ラプラスの魔物 千年怪奇譚 155 修道女と拳銃
目をつけていた修道女が思った通りの人だったり困らなくて嬉しいなって話だったりやっぱり伊吹君は伊吹君っぽいことをするんだなぁという話。
「首尾はどうだった?」
「普通です。襲われても居ませんでしたし。平気で人を殺せる人ですよ。」
「修道女なのにそれはどうなんだろう……。」
「人は誰でも色々ありますよ。名前も聞けたから良しとしましょう。」
「何て名前?」
「リリシアン、というそうです。」
「……リリシアン……?それもしかして、此処の領主の……。」
伽藍堂になった教会の入口を闊歩しながら、粉々に壊れた着色硝子を踏む。良い音がした。
「もう積もうとしてるんでしょうか。」
「その割には静か過ぎない?」
「そーなんですよねぇ。はぁ。面倒くさ。強引に連れては行けないし……。」
「あっ、一箇所に集められてるとか!」
「多分そうなんですけど、僕の鼻で追うと思ったら絵面がただの変態ですよ。」
「変態だけど……?」
「その顔二度と出来ないようにしてやろうか。」
「その減らず口が何時まで続くか見物だな〜!」
緑珠が居ないと直ぐに喧嘩になる二人の周りに、人影が現れる。ばきゅん、とイブキの髪が散る。
「うわっ!」
「見つけた……!」
目を血走らせて二人に銃口を向ける修道女の目の前で、またも喧嘩が始まる。
「見つかるの早すぎでしょ君!」
「大きい声で真理が騒ぐからですよ!」
またばきゅんっ、と銃弾が飛ぶ。今度は真理の髪が一房落ちた。
「さぁ。言って。言いなさい。あんた達なんでしょ。修道女を隠したのは。何処にやったの。」
「いやいや、僕達は貴女の味方ですよ。」
「なら乗じて金でもふんだくって行くって寸法?」
「違いますってば。僕達は貴女の味方なんです。現に場所は知らないですし。」
「嘘なら幾らでも吐けるわ。」
返す言葉も無くなったイブキに、真理はそっと耳打ちした。
「びっくりするほど信用されてないね。」
「そりゃ信用しないのが普通なんですけど……いやでもこれは……。」
そうだ、とイブキはぽんっ、と手を叩いた。
「そうだ!ねぇ、それなら僕達と手を組みません?僕達も修道女さん達を助けたいんですよ!」
「薄っぺらい……。」
吐き捨てる様にリリシアンは言うと、イブキは項垂れた。
「け、結構はっきり言いますね……。確かに薄っぺらい笑顔はしてますケド……。」
「自覚してるんだ。」
朗らかな雰囲気をしまって、伊吹は一つ。
「……なら強硬手段を取るしかないか。」
まただ。この雰囲気。この人間?、ころころ雰囲気が変わる。『本当の自分』という物を他人に見せない術を知っている……!
「あぁいや、ほら、別々に探しません?そうすれば早く見つけられますよ。」
ゆるゆるとリリシアンは銃口を下げる。そして呟く様にして言った。
「……好きにするといいわ。変な事をすれば即射殺よ。」
「うへぇ、怖い怖い……。」
茶化す様に言うと、イブキは軽く挨拶した。
「それじゃあ、リリシアンさん。また会うことになるでしょうね。」
「そうならない事を願ってるわ。」
あっ、ねぇそれじゃああっち行きましょうよ、とまるで文化祭を遊ぶ学生の様な物言いをする茶髪の男を横目に、リリシアンはその場を立ち去った。
「じゃっじゃーん!多分此処ですね!」
「あっさり見つかるね……。」
「匂い的に此処ですから。」
「あれ、でも此処……。」
其処には二人の影だけが映る、誰も居ない部屋があった。
「誰も居ないけど?」
きょとん、とイブキは首を傾げる。
「あれれ……おかしいですね。煉瓦造りだから壊せないしなぁ……。」
全部壊れると怖いし、とイブキは呟きながら、壁の煉瓦をこんこん、と叩く。
「……あっ。」
「どうしたの?」
暗闇の中でも、その青ざめた顔はよく分かった。
「…………やり過ぎた、かも、しれま、せん。此処に人は居ないってなると、もう運ばれかけてるかも……。」
「君さぁ……!」
ぱちん、と真理は指を鳴らすと、先程の入口へと戻って来た。読みの通り人が大量に居る。
修道女が並ばされ、その周りに見張りが何人も居た。彼が手を上げると入口の門が閉まった。
