ラプラスの魔物 千年怪奇譚 151 上位者の捕食※
伊吹君がまたひゃっはーしそうな勢いだったりというか実質ひゃっはーしまくったり色んな意味で美味しく頂く話です 要するに皆大好きな話です。
「こんにちは。」
街道から離れた古い小屋に、イブキは声をかけた。ぐらぐらと煮立つ音が聞こえるが、返答は無い。
「……『いいにおい』がしたと思ったのに。」
「あ、あの……。」
背後から声が聞こえて、くるりと背後を見遣る。同じくらいの青年の声だ。
「何か我が家に、御用ですか?」
「あぁ、貴方の家だったんですか。」
「あ、いや、妹と二人で住んでます。」
薪を持った青年は、そのままイブキを横切りながら声をかける。
「旅人さん、ですよね?泊まって行かれません?御覧の通り、粗末な家ですが……。」
こういう時は、声に遅れて表情に出した方が良い。
「……良いんですか?」
「構いませんよ!そうだ、旅のお話を聞かせて下さい。そう言えばお名前は?」
「仙石と言います。御稜威から来たんです。」
さらっと適当に嘘をつくと、フードを取る。
「御稜威から!?それはまた、随分な距離を……。」
「長かったですよ。楽しかったですけれど。」
家の中に通される。何故か『おいしそうなにおい』が薄い。
「どうしてまたそんな旅を……?」
「してみたいと思っただけです。こんなに長くなるとは思っていませんでしたが、次の国で終わらそうと思います。」
でもほら、と通された客間でイブキは仕方なさそうに肩を竦めた。
「凶悪事件があるって聞いて、足がすくんじゃって。僕丸腰なんです。ちょっと腕っ節が立つだけで。」
「そうですもんね……兄妹揃って怖いですよ。街道端に住んでるから。あ、これお茶です。」
「有難う御座います。頂きますね。」
ごくん、とそれを口に含むと、ほんの僅かに舌が痺れる。睡眠薬あたりか?
「そうだ。名前を聞いてなかった。教えて下さい。僕が教えたんですから、教えてくれるでしょう?」
飲んでも身動き一つしないイブキに、少年は半ば手を震わせながら、その手を机の下に隠す。
「……そ、ソウ、って言います。妹はユランって、名前で……。」
「御両親は?」
「亡くなり、ました。……流行病で。国を出て来て、やっと居場所が見つかったんです。」
「……それは聞いてはいけないことを聞きましたね。謝ります。すみません。」
「気にしないで下さい。流行病なんて何処でもあるでしょう?ちょっと技術が遅れてたんです、僕の国。」
……違う。お前じゃない。お前が言っている二人の他に、この家には『もう一人』居る。それがとても、『おいしそうなにおい』をさせているのだ。染み付いていて、離れないにおい。
「にいちゃん!」
「……あ、妹が帰って来たみたいですね。ちょっと席を外しますね。」
そのままソウは戸口まで走って行く。そして小さな子供の声が聞こえた。
「旅人さん!?旅人さんが泊まりに来てるの!?」
「だから静かにしなくちゃダメだよ、ユラン。」
「分かってるよ!こんにちは、旅人さん!」
「こんにちは。」
優しく微笑んでそう返すと、少女は嬉しそうにくるくる回る。来客がそれ程嬉しいのだろう。
「お部屋に御案内しますね。粗末なんですけど、ゆっくりしてって下さい。」
通された部屋は、別段粗末では無かった。幾らか壁の剥落があるものの、それは経年劣化の為致し方ないと言えるし、布団もふわふわだ。
「……さてと。」
敵の禍根に入るのは何時だって緊張する。あの兄妹は手首足首首後ろにつけている匕首に全く気付いていないようだ。
もう一人がいつ現れるか分からない。匕首は外さないようにしよう。昨日研いで居るし、まだ壊れなさそうだ。
ぼろぼろの柄を触りながら、イブキはすとん、と鉄製のベッドに座る。
「疲れたし、眠いな……。」
お腹がぐるぐる鳴って止まらない。荷物の整理だけでもしておくか。
「金はある……煙管は綺麗にしてるし、煙草は買わないとな……。後は地図か……。それもあるな……。」
こんこん、と扉が叩かれた。
