ラプラスの魔物 千年怪奇譚 160 酔狂な王
真理がさくーーーーーっと帰って来れたり世の中のお父さんが一度は欲しいアレを手に入れたりイブキのお友達降臨したり平和回が続く〜〜!
「ただいま。」
「あら!早く帰って来れたのね!お帰りなさい!」
とたとたと緑珠は近寄る。そしてぎゅっ、と抱き着いた。
「ね、何しに行ってたの?教えてよ。」
「霊脈に取り残された女の子が居たんだよ。その子を助けに。莫奇という。」
「夢の神様と同じ名前ね!」
「その子を夢の神様にしてあげたんだ。……正しく言うと、神というよりかは夢の空間の支配人な訳なんだが。」
「同じ役職の神様が二人居ても良いの?」
「良いんだよ。だって僕は神様だからね。」
無理矢理感が凄い事をさらっと真理は言ってのける。
「ねぇ真理。プレゼントがあるの。」
「プレゼント?君から貰える物は何でも嬉しいけど……。」
ふふふ、と緑珠は背後に回していた手を前に差し出すと、綺麗な字で『肩叩き券』と書いてある紙が数十枚見える。
「じゃじゃーんっ!ちょっと手を込んだのよ、ね、綺麗じゃない?この装飾とか……。」
にこにこと笑う緑珠を見ながら、真理は震える手でそれを貰う。
「……うっ、こ、この、世のお父さんが皆憧れる、あの、肩叩き券が……。」
「ね、成功だったでしょ?」
「ほんとね!」
向こうから歩いて来たイブキに、緑珠は嬉しそうに答えた。
「……まさか君が考えたの?」
「そうですけど。」
「言動に似合わず可愛いことを考えるね。」
「根が素直な子なのよ。可愛いでしょ。」
褒められているのかからかわれているのか分からないイブキは、微妙な顔を作る。
「……いやでもやっぱり肩叩き券を二十歳超えた人が作るとこんなに豪華になるんだね。」
「美味しいご飯もあるのよ。」
「そんなに貰っちゃっていいの?」
「良いわよ。逆にそんなものしか用意出来なかったけど。」
「それで充分だよ。」
そうなの?まだ欲しいものはないの?と緑珠はぴょんぴょんと真理の周りを飛ぶ。
「良いんだよ。君達が幸せだったら良いんだから。」
「……何だか今、お金というシステムが産まれた経緯が分かった様な気がしたわ。」
「分かりやすいもんねぇ、単純で。」
「そうね。」
「ほらほら、ご飯一緒に食べましょ。私もちょっとは手伝ったのよー!」
「この時の為に政務を終わらせましたもんね。」
じっとり、としたイブキの視線に緑珠は目を逸らして答えた。
「そ、そうね……。」
これは怒られたな……と真理は心の中で苦笑する。
ね〜?と無理矢理共感させた張り付いた笑顔が目に入る。そして緑珠はまたも無理矢理話題を転換させる。
「そ、そうだ!お友達は今日着くのよね?」
「の、筈ですよ。片割れの脳筋が遊び呆けでもしてなかったら。」
「不安だわ……。」
「大体の場所は分かりますので、御用があれば引き摺れますよ。確か今は城下ら辺を行ったり来たりしていると……。」
「お友達よね?」
にっこり、イブキは笑みを作る。
「そうですね。お友達です。」
「言葉の端々が暴力的なのは解決してないけどね……。」
緑珠はぽんっ、と手を叩いた。
「そうだ!それなら城下を探してみない?会えるかもよ!」
「……え、ぇ、まぁ、そう、ですね……。」
「何でそんなに微妙な顔をするのよ。」
「会いたいような、会いたくないような……そんな感じです。」
「わ、分からなくも無いけど……。」
緑珠はイブキと真理の手を掴む。
「行きましょ。ちょっとくらい開けても問題無いわ。」
「……分かりました。行きましょう。」
「良いよ。行こうか。」
ぎゅうっ、と手を掴んで、緑珠はにこにこと微笑んだ。
