻ばせて居るのを可愛いなぁと思いながら緑珠は手を離すと、肌寒い国を眺めた。
市街地周辺に着陸した飛行船から降りると、近衛に暖かいガウンを着せられて緑珠は降りる。
「さて、と。今日はアポ無しだし。お手紙だけ出して知り合いに顔出して帰るとしましょうか。」
「お手紙って……陛下、書くの苦手じゃありませんでした?」
「えぇ。とっても苦手。イブキと考えなくちゃ……しかも軍事に関わる事だし、容易に聞けないわよね。取り敢えず日程だけ聞こうと思うわ。御屋敷に行くとしましょうか。」
その瞬間、空気が変わった。冷たい風が、生温くなったのだ。誰もがその温い風に身体を強ばらせ、悲鳴を上げる。
「陛下、伏せて!」
ハニンシャの声に従い緑珠は伏せる。
すると、顔全体が隠せる目隠しをした少女が、真っ直ぐ向かって来ていた。
「っ……!」
僅差で少女はハニンシャの蹴りを避けると、緑珠から間を取って離れる。短剣を抜き、ハニンシャは少女を睨んで言った。
「月影帝国蓬莱緑珠陛下の御前ですよ。……この無礼はどう取るつもりで?」
「……貴方が『陛下』と慕う人を殺す事で。」
その言葉に彼が過剰に反応したのが分かる。強過ぎる殺気で何も、誰一人として話せない。
恐ろしい早さで短剣を投げると、避ける瞬間の間をぬって、無防備な手を掴む。そして、短剣を、そのまま少女の柔らかい腹に差し込んだ。
「ハニンシャ!止めなさい!」
静止を聞かずに少女の首を締め上げると、躊躇もせずに首にもう一度刺し込もうとする。
少女もやられっぱなしではいない。真っ直ぐ向かって来ていた短剣を決死の思いで避けて、ハニンシャの腕に噛み付いた。
しかし、その行動によって出来た無防備に空いた背中をもう一度短剣でさして、その手をもう一度、首、に。
「ハニンシャ。止まりなさい。」
緑珠の声一つで動けなくなってしまったハニンシャを見捨てて、少女はそのまま逃走する。ぴたりと動けなくなったハニンシャはじぃっ、と此方を見遣った。
「陛下。お下がり下さいませ。あの者は今乱心しております。とても言葉が通じる状態では……。」
「分かっている。……良いから気にせず話をしたいのよ。心配なら辺りを取り囲んで。」
近くに居た近衛に言い放つと、もう一度緑珠はハニンシャに声をかける。
「敵はもう居なくなったわ。私は怪我一つしていない。何も心配することは無いわよ。……おいで。」
つけていた指輪の呪いを解くと、ハニンシャは再び動ける様になる。今の状況を読み込んで、ハニンシャが一番最初に取った行動は、
「……陛下、お怪我は……?」
「無いわ。貴方のお陰よ。有難う。」
返り血も気にせずに緑珠の元へと抱き着くと、彼女の事をぎゅうっと抱き締める。
「良かった、ほんとによかった、陛下に剣を抜く必要がなくて、よかった……。」
よかったよかった、と先の惨状が何も無かった様に呟く小さな背中に、緑珠は微笑みながら撫で返す。
「おい副宰相。返り血まみれで陛下に抱き着くな。」
近くに居た近衛に言われて、ハニンシャは慌てて離れる。そして思いっ切り叫んだ。……とても先程の行動を起こした少年とは思えない。
「うわぁぁぁぁっ!ごめんなさいごめんなさい許してください死んで詫びますから許して許してくださぁぁぁぁいっ!」
「そ、そんなに怒ってないから、服は代えがあるから……。謝らなくて良いのよ、ね?というか思い切りが激しいわね……。」
「うぅっ、ぐすっ、どうしようっ、出世払いで返しますっ、うぅ……陛下困らせちゃった……宰相様に怒られる……。」
「あの子はあんな事で怒ったりしないわよ。」
「ふ、不安です……。」