「あのねあのね、旅人さん。」
「おや、何でしょう。」
少女が嬉しそうに笑みを作って立っている。
「お夕飯、出来たよ。お肉のしちゅーだよ。兄ちゃんの作る料理、美味しくて好きなんだ!きっと旅人さんも気に入ってくれるよ!」
イブキは立ち上がると、少女の頭を撫でながら言った。
「それは楽しみですね。連れて行って貰えませんか?」
「もちろん!」
ぎゅっ、とイブキの手を掴んで、居間に通す。
「あっ、ユラン、ちゃんとお呼びで来たのか?」
「もちろんもちろん!ゆらん出来るよ!」
「粗相は無かったですか?」
「もちろん。良いガイドさんでしたよ。」
それなら良かった、とソウは胸を撫で下ろすと、言っていた肉のシチューを置く。
「精のつくものにしておきました。沢山食べて下さいね。」
「有難う御座います。頂きますね。」
匂いが完全に人外の匂いがする。明らかに眠らそうとしているのか。
……まぁ、良いか。それを込みで来たのだし。眠いし、風呂は明日入れば良いし、そう思ってシチューを口に入れると
「……んあ。」
ぱちり、そんな声と共に目を覚ます。朝だ。『いいにおい』がする。
「ん?」
起き上がろうとすると、がしゃがしゃと右腕が鳴った。どうやらする側であった自分がされる側になったらしい。
「手錠か……。やっぱりする方がイイですね……。よいしょっ、と。」
軽い力で引っ張っても取れない。どうやら人外用らしい。
「……マジか。」
手錠の輪っかの部分を掴むと、空いている左腕で鎖部分を引っ張る。すると、綺麗にそれは取れた。
「よし。……それじゃ行きますか。」
軽く金銭が取られていないかの確認をする。荷物も全てある様だ。
「お早う御座います。」
居間へと向かうと、まな板の上にあの兄妹の首が置いてあった。どちらも目を見開いて死んでいる。ぐらぐらと煮立っている鍋の傍には、一人の黒髪の女が佇んでいた。
「美味しいですか?流行病を持っている可能性だってあるのに。」
イブキが声をかけても、女は何も返さない。呟くように、女は言った。
「……去れ。お前も私と同じモノだ。お前を喰ったりしない。」
ほんの少しの間のあと、伊吹は軽く口を開いた。
「お姉さん、妖怪だったんでしょう?」
「……それが何?」
その言葉でたじろぐ女に、そのままあばら家の奥へと押し込んだ。
「最近凶悪事件……食人事件が増えて居たのをご存知で?」
「……そう。」
「ちょっとやり過ぎましたね、お姉さん。」
ニコッ、と伊吹は微笑むが、女は表情一つ変えない。
「旧記にも記されている通り、あばら家には鬼が住む。貴女は此処で人間を食っていた。相違ありませんね?」
「捕まえるのか?この私を?」
伊吹は声色を酷く優しくして言った。
「いいえ、いいえ。僕は検非違使の庁の役人ではありませんから。此処であった話は僕が暴きました。」
「……突き出すのか。この私を。同族である、この私を。」
彼が恐る恐る片手の匕首に手を伸ばしていることを、女は知らない。伊吹はただただ聞くと、言葉を紡ぐ。
「同族だなんて……。計画性の無い人と一緒にしないで下さい。……でも、悪い事をした貴女にはお仕置きが必要な様ですね。」
「拷問か?股を開けば良いのか?」
くすくすと伊吹は微笑んだ。
「あはは、そんなことまでは請求しません。言ったでしょう?僕は検非違使の役人では無いのですから。」
でも、と付け加える。
「身体を差し出すのはあながち間違いでは無いですね。」
女は片腕を掴まれる。襲われる、という思考なのだろう、が。次に見た景色は己の鮮血だった。
「貴女、今人間の女の人の身体なんでしょう?」
「っ……!?」
酷く甘ったるい声で、女の手首を斬って言った。
「昔食べたねぇ、人間の血の味が忘れられないんですよぉ。」
えへへ、と伊吹ははにかみながら笑う。女は、目の前の怪物をただ、見つめていた。
「だぁ、かぁ、らぁ?食べたくてね、食べたくて堪らないんです。お腹が空いて堪らないんです。」
まるでご馳走を目にした子供のように、目をきらきらと光らせて、女が身動き出来ないように切り刻んでいく。
