ラプラスの魔物 千年怪奇譚 154 地図
地図を無理矢理作らせたりラプラスの魔物シリーズを読んでいる人なら分かるあの人が登場したりするお話。
「……出来た。でもこれで何するの?」
「地図作って下さいよ。それで。」
「マジかよ……。」
へいへい作りますよー、と真理は適当に返す。手元には幾つもの座標があった。
「そういうの出来ないんですか?」
「いや出来るけど……。作るの面倒臭いの君でも知ってるでしょ……。」
「砂漠で作った事ありますからね。いやぁ、あれは面倒臭かった……。」
「計算しまくりだよほんともう……。」
かりかりと筆が紙を撫でる音が静かに響く。
「……ほんとにやる気なの?」
「他に方法あります?」
「まぁそうだけどさ。地図をどうやって運ぶのさ。」
「渡しに言ったら良いんじゃないですかね。僕は嫌ですけど。」
「また僕かよ……。」
「いやだってほら、僕はこの後ヒーロー役しなきゃですし。」
「はいはい。」
驚異的な記憶と座標を元にして、教会とその周辺の地図を作る。
「こんなもん?」
「直ぐに作れるもんですね。」
「面倒くさくて魔法使った。んで、僕が運ぶんだよね……。なら変身しなきゃな……。」
真理はイブキへと目を遣る。
「何に変身して欲しい?」
「砂となって一生土に還っておいて欲しいです。」
「う〜ん人間で頼みたいなぁ……。身近に居る人なら変身するの楽なんだけど……。」
そうだ、とぽんっと手を鳴らす。
「緑珠とかどう?」
「絶 対 嫌 で す !」
思いっ切りイブキは叫び散らす。
「うるさい!なら君は!」
「遺言はそれだけでいいですか?」
「良くない。……うーん、なら……まぁ、あの子も外道だし、良いのかな……。」
「知り合いにそんなに外道居るんですか。」
じっ、と真理は優しく発言の主を見詰める。
「えぇ、そりゃ目の前に。」
「この世界を創った外道の根本に言われたくないですね。」
何だと!と少年の様な喧嘩を始める二人。しかしある瞬間に、イブキはぴたりと止めた。
「……どしたの。あっ、まさか負けるのがこわ」
「煩い。……気付いたな、あれ……。」
木々の隙間から教会の窓が見える。その視線の先には、『あの』修道女が此方を見ながら去って行くのが見えた。
「えっ、なんで?そんな大きい声出してないよね?」
「気配でもしたんじゃないですかね。拳銃とか長銃やら平気で持ってる人ですし。服の上からそんな膨らみを見せるのは駄目だと思うんですけど。」
「威嚇じゃない?」
その窓の方向に向き直る。
「……まぁ、いい。元々僕等の事を睨んでいたのは確かですし、可笑しいくらい警戒して貰った方がやり甲斐があるものです。」
「あぁ、それで僕は変身する流れなのね……。ちょっと待ってな。」
木からするりと下りると、真理は指を鳴らした。瞬きをしている合間に、姿は変わる。
「これでどう?」
「……誰の姿を真似したんですか?」
イブキの目の前には、紫髪で右目を隠し、リボンタイをつけたベストスーツを着ている男が居る。声色は少し高いらしい。
「いやぁまぁ、そんな事は気にしなーい気にしなーい!」
「気になるしか無いんですが。」
「一応バイオリンと拳銃と短剣なら扱えるからね。安心して。」
「元々心配なんてしてませんよ。」
地図を掴んだ真理は、木の上でのんびりと目を瞑ろうとしているイブキに問うた。
「僕嘘つくの苦手だからさ、君が行けば良かったって再三思うんだけど。」
「僕は嘘をつくことは苦手ですが、演技する事は得意です。」
「……それって何の違いが……というか、君って演技力あるの?」
「二十年間好青年を演じ続けてきた僕を舐めたらダメですよ。」
「真逆実力派だったとは……。」
「それじゃあ僕は寝ます。」
「ほんの少ししか眠れないと思うけどね。」
「寝れる時に寝なきゃですよ。」
お休みなさい、という声を聞くと、街道に飛び出す。確か此処を真っ直ぐに行けば良いのか。
売春宿ってやだなぁ。なんかグロそう。べたべたして汚い所でシちゃってるんだろうか……。
「何かこう、してはいけない匂いとかしそうだよね……。」
手元の街道の地図を見る。どうやらこの右手に見えている獣道の奥らしい。
「うげぇ……むり……。」
恐る恐る、その道を進む。じっとりと地面が濡れていて革靴に染みた。
「言われてた座標に来たけど、何もないぞ……。」
しん、とした森の中には何も無い。木と草と岩しかない。この大きな入口の無い洞窟らしき所だと思うのだが、どうやって入ればいいのか。
「合言葉とか言うのかな……嫌だな……。」
意を決して真理は岩を蹴る。普通にそれは爆散して、中に居る人々が彼を見た。
「……えっ、あの。はろー……。」
お互い呆気に取られて何も言えない。いやそうじゃないだろと心の中でぶんぶんと頭を振ると、
「やぁ!売春宿の皆さん!私は貴方々に有力な情報を持って来たんです!」
一番近くに居た男が、彼へと近付いた。
「なんだお前、警察の奴じゃないのか。」
「違いますよ。私はこの岩壁がチャラになるくらいの情報を持って来たんです。」
女を下げろ、と言う言葉と悲鳴と共に岩窟には誰も居なくなる。
