ラプラスの魔物 千年怪奇譚 158 突然の来訪者
波乱の幕が上がったり緑珠様がてんやわんやしたりするまたまた物語が動きそうなお話になったりする話。
「陛下!」
「そんなに急いでどうしたの。」
ノックも忘れて駆け込んで来たハニンシャに、緑珠は答える。
「へ、変な人が来て……!」
「変な人?」
「陛下の婚約者を名乗る御方です。御存知無いですよね?」
知らないに決まっている、という口調で緑珠へと告げる。彼女は深く椅子に座った。
「……あーーーーーーーーーーー……。」
「間延びした声だねぇ。」
「貴方の予言が当たったって事よ。行くわ。ただの狂人って事もあるけど。」
「はぁ……。」
ハニンシャと真理を引き連れて、緑珠は執務室から出る。そのまま真っ直ぐに城門を目指した。
「陛下には婚約者が居たんですね……。」
「そりゃあね。もう破棄した様な物なんだけどね……。」
かつん、というハイヒールの音が、 城門の白亜の城に響く。お供もつけない元婚約者は、案の定捕まえられていた。
「緑珠!久し振りだな!」
捕まえられている元婚約者、ナムルに向かって、緑珠は一つ。
「……あんたアホなの?」
「アホって言うなー!」
「有難う、衛兵。其奴は変な奴じゃあ無いわ。拘束を解いて。」
「しかし……。」
「構わないのよ。解いて。」
それでも衛兵は渋い顔だ。
「わ、私共がこの方を離すと、宰相様に何をされるか……。」
しーん、と辺りが静かになる。成程、先程からハニンシャの挙動が不審なのも、この衛兵が言う事を聞かないのもそういう事か。
「伊吹君怖がられすぎでは……?」
「凄いわね。私も吃驚したわ。」
続けて緑珠は命じる。
「大丈夫よ。あの子は分別のある子だから、貴方達には何も言わないわ。私が何かされるだけよ。」
では、と何処か納得した面持ちで拘束が解かれる。……いや、其処はあんまり納得しないで欲しい。ナムルは嬉しそうに緑珠に抱き着いた。
「久し振りだな緑珠!」
「そうね。久し振りだわ。アポ電くらいしなさいよ。」
「電話番号知らなかったからな!教えてくれ!」
抱き締め返す事もせずに、緑珠は淡々と呟いた。
「良いわよ。イブキが出るけど。」
「……じゃあいい……でも一応聞く……。」
さっ、とメモ帳を渡されると、緑珠は其処にすらすらと番号を書いた。
「はい。どうぞ。」
「アイツが出るならイタ電しようかな。」
「盛大なしっぺ返しを食らいたいなら構わないけど……。」
「……じゃあいい……。」
地味に弾んでいる会話を聞きながら、ハニンシャは真理へと尋ねた。
「魔導師様、あれが陛下の婚約者なんですか……?」
「そうだよ。紅鏡帝国の第一皇子様だ。」
「確か妹君もいらっしゃいましたよね。」
「占い師のね。殆ど外に出ないらしいけど。」
緑珠にちょっかいをかけまくるナムルを見ながら、
「……とてもお兄様とは思えないのですが……。」
「お兄ちゃんってのはあんなものだよ。伊吹君もそうでしょ?」
「……あの人はまた別な部類の人ですよ。ダメな方の。」
さらっと暴言を吐く。そういう所は似てきちゃダメなんだよなぁと真理は思っていたりした。
「なぁ緑珠。実は俺プレゼントを持って来たんだ!」
「……服とか飾りとかは要らないわよ。」
「そう言うと思って!じゃじゃーんっ!」
ナムルは懐から紙の束を出す。
「あの商会の娘……確かモア、って言ったっけ?がな、緑珠が今何かの設計に取り組んでるって言っててな!関係ないかもしれないが、沢山設計図とか材料を持って来たんだ!」
その言葉に緑珠は明らかそわそわしだす。
「あ、あらそう、なの。……見てみたい、わね。」
「だろ?良かったぁ、喜んでくれて。」
「泊まってくの?」
「いや、忙しいだろうし帰るよ。あの宰相に寝首掻かれちゃ堪らない。」
「やりかねないのよね。」