「な、なんでいきなり……開かない……。」
どっちも驚かす事になるだろうなぁ、と思案に耽りつつ、イブキは声を出した。
「えぇと、今日は。雨で宜しくない天気ですね?」
呑気にそんな事を呟くと、その場に居た全員が背後の二人に視線を送る。沈黙を消す様に、足音が向こう側から聞こえた。
「主役のお出ましだね。」
何の状況も読み込めていないリリシアンが広間に駆け付ける。
「主役、って、どう、いう……。」
「目撃者が増えるのは困る。やれ。」
続けて拳銃が向けられて、銃弾が真っ直ぐ螺旋を描いてリリシアンへと向かう。
ほんの僅かな須臾、瞬間を集めた時間の合間、伊吹の手が真っ直ぐそれに伸びて、止まった。銃弾は指の間に挟まる。
「まぁまぁ。ちょっと待って下さいよ。……ふふ、生まれて初めて銃弾が止められました……。前まで避けられてたから絶対止められるって思ってましたけど、ふふ……やった……!」
密かに喜ぶ、この状況に全くそぐわない事をしている人間?が、リリシアンの目の前に居た。
呆気に取られて何も出来ない襲撃者を横目に、
「リリシアンさん。一つ僕と契約を交わしてみませんか?」
「契約ですって……?」
リリシアンはぽっかりと口を開けている。伊吹は懐から出した拳銃を一人の修道女の額に当てると、数多の襲撃者へと叫んだ。同時に沢山の悲鳴が上がる。
「貴方達の目的は修道女達でしょう。調べさせて頂きましたが、貴方達は修道女を売春婦にするのがお好きな様だ。……まぁ何と下衆野郎な事だ、と貶したい気持ちもありますが、僕が今からすることも同じような事です。」
さて、とリリシアンへと視線を戻す。
「リリシアンさん。貴女は随分と正義感がお強いようですね。ですから仲間達から疎まれることもあった。」
「……馬鹿にしてるつもりなの?」
「それに貴方は武道の知恵もある。修道女が銃を持っているのは些か感心しませんね。」
切り札があっさりとばらされてしまったリリシアンは、目を見開いて伊吹を睨む。
「ですから貴女は此処が荒らされること、僕がこの修道女を殺すことを許しはしないでしょう。」
「……そうね。」
がちゃん、と撃鉄を起こし、伊吹を真っ直ぐと見据えるリリシアン。しかし照準の先の相手は緩やかに微笑んでいる。
「どうです?僕達と契約すればこのいたいけな修道女も、其処の下衆な輩も全て僕達が助けてご覧にいれましょう。」
願ってもみない事だ。引き金にかける指の力を緩める。
「……契約内容は?」
「とある方にお仕えする、という物です。いま職が空いていましてね。貴女みたいな人が必要なんですよ。」
微笑んだままのイブキと、その傍らに座る放心状態の修道女。選択は二つに一つ、この男は断れない上で契約を持ち掛けてきたのだ。
「もし契約をしなければ?どうなるって言うの?」
これはきっと時間稼ぎだ、と彼女は心の中で自分に言った。契約を交わしさえすれば、自由は無くなる。最後の人間らしさが消えてしまう前の、その時間稼ぎ。
「それは勿論ですねぇ、其処の下衆な輩に喰い散らかされてしまうでしょうねぇ。あ、でもその前に。」
伊吹は月桂樹の飾りが施された銃口を修道女の頭にぐりぐりと押し付けると、愉しそうに想像する。
「この修道女が脳髄を飛ばし、血飛沫を従え、未来も見る事も無く、貴女に恨めば良いのか感謝すべきか迷いながら死んでいくのでしょうねぇ。」
「はいはい、その先は君の趣味だろ。可哀想だよ。銃口離してやりなよ。」
「やぁですよぉ。この怯えきった顔が良いんですから……。」
「全くもう……。」
この男達が数日前から修道女会の周りに居ることは知っていた。身なりは良い、茶髪の男と旅装束の紫髪の男。信じて良いものか。否、これは……。
「で。契約するの?しないの?どうするの?」
待ちくたびれた、と言うが如く真理は態とらしく肩を竦めた。信じるとか信じないとか、そんな以前の話では無い。もう、これは、
「……分かった。分かったわよ。私、貴方達と契約するわ。」
満足、とでも言いたげな雰囲気が辺りを包む。
「名は?名を聞かせてくれるかい?」
銃口を下ろして手を胸に当てる。
