ラプラスの魔物 千年怪奇譚 161 ホヴィー
真理がさくーーーーーっと帰って来れたり世の中のお父さんが一度は欲しいアレを手に入れたりイブキのお友達降臨したり平和回が続く〜〜!
「イブキもそろそろ、髪の毛を伸ばさなきゃねぇ。」
「本当に面倒臭い種族性質ですよ……。ずっとこのままでいいのに……。」
「長生きする為には仕方ないでしょ。髪さえあれば死んで蘇生も出来るのよ。」
「でも貴女はそれをなさらないのでしょう?」
「当たり前じゃない。死んだらそこで終わりよ。」
紅茶を置く為に屈んだイブキの髪に、緑珠はそっと手で梳く。
「僕はしますよ。貴女が死んだら。」
「……私はそのままにしておいて欲しいわねぇ。」
でも死んだらそう思ったりするのかしら、と緑珠はごちる。
「僕の家系は癖っ毛ですから、伸ばすのが嫌なんですよ。絡まるったらありゃしない。」
「結うわ。私が毎朝。私に毎日してくれてるように。」
「……それなら伸ばしましょうかね。」
「伸ばしてくれなきゃ困るのよ。」
「髪の毛伸ばすんですか、宰相様。」
丸い机の下からハニンシャが顔を出す。興味津々だ。
「伸ばしますよ。……日栄人は二十歳を超えると髪の毛を伸ばさなきゃ駄目なんです。長生きする為にね。」
「日栄人って短命なんですか?」
「そういう訳じゃないのよ。でも日栄人二十歳を超えると身体的成長が止まるの。老衰で死ぬ事が殆どなんだけど、その際に白んだ髪の毛を切ると延命出来るのよ。」
「蘇生も出来るって聞こえたんですけど……。」
緑珠は紅茶をすする。
「死んだ人の白んでない髪の毛を暖かい塩水に溶かして飲ますと、十日程蘇生出来るの。その為にも髪の毛を伸ばさなきゃ駄目なのよ。死んでから三日以内じゃないと意味無いのだけれどね。」
だから、と付け加えてイブキを見遣る。
「髪の毛を伸ばして欲しいのよ。なのにイブキったら伸ばしてくれないものだから……。」
「髪の毛長いの嫌なんですよ。ちっちゃい頃伸ばしてましたが、結局城塞行く時に全部切っちゃいましたし。」
ほんの少しだけ伸びている毛先を疎ましそうにイブキは触る。
「御両親はお怒りにならなかったの?」
「黙って切ってそのまま行って、家に帰った時に『敵に切られた』と適当に言っておきました。」
「陛下は、今までこうやって伸ばして来られたんですか?」
割って入るハニンシャの疑問に対する質問に、緑珠は答える。
「空いたりもしたけれど、長さはあんまり変わってないわね。髪の毛を切るってのは生きてても縁起が悪いことだから、切るとなったら一大事で……。」
「その面倒臭いのが嫌なんですって……。」
「長生きには変えられないわ。」
「それはそう、ですけども……。」
イブキは付け加える。
「あんまり長いと戦ってる時に髪の毛掴まれちゃうし……。」
「お団子ヘアーにしてよ。ね、お願い。髪の毛伸ばして。私のエゴだけど、貴方の為でもあるのよ。」
それこそエゴじゃないのかと、緑珠は言った側から思ってしまう。しかしそれに反するように、仕方なさそうな声が続いた。
「はぁ……。分かりましたよ。伸ばします。伸ばさなくちゃ駄目ですものね、伸ばしますよぉ……。」
根負けしたイブキが悲しそうな声を上げる。
「あっ、じゃあ僕も伸ばします!丁度伸びてきた所ですし!切ろうと思ってたんです!」
親の真似をする子供のようだなぁ、と緑珠は思いながら、ハニンシャの頭を撫でる。
「……へぇ。好きにやったらいいんじゃないですかね。」
満更でもないような声を出して、イブキは返す。
「ふふ。良かったじゃない。」
「……別に、嬉しくないですし。」
「あらそう?」
照れているイブキの顔を見ながら、緑珠はくすくすと微笑む。そしてゆっくりと立ち上がった。ハニンシャの頭をよしよしと撫でる。
「さて、今日もお仕事よ。今日は地の領についての視察よね?」
「そうです。」
「というかその後御稜威にも行かなくちゃ駄目なのよね……。久し振りに話したい事があるって、女皇陛下が。」
「となると、お帰りは遅くなられるのですか。」
「そうなるわね。泊まりじゃないから安心して頂戴。」
城の先に小さな飛行船を止めてある。入る前に、緑珠は言った。
「御稜威にはハニンシャを連れて行くわ。異議は。」
「ありません。……妬きはしますが。」
「素直で宜しい。それじゃあ直ぐに帰ってくるから、ハニンシャは良い子でいるのよ?」
後ろをとことこついてきたハニンシャの頭を緑珠はわしゃわしゃと撫でる。
「はい!僕いい子で国のお留守番してます!」