どうぞ、と言うふうに緑珠は城の中へと誘う。
「紅茶を用意して頂戴。」
「分かったよ。淹れるね。」
緑珠とナムルが行った先を見ながら、ハニンシャは真理へと頼み込む。
「魔導師様は紅茶を淹れられるんですか?」
「飲める程度にはね。」
「教えて下さいませんか。」
「良いけど……何でまた?伊吹君は教えてくれないの?」
ちょっと素っ気なさそうに、ハニンシャは口を尖らせる。
「教えてくれないんです。『紅茶を淹れるのは僕の仕事です。知りたかったら勉強するか見て盗みなさい』って言って。教える気ないんです……。他の事は教えてくれるのに……。」
「うわぁ、言いそう……。」
あっ、それならね、と悪戯っぽく魔術師は笑うと、
「教えてあげるよ。淹れ方。それで見返してやらない?」
目を大きく見開いて、年相応の輝きを持った瞳で、ハニンシャは大きく頷くと、
「はいっ!」
と、叫んだ。
「ん。これが設計図。で、材料はまた郵送で来るやつもある。」
「どれも見事な出来ね……。」
設計図だけの見やすさでは無く、装飾として置いても申し分無い程だ。通した執務室が古い書物の香りで埋め尽くされる。
「……お、使ってるのか。」
「何を?」
執務室の机の上に置いてある猫ちゃんのピン留めをナムルは指さした。
「それだよ。俺が前あげたやつ。」
「えぇ。そりゃもちろん。可愛いし。あの子も『つけてる貴女が可愛いから許す』って言ってたし。」
「全部基準が緑珠なんだな、アイツは……。」
「可愛くて優しい素直な子よ。」
読み込んでいる緑珠の周りにある手紙に目を遣る。小国大国の名前がずらりと並んでいた。
「……緑珠、そろそろだぞ。」
「何が。」
「四大帝国がお前をこき使い始めるのは。」
設計図を読む手を止めて、緑珠は顔を上げた。
「ある程度成長し始めたら色々やり始めるだろう。面倒事を押し付けてくるぜ?」
「でしょうね。とっくの昔に覚悟は出来てるわ。」
「……お前はほんと、出来た王だよな。」
「止めてよ。ただそういうのに慣れてるだけ。出来た王なんかじゃ無いわ。」
「そうか。」
諦観のある眼差しに、緑珠は何とか話題を変えようとする。
「そう言や貴方、婚約者はどうするの。私は解消しちゃったし。」
「父があの子くらいの国なら無理矢理でも婚約出来る、って言ってたけど、俺そういうの嫌だし。今は城下を彷徨いては引っ掛け回してるよ。」
「面倒な皇子様ね。……そもそも貴方のタイプを知らないのだけれど。」
んー、そうだなー、と視線を空に泳がせる。
「お前くらいの気の強い女が良いなぁ。」
「も、もしかして『お前っておもしれー女』とか言うタイプなの……!?」
「何か勘違いしてるけど違うぞ?」
なぁんだ、そうなのね……と緑珠はしょげる。今の何処でしょげるポイントがあったのかちょっとよく分からない。
「そうだ。俺はお前のタイプを知りたいな。」
「えぇー……。知ったところででしょ……今更言わなくても……。」
「そういう問題じゃ無いんだよ。教えてくれよ。な?」
「そんな食い入るように聞くことかしら。」
そうねぇ、と緑珠は熟考する。
「賢くで、優しくて……私が投げたら『大丈夫ですか』って聞いてくるくらいの変人が良いわね。」
「アイツじゃん。」
「……ほんとね?でも結婚するかは別問題よ?」
「そんな真面目に考えろって言ってないんだがな。」
「あらそう?」
また部屋に沈黙が訪れる。少ししてナムルは言った。
「じゃ、俺帰るわ。」
「えっ、もう?」
「何だよ。居て欲しかったのか?」
「いやいや、そうじゃなくて……。」
自慢げなナムルの顔にじっとりした視線を緑珠は送る。
「もっと居座ると思ってたのよ。」
「ライラに黙って出て来たからな。ややこしい事になる前に帰る。」
「偶にくらいなら遊びに来なさい。相手くらいはしてあげる。」