「凄い、悪い事してるみたいでどきどきするわ……。」
「皇女時代に外に出られた事があるじゃないですか。」
「そういう問題じゃないのよぉ。こうやって、フードを上からすっぽり被って、ちらっと覗くのが良いの。」
「隠れる気ないみたいだけどね……。」
三人が人混みを掻き分けていると、向こうから声がかかる。
「おっ、宰相の兄ちゃんじゃねぇか!」
「此処でそれを呼ぶのは止めて下さい……。」
緑珠のじっとりとした視線が痛い。
「この戦局どう見るよ。」
盤の上の駒は、どれもこれも微妙な位置にある。何か大きく出ないと、戦局は変わらない。
「うーん……僕なら此処を前にしますけど……。」
「おうよ。ならそうするわ。そうだ。お前に勝負を挑みたいって奴が、明後日の朝帰るそうだ。近々来れるか?」
それらしい、残酷な笑みを作って。
「……明日の夜なら。その人に『先に帰りの切符を買っておいて下さい』って言っといて下さい。」
「こりゃまた素寒貧にする気だな……。」
じゃあな、と男は三人に手を振る。
「天子様と宰相の兄ちゃんと大臣様!」
「何で僕だけなんですか……!」
満更でもないような顔を見せながら、イブキは微笑む。緑珠と真理も手を振り返した。
そしてくるりと彼女に振り返り、めちゃくちゃな弁解を始める。
「えーっと、その、これは、ですね……。その無理矢理でして……。」
「怒ってないわよ。仲が良くて良いじゃない。やり過ぎたら怒るだけよ?」
「おやまぁ、天子様じゃありませんか。どうしてこんな場所に?」
小太りの女に声をかけられる。緑珠はなんだか嬉しそうに笑みを作っているイブキを見ること無く、その女に目をやった。
「視察に来たの。城下はどんな感じかなって。伝わるものと目で見るものは違うからね。」
「そうなんですか。……そうだ、あれが見えますか。」
指をさした方向の先には学校の郡が見える。
「学校の地区よね?問題があるの?」
「まだ少ないんですよ。沢山作って貰ったのに……。」
申し訳無さそうに言った女に、緑珠は優しく答える。
「問題ないわよ。新しくまた作るわね。議会に帰ったら提出しておくわ。」
あとそうだ、あれ。と女は路地裏を指さす。子供の山ほど居る。
「宰相様、知り合いなんじゃないですか。」
「此処でお出ましみたいだよ。伊吹君。」
「頭痛が痛い状態です、すごく……。」
子供の山の奥には、イブキと同じくらいの青年が貝独楽を回して子供からお菓子を巻き上げている。
「……お友達?」
「……そうです。ちょっと。そこのお前。」
「うわっ、宰相様だ。」
「うわとは何ですかうわとは。」
くしゃっとイブキはいたずらっ子の頭を撫でる。
「……ってことは、陛下と大臣様もいるの?」
「はぁい。みんな元気かしら。」
「げんきだよ!」
ばたばたと子供達は緑珠に駆け寄る。
「楓。飯だ。」
「どうも。めっちゃうめぇなこれ。」
三明治の様な頬張りながら、誰も居なくなったスタジアムで楓は駒を回し続けている。
「元気にしてたか、イブキ。」
「う、る、さ、い、です。僕、すごぉく恥ずかしいんですけど。」
「お前の言動の方が恥ずかしいだろ。」
「今周りに影響を及ぼしている貴方よりはマシです。」
「自覚はあんだな。」
よしよしと子供を撫でながら、子供の無垢な邪気を緑珠は聞く。
「あの人達もばくち、するの?」
そのまま視線を、イブキに向けた。
「……イブキ。」
「なっ、何で博打のことを……!?」
「楽しいの?」
「えっ、あのっ、これ、答えようによっては僕色々終わったんじゃ……。」
「現時点でそこそこ終わってるぞ。」