「リリシアン。リリシアン・フォン=エクゼラダート。エクゼラダート家の末娘よ。此処を治めてる領主の末娘。お転婆だったから此処に押し付けられたの。」
伊吹は拳銃を戻す。銃口を突きつけられていた修道女はその場から悲鳴を上げて逃げ出すと、彼は優しくリリシアンに手を差し伸べた。
「それでは聞きましょう、リリシアン・フォン=エクゼラダート。月影の君に仕える覚悟は?」
……あぁ、知ってる。この手も、この手の先にある主の姿も。数奇な運命を辿るこの自分の人生も、全部知ってる。
「……覚悟も何も、もうそれ以外無いわよ。勝手にしなさいな。」
「その意気や良し、です。それでは真理、参りましょう。」
「りょうかーい!」
「私も参戦していい?もう修道女辞めたから銃を沢山撃ちたいんだけど。」
両足首に二丁の拳銃、修道女のスカート腰付近にも二丁の拳銃。太ももの外側にも二丁の長銃。腰にはベルト代わりに弾丸。
「い、意外とお転婆なんですね……。」
「そうね。貴方みたいな人を射殺する様に。そもそも銃が好きだし。」
避けれるなら早撃ちの練習を沢山しなきゃね、と独り言の様に栗色の髪を靡かせながら、リリシアンは言った。
「修道女で銃使えるってポイント高いねぇ。」
「キャラ的には最高でしょ。」
伊吹がその場に居た男を投げて、意識をオとす。抵抗する暇も与えない。中に居た敵は皆排除してしまった。
「外さなくて良いの?」
「いや、その前に……外の奴らをどうにかしないと……。」
開けますよ、と一気に扉を開けると、間抜けな面をして待っている見張りが居た。
「面倒臭い……!下がってて!」
長銃を折り弾を詰めると、柄についているレバーを規則正しく動かしていく。
「それ魔道式を組み込んだ銃……!」
「珍しい物なんですか?」
不思議そうに真理に尋ねる。
「珍しい物もなにも、」
普通は手に入らない物だよ、という声は爆風に掻き消された。馬車や人間が粉々に吹っ飛ぶ。
「爆弾並みの威力があるんですね……。」
「正しく言うと、そのレバーの動きで威力が設定出来るんだよ。属性も変わるし……。」
「へぇ……。そんな代物あるんですね。」
「緑珠なら良く知ってるんじゃないかな。」
「じゃあ後で一日聞いておきますね。」
関心が無かったイブキに一瞬でスイッチが入る一言をぶつける。
「君緑珠の話になったらイヤに食いつくよな……。」
「……リョクシュ?」
訝しげにリリシアンは目を細める。
「リョクシュって、あのリョクシュ?」
「御存知なんですか?」
「御存知も何も有名でしょ?……って事は、貴方達……。」
そうだと言うがいなや、伊吹の胸に銃口がつきつけられる。
「動かないで。」
「此処まで来て失敗はヤですねぇ。」
恐る恐る、リリシアンの口が動く。
「……貴方達、あの二人よね。光遷院伊吹と、朧月夜真理。」
「相違ありません。それとこの銃口とは何の関係が?」
「父が言ってたわ。アンタには気を付けろって。」
「それは良いお父上を持たれましたね。でも……。」
銃口を掴んで、伊吹はそっと耳元で囁いた。
「……もし僕を殺したいのであれば。こんな鉛玉、通用しないんですよ……?」
それに。と耳元から口を離して優しく付け加える。
「ほら、今の僕は丸いから。緑珠様もお待ちですよ。貴女の事を。」
「夢に、見たの。今日の事を。」
「夢に?」
銃口を下げて、リリシアンは言った。
「だからこれは宿命。……別に殺したかった訳じゃない。ただ銃口を向けるに値する人間であると思っただけよ。」
「うぅ、酷い言われようです……。」
態とらしく泣き真似をするイブキの耳に、ベルの鳴る音と馬車の音が聞こえた。
「今のは警察のベルじゃない?」
「なら此処に居るとややこしいですね。さっさと行くとしましょうか。リリシアンさん、荷物は?」
「無い。……行きましょう。天空に国があるんでしょう?」
「そうです。良く御存知で。」
「旅のお話は好きなんですよ。」
新しく吹く風と燃えた教会を背後のリリシアンに、伊吹は改めて言った。
「それでは……。ようこそ、慧眼の君が治める『月影帝国』へ。」
緑珠様が思いっ切り恐れ多くしようと思って頑張るけど人柄の良さからそれが無理だったりリリシアンに夫婦漫才じゃんって言われる話。