「そりゃどうも。」
傍に召抱えていたメイドに、緑珠は言った。
「お客様のお帰りよ。出口まで御案内して。」
「お前が見送りしてくれないのか?」
「貴方の設計図見なきゃダメだから。……また遊びに来てね。その時には……。」
ねぇ?と緑珠は悪戯っぽく微笑む。
「……お前って思わせ振りな事を言わせたら天下一品だな。」
「お姫様だったからね。それじゃあ。」
素っ気なく返すと、がやがやと外が煩くなる。閉めたドアをまた開けて、
「そうだ。メイドに手を出したら怒るからね。」
「何でだよ。妬くのか?」
「……妬くとか以前に、部下が元婚約者と結婚したって聞くのは嫌でしょ。」
「言えてるな。それじゃあ可愛い皆には手を出さないようにしておこう。」
黄色い歓声がまた上がる。顔は良いもんな……。
「そうしておいて貰えると大変助かるわね。……それじゃあ。」
「じゃあな。また来るよ。」
後ろ手で扉を閉める。設計図に駆け寄った。材料もある。作れる物が多い。
「……この設計図、正に数学が芸術としても崇められていた時代に渡したら凄く売れそうよね。」
『緑珠様。』
こんこん、と馴染みの声が響く。もう帰って来たのか。
「どうぞ。イブキ、もう帰ってこれたのね。」
「もう数日で来れるそうです。喜んで居ましたよ。」
「それは良かった。」
「……あの皇子様、来てらっしゃったんですね。」
「あら、随分と温和な反応。」
「いや、何となく……。」
緑珠の手から滑った書類をほい、と手元に返す。
「休憩にしません?」
「……紅茶に睡眠薬入れてたりしない?」
「緑珠様が寝てない時はしますけど、必要以上にしませんよ。」
「……ちゃんと寝るわ……。」
緑珠は執務室から出ると、向かいの中庭に置いてある白い椅子に座る。
「今日は紅茶よりも……。そうね、中国茶を貰おうかしら。」
「承りました。……そうだ、それなら……。ちょっと待ってて下さいね。」
がらがらと何時ものお茶セットを突っ込んだ台車を引っ張る。
「見てて下さいね、緑珠様。良い物があるんです。」
透明なポットに、黒い玉を入れる。上からゆっくりとお湯を注ぐと──
「お、お花が咲いたわ……!」
「ほ、ほんとだ……!お花が咲いてる!」
緑珠が目を見開いて歓声をあげている後ろ側から、ハニンシャの声が聞こえる。喜んで駆け寄って来た。
「さ、さいしょうさまっ、これ凄いですね!水中で咲くお花があるんですか?」
「あるにはあるわね。でもこれはお茶よ、ハニンシャ。お座りなさいな。」
緑珠は自分の向かいの席を指さすと全てを忘れてぴょんっ、と座って花が開く様を食い入る様に見える。
「……折角緑珠様に見せようと思ったのに。」
不服そうに口を尖らせたイブキに、緑珠は笑いながら言った。
「良いじゃない。お陰で可愛い子が見れたわ。貴方もこの子も。」
「……そりゃどうも。」
「このお茶は何なの?」
至極当たり前な問いに、イブキは答えた。
「工芸茶、というものだそうです。御稜威帝国から頂きまして。花を葉で包むものだそうです。茉莉花の蕾で香りづけを行うものもあるそうですよ。」
「へぇ。面白い物ねぇ。葉っぱで包む、のねぇ……。」
そうだ、と緑珠は嬉しそうにぽん、と手を叩くと、
「『椅子がもう一つ有ればいいのに』。」
元々あったかの様に、白い椅子がもう一つ現れる。其処には元々何も無かったが、『今』はある。
「イブキもお座りなさい。」
「え、いや、僕は……。」
「団欒みたいで良いでしょ。」
ちょっとそれらしい笑みを浮かべた女帝に、宰相は嬉しそうに返した。
「……ふふ、はい。」
わーーーーーーい次回予告だーーー!!!
何だか思いっ切り話が動く話!!!というかこれ真理メイン回では!!!?『ラプラスの魔物』から読んでる人には「おっ あの子じゃん」って思う話だぞ!!!