綺麗な笑みを作って、イブキは子供と視線が合う場所まで屈む。
「大人になったら分かりますよ。」
「上手く乗り切ったね。」
何で、というイブキの顔に、緑珠は淡々と答えた。
「多分貴方のしてるとこ、見てたのよ。」
「ですよねぇ……。」
「で、そちらがお友達よね。改めて御挨拶したいわ。」
ふわり、と目の前に躍り出た緑珠は、美しい笑顔で二人を見遣る。
「改めまして、こんにちは。私の名前は蓬莱 緑珠。この月影帝国の女帝をしています。宜しくね。」
恭しくお辞儀した彼女に、楓は少しどぎまぎしながら貝独楽を置いて、
「えっ、えーっと……。楓・クロサワード=バルチュって言います。」
横に居た濃紺の髪の女性が、笑みを称えて淡々と言った。
「私の名前はアリシャーア・フォン・アーベントロートと申します。宜しくお願い致します。 」
「うふふ。此方こそ宜しくね。イブキが喜ぶわ。」
「……別に喜びませんけど。」
「嘘おっしゃい。そわそわしてたじゃない。」
「なっ、なんでその事を……?」
「カマかけたって事よ。」
「うぅ……酷いです緑珠様……。」
しょげたイブキを置いて、緑珠は二人に言った。
「それじゃあ王宮に行きましょうか。色々と話したい事があるの。イブキと真理は先に帰っててくれる?」
「えっ、純粋に嫌です。」
「分かった。僕も業務が溜まってるからね……。」
二人の声が重なって、宰相はじろりと真理を睨んだ。
「我儘言わないの。ハニンシャが泣いちゃうわ。あの子寂しがり屋だし。何かと貴方の事大好きなのよ。」
深い溜息をつくと、思いっ切りイブキは真理を恨めしそうに睨んで、
「帰ります。」
「怖すぎ……。帰ろっか……。」
帰って行く二人の背中を見ながら、アリアは言った。
「陛下、良いんですか?」
「構わないわ。ちょっと見て欲しいものがあってね。」
こっちよ、と緑珠は路地裏を抜ける。抜けて抜けて、軽い塀を超えた先に、それはあった。
「陛下はお転婆ですね……。」
「良く言われるわ。ほら、着いたわよ。」
荒く息をついている楓を無視して、緑珠はそれを見せた。一見すると倉庫の様だ。その重そうな扉に手をかけると、軋む音がして奥が開ける。
「これは……。全部、武器……?」
「そうよ。私が作ったものなの。」
奥は薄暗くて見えない。電気をつけてもイマイチ見えない。動物の唸り声さえも聞こえた。
「そう言えば。イブキから聞いたのだけれど、アリアは『番犬担当』と言われていたのよね?」
「そうです。……もしや、この唸り声は……。」
「調教とか餌やりは気にしなくていいわ。だってこれ作り物だもの。」
こつん、こつん、と足音が響いたその先には、有象無象の生き物達が沢山居る。
「いき、もの、これ、が、だと……!?」
楓が歓声と畏怖が混じった声を上げる。地上でも天上でも見る事が叶わない、狂人の頭の中で動く生き物達。それが目の前にあった。
「そうよ。これは人形なの。完全自立、魔力に頼らない人形。動力源は永久磁石。ちょちょっと弄ったらエネルギー法則なんか無視出来ちゃったわ。」
「で、でも、この動きは……。」
大猩々(ゴリラ)の様なキメラに、アリアはおずおずと言った。
「この関節の動きは勉強したわ。難しかったけれどそれだけやり甲斐があったわねぇ。そうだ。体温もあるのよ。そりゃそうよね。内部でエネルギーを生産してるんだから、本当の動物の様に動くわよね……。」
檻についている釦を触ると、動いていた大猩々は眠りにつく。それはそれは、自然に。
「良く眠っているでしょう。人形なのに。量産も可能なの。暇だから他の種類も作ったわ。……まぁそれは後で見て貰うとして。」