「ん。偉い偉い。それじゃあさっと行って帰っちゃいましょうか。イブキ。」
「御意に。」
小型飛行船に乗り込むと、背後で扉が閉まる。
業務員が頭を下げるのを他所に、一番奥の部屋まで行って入ると、ちょっと緑珠は気を抜いて思いっ切り椅子に座る。
「ふぅー……。忙しい限りだわ……。」
「そうですね。四大帝国も我等の動向を見てますし。」
「人口は無事増えて来てるしねぇ……。周りの部族達を纏められたらもっと良いんだけど。」
「何事も少しずつですよ。特に今は慎重さが求められる時代ですから。部族も過去の様に考え無しで行動しません。」
緑珠と共に外の風景を見遣りながら、イブキは答えた。
「一応部族達にはお伺いを立てたのだけれどね、きっと難癖付けてくるでしょうね……。」
「恐らくそう遠くない未来でしょうね。彼奴ら、無駄に動かなくなったと思ったら脳筋なのは相変わらずなので……。」
こんこん、と扉が叩かれた。イブキの軽いどうぞ、という言葉で扉が開く。
「まもなく到着です。御準備を。」
「有難う。下がって良いわよ。」
は、という短い返事と共に、扉が閉まる。ふぅ、という軽い溜息を置いて緑珠は立ち上がった。
「行きましょうか。随分と開発が進んでいるという話よ。」
「あぁ……小さな街が出来ているそうですね。何でも地上の城下町って事で栄えてるとか。」
「そうらしいわねぇ。……ま、見てみたら分かるわね。」
開いた小型飛行船を下りると、田舎町の様な光景が広がっている。侍従を置いて、国へ戻す。
暫く歩いていると、街の様な場所が見える。いやに足元の音が鳴った。
「閉鎖的な空間では無さそうね。」
市街地に入ると一気に活気が起こった。城門が見える。そうだ、城壁を作る工事を始めたとの報告が入っていたな。
「小国、と言える大きさですね。」
「あの溶けない鉄の塊の採掘地だしね。中継地点でもあるから栄えるんでしょう。」
フードを被りながら二人はのんびりとそう言った。装飾がフードに引っかかるのを、巨大な噴水に座って緑珠は取る。
「……もっと身軽になりたいわ。」
「そういうのは威厳ですから、あんまり外さない方がいいんですよ。大きく見せなきゃ舐められます。」
「……定型文的な返答は欲しくないの。ただ、『そうですね』って、共感して欲しかっただけ。」
ぷいっ、とそっぽを向いた緑珠に、イブキは淡々と言った。
「それってあれですか。装飾が多かったら抱き締めて貰った時に痛いとかって理由ですか?」
「…………か、勝手に、そう、思っとけば……。」
俯かれてしまった。フードの下から見える顔が真っ赤なのは隠さずに。
「はいはい、そう思っておきますよ。飴ちゃん食べます?」
「何かこう、凄いものじゃないわよね?」
「僕をなんだと思ってるんです……。普通の林檎飴ですよ。」
はい、あーん、と言われて緑珠はそれを舐る。そしてそのまま立ち上がった。
「何だか治安も悪く無さそうだし、これは御稜威に直行しても大丈夫そうね。」
何気なくイブキの手を掴んで、来た道をまた戻る。
先程見た田舎の道と、小型飛行船から降りたハニンシャの姿が見えた。
「それじゃあ御稜威に行くわよ。行ったことは……?」
「ありません。……お話は沢山聞きましたけれど。凄く自然が多い長閑な所と聞きました。」
ハニンシャはちらりとイブキを見遣る。
「聞きたいってせがまれたので。……全くもう、あの時は素直で可愛かったのに……。」
やれやれ、と肩を竦めてイブキは答える。ハニンシャは笑顔一つ変えずに言った。
「あら、僕だって成長しますもの。ねぇ?」
「……返しが何処ぞの宰相みたいになって来たわね。」
「僕が生意気って言われる理由がわかった気がします。」
そのまま飛行船に乗り込むと、背後で扉が閉まる。ほとんど揺れる事無く、御稜威へと直行だ。
ワープホール機能が搭載されたこの飛行船は、操縦士のレバー一つで色々な場所に最短で行く事が出来る。
「うわっ……!もう見えて来た……!」
大木の影が窓に映る。ハニンシャからしてみれば遊覧旅行に近しいのだろう。
「大人しく出来る?」
緑珠の問いに、ハニンシャは可愛らしく憤慨した。
「ばっ、バカにしないでくださいっ!僕だって大人しく出来ますっ!いい子でいっつも待ってるんですもの!」
「うふふ、ごめんなさいね。可愛くてつい。……ほら、もう着いたわよ。」
その言葉で、小型飛行船は止まった。
次回予告タイムズだーーーーーーーーーーー!!
不穏な影が続いたりハニンシャくんがやっぱり可愛かったりかっこよかったりと物語めっちゃ動きそうな予感しかしないアレ。