「何だ。寄越せ。」
「あの修道女会の地図です。」
半ば被せ気味にそう言うと、それを差し出す。
「あの修道女会は貴族の娘も多い。人質として取れば金もせびれるし、山程財宝も眠っている。襲わない手は無いと思うんだがね。」
中の男と女が目を合わせている。どういう算段なのだろうか。
「幸い、今日は修道女会には修道女しかいない。護衛も居ない。襲うなら今日かと。」
「見返りは?」
「その情報を幾ら買うか。生憎旅人なもので、金銭に困ってるんだ。金貨百枚なら売るよ。」
ふむ、という相槌のあと、重いずっしりとした袋が渡される。
「持ってけ。金貨百枚ちょっとある。」
「ありがとう。それじゃご武運を。」
それだけ言うと、足早にその場を去る。岩窟から見えなくなった時に瞬間移動を使うと、あの木の下へと飛んでいた。
「地図渡すの、成功したよ。」
「……んぅ……それは、どうも……。」
割と寝こけていたらしく、掠れた声が頭上に響く。
「準備運動とか要らないのかい?中々相手は強そうだけど。」
ばきばきという骨の軋む音が続いて、イブキは言った。
「要らないです……あくまでもあの人を引っ張る為なので……。ふわぁ……。」
「昨日寝れなかったの?」
「緑珠様の夢を見て堪らなくなってたので。」
「……あぁ、そう。」
気の上に乗っていた従者は其処から下りると、火花と共に神器を取り出す。
「えっ。消せる様になったの?」
「練習したんですよ。かなりね。さてと……。」
夕暮れの風が吹いた。肌寒いのを誤魔化しながら、修道女会を見る。
「襲撃するなら夕飯くらいでしょうか……。」
「そこが一番手薄になりそうだからね。」
昼飯の変わりにくすねてきたパンを頬張る。
「君意外と手癖が悪いな……。」
「どうせ一個取ったってバレやしませんよ。」
「つまみ食いしちゃ駄目って緑珠に言ってるとは思えない人のセリフだね。」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。」
あと牛乳も飲む。どれだけ取ってきたんだ。
「お腹空いた……。」
「今日にでも国に帰れるんだからちょっとは我慢しなよ。……あっ、来た。」
「来たなら木の上登っといた方が良いですね。」
軽々と木の上先端に登ると、不審な人間が修道女会を囲んでいるのが見える。
「いつ行くの?」
「もうちょっとしてからです。あの修道女が奮戦し始めたくらいから行きたいんですよねぇ。」
「うわっ、馬車もある……本気で全員連れていくつもりなんだ……。」
「儲かるんでしょ。たぶん。」
適当な事を二人で言い合いながら、教会の様子を見る。銃声が響いた。
「あぁ、あの人の銃声ですね。……意外と厄介な事になっているかもしれません。」
「守りに行きますか。」
「そうですね。行きましょ」
うか、と言い切らない内に、伊吹の視界にとんでもないものが写る。窓の奥に、拳銃を突き付けられているあの人間が居る。此処でおじゃんにされたら堪らない。
「正面から行って下さい!」
「了解!」
それだけ言い切ると、窓に足を突っ込む。
その足は真っ直ぐ拳銃に当たると、僅かにズレて発砲された。あの人間には当たっていない。
「貴方は……!」
そのまま神器を取り出して首に突きつけてオトすと、その声に振り向いた。
「お怪我は?」
「……貴方、敵なんですか、味方なんですか。」
この状況にそぐわない言葉を修道女は言う。伊吹は何となしに返した。
「貴方の態度次第で、敵にでも味方にでもなります。とだけ言っておきましょうか。現時点では味方です。」
「っ……。何が目的で、この教会を……。」
「うしろ。」
子どもっぽく舌っ足らずな声に反応して、修道女は拳銃を取り出し背後に発砲した。倒れたのを確認して、また向き直ると、
「で、何が目的で……。……クソッ、逃げられた! 」
修道女の目の前にはもう『アレ』は居なかった。嫌に薄い笑みを浮かべて、人を喰いものにする目。目的達成の為ならどんな事でもしてしまう慣れた手付き。
「彼奴を追うしかないのか……!」
「リリシアン!」
馴染みの修道女の声が聞こえる。
「大変なの、教会の一部が燃えてて……!」
「そんな事構ってられる暇無いわよ!今はこの不審者達をどうするかが問題でしょ!」
「リリシアン、静かに……。」
ムキになっている修道女を窘めると、馴染みのあの子はまた道を戻る。
「と、とにかく燃えてることは知っておいてね。リリーは此処の護衛をお願い。」
「……分かった。」
自分から離れて行くことを喜んでいるのがよく分かる足取りで、馴染みの修道女は去った。
この教会に居場所が無いことも分かってる。神なんて居たもんじゃない。だけど、自分の家にはもう、戻れない。
何年も連絡を取っていないのに、いきなり戻るなんて事は自分のプライドが許さないからだ。
兎に角あの男の後を追わねば。きっととんでもない事をやらかすだろう。
考えるよりも先に、リリシアンの足は動いていた。
目をつけていた修道女が思った通りの人だったり困らなくて嬉しいなって話だったりやっぱり伊吹君は伊吹君っぽいことをするんだなぁという話。