その前に、と緑珠は往来の目を引いた場所から、近衛を後にして取り囲まれて去る。飛行船を目指しながら、緑珠はハニンシャへと言った。
「飛行船の中で怪我の確認をしてもらいなさい。とにかく今日は帰りましょう。」
「申し訳ありません……僕のせいで……。」
「気にしないで。私は無事だったし、貴方も生きているんだし……。」
それにね、と緑珠は悪戯っぽく笑って、彼に耳打ちすると。
「こういうのがあると、話が通りやすくなるでしょ?」
ちょっぴり肩を竦めて、精一杯大人のフリをして、その笑顔を真似て。
「陛下も悪い人ですねぇ。」
悪戯っぽく返した。
「緑珠様。」
「あらお疲れ様。」
「心労が耐えません。」
「でしょうねぇ。」
まだ血にまみれたドレスを着て何食わぬ顔をして紅茶を飲んでいる緑珠。つまらなさそうに空を見上げた。
「聞きましたよ。何やら襲われたとか。お怪我は無いとの報告も受けました。……ただ……。」
何時も以上に抑揚が無いイブキの声が、淡々と続く。
「ハニンシャが捻挫と顔の切り傷があるそうです。切り傷からは毒が検出されたそうで。微量だった為肉の腐食程度で済んだそうです。」
「そう。それなら良かったわ。」
「ノルテへの手紙も出しておきました。」
「あら、気が利くじゃない。」
「……。」
何か言いたげな間だった。……正しく言うと、中身が入れ替わっている様な間。
この間があんまり好きではない。きっと碌でもないことをしでかすから。
「ねぇ、緑珠様。」
「……なぁに?」
「お着替えしないんですか。」
「するわよ。でもほら、喉が乾いていたから。」
「それでは着替えましょうか。……後で色々聞きたいんです。暗殺者のこととか、いろいろ。」
その言葉に返答すること無く、緑珠は部屋に直行する。が、扉は上手く閉められる事無く。
「やっぱりこうなるのね……。」
「だって、シたかったんですもの。」
ほんの少しだけ開いている扉を、緑珠はイブキに馬乗りになられた下から覗いている。
「退いて。誰かに見られたらどうするの。」
「見られるのが嬉しいクセに。」
「語弊があるわ。」
でも、とイブキは目を細めて言った。
「……暗殺者なんかに、殺されないで下さいね。」
「心配は、してくれてるのね……。」
「……建前はそれで、本音は……。」
ちょっと首を傾げて、恍惚に目を歪めて。
「……貴女の魂が欲しいから。」
胸骨の堅い辺りをぐっ、と押して、ゆるりと手が首に登る。
「許されるのなら、今直ぐに貴女の首に噛み付いて、骨一つ残さずに喰い尽くしたいんです。あなたのこと。……すっごく美味しそうです。」
緑珠は身体を起き上がらせて、イブキの顔を見詰める。そしてニヒルに嗤った。
「ははっ、なにそれ、心境の変化?……断言するわ。アンタは絶対私の事を喰ったりなんて出来ない。」
「……ははは。今日の夜も同じ事が言えますかね?何時も僕の下でかわいく啼いて下さるのに。」
「今回こそは負けないから。」
「それ言うの何回目ですか?」
暫くの間のあと、
「いてっ、」
「語弊がある。」
小突いたまま緑珠はイブキの腕をするりと抜けると、立ち上がって外に出る。
「ハニンシャの所に行ってくるわ。」
「お着替えは?」
お前のせいで出来なかったんだろう、と言いたげな目線をイブキに送ると、そのまま地べたに座り込んでいる彼は向けられている目線をさらりと流した。
「……後でする。」
それだけ言って去ろうとすると背後から衣擦れの音がして立ったのが分かる。背後に近付く何時もの熱を感じて、そのまま足を運んだ。
次回予告。
匈奴の事が色々分かってきたり、世界史勉強してまだ覚えてる人はもうこの先誰が出来るか分かるよね!!!戦争だーーーーー!みたいな話。