大猩々の向かいにあった棚の拳銃を、緑珠は取った。
「これは今まで量産が不可だった魔道式の拳銃よ。大量に出来ちゃった。無理言って持ってた子に解体をお願いしてね。」
「……これを使って、我らに戦えと?」
アリアの怪訝そうな声に、緑珠は笑顔で答えた。
「そうね。正しく言うと、『これを使える人材を養う』こと。貴方達にはそれをお願いしたいの。」
「失礼ですが、陛下。こんな事を喋って俺達が外部に漏らさないとお思いにならないのですか。」
直球な質問に、緑珠は心底小馬鹿にした表情を作って、
「損得しか考えない人間に、私の思考が理解出来る訳無いじゃない。それこそ千年経っても。この国が浮いてること自体分かってないんじゃない?」
でもいいわねぇ、と緑珠は続ける。
「そんな可愛い人間達ばっかりで。愛で甲斐があると言うものだわ。必死に考えて。理解を理解することすら出来ないのに。……あぁ可愛い。」
歪んだ表情、その様すら美しい。恐怖と優美さの混ぜこぜの感情に、二人は何も言えずにいた。
たぶん、この人は何でも良いんだろう。理解とか理解しないとか、愛とか嫌いとか人が死ぬ事とか、欲望とか名誉とか地位とか、感情ではそれを嫌っていても、本能は別段凄くどうでも良い事なんだろう。
だからきっと、この人は感情が動かない。全てがどうでもいいから。本能と感情で、この人は二人居る。
『自分の願う物が作れた』らそれでいいのだ。思い通りのモノ。昔誰かから聞いた。『皇女はこれと決めたら必ず遂行する』と。
……悪く言うと恐ろしく我儘で、本能的で、四大貴族の誰よりも人外に近しい。
今はきっと凄く感情が動いているんだろう。この本能剥き出しの、『必ず叶える』という、世界を壊してでも望みを叶えるという強い感情があるのだから。
世界も肉体も魂も、この人にとってはどうでもいい。叶えられたらそれでいい。それをする我儘さと、この人が一番忌み嫌う支配者的要素があるのだ。
……なぁんて思考を、楓は一瞬でまとめあげた。こういう時の自分の頭の回転の速さは恨めしくて堪らない。
この事をアイツは……イブキは知ってるんだろうなぁ。知っててやっているんだろう。
この女帝の奥深い本能を。そしてそれを揺り動かして、本能に自分を埋め込ませて従順にさせているのを。
長くて短い一秒に、楓は口を開いた。
「やっぱり陛下は、アイツを従える事だけはありますよ……。」
「あら、そうかしら。あの子は私の事が大好きなだけよ。」
ちょっと重いけれど、とにこにこと微笑みながら緑珠は言った。……アリアは固まっている。
「さて。貴方達はこれを見て何を思ったのかしら。」
選択肢はまばらにある。女帝の手にあるリモコンを稼働させて自分達を殺すとか、手の届く範囲にある拳銃を使って此処から逃げるとか、でもきっとアイツが居るんだろうなぁとか。事実気配は感じる。
確実に、『此処』に居る。返答を待っている。なら、
「陛下。イブキはどう答えたんですか?」
リモコンから手が離れた。どうやら予想外だったらしい。
「あの子は笑顔で、『酔狂ですねぇ』ってのんびり言ってたわよ?」
固まって何も言えないアリアを置いて、楓は言った。
「それじゃあ同じ言葉を陛下にお送り致します。……じゃ、ダメですかね?」
合格点だったらしい。先程の雰囲気を消し去って、緑珠は今度こそ美しい笑みを作ると、
「月影帝国にようこそ!」
と大きく手を広げて言った。
次回予告たーーーーーーーーーーーーいむず!
日栄人あるあるー!が色々言われるようになったりとかまた御稜威に行ったりするぞーー!!!
ハニンシャくんが凄く可愛くてかっこいい回です。