「ひぎぃ、う、く、ぁ、ぁぁぁ!」
「生き血が一番美味しいって聞いたんですよぉ。」
「ひ、いた、ころ、せ、ころせころせころせ……。」
女の嘆願など耳に入れることなく、イブキは鼻歌を歌いながら切り刻んだ。馬乗りをして、最後に匕首の血を舐めとると、
「あはっ♡ふふ♡えへ♡そ、それじゃあっ♡」
高潮した頬と、銀髪と赤眼。
「オイシク頂きまァす♡」
愉しそうに手を合わせた。
「あーん。」
ごくん、と血と二の腕の肉を食べる。女は
目を見開いたまま生きている。引き裂いた
腹の向こうに蠢く心臓が、まだ息をしてい
るからだ。
「とおっても美味しいですよお。やっぱり
人間は美味しいなぁ……。」
次は何処にしようか。腹の肉は美味しくて
食べ過ぎてしまった。
「人外の肉は美味しくありませんでした。
やっぱり食べるなら人間、人間、人
間……。こぉんな美味しいモノ覚えちゃっ
たら、定期的に食べられずにはいられない
ですよ……。」
内臓は止めよう。病気持ちだと困る。なら
次は太ももか。脹脳は歯ご
たえがありそうだ。
「ん、んぐ、朝食が無かったからとっても
お腹が空いてしまって……やっぱりもてな
すのならこれくらいして欲しいですよ、ね
え?」
美味しいと思っていた太ももは、恐怖によ
って筋肉が硬直し、予想外の硬さだ。この
状況で柔らかいというのも変な話だが。
「別に怖がらなくても良いんですよ?だって、貴女もして来た事じゃないですか。何時かこうなること、分かってやってたんでしょう?」
何時かどうにかなることは分かっていた
が、これほど陰惨な結末で終わるとは女も
夢にも思っていなかった。胸に痛みが走
る。
いや、痛みが走り、最早理解出来ない程の
ものだったが、それは明確な痛みだった。
「じゃあ最後にコレを貰いますね。ふふふ、楽しみだな……。」
心臓、だ。剥き出しになった心臓にかり、
と鋭利な歯が立てられる。骨が所々見えて
いる身体を懸命に動かそうとするも、声も
出せない。
「…あれ。悲鳴も出せなくなっちゃった
んですか?それは残念ですね……。」
態とらしく血の向こうの男は肩を疎めてい
る。銀髪に赤眼。閻魔の皇子か。存在の姫
君の傍に居る者。狂気が表面化しやすい
者。
「本当に何も言えなくなっちゃったんです
か?」
嫌味に近しいほどキョトンとした顔を浮かべているのが見える。もう女には思考の自由など無かった。
「それじゃあ、本命を頂きますね!」
ヒ首を上手く振り下ろすと、ぶしゅうっ、と噴水のように出た心臓を一飲みした。心筋のごと、だ。
「……ぁ、あはぁ……やっぱり美味しい、蕩けるくらい美味しい、美味しい、あは、ぁ……。」
噛まずに飲み込んだ為か、嚥下する度に口に血が広がる。その様はまるで吐血している様だ。
「ふふ、零れる零れる……。」
ぽたぽたと零れてくる血液を全て飲み干す。ぐらぐらと回る視界が堪らない。
そのままの、返り血にまみれた姿のまま、鬼はゆらりと立ち上がった。
「美味しい、美味しい、おいしい……。」
まだ空腹感は収まらない。とっくに冷めた鍋の中身を見ると、そのまま小ぶりな鍋を掴んで、ゴクリと飲み干した。
温くなったものが、腹に収まっていく。身体があったかくて、落ち着く。にく。人の肉。おいしい。もっと喰べたい。
「……喰べ、たい……なぁ、りょくしゅ、さま……。」
同族でもきっと美味しいのだろう。そんな思考を回していると、ぽろりと目じりから涙が流れる。
まだ仄かに残っていた燃えカスを、あばら家に擦り付ける。案の定火は起こって、綺麗に燃え始めた。
ふらふらと足を動かしながら、ゆっくりと家を出る。炎は直ぐに燃え広がって、辺りに家が軋む音が響いていた。
「……頑張りますね。ぼく。貴女の為に。……貴女を喰べない為に。」
荷物を引っ張り、事の一部始終を見詰めた目は、街道に向けられていた。
緑珠様の頭脳の化け物さをハニンシャがびっくりしたり伊吹君も頭よかったよなーって思ったりする発明しまくる話。